第24話 破滅への狼煙
住宅街の地から仲間外れにされたように、海を埋め立てて造られた土地の上で、その研究所は存在していた。
かつての
「施設内の第二・第三エリア、異常ありません。内部研究所も同じく」
「
「了解です」
報告を終えた部下が外に出ていくや、警部長は隣に視線を預けた。
「それでなのだが、南部家の跡取り君。
「それは僕も、心配しているところですね」
研究所入り口にある、中央ロビー。
警部長が眉をひそめる先では、受付卓上にノートパソコンを広げ、
「全く心配してそうには、見えんがね」
「僕が心配しているのは、アイツが居ない間に敵が攻めてこないか、ってところです。トラブルを抱えていたなら、自分だけで解決できますし、遅刻なんてのは普段通りですよ。彼女の自由奔放っぷりは、一般の物差しで測ろうとするほうが、不合理というものです」
「そうなれは、我々は実質君ら南部家を頼りにしなければならない、ということかな? 全く……ここにあと
「構成員であった
ダイゴの口から語られた計画では、
「北条家の趣向は納得できないながらも理解したよ……。ところで君は、一体何をやっているのだね? こんな時に音響の勉強か?」
浩司のノートパソコンに移るグラフ。それは彼が自作した、音楽の周波数である。
警部長自身は、スペクトログラムを見たことはあれど、知識や使用法にはからっきしだ。もっぱら、犯人の声帯を割り出すぐらいにしか想像つかない。
そんな物が、今この現場で持ち出される意義は薄いと感じられたのだが。
「僕の使い魔は、音楽が好きでしてね」
「ん? って、うおわ!」
警部長は短い悲鳴を上げる。
自身の頭上を何か大きな影が素通りし、それが目前の受付卓上に着陸したからだ。
浅黒い体色。飛び出た長い耳。口端には牙が一本ずつ生えていた。
身体に対して大きな羽を有する使い魔は、鳥でも虫でもない。
「僕の使い魔、『
「音波を発し、対象者を狂わせるという使い魔か。しかし小型だな。
「僕には、大型を使役できるほどの器量が無かったので。ですが心配なく。僕の使い魔は、こういった場で本領を発揮します」
浩司は、邪蝙蝠に特性の首輪を取り付ける。
そしてパソコンのエンターキーを押すと、首輪に設置された小型装置から、小さなメロディーが鳴らされた。
「ききい」
邪蝙蝠は応じるように、両翼を広げる。
両翼の内側には、総計12匹の小さな邪蝙蝠が、身体を丸めて張り付いていた。
ブレインである邪蝙蝠の鳴き声に応じ、眷属たちは次々に飛び出していった。
「邪蝙蝠は集団で、互いに連携を取ることのできる使い魔です。空の六方向、そして海に面した周囲に張り巡らせました。侵入者や異常が有れば、すぐにこちらへ合図を送ってきます」
「確かに、これは便利だ。しかし施設面積は結構広いぞ?」
「彼らの会話は音です。小型邪蝙蝠たちの音波範囲は、すっぽりこの施設を覆いつくせます。隙なんてありませんよ」
使い魔の特性を話し終えるや、ブレインの邪蝙蝠は金切り声を上げた。
「き、きぎい‼」
「どうした⁉」
「向かってくる人影を発見したようです! これは‼」
「ふう~間に合ったー! まだ事件は起きてないようね、浩司?」
感知してから僅か一分足らず。
侵入した人影である
「き、君‼ 一体何だね、いきなり‼」
「お待ちかねの北条家のお嬢さんですよ。それから聖燐、君は遅刻だ」
「まだ異常は出てないんでしょう? だったらセーフセーフ」
「全く、何て楽観主義者だ」
ぼさつく金髪を手でとかし、聖燐は設置されたドリンクバーで喉を潤す。
その間、警部長は無線機を睨みつける。
「関係者が来れば、私の方にも逐一連絡が入るはずだが」
「それなら来るわけないよ。アタシ急いでたから、検問の奴らから隠れて侵入してきたし」
「あの道路からここまで走ってきたのかね⁉」
「警察側も怪魔師側も、まだまだ甘いんじゃない? ここまで誰も、アタシの動きを捕らえられないなんてさ」
二人は言葉を失った。
自分達の策に対する自信欠如も相まって、目の前に存在する規格外の存在に反論の余地が無く。
「北条家のお嬢さんが、特別だと信じたい……。まさかここまでとは」
「その気持ちは理解できますが、最悪の想定も必要です。聖燐。もしも相手が、君のような人外の域に達していたなら、君だけが唯一の対抗案だぞ?」
「ちょっとレディーに向かって人外って酷くない⁉ ぶっ飛ばすわよ、浩司!」
などと、食いかかっていた間際。
邪蝙蝠が奇声を発し、それに次いで警部長の無線機が鳴り響く。
「一体なんだ⁉」
『襲撃です! 複数のトラックや普通車両が、検問を破り、道路を爆走中‼』
浩司と聖燐は、すぐさま頭を切り替えた。
「浩司⁉ 急いで外の怪魔師たちに指示を‼」
「分かっている! 第一班から第三班に対処させる‼ 聖燐、君も現場に行ってくれ‼」
「了、解ッ‼」
聖燐は砲弾のように正面玄関を飛び出し、混乱渦巻く現場へ飛び出す。
次々に雪崩くる暴走車。
それを押しとどめようと、北条家、並びに南部家の使い魔たちが、真正面から受け止め対処していた。
「おいお前! 破邪術師団の人間だな⁉ どういうつもりだ、こんなことをして‼」
「ひいっ! し、知りません! わ、私はただドライブしていただけなのに‼」
「なにをたわけたことを‼」
「ちょっとちょっと! 一体全体どうなってるの? 何で一般市民がこんなところに?」
北条家の怪魔師が、男の襟首を掴んで怒鳴りつけていた場面に遭遇し、聖燐は仲裁に入る。
「聖燐様! この者は車両を飛ばして突っ込んできたのです‼ きっと破邪術師団の先兵ですよ‼」
「ま、待ってください! 私は、違います! 何故かは自分自身でも分かりませんが、いきなり夢現のように意識がふわっとなって! 気が付いたらここまでアクセルを吹かしていて‼」
「貴様、一体何を言って‼」
「その人を離してやって。確かにこれは、何かがおかしい」
相手の身なりや怯えから、どう見ても敵とは感じられず。
状況から必死に敵の策を解き明かそうとする聖燐の元に、他の怪魔師が頭を下げた。
「聖燐様! 襲撃してきた者たちを取り押さえてはいますが、変なのです! 男女、年齢も区別なく! 中には子連れの家族も‼ 皆一様、この地にゆかりも目的も無いと!」
「利用されたとみていいね。絶対に中の人たちは傷つけないで! それから浩司‼」
『なんだ?』
無線先の浩司に、聖燐は提案。
「これから流れてくる車の中に、ひと際強い
『それならちょうどいい。僕の偵察隊がすでに怪しい者を発見している。バイクに乗る長袖の男だ』
「え~っと、どれどれ~」
街灯の微かな明かりに照らされる道路を睨み。
聖燐は尋常離れした視力を以て、その相手を発見する。
向かってくる三つの車両の後方。まるで車を盾に、バイクを走らせる者を。
「アイツか~」
舌で唇を舐めながら、聖燐は笑う。
地を跳ねた。
有に十メートルもの高さと距離を飛び越えていき、向かってくる車両を足場にしながら相手に迫る。
「む!」
咄嗟に顔面を腕で覆うや、そこに尋常ではない衝撃が走り、道路へと投げだされる。
蹴りを入れられたのだ。
ドライバーを失ったバイクは勢いのまま転がり、海へと落下。
その間にバク転を駆使しながら、羽嶋はコンクリートの大地に傷も無く着地した。
「どうも破邪術師団の一員さん。随分、どんちゃん騒ぎやってくれたみたいじゃん」
「その風体、身体裁き。いきなり北条家のお出ましか」
ロンググローブに、使い魔術式の文様を灯す羽嶋。
臨戦態勢に応えるように、聖燐も懐から複数の巻物を取り出した。
「へえ~。その構えから察するに、貴方も体張るタイプなんだ~。それじゃあ、今日はこの子にお任せしようかな」
選んだ一つの巻物を広げ、地面へと落とす。
描かれた墨汁の文様から、泥上の使い魔が現出した。
「『ゴーレム』か。だが所詮、借り物の神霊樹から産み落とされた模造品。オリジナルには遠く及んでいないようだな」
「確かに、オリジナルのゴーレムちゃんはもっと大きいけどね。この子との連携はばっちりだよ」
聖燐が指をはじくと、ゴーレムはその形を変えた。
巨大な大剣へと。
それを軽々と持ち上げ、聖燐は切っ先を突きつける。
「どっちかって言うと、アタシも身体を張る方が好きでね」
「それは自信か? それとも驕りか?」
「自分で確かめてみたら?」
先に動いたのは羽嶋だった。
彼のロンググローブから青い炎が吹き荒れ、聖燐を覆わんと襲い来る。
それに対し、聖燐は大剣を構えなおし、小さな動作から空間を両断。
呪力の衝撃波が、青い炎を吹き飛ばす。
「ありゃ?」
しかし目前にはすでに、羽嶋の姿は無く。
(と、なると)
気配の違和感を察し、聖燐はすぐさま大剣を背中に回す。
ガキリッ! 衝撃が伝わり、羽嶋の拳を防御した。
「確かに、これは予想以上だ」
「だったらもっと必死になったら!」
聖燐が身体全体を反転。
その動作に振りかぶり、また大剣を通じて視覚できない衝撃が羽嶋を吹き飛ばした。
(順来、怪魔師と言うのは使い魔を操るだけにでは無い。使い魔から呪力の補正を受け、使い方次第では人間側も大きな力を付けることができる!)
青い炎が両腕に留まり、盾の役割をこなすが。
続けざまに攻撃してくる聖燐の動きに、羽嶋は防戦一方に陥った。
(この北条家の女はそんな比ではない。俺が長年培ってきた使い魔から受け取る呪力補正と比べても、軽く桁が違う! 受け取る呪力の許容量ゆえに!)
気づけば、攻防は遥か後方――他の怪魔師たちが居る領域にまで及ぶ。
衝撃で車両が宙に投げ出され、砕けたガラス片が辺りに降り注ぐ。
「退けえ、皆の者‼ 巻き添えを喰うぞ‼」
「あちゃ~しまった。あっちで食い止めるつもりなのを忘れちゃってた!」
「これでは誰が蛮行者か、分かったものではないな?」
「むっか~。先に喧嘩を吹っ掛けたのはアンタたちなんだから、ちゃんと反省しなさいよ⁉」
聖燐は高速で急接近。
羽嶋の胴体を捕えて、茶色の刃を横滑りに振るうが。
その攻撃に対し、青い炎は牙を剥き出しに受け止める。
「それって使い魔だったの⁉」
「お前のゴーレムのように、姿を変える使い魔は珍しくないだろう?」
現れる、羽嶋の使い魔。
羽嶋が呪力で生み出したと思しき青い炎は、不定形の姿を徐々に固定し、やがて獣の表情をあらわにする。
二匹の狼が、唸り、現出する。
そこにはちゃんと顔も有り、胴体も有り、爪や牙とてある。
ただしその身は質量をまるで感じさせない、炎そのもので全てを構成していた。
「この使い魔は、え~と……確か」
「『
羽嶋の使い魔――狛犬。
その炎の牙が、泥の刃に突き立てられ、ゴーレムは熱量に耐えられず形を崩していく。
それを見て、聖燐は咄嗟に羽嶋を蹴りつけ、互いに距離を取った。
「実体のない、幽霊のような使い魔か~。そんな奴、相手したことあんま無いな~」
「こちらも余り、時間を掛けていられなくてね。舐めていたよ。噂は聞いていたが、北条家はまるで別格のようだ」
「それはどうも!」
聖燐はゴーレムを消失させ、巻物に戻す。
そして次なる巻物を広げて、使い魔を呼び出そうとした。
(使い魔の複数持ちとはな)
使役できる使い魔の数は、基本的に一人に一体だ。
例外として同じ種同士の使い魔に限り、複数の個体を使役できるが、珍しいことに変わりは無い。
別個体の使い魔を状況に応じて使い分け、そのスペックをフルに扱えることこそ、逸材と言われる聖燐の由縁であった。
(彼女の使い魔、一体一体に対処法を編み出さなければいけないとは。流石に面倒だな)
『お困りのようだな、羽嶋』
「誰? 何者!」
「
カラスが一羽、空を舞い。
伴って、聖燐たちを包み込むように、白い霧がカラスの影から巻き上がる。聖燐と羽嶋を隔てるように。
『お前は予定の物を奪取しろ。北条家は私が相手取る』
「お前の使い魔では太刀打ちできんぞ? 一体何を根拠に」
『先に告げていただろう? 今日は“ボス”も付いてると』
言うや羽嶋の目前、白い煙に何者かの影が上空から降り立った。
フードを被り、羽嶋に背を向けるその背は、予想よりも小柄だ。
「貴方が」
「羽嶋よ」
声は何層にもくぐもり、男か女か判別できず。
姿を見せないボスは、左手を横にかざす。
「目的の為の狼煙はここにある。お前が持ってくることができたなら、我ら破邪術師団の前に誰も抗えはしない。探し出してこい! そして私の元へ持ち帰るのだ!」
水平に翳した左腕の影に、異様な文様が浮き出ていた。
そこから巨大な何かが、煙の中から顔を出す。
「これは⁉」
「呼び出しには応じたが、“完全”ではない。急げよ? こいつはいろいろと粗暴が目立つ。敵味方区別なく、な」
ボスの忠告から数秒足らず。
“それ”は煙の中から、羽嶋を一直線に牙を剥いた。
巨大な顔。それだけで有に三メートルはあるだろう。
羽嶋は寸でのところで回避するや、細長い蛇の胴体は横切り、後方に居た怪魔師や警官たちを襲い始める。
「な、何だこの化け物は⁉」
「今すぐ応援を! うわああああああ‼」
「理解した。今すぐに目的を果たしてこよう」
怪物が車両や人々を投げ出す混乱地帯を掻い潜り、羽嶋は研究所に乗り込む。
それを見送り、ボスも自身の敵と対面した。
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