第14話 二人の歩むべき道〜縛りからの脱却〜

 春夢はるむ誠一郎せいいちろう、二人の試合が始まった。


「まずは小手調べだ。誠一郎」


「はい、父様」


 試合場の外から助言する満貞みちさだに応え、誠一郎は扇を広げた。

 モノケロへの攻撃支持は、扇から漂う呪力じゅりょくの規模に応じて判断される。

 馬の見た目に、眉間から一本の角を備えるモノケロは指示を受け取り、僅かに呼吸。

 するや、角に小規模の風が集約し、弾丸のように春夢へ射出された。


(俺の成果が問われる時だ! 出し惜しみなんてしない‼ まずは距離を詰めないと!)


 三発ほどの攻撃を、ステップを織り交ぜながら避け、春夢は距離を詰めていく。


(どんなに使い魔が屈強でも、主人の指揮系統を封じれば途端に無力になる! 間違いない‼ あの扇型の呪具じゅぐさえ奪えば‼)


「ほう。あの目はお前に狙いを定めているな? どうする誠一郎?」


「問題ありません!」


 誠一郎はモノケロの背に乗った。

 そして新たな支持を下し、モノケロの周囲全体から強烈な突風が巻き上がる。


「なっ⁉ 自分もろとも⁉ 使い魔の背から転げ落ちるぞ!」


「は~はっはっは‼ そんな初歩的なミスをするか、間抜けめ‼」


 そこはさながら、暴風域だ。

 春夢は暴風の壁に遮られ、態勢を崩さないよう持ちこたえるのがやっと。対して誠一郎は、いたって平然と使い魔の背に居座っていた。

 台風の目のように、誠一郎とモノケロの周囲にだけ暴風が徘徊していた。

 その状態でモノケロが春夢の側を通り過ぎる。


「なん⁉ がっごっふ‼」


 たちまち、暴風が威力を増して衝撃にも近い攻撃が、春夢を薙ぎ払う。


(自分の通り道にも、風を発生させられるのか……⁉)


 誠一郎が扇を返すや、モノケロは体制を反転。

 またも春夢へと突っ込み、彼に当てることはせず、その身を吹っ飛ばす。

 触れるどころではない。

 相手から近づいて来ているというのに、反撃することさえ困難。

 その攻防が五回に渡って往復し、春夢の口内に血の味が染みる。


(唯一、頑張って来た武術さえ……)


 込み上げる悔しさと怒りは、春夢を正気にさせてくれない。


(アイツらを見返すために、頑張って来たって言うのに⁉ 俺は‼ そんなたった一縷いちるの機会さえ恵んでもらえないのか⁉)


 痛感する、圧倒的な才能の差。


「ふふふ。なんとも健気だね~。まあ、でも余興もそろそろここまでだな。誠一郎、風遁玉ふうとんだまでケリを付けてやりなさい」


「え?」


 誠一郎の否定的な反応に、満貞は顔つきを険しくさせる。


「何をしている? さっさっとやれ」


「で、ですが父様! アレは人に放っていいものでは‼」


「ほう? お前は私の命に背くというのか?」


 ピクリと肩を強張らせ、誠一郎は歯噛み。


「モノケロ! 風遁玉‼」


 扇で特定の弧を描くや、モノケロは応えた。

 角を中心に今までにない――強大な風力の球体が集まり、凝縮。

 それがフラフラの春夢に付きつけられて。


「ちく……しょう……‼」


 自身の辿る運命を受け入れ、春夢は目を瞑りかけた。



「うおおおおおおおおおお~‼ はるむをいじめるな~~~~‼」



『え⁉』


 誰もが目を点にした。

 閉じかけた春夢の視界の端、白い小さな何かが駆けて行く。

 ハルピコが、玩具の武器を構えて突撃していた。


「うおおおおおおおおおおおおおお‼︎」


「ハ、ハルピコ⁉︎」


 ハルピコはモノケロの図体をよじ登る。

 そして顔面付近に到達するや、玩具の武器でペシペシと殴打し始めた。


「この! この⁉ このお‼︎」


「ちょ、ちょっと君⁉︎」


 誠一郎は困惑する最中で、使い魔のモノケロは鬱陶しそうに空気を吸い込む。


 トドメの一撃として、角先に集約していたモノケロの術が、ハルピコへ牙を剥いた。


 凝縮された風の大砲とも言うべき術が、容易にハルピコの全身を覆い、数十メートル先の壁に叩き付ける。


「ハ、ハルピコーーーーっっ⁉︎」


 春夢はすぐさま駆け寄ろうと踏み出すが。


「うわ〜ん! 痛いんだな⁉ 痛いんだな⁉ 壁に当たったんだな、はるむ〜‼︎」


 床にへたり込んでいたハルピコは、元気に床を転げ回っていた。


「アレ? 意外に、平気そう?」


「な⁉︎ 馬鹿な、あのヘナチョコが耐えただと⁉︎」


 満貞はもたらされた結果に、納得を示さず。


「何をやっておる、誠一郎‼︎ 加減などしよって! 今度こそ本気で撃つのだ!」


「いえ、加減など断じて!」


「いいからさっさと迎撃せんか⁉」


 満貞に逆らえず、誠一郎はもう一度、術を構成し発射。


「さ、させるか⁉」


 咄嗟に春夢は射線上に割り込み、風の砲弾は容赦無く全身を撫でる。

 道着をボロボロに切り裂き、皮膚を裂いて、春夢も数メートル先へ吹き飛ばされた。


「あ、ぐ‼」


「は、はるむーー! うおおおおおおおおおおおおおお〜〜〜〜っ‼」


「ま、待て! ハル、ピコ‼」


 果敢に挑んでいくハルピコの姿。

 てんで戦いになっていないにも関わらず、その小さな背に一分の迷いがなかった。


(なんで?)


 春夢が床に腕を立たせ立ち上がりを試みるが、痛みと恐怖からくる震えがそれを阻害する。


「この! この‼」


『バキイ‼』


「え? うわああああ‼ またチャンバラクナイが壊れたんだな〜⁉」


『ヒイイン‼』


 お尻を攻撃していたハルピコを、モノケロは尻尾ではたき、後ろ足で蹴り飛ばした。

 床を数度バウンドし、全身を殴打。

 それでもハルピコは立ち上がる。


「やめろハルピコ! もう、それ以上は……お前が傷つくだけだ! もう良い! そこまでしなくて良いんだ‼」


「よ、良くないんだな‼」


 ぼさついた毛並み。

 モノケロに蹴られた跡をくっきりと残しながらも、ハルピコの戦意は途切れていない。


「ハルピコ。どうして……どうしてそこまで……」


「僕、約束したんだな! “はるむのためなることを頑張る”って! ヒーローを目指すために! 何よりも、はるむが困ってるんだもん‼」


 剣身と柄に別れた玩具を拾い、ハルピコは言う。



「誰かが困っている限り、僕は絶対に、諦めたりしないんだな‼」



 頬に涙が流れた。

 春夢に湧き上がるたった一筋のその情動は、彼のこれまで歩んだ人生観を幾重にも揺さぶった。


(同じだ)


 思い起こすのは、子供の頃の記憶。



(あの頃、俺が言いかけていた気持ちと‼︎)



 護国聖賢ごこくせいけんの名を背負おうと、同年代の友人達の覚悟を聞いたあの日。

 春夢だけは、自分の気持ちに蓋をして偽ったが――。

 根幹にあったその言葉が、ハルピコの覚悟によって呼び覚まされた。


『一人でも困った人が居るのなら、手を差し伸ばすことを諦めない。そんな立派な怪魔師かいましに、なりたい』


 有った。

 過去には確かに、そこには有ったのだ。

 ただ純粋な目標が。護国聖賢など家柄など関係ない。

 春夢の、春夢だけが目指したい、自分だけの怪魔師の姿が。


(それはきっと“今”なんだな⁉)


 春夢は立ち上がる。

 先ほどまでの不甲斐ない自身をかなぐり捨てて。

 他者を見返すためではなく、過去のおのれを取り戻すために。


「誠一郎! さっさとそのチンケな使い魔を叩き潰せ‼」


「させるかーーっ‼」


 満貞の激高と同時に、春夢が阻止せんと詰め寄る。

 誠一郎は春夢達の気迫に飲まれ気味に、試合への最短ゴールを定めた。


「先に怪魔師の方を潰します! そうすれば使い魔も‼」


 扇の指示に、モノケロは前に出た。

 春夢へと一直線に駆け、誠一郎はまた先ほどと同様に追い詰めようとするが。


「すう~」


 立ち止まり、短く呼吸を整え、春夢は構える。


(この一撃だけでいい。俺の今までの努力、全てをつぎ込む!)


「何かする気だ! モノケロ‼」


 危機感で、モノケロに速度を上げさせ、春夢の頭上を飛び越えさせようとするが。

 春夢はすかさず、拳を突き出す。


「届けええええええぇぇーーーーッ‼」


 春夢の拳からひねり出された拳圧。

 空間を揺らめき、不可解な轟音を響かせながら、モノケロの胴に直撃した。


『ゴア‼ グアアア!』


「モ、モノケロ⁉」


 使い魔が悲鳴を上げた。

 それには上階で観戦していた陽沙ひさ聖燐せいりんも、目を見張る。


「春夢の攻撃が決まった!」


「どうして? アイツにアレだけの呪力は、無いはずなのに……」


 今だ苦しむ、モノケロの様子に、当の本人も瞼をぱちくりと。


(俺がやった、のか? 動きを鈍らせようと、それだけだったのに……)


 威力からしても、培ってきた練習とは比べるべくもなく。

 そして春夢は違和感に気づく。


 自身の腕に、“何か”が纏わりついていたことに。


「何だこれ? 白い、“ガントレッド”⁉」


 籠手だ。

 白い毛皮の籠手が、いつの間にか右腕に巻き付けられていた。


「うわあ! 僕の腕が⁉」


「ハ、ハルピコ⁉」


 そしてもう一つの異変が、ハルピコの身に現れていた。


 見れば、ハルピコの小さな右腕が、丸ごと消失していたのだ。


 一体どういうわけかと、取り乱す両者。

 すると間を開けずに、春夢のガンドレッドは空気に溶けるように消え去り――。

 代わりにハルピコの右腕が、透けた状態で現れ、徐々に色味を帯びて帰還する。


「あ、戻ったんだな」


「これは一体……」


「ん? はるむ、危ないんだな‼」


 疑惑を払拭している暇は無かった。

 春夢の視界がぶれ、衝撃が身体を伝う。

 床を転がりながら、春夢は誠一郎達へと向き直った。


「しまった! 気を取られて!」


「これで終わらせる! モノケロ!」


 決着のための命令を下す。

 動けない春夢へ、角の先端を突きつけて、モノケロは鼻の穴を大きく広げ――。


「うおおおおおお~~! させないんだなああああ‼」


 ハルピコはモノケロに飛び乗り、鼻穴に玩具の剣と柄の部分、それぞれを両穴に突っ込んだ。


『あ!』


 しばしの静寂が訪れた。

 術の構成が中断され、この事態の成り行きは、誰もが予想だにしないもの。


『ヒ、ヒヒィィ~~ンンンン‼』


 すなわち、モノケロの暴走であった。


「落ち着いてモノケロ‼ 大丈夫だから! うあ、ああっ‼」


 背に乗る誠二郎は、激しく動くモノケロによって、床に放り棄てられる。


「うわうわ! うわ~ん‼」


「ハルピコ!」


 同時に、空中に投げ飛ばされたハルピコを、春夢はキャッチ。

 混乱を極めた内容に対し、満貞はいよいよもって堪忍袋の緒を切らした。


「一体何をやっておるか、誠一郎‼ もうよい! お前ができないのなら私が‼」


「ま、待ってください父様‼ 一体何を⁉︎」


 試合場へズカズカと入るや、満貞はモノケロへ指示を送る扇型の呪具を、誠一郎から取り上げる。

 

「やめてください父様! 勝手に使い魔の主導権を取っちゃうと、大変なことに‼」


『ぶるる‼』


「へ?」


 モノケロの敵意は、満貞に向けられた。

 馬ゆえに口呼吸ができず。その上、勝手な輩から不快な呪力を流し込まれた結果。

 モノケロのやり場の無い怒りが、爆発した。


『ヒヒィィン‼』


「ちょ、ちょっと待‼」


 満貞に容赦なく突っ込み、彼ごと試合会場の壁へ向けて走り抜ける。


「待て待て待て! と、止まるのだああああああっっっっーーーーーーーーーー‼」


 静止虚しく、首筋にしがみ付く満貞は、モノケロと一緒に壁に激突。

 モノケロは力なく倒れ、光の粒子となって消失。

 残されたのは、踏まれたカエルのように痙攣する、満貞だけであった。


「と、父様⁉」


『満貞様~~っっ⁉』


「満貞! 何をやっているお前達‼ 速く救急車を呼ばんかーーっ‼」


  誠一郎や東日下家の関係者。春夢の祖父、祖母に当たる老人もすぐさま駆け寄り、周囲の輩に剣幕で捲し立てる。

 もはや試合どころでは無くなり、春夢もハルピコも茫然だった。


「あ~はっはっは‼ いや~傑作‼ よく頑張ったよ、春夢~‼」


「アイツら、試合見てたのかよ!」


 名を呼ばれ何事かと視線を上げるや、観客席で膝を崩して笑う知人を発見。

 春夢はそこで聖燐や陽沙の存在に気づき、ほんの少し、懐かしさに頬を緩ませる。


「行くぞ、ハルピコ。どうやらもう、試合どころじゃなくなったらしい」


「そうなの? 悪い奴は、もう懲らしめたんだな?」


「いや。なんだかもう、吹っ切れたよ。家柄のしがらみも、これっきりだな」


 決して全てのしこりが解消されたわけではない。

 しかし春夢は、自身がこれから歩む道順に、もうここは必要ないと相槌を打てた。

 これから先は、過去のわだかまりに後れを取った分まで頑張らなければいけない――と。




 メール画面。

 TO ××× ××× ×××。


 件名『作戦実行』


 本文『今、東日下家の催しが終了した。ダイゴ、羽嶋はしまは割り振られた護国聖賢の対処に当たれ。それから、かねてより危惧していた白い降魔書こうましょの使い魔が確認できた。使い魔の主人の姿は、下の画像に添付してある。名は「東日下春夢」。これより、この男も対象とする。各自の検討を祈る』


 送信中……メールの送信が完了しました。

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