第17話 陽沙VSダイゴ 華火VS鵺
祭りの敷地内に、サイレンが鳴り響く。
するや、遠くの方角から轟音と火柱が交互に折り重なり、事態の異常性は一気に一般市民へ伝播した。
「
茫然とする人々を掻き分け、春夢は現場へ急行する。
戦闘の振動が地鳴りに響きを足元で触れながら、そして垣間見る現場の惨状。
「これ、は‼」
さっきまで立ち並んでいた屋台は残骸となり、あちこちに火の手と黒煙が巻き上がる。
逃げ遅れたであろう人々は、恐怖や負傷が足枷となって、その場でうずくまっていた。
「どうしてこんなことにっ⁉」
そして春夢は、自身の相棒を見つけた。
「ハルピコ⁉」
「あ! はるむ~‼」
ハルピコは無事であった。倒れたテーブルの残骸が身体に覆いかぶさり、身動きが取れないながらも、手足をばたばたと元気にアピール。
すぐに急行し、春夢はハルピコを救出。
そしてこうなった経緯の事情を聴きだすが。
「うんとね~! 春夢が行った後に、ひさが話しかけて来てくれたんだな~。そしたら春夢のこといろいろ聞かれて」
「
「はるむの最近のこと~。それからはるむが人参嫌いだったとか、いろいろ教えてくれたんだな~」
「アイツ!」
遠くから轟音が唸り、春夢は「は!」と正気に戻る。
「そうじゃなかった! それで陽沙は⁉ まさか今戦ってるのって!」
「そうだったんだな‼ 突然襲ってきた悪い奴が居たんだな‼ はるむ、速くひさを助けに行くんだな‼」
「突然、襲ってきた悪い奴? まさか
一時、思考を冷静に。自身が取るべき行動を絞る。
(陽沙は俺と違って有力な怪魔師だ。それに華火だって居る。助けに行ったところで、足手まといに……!)
「あ! はるむ‼ ひさが来たんだな⁉」
「何だって⁉ って、ハルピコ⁉」
勝手に駆けだすハルピコの小さな背。
その先に待ち受けていたのは、真の怪魔師同士の戦場であった。
平穏だった祭りの会場に、二匹の獣が地を蹴った。
九つの尾を備える巨大な狐――
彼らはそれぞれ主となる人間を背に乗せながら、激突する。
華火の背に乗る陽沙は、数枚の札を宙に放った。
それが地に触れるや、炎の幕が吹き上がり、壁となって鵺とダイゴの前に立ちふさがる。
「ちい⁉」
「華火! 『手まりの
『こおおおおおおっん‼』
陽沙の持つ札に反応し、華火は術を構成した。
広げられた九つの尾の先端から、呪力によって生み出された火球を放つ。
それらの術は寸分の狂い無くダイゴと鵺に直撃し、爆発の拡散はあらかじめ張られた炎の壁によって弱められる。
「戦闘中も周囲に気を配らなきゃならねえとは。護国聖賢様も大変だな⁉」
しかし二人は健在であった。
鵺が、角先から正面にだけ円形状の電磁幕を広げ防御していたのだ。
そんな頼もしい相棒の背に乗るダイゴは、鼻で笑う。
「周りへの被害を躊躇するあまり、術の威力は一点に絞らなきゃならねえ。せっかくの高位種の使い魔との勝負だったのに、あんま楽しめねえな」
「貴方こそ、控えなさい! これほどの力を持ったカオス種の力を、制御するつもりもなく行使させるなんて‼」
「首輪なんて、こいつには似合わねえだろがよ‼ 最初からそういうつもりで手え組んでんだ! 特性も気性も、抑える必要はねえ! それが怪魔師ってもんだ!」
鵺の角先から一陣の稲妻。
華火は炎を纏った尾で難なく攻撃を弾き、陽沙は冷えた視線で見下す。
「どうやら貴方は、現代怪魔師の在り方を愚弄したいようね。良いわ。その思い上がり、根元から灰にしてあげる!」
次に構成する術の札を掲げて、陽沙は高らかに。
「華火! 『
九つの尾が一気に伸び、更に炎の渦が備わった。
その強靭な鞭をいかんなく鵺へ向けて、打ち付ける。
「ちい‼」
一撃、二撃の攻撃を回避しようとも、その逃げた先に追撃、又は障害となって尾が立ちふさがる。
次第に行動範囲も狭められ、ついには尾の檻を背に、鵺へ決定打が迫る。
「まずい⁉」
『グラ、ガアアアアアア‼』
危機感に、鵺は咆哮した。
そして全身の毛を波立たせて、一気に電撃の矢を四方に放つ。
「術者ごと⁉」
陽沙にとっても、想定外の行動であった。
何せ鵺は、背に乗る術者を巻き込む形で、術を放ったのだから……。
攻撃を取りやめ、四方八方に振り撒かれる滅茶苦茶な威力に、息を詰まらせる。
「被害が拡大する⁉ 華火‼」
一気に保守的な立場に身を翻し、全力で被害の拡散を防ぐ陽沙たち。
先ほどの札を使った炎の壁を張り巡らせ、屋台や人に向かう稲妻には華火が身を挺してかばう。
次第に嵐は過ぎ去り、損害は負傷者も無く、最善の結果を得られた。
息を切らす陽沙とボロボロの華火たちによって……。
「流石に今のは、やばかったぜ~」
電光の先から、片腕の皮膚を焦がしたダイゴが、引きつった笑みを浮かべていた。
それに陽沙は、怒りも怖気も含ませて叫ぶ。
「どうして! 力の制御を怠れば、そうなることは分かってたはず‼ 自分の使い魔のこと、本気で分かってるの⁉」
「ちゃ~んと分かってるぜ。だからこうして危機を脱しきれた。主の命令を一々待たないといけないお前のコスモス種と違って、カオス種にはこういうことができる。俺達、
例え主人と言えど、戦闘の差し障りとなれば躊躇なく巻き込む、野蛮な獣。
それにあまつさえ、享受し受け入れる主人。
「有るわけがない! こんな怪魔師の形なんて‼」
「元をただせば、お前ら護国聖賢のせいで廃れたんだ。これが本来の力なんだよおっ‼ そうだろ鵺ええぇぇーーーーッ‼」
『ゴガアアアアアアッ‼』
鵺の額の角に、青白い電光が留まった。
巨大に、強靭に膨れ上がる呪力の塊は、やがて稲妻の刃となって形を成す。
「終わりだ‼ 殺れーーーー‼」
「うおおおおおお! ひさーーーーっ⁉」
間の抜けた声と共に、それはダイゴに飛びついた。
「な⁉ お前っ‼」
「ハルピコ⁉」
ダイゴの頭をポカポカ殴り、ハルピコは陽沙を守らんとする。
猫を目したぬいぐるみの見た目とは裏腹に、勇猛果敢なハルピコではあったが――その力は悪者を倒すには程遠く。
「ちい! うっとおしいんだよ、お前‼」
「うわわわわ〜ん!」
ダイゴは無事な方の左腕でハルピコの足を掴み、そのまま振り回し際に投げつける。
「ハ、ハルピコ!」
陽沙が受け止めようとするよりも速く、第三者がハルピコをキャッチ。
自身が場違いだと自覚しながらも、春夢はハルピコを抱いて立ち上がる。
「春夢、貴方何で‼」
「成り行きだ! それにお前こそ、どうしてこんな状況に⁉」
「未曾有な事態は薄々感づいてるでしょう! どうしてハルピコと共に逃げなかったの⁉」
立ち上がろうとする陽沙は、痛みで渋る。
「ひさ、大丈夫なんだな!」
「もう戦える状態じゃない……。立ち上がれるか? 逃げるぞ!」
「そんなこと、するわけ……!」
「こっちとしても、やらせるわけにはいかねえよ‼」
呪力の光が瞬いた。
疲弊していた華火が、瞬時に春夢を尻尾で突き飛ばし、陽沙にはその身を盾に守り通す。
『こおお……ん……!』
「華火⁉」
「これでアンタは、ほぼほぼ無力になったなあ⁉」
全身を電撃で焼かれ、華火は事切れ、粒子となって消失。
「護国聖賢の地位も、これで失意の底。残る仕事は、あと一つ!」
「っ⁉ 逃げて、春夢‼」
「はっ!」
春夢にダイゴの歪んだ狂気が、向けられた矢先――鵺の雷撃が、二人に放たれた。
春夢は咄嗟に背を向け、ハルピコの盾に成り代わる。
「は、はるむ‼」
青白い、全てを飲み込む閃光。
やがてそれが、春夢の後悔混じりに悔やむ表情を塗りつぶさんとした時。
ハルピコは深く、決意する。
(はるむは、僕が助けるんだな〜〜っ‼)
直撃した。
粉々の粉塵が前面を覆い、ダイゴは高々に笑う。
「ふ〜はっはっは。あ〜はっはっは‼ 何だよ、呆気ないでやんの⁉ こんなのが俺たちの脅威だと? お笑いにも程があるぜ‼」
心底、面白かったのだろう。
自分が殺人に手を染めているにも関わらず、ダイゴは腹筋を激しく上下させて爆笑。
陽沙は、そんなダイゴに怨嗟で身を震わす。
「許さない! 貴方だけは絶対に‼」
「あん? 何だお前、まだ居たのか?」
投げやり気味に、鵺の呪具を振るう。
「やれ鵺。せめてもの情けだ。あの世で会えることを祈っててやるよ」
鵺の雷撃が、またも他者を屠らんと光を宿し。
瞬間――黒い毛並みの頬に衝撃がめり込み、鵺の顔を歪ました。
「ゴ、ア、ガアアアア⁉」
「何⁉」
五メートルにも及ぶ鵺の図体が、大地を転げた。
攻撃が強制的に中断され、飛ばされた先で痛みに顔を振る鵺。
ダイゴは攻撃が放たれたであろう咆哮を睨み、喉を詰まらせる。
「お前っ‼」
そこには、正拳付きを出し終えた後の春夢の姿。
肩で荒い呼吸をし、そんな春夢も状況に困惑していた。
「なあ、ハルピコ。これって一体どうなってるんだ?」
「え?」
声は胸元から響いた。
そこには三頭身の体系を変貌させて…………まるで甲冑の防具装甲のように、春夢の胴体を覆うハルピコの顔面があったのだ。
平べったくなった体を動かし、ハルピコは視線をせわしなく動かして――。
「ど、どうなってるんだな~⁉ 僕、姿が変わってるんだな~‼」
防具となったハルピコは、春夢の胸板で飛び跳ねる。
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