第21話 陽沙と春夢
互いに話せる場を求め、
「それでなんだけど
「ほらハルピコ。ステーキを噛み切ろうとしないで。私が切り分けてあげるから」
「う~ん。う~ん」
「ダメじゃないハルピコ。人参はちゃんと食べないと。前に克服したでしょう?」
「そうだぞ、ハルピコ。苦手ならステーキと一緒に食べるとか工夫するんだ。それであの、陽沙さん」
「ハルピコ、口元が汚れてる」
「むぐぐぐ。どうしたって食べてると、汚れちゃうんだな~」
「食事が終わったあとに吹けばいいだろう? いちいち食べる手を止めてたら、飯が冷めちまう」
「貴方がそんながさつだから、ダメなのよ。手のかかるうちは、衛星管理はしっかりしてもらわないと」
「お母さん⁉ 世話焼きっぷりが、尋常じゃないな! そんなに祭りの席で仲良くなったの、お前たち!」
「はるむのこと、いろいろ聞かれたんだな~」
ハルピコがそう言うや、陽沙はほんのり頬を赤らめて、そっぽを向く。
「そう言えば話があって来たのよね? そこのところ忘れてもらっちゃ困るわ」
「俺は忘れた覚え、ないんだけど?」
食事を挟んで一間置き、空腹を満たしたところで陽沙が本題を告げる。
「先日の、
「あの
「自分達の目的。彼らは今の
「理想の怪魔師……。良く分からないな。今の怪魔師の態勢が、ただ不満ってだけか?」
「それもあるけど、一番の根底は使い魔の扱いね。あの大樹って子が扱ってた鵺に対し、何か気にならなかった?」
「とにかく狂暴な奴だった。まるで全然力をセーブする気がないみたいに……」
「そういうことよ。彼らは主に、カオス種使い魔の力を欲してる。底知れぬその狂暴性をいかんなく発揮できる舞台を求めてね」
「なんてテロ紛いな目的を!」
「ほとんどテロと変わらないわよ。使い魔ってのは、個体によっては普通の武力じゃあ太刀打ちできない力を秘めてる。私たち怪魔師の振るう力の一旦は、それだけ責任と重さが付いて回る」
「なのに」と、陽沙はティーカップの水面に、苛立ちの波紋を伝わらせる。
「彼らその責任を自ら放棄している。私たち、現代怪魔師に対しての侮辱だわ」
「それで。その捕まった奴が他に晒した情報は」
陽沙は首を振る。
「ほとんど無い。彼がそもそも、破邪術師団の中でしっぽ切り要因だったのか。それとも口が固いだけなのか」
「前者なら、目的意識だけで手を組んだってことか? そうまでして、あんな大それたことを」
「それに関して言えば、貴方だってそうじゃない? 見てたわよ? 元家系に殴り込みに来るなんて」
「…………」
バツが悪そうに春夢は喉を詰まらせる。
その反応に、陽沙は意外にも同調した。
「分からなくもない。というか、彼ら破邪術師団みたいな怪魔師が生まれてくるのは、ごく自然な流れだと思う」
「それって、どういう意味だ?」
「世間情勢の流れって奴よ。二十年前に比べて、怪魔師の数は飛躍的に伸びていった。この意味は分かってるわよね?」
「ああ。『
神霊樹。
それは怪魔師達にとって最も根幹に存在する、重要な存在であり……、
そしてこの世界において、人々に最も畏怖を振り撒き、自然に愛された生命。
「神霊樹は知っての通り、
陽沙は端的な言葉でまとめ、続けた。
「古くから、この神霊樹が有るからこそ、怪魔たちは絶えず滅びず、現代までこの世界に現出してきた」
「確か、怪魔たちの誕生の仕方って、神霊樹から実った卵から産み落とされていくんだよな? まんま樹木が果実を実らせるように」
「そうよ。大昔、神霊樹は怪魔を生み出す危険な大樹として、そのほとんどは土地から切り離され、もしくは焼き払われた」
「そして人類は残した神霊樹の根で、永い間研究し、二十年前。ついにコスモス種怪魔だけの繁殖に成功させた」
「人工的な神霊樹の登場により、怪魔師の世界は一変したわ。人と比較的共生しやすいコスモス種だけを繁殖させることで、相対的に怪魔師の数も増え、誰もが自身の才覚を試せる土壌ができ上がった」
「それまでは、扱いやすい小型の怪魔は一通り名家が独占してたもんな。大型の怪魔や、カオス種の怪魔なんかは、扱える人間が居ないまま蔵で眠るだけ」
そして話は、怪魔師の黎明期に隠された闇を暴き出す。
「そうやって怪魔師たちは、
「
春夢にとっても歯がゆい情勢だ。
小型の怪魔は愚か、その人工的に生み出された怪魔すら、使い魔とする技量が、元東日下家当主の春夢には無かったのだから。
「だけどよ、それがあの少年となんの関係があるんだ?」
「大アリよ。あの大樹って子は、時代の荒波に潰されたその流派の出自なのよ」
率直に春夢は驚嘆した。
「あの鵺を扱えたほどの技量だぜ? 怪魔師としてなら、引く手数多のはずだけど」
「あの子が居た流派ってのが、権堂宗って言うらしいわ。数年前、廃れかけたこの怪魔師の宗派は、ある禁則に触れたの。神霊樹の独自利用、並びに怪魔の個人培養」
「それって、御法度中の御法度だな」
「当然、バレた後はこれを推し進めた人間全員検挙。そして当時七歳であった彼も、怪魔師ライセンスは永劫剥奪。権堂宗が所持していた使い魔も、全て処分されたわ」
「それって、酷くないか?」
「血の契約を交わした以上、使い魔は主人を鞍替えできない。扱いに困ったら即処分。確かに、私達人間は身勝手よね」
ついつい、春夢と陽沙は同時にハルピコを瞳に写す。
「飛行機、かっこいいんだな〜」
人間の野暮な感情などつゆ知らず、ハルピコはお子様ランチに付いていた飛行機の玩具を弄っていた。
「使い魔はただ純情なだけだ。そんなこと、考えたくはない」
誰よりも使い魔に巡り合うことを望んでいた春夢だからこそだろう。大樹の取った行動に少しだけ同調し、陽沙もまた顔を俯かせた。
「もしかしたら、それが原因であの子も悪い方に歪んだのかも。鵺に対する異常なまでの信頼と力の固執は、どうも並々ならないものがあった。それは恐らく他のメンバーにも。破邪術師団は、現代の怪魔師の根底を否定するつもりよ? どんな手を使ってもね」
代わりいく怪魔師の情勢と、それらの波に飲み込まれるだけの使い魔。
今が怪魔師にとって、これから先の未来を暗示する時期だろう。
体制に誰もが四苦八苦しながらも、緩やかに慣れていくのか。
それとも見え隠れする怒りの蓄積が、先に積載量を超えて、社会へ反逆の狼煙となってしまうのか。
「とにかく、貴方たちも気を付けなさい。何せアイツらは、護国聖賢だけじゃない。何故かハルピコの方にまで矛先を向けている」
「そこが謎だ。何でハルピコを危険視しているのか、俺にはどうも」
「奴らは、ハルピコがただの使い魔じゃないと睨んでる。私から見ても、普通じゃないことぐらい分かるわ。春夢はそこんところに詳しくないの?」
「いや、それがさ」
春夢はハルピコとの経緯を掻い摘んで打ち明け。
全て聞き終えた陽沙は、呆れ目になった。
「何の
「使い魔の居ない怪魔師なんて、怪魔師と言えるのかよ⁉ あの時までは俺は半人前だった! だからその苦言は、正確には当てはまらない‼」
「屁理屈を。とにかく無茶はしないでちょうだい。ここから先は護国聖賢、全体で連携していくわ。警察側も全面的に後押ししてくれてる。この前のようには絶対にいかせない」
並々ならぬ、陽沙の意思。
この前の敗戦をバネにしての、確固たるものであった。
春夢もついその熱に当てられ、自然に了承する。
「俺もそうだけど、お前無茶はするなよ?
「分かってる。華火の傷は昨日で回復したし、これから新しい術を構成していくわ。この前のような失態は犯さない」
「そういう、汚点を埋め合わそうとする完璧主義的なやつ? 俺が心配してるのは、そこなんだけどな。そうやって
「勘定はここに置いておくわ。代わりに払っておいてちょうだい」
「ちょっと待て! 何でナチュラルに、俺に全部払わせようとしてるんだ、お前⁉」
「女の過去にずけずけ入り込んだ罰よ。男なら責任取りなさい」
「そんな大それたもんじゃねえだろ⁉ 笑って流せや!」
「ハルピコ。まだ入るんだったらデザートも頼んでいいわよ? 私を助けてくれたお礼に」
「勘定は俺なんだろう⁉ 聴くなハルピコ! 悪魔の囁きだ!」
そんな人間共の醜い争いの中で、ハルピコは視線をウトウトさせる。
「僕、ちょっと休むんだな~……」
瞼を瞑るや、ハルピコは光に包まれた。
ぽとり、と座席シートに何かが着地。
それはハルピコの顔であり、まるで手のひらサイズの缶バッチみたいな形になって、すやすやと寝息を立てていた。
「ハルピコ、眠っちゃったのか」
「ちょっと待って春夢。これ、どういうこと? ハルピコにどんな
陽沙は疑問に思う。
降魔書に封じられた使い魔は、この世に実態を持つことができない。
実態を得るには、怪魔師との血の契約を挟み、彼らの扱う呪具を介することで、この世への現出を許されるのだ。
それなのに……。
「ハルピコに呪具は無いんだ。一人でに実態を表して現出しては、休みたくなったら、そんなバッチみたいな姿になる。俺の意思で呼んだことは一度も無い」
「自分一人で自由に現出できるってこと? それって相当、異常よ」
「俺も文献をいろいろ探ってはみたんだけど。あんまり手がかり掴めなくって」
怪魔師だからといって、使い魔全ての特性を把握しているわけではない。普通の生物とはどうしたって、根底が違うためだ。
しかしそれでも、これまで手順に培ってきた怪魔への『常識』が、ハルピコに対してだけ全く適用されないというのは、陽沙に大きな不安を過らせた。
「危険じゃない分、ハルピコは信じてあげられる。でも、この子のことはもっと知っておくべきだと思う。近々、
「浩司か。今更、どう会うべきかな」
「貴方、まだそんなことを引きずる太刀なの? それとも、まだ私たちに顔向けは不釣り合いだと考えてるわけ?」
陽沙に鋭く睨まれる春夢。
視線の節々に、数年間滞ってきた関係性の溝に対して、彼女の不服を肌で感じ取り。
「分かったよ。これからはちゃんと、お前たちと向き合う。でも、嫌味を言われるのだけはごめんだからな?」
「他二人は了承してくれるんじゃない? 私はそんななまっちょろい関係、望むつもりはないけど」
「鬼か⁉」
互いに心のやり取りを噛み締めて。
停まっていた友達としての歯車が、数年越しに稼働した。
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