第16話 ダイゴ、来襲

「う~ん、う~ん」


 フォークで人参を突っつきながら、ハルピコはプラスチック容器の隅に寄せる。

 それに陽沙ひさは注意する。


「食べなきゃ駄目よ、ハルピコ」


「人参、嫌いなんだな~。別に食べられなくったって、苦労しないんだな!」


「本当に? もしも世界の食べ物が人参だらけになったら、どうやって生きてくつもり?」


「そ、そんな酷い世界嫌なんだな⁉」


 怖気に、毛並みも皮膚も震わせる。

 それに陽沙は苦笑した。


「例え話よ。でも、野菜嫌いはちょっとでも直していかないと。黒面セイバーみたいなヒーローは、こんなことで挫けたりしないよ。ほら頑張って」


「う~ん、う~ん!」


 瞼を強く閉じながら、ハルピコは恐る恐る口に人参を運ぶ。

 含むや二、三度素早く咀嚼し、飲み込んだ。


「頑張ったんだな……」


「偉いわハルピコ」


 水を飲むハルピコの頭を、陽沙は撫でる。

 そうやってふと彼女は、遠い昔の記憶を掘り起こした。


「ハルピコを見ていると、昔の春夢はるむを思い出す。何だか似てるわ、貴方」


「はるむと? どうしてなんだな?」


「アイツも、昔は人参が嫌いだったのよ」


「それってほんとなんだな⁉ でも、はるむはちゃんと食べてたよ?」


「アイツだって、こうやってお母さんに励まされながら、必死に克服したのよ? それに昔は、今のハルピコのようにヒーローに憧れてた」


「はるむが~? 想像つかないんだな~」


 唸るハルピコを、愛おしそうに見やる陽沙。

 しかし瞳の光彩には、微かな悔恨の情が乗り移る。


「ひさ、どうしたんだな? なんだか辛そうなんだな」


「少しだけ、後悔してることがあってね。春夢が今の私よりも辛くなってた時期、どうしても彼を支える勇気が無かったの。もっと何かできたんじゃないかって。友達だったのに」


「ひさは今でもはるむの友達なんだな」


「アイツは、たぶんそう思ってない。そうじゃなきゃ、私たちの前から消えたりしなかった。あれっきり、アイツとは話さなくなっちゃって。今日だって、私たちに声もかけずに」


「はるむは、そんな奴じゃないんだな! ちゃんと話せば分かってくれるんだな‼」


 テーブルに両手を打ち付けて、訴えるハルピコ。

 その熱に当てられ、陽沙は悔恨の心を溶かす。


「本当に不思議な使い魔。人にここまで寄り添えるなんて」


「僕、誓ったんだな。はるむのためになることなら、一杯頑張るって。だからひさも、はるむと仲良くしてあげてほしいんだな~」


「そうか……。そうね。私もちゃんと向き直らなきゃね」


 そうやって陽沙はこれまでにないくらい、目を据わらせて。


「それに。いろいろと言いたい鬱憤も溜まってるし……。何で勝手に居なくなったの、とか。私がどれだけ、どれだけアイツのために悩んだのか、とか」


「ひ、ひさ! 何だか怖くなったんだな~!」


 陽沙の背景が、怒りでメラメラと揺らめく。

 そんな錯覚をハルピコが引き起こすほど、彼女の信念は強くにじみ出ていた。


「それにしても春夢、遅いわね? 一体何をやって――」


 そこで陽沙の肌がざわついた。



 瞬間、彼女たちが居たテーブル広間に、青白い電光が牙を剥く。



 立ち込める黒煙。悲鳴。


「きゃああああああ⁉」


「一体、何だ‼ 誰かあーーっ! 救急車を⁉」


 恐怖で沸き立つ群衆の波に、一人だけ抗って歩む者。

 ダイゴは、黄色い鋭利な結晶石を弄びながら、不思議がった。


「あっれ~。おかしいな……。周囲の人間共がこんだけ無事なのは想定外だ。それが護国聖賢ごこくせいけんの実力ってやつかい?」


 鼻を鳴らし、先の対象に期待を弾ませる。

 陽沙の周囲に、数十枚の札の焼け焦げた残骸が舞った。

 それら一つ一つが、ダイゴの攻撃を牽制し、威力を弱めたのだ。


「ここを西園寺家さいおんじけの領地だと、ちゃんと知っての狼藉のようね?」


 辺りを見渡す陽沙の視界には、逃げ惑う人々。

 そして自分の術で命を取り留めはすれど、気絶や怪我で動けない住民まで居る。


「これだけの被害を出したのだから、タダで済むなんて思ってないわよね?」


「タダかどうかはアンタ次第だな。アンタの実力が大した事なかったら、それこそ俺にとって無駄働きになっちまう」


「それなら安心してちょうだい」


 着物の袖から筆を取り出し、そこから一陣の炎がダイゴへ向かう。

 ダイゴはそれを頭を下げて回避するが。


「関係の無い人間を巻き込んだ下衆に、贈る手土産は一つ。貴方の醜怪しゅうかいな情念を溶かす、一陣の火を。灰さえ残らぬと思いなさい!」


 ダイゴの背後に、生物のいななき。

 危機感にその場を側転で回避するや、彼の居た地面は炎を衣のように纏わせる一本の尻尾によって、残骸として舞った。


「コイツか⁉」


 炎の模様を通り穴に、姿を表す陽沙の使い魔。

 九つの尾を備えた狐――華火はなびは、主の敵となるダイゴに威嚇する。


「そうこなくちゃな」


 ダイゴもまた、握り込む結晶に呪力じゅりょくを通した。

 雷の地面に流れて同様に文様を作る。


「カオス種使い魔の、呪力現出」


 そして現れた獣――ぬえの姿に、陽沙は僅かな動揺に気を引き締めた。


「う〜ん、一体なんなんだな?」


「ハルピコ、聞いて。今すぐここから離れなさい。そしてできれば、春夢を見つけてここから逃げて。どうやら恐ろしい敵が、来ちゃったみたい」


「“敵”? 悪い奴なんだな! 僕も戦うんだな‼」


「それだけは駄目!」


 陽沙の過剰なまでの反対に、ハルピコは驚きで言葉を失う。


「このことを伝えられるのは貴方だけ。お願い、春夢を守ってあげて」


 次に出た淡い懇願は、絶対に断り切れる覚悟ではなく。

 しかしそんな陽沙の心遣いも、ダイゴは鼻で笑う。鵺の支持呪具じゅぐである結晶の先をハルピコに突き付けた。


「残念だが、そうは行かせないぜ? 特別だとは聞いてたけど、まさか喋る使い魔とは驚きだ。なんでその白い降魔書こうましょの使い魔が、アンタと一緒に居るのかは甚だ疑問だが。そいつも、その術者も俺たちの殲滅対象だ。ここで潰す!」


「殲滅対象? どうして春夢とハルピコが⁉」


「さあね! 上からの指示なんでね‼」


 鵺の咆哮。

 頭の二本角から雷撃が迸り、華火の起こす火柱がそれに直撃。

 未曾有の戦いが始まった。

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