第20話 ひと時の平穏

 西園寺さいおんじ、並びに東日下家あさかけ襲撃事件から三日が経った。

 

『犯人グループは未だに全員、掴まったわけではないんでしょう? 速く捕まってほしいですよ。いつ彼らの牙が私たち住民に剥くか、なんて考えたらね~』


『警察では不十分じゃないですかね。だって相手は怪魔師かいましなんでしょう? それも護国聖賢ごこくせいけんを打ち破るほどの。西園寺家は門下の怪魔師が加勢に来て助かったって聞いたけど、もう一つの、え~っと、何て言ってましたっけ? あ、あ、あすま? え? 東日下家? ああそうそう、それそれ。そっちは完全に病院遅れにされて言う話じゃないですか? 彼らで手こずるようなら、相当厳しいんじゃないですかね』


『もうね。護国聖賢がどうのとか、そういう時代じゃないと思います。確かに彼らは、他の怪魔師に比べれば歩んだ歴史も、使い魔を扱いは長けてると思いますよ? でもそれイコール実力ってわけではないと、今回で証明されてしまいました。警察も、本当に実力のある怪魔師と協力して、速いところ犯人グループを捕まえてほしいですね』


 此度の件に、住民達に護国聖賢へ対しての信頼性が徐々に揺らぎ始めていた。

 その情勢が道場居間のテレビで流れ、春夢はるむは噛り付くように視聴。


「どうやら東日下家の若頭も、まだ意識が戻っていないようじゃな」


 同じ部屋で、新聞を見ていた善一ぜんいちも、あるインタビュー記事を春夢へ手渡した。

 新聞には、襲われた誠一郎せいいちろうは未だに病院の床に伏し、父親である満貞みちさだが「犯人は我々、東日下家が捕まえてみせる」と激高をあらわに! と記載されており。

 

「本当に息子のためか? この人のことだから、なんだか自分の家のブランドを保持したいがための発言に聞こえる」


 春夢は野暮ったく内容を受け取る。


「それが本当なら、相当ねじ曲がったプライドしておるな、この男」


「あっちの家系柄なんでしょうね」


「そうか。春夢はそう言う風には、毒されておらんのか?」


 にやり顔で聞く善一が、何ともいやらしい。

 しかし春夢は、三日前までの自分を遠い過去のように掘り起こし、首を振る。


「自分も同じだったかもしれません。でももう、今は何だか吹っ切れた感じがします。あの家に固執していた理由が無くなった途端、肩の荷が下りました」


「これもアイツのお陰ですよ」。そう言って、ハルピコに視線を向けた。


「うおお! 切り影魔人のお通りなんだな~」


 ハルピコは現在、居間に寝そべりながら、祭りの際に買ってもらったロボット玩具に熱中していた。

 あの日の戦闘の傷もすっかり回復し、三頭身の猫型使い魔はいつも通りにはしゃいでいる。


「あんな目に合っても、全く変わらないな、コイツは」


「何にせよ、一歩前進というわけか? それも良かろう。人生、山あり谷ありだわい‼」


 満足そうに善一は高笑い。

 その直後に、零香れいかが昼食を持って入室する。


「ほら、食事の用意できたわよ。テーブルの上片づけて。ハルピコ君も手洗ってきなさい」


「分かったんだな!」


 そう行ってハルピコが廊下に出た最中に、玄関からチャイムが鳴り響く。


「アレ? 誰かしら?」


「僕が出るんだな~」


「あ、おい! ハルピコ」


 使い魔が来客の対応など、聴いたこともない。

 憂慮な面持ちで春夢が玄関口まで駆けつけると、そこにはハルピコを抱きかかえる客人が佇んでいた。


「はるむ~。ひさなんだな!」


陽沙ひさ


「春夢」


 互いに交える言葉が足りない。

 ダイゴらの襲撃時は非常事態だったがために、彼らがこうやって再開するのは、実に数年ぶりのことであった。

 かける第一声を探そうと、口をもごつかせる春夢に、陽沙は溜息を吐露して呟く。


「貴方達に、話しておきたいことがあるの。少し付き合ってもらえる?」




 同時刻。

 桜見町おうみちょうから遠く離れた地にある、少年刑務所。

 中央に机と椅子以外なにも存在しない乳白の部屋の一室に、椅子に縛られる形で一人の少年が佇んでいた。

 彼の囚人服には、護符の札が何枚も張られ、扱いはひときわ異質。

 それが怪魔師であり、そしてまだ未成年でしかないダイゴへの処置であった。

 そんなダイゴの前に、一人の中年男性が入室し、対面に座る。


「失礼するよ、権堂ごんどう大樹だいき君。こんな形での対面で申し訳ない。カウンセリングだと言うのに、外の奴らが厳しくてね。気分を害したならいつでも言ってくれ。力になろう」


 笑顔を向けてくる男に、ダイゴは舌打ちする。


「ならまずは、その名前で呼ぶのを止めろよ。もうその名は棄てた」


「申し訳ない。随分と過去を嫌っているようだね、ダイゴ君。出来ればその話を聞きたいのだが……」


 男は机に腰かけ、ネクタイを緩めた。

 そして次の瞬間には、笑顔とは違う――ニヒルな笑いを作る。


「お前の過去はまた今度にする。聞かせてくれ。白い降魔書こうましょの使い魔に、どうやって敗北した?」


 一瞬だけ、瞳を大きく見開くダイゴ。

 ダイゴもまた理解し、「へえ~」と驚嘆を漏らす。


「アンタ、そんな顔だったんだな。いつもカラス越しだったから、実在してたのか怪しんでたよ、仰木おおぎさん」


「こっちも職業柄、不用意には接触できなくてね」


「今なら、思う存分ってわけね。でも、外の奴らには?」


「問題無い。私の使い魔の特性は知っているだろう? 外の輩どもは全て、さ」


 そう言う卯木の足元の影に、一匹の長鼻が伸びた。

 影の暗闇から這い出て来たのは、像に酷似した50センチ前後の怪魔。

 大きな耳をフリフリと振り回し、背中には十円玉程度の穴が無数に点在した。

 その穴一つ一つから、呪力を帯びた白い煙を噴出させる。


「それがおっさんの?」


「『ばく』と言う。古い文献では枕元で夢を見せるだけの、温和な存在と伝えられているが、こいつの本質はそうではない。術で惑わせた相手を、夢の中へのだよ。やがて、現実なのか夢なのかさえも曖昧になっていく」


「こっちは別に使い魔自慢聞きたいわけじゃねえよ。さっさと本題に移ろうぜ? 俺をここから出してくれるんだろ? さっさとしてくれ」


「その前に、だ。白い降魔書の使い魔とはどんな交戦をした? ぬえを倒せるほどに、内包する呪力が強かったのか?」


 沈黙に口ごもり、やがてダイゴは「そうじゃねえよ」と、ぶっきら棒に呟く。


「最初はひょろっちい奴だと舐めていた。だがあの使い魔の本質はそうじゃねえ。姿を変えたんだよ! 鎧みたいに怪魔師に纏わりついて! そしたら怪魔師の方も、格段にパワーと身体能力を上げやがった‼︎ 鵺と張り合えるほどにな!」


「怪魔師と一体となって戦う、か。確かに異質だな」


 一人でに納得した仰木は立ち上がる。


「話は済んだろ? さっさと俺を解放しろ! そしたら早速俺が、そいつを潰しに行ってやる‼︎ 今度は絶対に!」


「悪いが、お前にはここに残ってもらう」


 熱を上げるダイゴとは対照的に、冷ややかに告げる仰木。

 一瞬、言葉を飲み込めず、ダイゴはドアノブに手を掛ける仰木を怒鳴る。


「おいおっさん! お前、何を考えて‼」


「ここでやるべきことを与えよう。お前のような粗暴者でも、我々は寛容だよ」


 怒りに満ちるダイゴの足元から白煙が捲き上がり、部屋中を覆う。


(どうやら術者と無関係に、運命は我々と白い使い魔を結び付けようとしているらしい。目的を速めねばな)


 部屋を退出するや、仰木は帽子を被り直し、去っていく。


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