第23話 北条聖燐

 ダイゴとぬえ。二人の強敵を前に、ついに真価を発揮したハルピコの術――『混合鎧化こんどうがいか』。

 その術をもう一度引き出そうと、春夢はるむとハルピコは、陽沙ひさとの会合後から練習に明け暮れたのだが……。


「結局、できなかった……」


 春夢は落胆しながら、帰宅。時刻はすでに夕刻から夜の九時に差し掛かっており、疲労でクタクタになっていた。


「ただいまなんだな~」


 対照的にハルピコは、元気に廊下を駆けて居間に向かう。

 そうやって春夢も、後に続くのだが。


「ん? 台所に電気が」


 一目散に台所へ向かい、頭をひねらせた。


(おかしい。出る前にちゃんと電機は消してたはずなのに)


 そして、流し台に向かってようやく異変に確証を得た。

 コンロの上には、お湯を沸かし終えたやかん。そして流し台には、カップ麺容器の亡骸が置かれてあった。

 極めつけに。


「おごああ!」


「うわあああ‼ 知らない人が居るんだなーーっ‼」


「な⁉ ハルピコ‼」


 何者かが襲う掛け声と、ハルピコの悲鳴。

 春夢が居間に駆け寄ると、そこには――。



「モフモフ使い魔~‼ 可愛いね~君! ねえねえ、名前なんて言うのかな~?」



 力いっぱい、ハルピコに頬を押し付ける金髪ポニーテール少女。

 奇抜な愛情表現と、テンションの差異。

 見間違いようが無かった。他でもない、春夢の幼馴染の一人。


せいりん


「あ? 春夢~おっかえりーーっ‼」


 護国聖賢ごこくせいけん北条ほくじょうの当主を継ぐ者。

 北条聖燐はニヘラと笑い、家の主を迎える。



「いや~春夢の帰りが遅いもんだからさ。夕飯食べちゃったら、つい眠くなっちゃって。あ、ごめんね、取ってあったカップ麺食べちゃって」


「別にそこは気にしねえよ。もっと大事な案件が有るかさ」


「ほんとに! 春夢は優しいな~。そこんとこ変わってなくって安心したよ!」


「俺もお前の変わりようの無さに、安心したよ。ぶっちゃっけ、人間どうしたらここまで変わらずにいられるか、心配になるぐらいに」


「あ、今のちょっとムカ! 私だって変わってるよ? 特にボディが!」


「胸をこれ見よがしに寄せ上げるな⁉ むしろ身体が成長したせいで、性格との掛け合いがより悪化したように感じられるぞ⁉」


「ふふっ……。また、こんな掛け合いができる日が来るなんてね。春夢、私。ずっと寂しかったんだよ?」


「聖燐……」


 おちゃらけた表情から、一転しての真顔に戻る聖燐。

 二人の合間に、変わらぬ関係性が有ったことを再確認し、互いに安心を寄せる。

 そして春夢は、そんな聖燐の想いを汲み取りつつ、言うのだ。



「ところでお前、どうやって俺の家に不法侵入した?」



「え? ああそれ。ちょっとベランダの窓をグイっとね」


「あっけらかんと告げるんじゃないよ⁉ 何だその、仕事終わりのビールみてえな例え!」


「もう~! こんなかわいい幼馴染が会いに来てるんだよ? 些細な問題なんて無しにしようよ。あ、ちょっとテレビ借りていい? 実は新発売のゲーム買ったばかりでさ」


「グイグイ親密感を縮めてくるな⁉ むしろ、数年間滞ってた俺たちの間の溝って、そんなに浅いものだったの⁉」


「あれ~。ねえ春夢の家、ハード機無いの? これじゃあゲームできないよ」


「聞けよ人の話! ゲームなんて昔、親父に棄てられて、それ以降やってもいねえよ‼」


「そうか。ふふ、そう思ってたよ。実は、じゃ~ん‼ そこんところ見抜いていた聖燐ちゃんは、ハードごと持ってきてたのでした~‼ これで春夢もレッツプレイ!」


「期待もしてないものに、勿体ぶってんじゃねえよ⁉ 誰がそんなもの!」


「なんなんだな、コレ。何だか面白そうなんだな!」


「お! モフモフおチビは興味ある! お姉さんが手取り足取り教えたげる~」


「わ~い‼」


「身内に裏切られたーーーーっ‼」


 春夢が頭を抱える傍ら、聖燐はゲームを起動させ、ハルピコ共にプレイ。

 まるで、自分が聖燐とこれまで何事も無く付き合って来たかのような世界観に、知らずしてパラレルワールドに足を踏み込んでしまったのかと本気で疑い始める春夢。

 悩まし気にする春夢に、聖燐は画面を注視しながら告げる。


「そう言えば春夢。やっと使い魔に巡り合えたんだね。どう? パートナーに出会ってみての感想は?」


「何だよ急に、そんな話」


「気になるんだよね~。アタシの体質、知ってるでしょ?」


 言われ、沈黙する春夢。

 そうやって、少し恥ずかしながら応えていく。


「念願叶っての使い魔だ。成功した時はすんごく嬉しかったよ。まさかここまで特異な奴が出て来るなんて、想像もしてなかったけど」


「それで? まさか後悔とかしてるの」


 トーンが落ちた聖燐の言葉。

 春夢はつい、剥きになり。


「使い魔を持てたことに後悔なんて! 俺は、例えハルピコに力が無くとも」


 言いかけて、途端に羞恥にかられる。

 にんまりと笑う聖燐に、小馬鹿にされたと思ったからだ。


「良かったね~ハルピー! 春夢は君のこと大切にしてるってよ」


「本当に! 何だか照れるんだな~」


「おいこら! お前、勝手なことを‼」


「と、思わせておいて隙あり‼」


「うわああ、僕のキャラがやられたんだな‼」


 ハルピコの操作キャラクターが、ゲーム内で倒され、聖燐はガッツポーズ。


「卑怯なんだな! もう一回なんだな‼」


「ふっふっふ。何度でもかかって来るがいい小童」


 聖燐にそうやってせがむハルピコは、二度目の挑戦。

 話の出汁にされたような気がして、春夢は意地の悪い質問を聖燐に投げた。


「それで、お前の方はどうなんだ? と言っても、メディアで見てる限り、使い魔は定まっていないようにみえるけど?」


「私の意向じゃないよ。私だってそろそろ、ちゃんとしたパートナー使い魔が欲しいんだけどさ。お家が許してくれないんだよね」


「はあ~」と、でかでかと溜息を付く聖燐。

 ハルピコは耳を震わせた。


「なんで? せいりんも、はるむと一緒でパートナー持てなかったんだな?」


「違う違う。こいつは怪魔師かいましとして才能は有り余ってるよ。何せ、どんな使い魔でも従えられる、恭順体質。小型から大型。コスモス種やカオス種に至るまで、聖燐はありとあらゆる使い魔を使役できる」


「何でも⁉ それって凄いんだな‼」


「でしょ~? あ、アイテムは貰っていくね~」


「また盗られたんだな‼」


「ゲームするか会話するか、どっちかにしろよ」


 そうやって、ゲームに一区切り打つと、麦茶を飲む聖燐にハルピコは続きを促す。


「だけど、何でパートナーが居ないんだな? もしかして喧嘩でもしたの?」


「喧嘩できるほど、親密になれた使い魔も居ないのよね~」


 どこか儚げに、聖燐はハルピコを膝の上に乗せる。

 頭を撫でられながら、ハルピコは疑問の視線を春夢に向ける。


「聖燐はさ、親たちの方針で使い魔を代わる代わる使役してるんだよ。主に、提供している企業側と連携してね」


「企業? それってなんだな?」


「最近の怪魔師職には欠かせない、ハルピーのような使い魔を世に送り出してる企業のことだよ~。そいつらはさ~、自分とこの使い魔を売り出したくて、私に協力を仰いでるわけ。私がその使い魔を従わせて、強いことを一杯の人にアピールできれば、それだけ自分たちの使い魔が怪魔師たちに買われていく。そして大儲かり~ってね」


 ハルピコの毛ふさな手を指で揉みながら、聖燐は説明。


「それじゃあ、仲良くなれてもすぐに離れ離れになっちゃうの? それって嫌なんだな」


「あーはっはっは! ハルピ―は純真だね~。ま、そんなわけだからさ。アタシもいつか、そういう相棒に出会えるの、憧れてんだよね~」


「他の怪魔師が聞いたら、羨ましくも感じるよ、その悩み」


「ありゃ? 今まで感じてましたって言い方ね。それじゃあ、今は?」


「どんな使い魔を使役しようとも、結局は当人との関係だ。互いに信頼しあっていなければ、本当の力は見えてこない。こんな当たり前の考え、ここ数年すっかり頭から抜け落ちてたよ」


「そっか。気づけて良かったじゃん。春夢は、立派な怪魔師に一歩近づけたんだね」


 そうやって、ハルピコを膝から下ろし、聖燐は立ち上がる。

 背筋を伸ばしたのち、時計を眺めて。


「そろそろ行くよ。久々に話せて楽しかった」


「聖燐。お前、他に何か言いに来たことあるんじゃないか?」


「言いたいこと? どしたの急に」


「昔から、何か打ち明けたいことがあると、唐突に家を抜け出て来ることがあっただろ? 今回もそれじゃないのかと思ってな」


「うわ~ん! ハルピー、春夢が私の性格覚えててくれてたよ~!」


「せいりん、苦しんだな」


「そんなことで一々感激するな! それでどうなんだよ⁉」


 つい羞恥に、話題を進行させる。

 ハルピコに全力で頬ずりする聖燐は、ニヤッと笑い。


「実はね、今巷を騒がせている破邪術師団はじゃじゅつしだんって居るじゃん? アレの検挙に、私たち北条家と南部なんぶの連携が決まったの」


「破邪術師団! それってマジか?」


「うん、マジマジ。だから頑張ってくるよ」


「しかも今からかよ⁉」


 話の唐突さ。

 差し引いて、作戦の直前で友人の家に上がり込む呑気さに、嘆息を付かずにはいられず。


「でも、なんでそのことを俺に報告する?」


 素朴な疑問を口にした。

 しかし聖燐は当たり前と言いたげに。


「まさか隠し通せると思ってた~? ちゃんと陽沙が話してくれたよ? 春夢が、鵺の使い手を倒したってこと」


「陽沙の野郎……黙っておくって言ったのに、結局バラしたのかよ」


「まあ、アタシらの仲だし良いじゃん。随分と嬉しそうに話してたよ? 陽沙の奴」


「ああ、そー」


 茶化され、もうどうでもよくなった春夢は、改めて聖燐のこれからを危惧する。


「お前のことだから俺よりは心配ないとは思うが、大丈夫なんだろうな? 一度戦ってみただけだけど、普通じゃないぞ? アイツら」


「らしいね。まあ安心してよ、春夢」


 春夢とハルピコに背を向け、聖燐はベランダの手すりに足をかけた。


「私が悪いと思った奴は、み~んな凝らしめてあげる。私の手で、ね!」


 覗かせた妖艶な笑みは、風がなびくように一瞬の印象だけを残し。

 聖燐は飛び立った。


「あ、そうだハルピー! ゲーム機はまた次の機会に取りに来るから、それまでは自由に遊んで、腕でも磨いておいてね~」


 夜の闇に消えていく声は、いつも通りの彼女であった。


「さよならなんだな~」


「来るときも帰る時も、普通じゃ駄目なのかよ」


 終始、聖燐の行動には振り回されがちだ。

 しかし春夢は、そんな元気に見える聖燐との交わりに、ほんのりと陰を感じた。


(私が悪いと思った奴、ね)

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