第18話 ハルピコの真価

 桜見夜祭おうみやさいからごった返す車両の群衆を抜けて、ようやくスムーズな帰路に着き始める東日下家あさかけの一行。


「今日はとんだ日になった。あんの出来損ないの面を見ただけでも、煩わしいというのに……」


満貞みちさだは大丈夫かの~」


 祖父・祖母が愚痴を零す傍ら、向かいに座る誠一郎せいいちろうは居心地の悪いまま到着を待っていたのだが――。


「あれ? この呪力じゅりょくの気配……」


 察知するや、車両前方のフロントに何かが降り立った。


 車は急停止し、シートベルトに身体を圧迫され、祖父が運転士に怒鳴る。


「どうした⁉ 何故、急に止まる⁉」


「人が、上空から‼」


 答える暇なく、運転士はフロントガラスを割って現れる手のひらに掴まれ、外に引きずり出される。


「襲撃⁉ おじ様、おば様‼ 速く外に‼」


 誠一郎は一目散に、扇を取り出した。


「モノケロ‼」


 扇から煽られた強風が、ガラスの破片を巻き上げて外に飛び出す。

 襲ったであろう相手は数歩先まで後退し、吹き荒れる風の中心から現れる馬型の使い魔――モノケロを見やりながら、手袋を整えた。


「貴様、何者だ⁉」


「わしらが東日下家と知っての狼藉かえ‼」


 祖父・祖母の盾になるよう、誠一郎は相手に向く。

 車両のライトに照らされる相手の顔は、ヘルメットに覆われていた。

 襲撃した男――羽嶋はしまは、ただただ誠一郎だけに注視しながら。


「その齢で、護国聖賢ごこくせいけんを背負うだけは有る。良い危機感だ。実に世間は惜しがるだろう。就任して早々、蛮族に完膚なきまでに潰されるのだから」


「だ、誰なのですか貴方⁉」


「何のことは無い。旧世代の栄光に端を発する、ならず者の怪魔師かいましだよ」


「怪魔師の犯罪者……? まさか、巷で騒がれている!」


「分かってくれたのなら、話が速い」


 羽嶋のロンググローブに、青い炎が伴った。

 蛮行はここでも繰り広げられる。



春夢はるむ。一体何が有ったの?」


「俺に聴かれてもな」

 陽沙ひさの問いに、春夢は自身の胸部を見下ろす。

 そこには三頭身の愛らしい風体だった自身の使い魔が、まるで甲冑の胸部プレートのような形に変化し、服の上を覆っていた。

 そして白い防具の表面には僅かに自分の使い魔の顔が残っており――ハルピコは防具の面積内を自由に徘徊する。


「何だか面白いんだな!」


「どう考えたら、そんな楽観的になるんだよ⁉ お前、自分の現状分かってるのか? 戻れなくなっちまったらどうする⁉」


「そ、それは困るんだな! こんな身体じゃ、痒い場所も掻けないんだな!」


「あのな~」


 困ったように春夢は頬を掻く。

 そこで自分の右腕に、何かが張り付いていることに気づいた。


(コレ、試合の時に現れた“ガントレッド”⁉)


 そこでやっと、全身の変貌に気づいた。


 手、足、胴体――それぞれに部分的な防具が、装着されていたのだ。


 皆、一様に白い毛並みに覆われ、しかしその質感は鋼のように固い。


「まさかこれって! ハルピコの身体‼」


「むう! はるむ、危ない気配なんだな‼」


 ハルピコの警告に、防具の毛並みが逆立つ。

 気づけばぬえの爪先が、ハルピコの顔面数センチまで迫り……。


「危ないんだな⁉」


「おごおっ‼」


 変形したその身を綺麗に逸らし、ハルピコは回避。

 結果、衝撃は春夢の身にもろで直撃した。

 そのまま十メートル先まで転がっていく春夢。


「おい、ハルピコ! せっかくそんな防具みたいになってるのに、避けちゃ駄目だろ⁉」


「だって痛そうなんだもん……」


「まあ、それは確かに」


「全然、そうには見えねぇんだよ‼」


 続けざま、鵺の雷撃が上空から降りかかり、春夢は危機感を糧に全力で横に逸れた。


「は、速い!」


 陽沙は、まるで瞬間移動したかのような春夢の動きに、驚嘆。

 当の春夢たちも、身体能力の向上に舌を巻く。 


「身体が、いつも以上に過敏に反応する。何だか生気が満ち溢れてくるようだ!」


「僕も元気いっぱいなんだな!」


「それじゃあ、まさか。これが、これこそがハルピコの、“特技”?」


 にわかに信じがたい。

 現実としてなぞるこの異様な展開は、少しでも冷静になれば夢見心にふわついて感じてしまう。

 ――が、現に皮膚を撫でる痛みは、絶対に否定のしようもないものだった。


「驚いたよ。アンタ何者だ? の使い魔が、まさかそんな特性を秘めていたなんてよ」


 ダイゴの単語に、春夢は表情は強張らせた。


「お前、どうして白い降魔書こうましょのことを⁉」


「単純さ。俺達のこれからの目的に対し、その使い魔は脅威だとボスが睨んでいてな。アンタもそれを織り込み済みで、そいつの主人になったんだろう?」


「お前達の、“ボス”? 何だよそれ! 組織ぐるみってわけか⁉ 一体何処の!」


「鈍い奴だな~。もしかして新聞とか読んでないわけ?」


 ダイゴの隣に寄る鵺を改めて見直し、春夢は遅れて理解する。


「博物館で盗みを働いてた‼ 確か名は『破邪術師団はじゃじゅつしだん』!」


「ご名答! 正解の御褒美に、名誉ある死を献上してやる‼」


 ダイゴは鵺の背に飛び乗り、二人へ牙を向けた。

 思わぬ第二ラウンドのゴングが鳴った。

 鵺の爪先を春夢はかわし切り、地面には深々と痕が残る。


「俺達を知っての行動にしろ、巻き込まれたにしろ、そんなもんはもはや関係ねえ‼ お前はここで俺たちに喰われろやあ‼」


 空中を跳躍する鵺の角に、雷撃の光が灯る。

 完璧に春夢たちを捕えて、攻撃は放たれた。

 雷撃の軌跡が春夢らを地面へと押し付け、威力に引きずらせる。


「春夢⁉」


「このまま串刺しだあ‼」


『ゴアアアアアアアアアアアア‼』


 威力に身動きを封じられた春夢たちの元へ、鵺の二本角が迫る。

 ――が。


「そう簡単に、やられるかあーーっ‼」


 春夢は、鵺の凶器を腕で受け止めた。


「なっ⁉ 鵺の電撃を喰らいながら、耐えやがった‼」


「はるむ~‼ もっとを頑張るんだな‼」


「言われなくとも‼」


 そして鵺の角を掴んだまま、春夢は起き上がる。


(馬鹿な‼ 何だよこいつらのパワーは⁉)


 全身を雷撃に焼かれているはずなのに……。それを耐え切り、あまつさえ鵺の体躯を持ち上げていく。

 そして春夢は息を整え、目一杯、鵺の角を振りかぶった。


「うおおおおおおおおおおおお‼」



 背に乗るダイゴもろとも、彼らを隣の屋台まで投げ飛ばした。



 陽沙は立ち上がり際、信じられないといった風な視線を向ける。


「明らかに常人の力量じゃない。春夢、貴方一体」


「それを言うなら、呪力に対する防御力だってそうだ。あの使い魔の攻撃に耐えることができた。ハルピコ。お前は大丈夫なのか?」


「ちょっとピリピリするんだな~」


 ハルピコの口ひげが、電撃を受けた軽傷からか、波線にくねっていた。

 春夢は大丈夫そうだと相槌し、陽沙に手短に告げる。


「きっとこれが、ハルピコの特性なんだ。まさか主と共同で織り成す呪術じゅじゅつがあるなんて。思いもよらなかった」


「主人と、心身一体となって? そんな使い魔、聞いたこと……」


「俺だって分からない。多分、それを知ってるのは!」


『ゴグアアアアッ‼』


 崩れた屋台の先から、単発式の雷撃の弾丸が放り込まれる。

 春夢はそのことごとくを腕で弾いた。


「見てから弾きやがったな⁉ それに俺達の呪力を直に触れやがった!」


 ダイゴと鵺は忌々しい顔を作り、再び対峙。


「どういう理屈だ⁉ 身体能力まで格段に上げるなんざ‼」


「悪いけど、その質問には答えられない。どうやら君も知らないみたいだし、これ以上の会話はここまでのようだ」


 春夢は構えを取り、告げる。


「この蛮行を止めろ‼ 大人しく法の裁きを受けるのなら‼」


「力を得るや、鼻高々か? 悪いがそういうのが、一番気に喰わねえ‼」


 ダイゴの意気に、鵺は飛び掛かる。

 春夢の腕へ噛みつき、そのまま地面を引きずる形で連れ去った。

 籠手の大部分が鵺の牙から保護するが、数本の犬歯が春夢の強靭となった皮膚に食い込んでいく。


「身体が固くなったっていっても、無敵じゃないようだな⁉」


「クソ! 放しやがれコイツ‼」


 春夢は持てうる限りの力で殴る。

 鵺の横顔や角へ乱雑に打ち込み、鵺は短い悲鳴と共に拘束を解いた。


「おうらあ‼」


 しかしダイゴが地に降り立つや、春夢らの腹を蹴りつけた。

 引きずられた勢いとの相乗で、数メートル先に転がされ、そこでまた防具の毛並みが逆立った。


「嫌な気配なんだな‼」


「また性懲りもなく呪術を‼」


「今度のは一味違うぜえ‼」


 全身、白い閃光で身を包む鵺。


「怪魔師ってのは、使い魔の特性を利用して、いろんな術を一から創り上げる‼」


 ダイゴの持つ、鵺へ指示を送る呪具じゅぐ――黄色い結晶石が一人でに砕け散る。

 その破片一つ一つが、ダイゴの周りで浮遊し、飛び交った。


「これから扱う術は、護国聖賢最強と謳われている、北条ほくじょうの天才を想定して磨いてきた術だ‼ 歯ぁ食い縛れよ⁉ ここがテメエの墓場となる折だ‼」


「なに⁉ それじゃあ、聖燐せいりんも襲撃対象に!」


「そこまで答える義理はねえ‼」


 破邪術師団がこれから振り撒いていくであろう被害の種。

 それが芽吹けば、一体どんな被災に発展するのか。

 目的の為に、この祭りの会場を混乱に貶めたのだ。春夢の想像に難くなかった。


「見せてやるぞ‼ 俺たちの創り上げた呪術の威力!」


「ふざけるな‼ 呪術ってのは、人々を厄災や魔の者から守るためのものだ! こんな自分本位な力なんて、俺が打ち砕く‼」


「ならやってみせるんだな⁉ 鵺ぇえーーーーッ‼」


『ゴアアアアアアッッ‼』


 鵺が角に稲妻を溜めて、猛スピードで突っ込んでいく。

 互いに譲らず、春夢とハルピコは迫る狂気に拳を握る。

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