第15話 休息と動き出す影たち

 メインを飾る催しも追え、桜見夜祭おうみやさいの人波は緩やかになっていく。

 屋台の食べ物もスムーズに買い終え、春夢はるむとハルピコは丸テーブルの設置された飲食スペースで焼きそばやたこ焼きを頬張る傍ら、唸る。


「う~ん、やっぱりもうコレ、完全に壊れてるな」


 春夢の手元には、壊れたハルピコの玩具。

 モノケロに反撃するために無茶をした代償か、玩具は完全にひび割れ、修復は見込めず。


「僕のチャンバラクナイ……買ったその日で壊れちゃったんだな」


「そう気落ちするなよ。頑張ったお礼だ。もう一度、同じ物を買って来るよ」


「ほ、ほんとなんだな⁉」


「ああ。ここでご飯食べてろ。すぐに買って戻って来る」


 春夢は笑顔を向けて、屋台の方へ走っていく。

 ハルピコも機嫌を取り戻して、焼きそばに息を吹きかけながら、口に運んだ。

 すると――。


「貴方」


「ん?」


 口元に麺を垂らしながら、ハルピコは顔を上げる。


「春夢と一緒に居た、怪魔かいま?」


 物珍しそうな目で、陽沙ひさはハルピコに近づいた。


「お姉さん、だあれ? 何ではるむの名前、知ってるんだな?」


「春夢の知り合い、かな。私は陽沙って言うの。貴方、名前は有るの?」


「僕、ハルピコって言うんだ~。よろぴく」




 屋台を転々としながら、思った以上に時間をかける春夢。


「引き上げている業者も多いな。どうしたもんか」


 このまま手ぶらで帰ったら、またハルピコが落ち込んでしまう。

 藁にもすがる思いで、何とか玩具を取り扱う店を見つけるが、お目当ての物品は無く。


「すみませんね~お兄さん。もううちに置いてあるのは、高いのしかないかな」


「高いの、か……」


 目の前に有るのは、特撮ヒーロー、黒面セイバーの愛機ロボット玩具。

 自分の財布を除き、春夢は渋る間もなく決断。


「今日ぐらいは、良いかな」


 購入を決めながら、そこで朧気に淡い記憶を辿る。


(そう言えば、昔の俺も、こんなおもちゃが好きだったな)


 母にねだり、良く買ってもらいはした。

 しかし自身の怪魔師かいましとしての才能がそぐわないと、父は厳しく罰し、買ってもらったおもちゃは次々棄てられた。


(思い起こしたくは無いと、記憶の中で封印していたはずなのに。今はもうそんなに辛くは無い。これもハルピコのおかげなのかな)


 過去へのしがらみを絶ち、今だからこそ、嫌な記憶にも向き直れる。

 それは春夢が、前だけを見て歩けている、何よりの証拠でもあった。


(一体ハルピコって、何者なんだろう。誰があんな怪魔を……)


 そして改めて春夢は、自身を変えた大元の謎に首を傾げた。

 春夢ら怪魔師にとって、怪魔とは使い魔とする以前に封印、もしくは討伐すべき相手――人に害なす存在というのが主流である。

 多くの歴史を紐解けば分かるように、春夢の先祖ら護国聖賢ごこくせいけんにしたって、人が怪魔に対抗できるよう様々な術を考案した。その最たる術が、降魔書こうましょと呼ばれる巻物に怪魔を閉じ込める封印術である。

 春夢が疑問に思った点がまさにそこだ。ハルピコは外見的にも中身からしても、人に害なす存在とは到底程遠い。


(怪魔だからと烙印を押されて封印されたのか? それともハルピコの封印自体、もっと別の目的があったのか?)


 ふとした疑念が煮詰まっていく、その時――不意に屋台の照明が、瞳に悪い点滅を繰り返した。


「あれ! 一体何事だこりゃあ?」


「故障か?」と店主がぼやく中、春夢は周囲を見渡した。

 周りの店も同じような症状を起こしていた。しかし春夢が気がかりに感じたのは、照明の不備ではない。


 鼻歌交じりに道を進む少年の足取りを彩るように、周囲の照明が明滅していたことだ。


 春夢よりも2、3歳若いその子は、黄色い何かを手のひらで弾ませながら、その場を去っていく。

 途端、屋台の照明たちは次々に復旧していった。


「あの子は」


「ああ、お客さんすみませんね、ほったらかしにしちゃって。今お釣り用意しますんで」

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