第25話 失意の護国聖賢

 研究所の通路を迷う事なく突き進む羽嶋はしま

 直前まで頭に叩き込んだルート通りに進み、目的物のある保管室前の広間に辿り着いたところで、彼はふと足を止めた。


(微かな呪力じゅりょく!)


「キッキキ‼ キッキッキ‼」


 一定のリズムで届けられる音。

 決して大きくは感じられない。タイルのような床を靴底でひきづった時の、摩擦音に似た音だった。

 しかしそれは妙に耳元にこびり付き、次第に羽嶋の内側を占領した。


「が、ぐうううう‼」


 脳が勝手に怪音のボリュームを上げているようで、それは次第に羽嶋の思考回路を削ぎ落していく。


(居る! 誰かの使い魔による攻撃だ‼)


 即座に判断し、羽嶋は狛犬こまいぬを解き放つ。

 ロンググローブから僅かに漏れ出る青い炎は、線を描くように呪力の出元へと漂い歩き。


「そこか⁉」


 柱の陰に潜むもの。

 蝙蝠に似た使い魔を発見した。そいつは羽を筒状に顔の前で丸め、まるで音を増幅させるトランジスタのような形で、羽嶋に鳴き声を送っていた。


「やれ!」


 羽嶋の右腕から炎が爆発した。

 狛犬がその推進力を糧に、邪蝙蝠じゃこうもりを牙で捉えた。


「小さい。この使い魔は」


「動くな⁉」


 使い魔の無力化に成功するや、柱の陰から警部長に銃口を突きつけられる。


破邪術師団はじゃじゅつしだんの構成員だな⁉ 少しでも動けば撃つ!」


怪魔師かいましを知らないと見える。その程度の粗末な武器で、相手取るつもりか?」


「悪いが一人ではない! こっちにも味方は居る‼」


 警官の肩。

 並びに、壁の至る位置に複数の眼光が羽嶋に敵意を向けていた。


「群れをなす使い魔か」


「そういうわけだ! 大人しく両手を挙げて!」


 その時であった。

 突如、天井の壁が破壊され、破片が降り落ちた。


「なんだ⁉ 地上で一体何が!」


「もう少しかかると思っていたが。存外、呆気ないものだった」


 誰かの声が降りかかり、警部長の前に一人の少女が放り出される。



 頭に血を流し、意識なく倒れる聖憐せいりんを。



「なっ!」


 続いて、警部長の前にフードを被った人間が降り立つ。


「さて。目的の物は見つかったかな、羽嶋」


「ああ、しっかりとな」


 背後から声が届けられ、警部長は「しまった‼」と振り返る。

 意識が咄嗟の状況に裂かれていた為に、犯人どもの目的をみすみす達成されてしまっていた。

 奥の保管室から羽嶋は木箱の奪取に成功。さらには隠れていた浩司こうじの拘束にも成功し、足踏みで床に押し付ける。


「浩司君⁉」


「すみません、想定外でした……! ここまで敵の手が速いとは‼」


 破邪術師団はじゃじゅつしだんの進行具合を見て、恐らく外の怪魔師たちも制圧されたと、嫌が応にも実感。

 浩司の瞳が、倒れる聖燐の姿を失意に捉える。

 淡く失せていく、希望の光。


「よほど、この娘に期待を寄せていたようだな? まあ、日本を代表する北条ほくじょうの怪魔師となれば無理も無い。確かな才能ではあったが」


 フードを被るボスの片腕に、妙な気配を浩司は感じ取る。


「その凶悪な呪力。まさかそれで聖燐を!」


「どれだけ人間側に才能が有ろうとも、所詮は人間。呪力の根幹に位置する魔物共を相手取るなど、赤子が獅子に立ち向かうようなものだ。今回はその証明。そして本格的に、現代の怪魔師社会を覆していこう」


 ボスが羽嶋に手を伸ばす。

 羽嶋は奪った品を投げ渡し、瞬間、ボスの片腕から流れる呪力のエネルギーが、意思を持って木箱を破壊。中身だけを奪い取った。


「それは神霊樹しんれいじゅの根っこの一部⁉」


「お前たち、一体それで何を⁉」


「もうここに要は無い」


 目的は達成された。

 ならばもう話すことは無いと、ボスが背を向けるや、羽嶋は浩司の後頭部に踵を振り下ろす。

 警部長も銃で反撃する前に、影から立ち上る白い煙で眠りへと誘われた。


 彼らの蛮行は、いよいよ終局へと向かう。

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