第26話 これからのために

 春夢はるむの元へ敗報が流れたのは、早朝のことであった。

 陽沙ひさからのメールで病院の居場所を知るや、彼はすぐさまその場所へ急行し、病院の待合室で合流。

 肩で息をしながら、問い詰めた。


「陽沙! 話は本当か⁉ 聖燐せいりんがやられたって……」


「落ち着いて春夢。確かにやられたのは間違いないけど、今は昏睡状態ってだけ。身体に大きな外傷も無いし、少しすれば目覚めるはずよ」


「なら浩司こうじはどうなんだ⁉ アイツは聖燐ほど頑丈じゃないだろう!」


「それなら、なお大丈夫」


 首を横に逸らす陽沙に習うと、青髪の青年が車椅子を漕いで現れた。


「全く、取り乱し過ぎだ。ここが病院ってことをお忘れなく」


「浩司」


 頭に包帯を巻き、ひびの入った眼鏡をかけながら浩司は無事を報告する。


「動いて大丈夫なのか? やられたばっかなんだろう?」


「久々に会ったと思ったら、無礼も甚だしいな君は。そんなに僕のプライドをへし折りたいか?」


「邪推しすぎだ! 単純に心配してるんだぞ、こっちは!」


 苛立ちを募らせながら、春夢は本気で訴えかける。

 浩司もそれを受け止めて、小さくため息を漏らした。


「見ての通り、皮肉も言えている。安心しろ。君らにこれ以上、心配をかけるような真似はしない」


「皮肉って、お前」


「この数年でここまで性格が剥離してたなんて、春夢は知らなかったでしょ?」


 絡みづらそうにする春夢に、陽沙も同調した。

 確かに、子供の頃の気弱で純真そうな浩司の内面とは、まるっきり違っていた。

 そういう意味で春夢は気後れするが、逆に浩司は難を示す。


「むしろ、余り変わっていない君らが異質と認めるんだな。僕はこれでも家の肩書に恥じぬよう、必死だったんだ。変わらずにいられるわけがない」


「そうか。まあ、そうだよな」


 家の連中を見返そうと奮闘していた自分とは違うと、春夢は頷く。

 ましてや、元からの才能と気質、破天荒さで成長した陽沙や聖燐と比べられても、迷惑極まりないだろう。


「お前らが無事でひとまず安心したよ。でも、これからどうなっていくんだ……? この件で破邪術師団はじゃじゅつしだんが幅を利かせてくるのは目に見えているってのに、浩司や聖燐がこれじゃあ」


「むろん、奴らの良いようにはさせんさ。依然変わりなく、今度は西園寺さいおんじが中心になって当たっていくだろう。僕もできうるサポートはしていくつもりだ。ただ……」


「ただ?」


 含みを持たせる浩司に代わり、陽沙は口を開く。


「今回の襲撃で、彼らは言ったの。本格的に現代怪魔師かいましに喧嘩を売るつもりよ。もしかしたらほとんどの目的を達成できたのかもしれないって」


「時間的な猶予は無いかもしれない。次の襲撃でもしかすれば、彼らの言う現代怪魔師の根本がひっくり返させる。そうなればもう、僕らの敗北だ」


「聖燐がやられて、浩司もボロボロ。東日下あさかの子も、まだ意識を戻していない。たった数日で、護国聖賢ごこくせいけんの戦力が目も当てられない状態に追い込まれるなんて、冗談みたいだ」


「もうここまでくれば、世間から信頼なんて目に見えてるでしょうね」


「え?」と、眉をひそめる春夢。

 陽沙は改めて補足した。


「考えてもみて春夢。一夜にして、東日下家と西園寺家が、たった二人の怪魔師によって引っ掻き回された。そして今度は北条ほくじょう南部なんぶが。もうここまでくれば、世間から信頼なんて目に見えてる」


「『本当に彼らが、護国聖賢の名を継ぐにふさわしいのか?』。無理も無い話だろう」


「いや、だけどさ‼ 逆に言えば、護国聖賢の力を以てしてもこれなんだぜ⁉ なら他の流派が対応したとしても!」


「国の四方を守護する我々に、求められるのは結果だけだ。一度の敗北でも、怪魔師全体に不和の波紋は大きく広がる。そしてこれを期に、腕に自信のある流派は声高に告げるさ。『自分達が当たっていれば、こんなことにはならなかっただろう』と」


「現に、怪魔師を統括する呪式対策本部じゅしきたいさくほんぶには、いくつもの批難の声が寄せられている。本部側も、事件の対処には他の流派にも協力を要請するでしょうね。護国聖賢の穴を埋めるために」


「護国聖賢は、怪魔師の舵を取る支柱でなければならない。それが崩れることがどういうことか、君も想像に難くないだろう?」


「使い魔に対する、抑止力の激変……」


 春夢は喉を干上がらせる。

 今まさに、その根幹を問われている部分でもあった。


呪術じゅじゅつとは、使い魔とは、もともと危険な存在だ。力を請け負うならリスクは当然付き添ってくる。もしも奴らの計画が良い様に向かえば、最終的に待つのは我々、怪魔師全体への糾弾に他ならない」


「そう遠くないうちに、怪魔師は廃れるってのか?」


「それも一つの未来として、僕は考えている。そうなれば使い魔たちも、ただでは済まない」


 静かに、春夢は拳を固めた。

 自分の戦いは終わったと思っていた。でも実際は違う。


 これは怪魔師全体の、そして春夢が望んでいる未来を賭けての、決して遠く離れていない凶悪な因果だと。


 だからこそ、決断に暇は付けない。


「俺をここに呼び出したのは、聖燐の事だけじゃないんだろう? 俺はどうすればいい?」


「春夢。私は!」


 陽沙は喉を詰まらせる。

 以前、春夢に対して、自分たちに任せてと告げたばかりなのに。その責任感が尾を引いて、苦渋が胸を締め付ける。

 しかし春夢は、止まらなかった。


「陽沙。もうこれは護国聖賢だけの問題じゃないだろう? 俺は一怪魔師として、そしてお前たちの知人として、この件に役立ちたい。せっかく怪魔師の未来が見え始めたのに、奴らにその夢を潰されるなんてまっぴらごめんだ! 聖燐や浩司の敵討ちでもあるしな‼」


 断固とした意思を表明。

 それを受け、浩司は溜息を付いた。


「死んだわけじゃないんだ。敵討ちなんて名分は置いていけ。付けられた泥は自分で払う」


「浩司! 春夢はどの流派にも属さない怪魔師よ⁉ 素人同然なのに、どうやったって!」


「君が彼の実力を間近で確認したのだろう? 彼らの構成員の一人、ぬえを単独で倒したのなら、疑う余地は無い」


「他怪魔師との連携の意味だってあるのよ? そんな勝手な」


「さっきも言ったように、次回からは他所からの怪魔師も幅を利かしてくる。身内内での連携や徒党は有ってないようなものだ。春夢一人ぐらい、問題ないだろう」


「だけど!」


「あの、俺の実力を当てにしてくれてるのは嬉しんだけどさ」


 数十秒前までの威勢に急ブレーキをかけて。

 頬の肉を引きつらせて、春夢は申し訳なさそうに告げた。


「実はその、実戦で使った俺と使い魔との共同術。アレ、まだ未完成なんだよね……。もうちょっと練習が必要っていうか」


「…………君は、そんな欠点を抱えておいて、突っ走るつもりだったのか?」


「いやでも、お前たちが戦ってるのに、俺だけってわけにはいかないだろう?」


『はあ~……』


 陽沙と浩司は互いに向き合い、気持ち分、頭を垂れた。

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