第13話 始まりの御前試合

 大勢の怪魔師かいましが建物から掃けていく。

 それを尻目に春夢はるむは、かつて自身の家柄の怪魔師たちから奇異の視線を向けられていた。


「なぜ春夢様がここに」


「もう“様”付けはよせ。あの方は破門されたのだぞ」


「いや、しかし。ここへの招待状は持ち合わせていた。宗家が正式に招いたのなら、復縁の可能性も」


『それはない』――耳を澄まして内容を聴きとる春夢は、心の中で断言する。

 春夢とて、相手の思惑は分かった上でここに立っているのだ。


(分かってはいたけど、完璧なアウェーだ。でもここで意思を示さないと‼)


「黒面セイバーのチャンバラクナイ、かっこいいんだな~‼ ふうん! とう‼」


 それはそうと、足元ではハルピコが玩具を夢中に振り回す。

 500円ぐらいの簡素なキャラグッズであるのだが、使い魔人生で初めて買ってもらった玩具ともあり、ハルピコの熱中具合は凄まじい。


「凄いんだなはるむ! この武器、振るたびに音が鳴るんだな⁉」


「それぐらい、普通だよ。それよりもハルピコ、少しは静かにしてくれ。変なムードが流れてるのは、分かって――」


 バキイ‼


「あ? ああ~⁉ チャンバラクナイが取れたんだな⁉ 壊れたんだな~~‼」


「ちょ、買ってやったばっかなのに、何やってんだ⁉ 物は大切にしなきゃ駄目だろう⁉」


 振り回していた拍子に、玩具が壁に激突。

 柄の部分と剣身部分が綺麗に別れ、耳をすぼめてハルピコは気落ち。

 そこへ満貞みちさだ誠一郎せいいちろうが顔を出した。


「待たせてしまって済まないね~春夢君。まさか本当に来てくれるとは、思ってもみなくてね~。うんうん! 破門されたとはいえ、度胸だけは認めて上げなくもないかな」


「はっはっは!」と高笑いする満貞。


「ええっと、ここをこうすれば! よし、直った‼ 安物のおかげか、引っ付けるのも楽だったな」


「わ~い‼ ありがとうなんだな、はるむ‼」


「全く。これに懲りたら、振り回す場所は考えろよ」


「二度と壊したりしないんだな!」


 気分を立ち直して、玩具を大事そうに抱くハルピコ。

 それに春夢は頬を緩ませた。


「あの、父様。聞こえてないようです、けど?」


「ごほん‼ ごほん‼」


 これみよがしな咳払いが隣で響き、ようやく春夢は彼らの存在に気づく。

 瞳に僅かな敵意が満ちた。


「満貞、おじさん」


「真剣に立ち直って何よりだよ、全く」


 ほのかに頬しわを怪訝に震わし、満貞は改めて本題に直す。


「いや~元気そうで何よりだよ、春夢君。わざわざここに足を運んだってことは、やはり君も、東日下家あさかけの将来が心配だったということかな?」


「自分が? どうしてそんなことを」


「そうじゃないのかい? わざわざ我が子・誠一郎との模擬試合を承諾し、才能の差を痛感するためにここに来ているのだから」


「っう‼」


 春夢に怒りが込み上げた。


「昔から変わっていない……。貴方はそうやって! 何度も何度も父や母に嫌がらせし、果ては俺達家族を追い出した!」


「おや、父親の肩を持つのかい? 兄さん、もとい……。君の父親こそが、君に対して酷く当たっていたではないか? 私はそれを見かねて、君を東日下家から解放してやったのだよ。分にそぐわない立場からね」


「そんなの方便でしょ⁉ 貴方は俺たち家族が気に喰わなかっただけだ! わざわざ追い出しておいて、自分の子を自慢するために俺を呼びだして⁉」


 満貞はそこで背を向ける。


「これから背負っていくにたる実力が、どういうものか。仮にも東日下家の衰退期を助長させた一旦として、君にはその程を知ってもらわないとね。そろそろ立ち話もなんだ。試合を始めるとしよう。誠一郎」


「んでね。ここんとこを押すと、また別の効果音が鳴るんだな~」


「ああ、凄い。光ったりもするんだ~」


「何やっているのだ、誠一郎⁉」


 気づけば我が子・誠一郎は、謎の珍生物と仲良くしていた。

 すぐに誠一郎の頭を小突き、満貞はハルピコを見下ろす。


「何なのだ貴様! 誠一郎に、勝手にしゃべりかけおって!」


「貴様じゃないよ、ハルピコだよ。おじさんの話、退屈なんだな~。はるむ~、もうこの場所飽きた~」


「喋る怪魔かいまとは何とも奇天烈な。まさかコレ、春夢君の使い魔か?」


「そうなら、どうだって言うんですか?」


「くくく、は~はっはっは‼ いやはや! 才能が無いばかりか、こんなヘンテコな使い魔を呼び出すとは‼ これは傑作! お似合いだよ、二人共!」


「褒められたんだな~」


「馬鹿にされてるんだよ‼ 良いからハルピコは下がってなさい!」


「君の準備が出来次第始める。余り時間を掛けさせるなよ?」


 満貞は上機嫌に。

 誠一郎は何処か申し訳なさそうに振り返り、ハルピコはそんな誠一郎に手を振った。



 試合は、今までにない重苦しい雰囲気が流れる。

 誠一郎の馬に酷似した使い魔・モノケロに対し、生身であるはずの春夢が対峙している絵面に、周囲が嫌な予感を弾ませたからだ。


「アイツ、本気か? 使い魔にたった一人で対抗など」


「春夢」


 上階の席でことを見守る、春夢の幼馴染一同。

 浩司こうじ陽沙ひさが心配をする中、聖燐せいりんは目を凝らす。


「身を保護する呪具じゅぐらしきものも無い。道着に何かを施している様子も無いしね」


「春夢は昔から、呪力じゅりょくに秀でたものは無かった。どうやらこの数年、進歩は見込めなかったようだな」


 嘆息し、浩司は試合から視界を逸らし、歩き出す。


「どこ行くのさ、浩司?」


「見てはいられん。僕は先に帰らせてもらうよ。わざわざ、知人がいたぶられる光景に興味は無い」


「決めつけは良くないな~。春夢だって、どこかで修練積んだんじゃなかったっけ?」


「いくら怪魔師に対抗できる術を見出したとしても、人間と使い魔とでは圧倒的な隔たりだ。増してや呪力差で劣っているのなら、大人と赤子。誰もが、お前のように才能に愛されているわけではない」


 聖燐にただ事実を付きつけ、浩司は退出。

 陽沙は喉を干上がらせた。


「やっぱり私、止めるわ。こんな無謀な」


「やめなよ、陽沙。春夢が決めたことだよ?」


「だから何? アイツだって、実力が分からないほど、子供じゃないはずよ?」


「でも悔しさを引きずって歩けるほど、大人でもない。これはアイツの問題なんだからさ。水を差したら、それこそ酷だよ」


 陽沙は思い留める。

 聖燐も、手すりに肘を置き、無表情で事を見守り。

 試合開始の合図が告げられた。

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