第19話 狂気との対峙、決着は……

 自身の術によって黒色の体毛を白く発光させながら、ぬえ春夢はるむとハルピコへ飛びついた。

 春夢は、強化された身体能力でその攻撃をジャンプでかわし切り、次にダイゴの方へと定めた。


怪魔師かいましを先に潰せば‼」


「考えが甘めぇんだよ‼」


 瞬間、春夢の後頭部に衝撃が走る。

 視界がぐらつき、一気に地面へと振り落とされた。


「なんだ⁉ 一体、どんな攻撃が!」


「はるむ! あの怖い猫さんが来るんだな‼」


「なに⁉」


 ハルピコのアドバイスで、春夢は地面を蹴りつけ、その場を回避。

 すると鵺がその地に降り立ち、春夢らを睨みながら後方へ飛び退いた。


(おかしい! 鵺はどうやって、俺達の背後に一瞬で‼)


 答えはすぐにやってきた。

 鵺が後ろ脚を宙に蹴りつけるや、鵺の身体は一気に加速。

 その加速が加えられた前足のフックが、春夢の腹へと突き立てる。


「がぐ、ああぐ‼」


「は、はるむ~‼」


 見れば、鵺の角に青白い光。

 春夢は飛ばされた身体を鞭打ち、すぐさま回避行動に移る。

 鵺の雷撃は、春夢を掠めて後方へと飛んでいくが――。


「あの、結晶のような石はっ⁉」


 放電の行く先に、黄色く煌めく結晶の欠片。

 それは先ほど、ダイゴが自身の呪具じゅぐを砕いた破片であり、鵺の雷撃はそれに直撃するや、向きを変えて、春夢たちへと襲い掛かる。


「ぐああああああああああああーー‼ ああっ……‼」


「ああ、済まねえ済まねえ。回避に成功しても、結果は変わらなかったみたいだな?」


 当てられた電撃を耐え切り、春夢とハルピコは唸る。


「攻撃を避けたのに、結局痺れたんだな⁉」


「そうか。あの飛び交う呪具は、鵺の雷撃を補助できるのか……。そして恐らく、鵺自身の動きも」


「ご明察。理科の授業とかで習ったことあるだろう? 磁気力って奴さ。鵺の発する磁力に応じて、引力も反発もお手の物ってわけさ! こういう風にな‼」


 鵺の姿が一瞬にして消える。

 浮遊する結晶を蹴り、磁気を足場に加速。

 春夢はなんとか姿を捕らえて回避に専念しようとするも、鵺が回避先に電撃を放ち、ダイゴがそれに反射する結晶石を飛ばす形で退路を閉ざす。

 結果、春夢らに鵺の爪が直撃。


(このままだと⁉)


「はるむ! お箸を持つ方に、せいけんづきなんだな‼」


 地を後ずさりながら攻撃に耐えると、胸部に居るハルピコが声を荒げる。


「はあ⁉ お箸を持つ方って‼」


「お箸を持つ方向なんだな‼ 僕に教えた技を使うんだな‼」


「それって右ってことか⁉ そこに正拳突き‼」


 言われたとおりに、春夢は実行した。


 瞬間、春夢の放った拳の呪力が、ダイゴの呪具に直撃した。


 今の攻撃によって砕け機能を失ったのか、複数ある結晶の一つは地に落ちる。


「ハルピコ! まさかお前、アレの居場所を⁉」


「仄かに匂うんだな! あの悪い奴から流れる力の匂いなんだな‼」


「だったら逐一教えるんだ! 勝機は有る‼︎ 全部破壊するぞ‼」



 戦闘が始まって五分足らず。

 ダイゴは追い詰めていた――はずだった。


(どういうことだ⁉)


 地を飛び跳ね、鵺の攻撃を人間離れした動きで掻い潜る春夢ら一行を睨み。


(やっきよりも動きが良くなってきてやがる‼)


 加速する鵺の攻撃を、かわすことは至難のはずだ。常人になど絶対にできはしない。

 それなのに春夢たちの粘りは、ダイゴの想像を超えて、苛立ちを募らせるに至る。


「何なんだよ、何だよコイツらは⁉」


 怒りに身を震わしている間に呪具の欠片が破壊され、残り五つまで追い詰められた。


「っ⁉」


「よし、徐々に鵺の攻撃パターンが絞り込めてきたぞ‼」


「猫さんも疲れてるんだな‼ 反撃なんだな、はるむ!」


 ハルピコの言う通り、大量の呪力を連用しての戦闘は、鵺にとっても重労働であったのだろう。次第に呼吸が乱れ、速度も落ちてきていた。

 鵺の手数も減少し、その隙に乗じて春夢は三発、四発と、呪力の帯びる拳を鵺の角へ打ち込む。


『ガ、ゴ、アアアアッ‼』


「よし‼ この調子で行けば後もう少しで⁉」


「まだだ! 疲弊している面なんて見せんてんじゃねえよ‼」


 ダイゴは春夢たちへ、生き残っている残り五つの結晶片を投げつけた。

 そこにはダイゴ自らが蓄電させた呪力の稲妻が宿り、春夢の頭上に浮遊する欠片が地上四つの欠片に向けて稲妻の曲線を築く。

 まさしく電気の檻が、春夢たちを取り囲む。


「お前、今更何を⁉」


「もう白い降魔書こうましょなんざ関係ねえ‼ テメエだけは生かしておくか⁉」


 そしてダイゴに蓄積された怒りは、鵺にも向けられた。


「テメエもテメエだ‼ なんのためにお前を世に解き放ったと思う⁉ 悪れてねえよな⁉ 世間が自分に対してやった行いを‼ 少しでも野獣の誇りが有るんなら、血反吐いてでも仕留めやがれぇ‼」


『ガ、グ!』


 振るえる焦点を意志だけで元に引き戻し、強く牙を噛み締めながら鵺は激昂。


「ゴアアアアアアアアアアアアアアッッ‼」


 口元に泡を溜めながら、最後にありったけの呪力を解放した。

 二つのそびえる角に、これまでにない、稲妻の刃を生み出す。


「ははは! それでいい‼ それでいいんだよ‼」


「良い訳ない! これだけ呪力を消費すれば、鵺の生命もオーバーヒートするぞ‼」


「だからどうした⁉ どっちにしたって、勝たなきゃ俺たちに居場所なんてねえんだよ⁉ さあやれ鵺! 奴らが動けねえ合間に殺せえ!」


 もはや二人を繋ぐものは執念だけだった。

 狂ったように怨敵を睨み、鵺はよろめきながらも春夢たち目掛けて突っ込む。

 稲妻の切っ先が、貫かんと迫る。


「これじゃあ避けられない! これまでなのか……?」


「いや、はるむ! まだなんだな‼」


 ハルピコだけは諦めていなかった。

 向かってくる、もう一つの呪力の匂いを前に――。



 春夢らの頭上を支配する結晶に、札が直撃し、爆炎を巻き上げる。



「この術、は⁉︎」


 ダイゴは横やりの入った方向を見やり、

 陽沙ひさの覗かせた笑みに、この上なく目を血走らせた。


 ダイゴが施した電気の檻が立ち消え、春夢は拳を構える。


「もう避けてる暇はない‼ ここで応戦するぞハルピコ‼」


「やるんだな、はるむ‼」


「今更、テメエらの悪あがきになんかにいいいい‼」


 迫る稲妻の刃。

 春夢はありったけの呪力を拳に込めて、解き放つ。

 正拳突きに放たれた呪力の衝撃は、通常の何倍にも巨大に威力を内包し、鵺の術に激突した。


『ゴガアアアアアアアアアアアアアア‼』


 お互いの術の鍔迫り合いが続き。

 打ち勝ったのは――。



『ガアアアアアアアア‼』



 鵺の刃は突き抜けた。

 陽沙の悲壮。ダイゴの勝利の確信。


 ガキリッ‼


 その直前で、鵺の片方の角が、根元から折れた。


「な、に?」


 呪力の集約場所が欠け、形として定着していた稲妻の刃は、淡く飛散し消えていく。

 ダイゴはそこで、やっと理解する。


 春夢達が必要以上に、角へ攻撃を与えていた意味を……。


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼』


 そして直後、春夢の拳が鵺の顎を突き上げて。

 勝負は決した。




『どうやらそっちはうまく行ったようだな? 安心したぞ、羽嶋はしま


 辺りの常闇に溶け込むカラスが、赤い目だけで存在を誇張する。

 羽嶋は、もはや意識の無くなった誠一郎せいいちろうを路上に放り棄て、仰木おおぎに疑念を抱く。


というと、どういうことだ? まさかダイゴの方は失敗したのか?」


護国聖賢ごこくせいけんの実力を揺るがす意味では、充分な役目は果たしていた。しかし事もあろうに、白い降魔書の使い魔と主人を屠ろうし、返り討ちにあったのだよ』


「…………なるほど」


 数秒の沈黙。

 そののちに羽嶋は、ヘルメットの顔を上げる。


「それだけ仕事をこなしてくれれば問題ない。これから先は俺一人でも支障無く進める」


『ダイゴの油断も有っただろうが、何分、奴らの力も図り知れん。速めに潰しておきたいところだがな』


「承知している。余裕が有れば対処はすると、ボスに伝えておけ」


『期待しているぞ』


 言い残し、仰木は去る。

 そうやって警察、並びに救急車のサイレン音に、羽嶋も立ち去る傍ら。

 破砕した車に横たわる東日下家あさかけ、現当主の祖父母を見下ろした。


(まさか、自分達が追い出した元跡取りに、これから先の運命を託すことになるとはな。皮肉もいい所だろう)


 ブロック塀を軽々飛び越え、羽嶋は家々の屋根を駆けていく。

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