第12話 集い合うかつての旧友たち

 午後七時、西園寺さいおんじけの寺では護国祈願ごこくきがんの儀が開始された。

 見物客の視線の中心には、着物姿の陽沙ひさが、他の怪魔師かいましの列を従えて寺の奉納ほうよう場所へ進んでいく。

 祈願の供物として、お酒、果物等などが奉納棚に上げられ、民衆たち注目の催しが開始された。

 陽沙が付き人の怪魔師から筆を受け取り、それで宙をなぞっていく。

 筆の先に墨汁があるわけでもないのに、筆でなぞられた空間は淡い光を宿し、やがてそれは炎の軌跡となって燃え広がった。

 浮かび上がっていく、円形の文様。


「さあ、貴方の出番よ華火」


 陽沙の問いかけに、それは反応を示す。

 苛烈に燃え上がる文様は、花びらが開花するように九本の尾を広げ、そして徐々に形を成し始めた。


「ねえパパ! アレがそうなの⁉︎」


「ああそうさ。護国聖賢である西園寺家に、代々受け継がれてきた使い魔だ」


 民衆から次々に上がる感嘆の声。

 小麦色の毛並みにこびり付いた残り火を振り払い、背丈5メートルの大狐は、九本の尾を孔雀のように広げた。


「うわ〜綺麗な狐さんなんだな〜!」


「こらハルピコ! 勝手に先行っちゃ駄目だろ⁉︎」


 使い魔を呼び出し、祈願の最後を飾ろうとしたその手前。

 どこか懐かしさを感じさせる声に、陽沙は群衆を見やり……。

 そして瞳をふるわせた。


春夢はるむ……」


 数年ぶりに見る、かつての友人。

 春夢の方も陽沙の視線に気づき――春夢はハルピコを脇に抱えて、逃げるように立ち去った。



 西園寺が所有する寺院の一つ。

 そこは建物まるごと、怪魔師の稽古場として建設された場所である。

 他人の技を見下ろせるように、段式の客席が設けられ、中心地には使い魔の修練も想定されたタイル式の広間。

 そこでは、祭りごとが催される裏側で、東日下家あさかけ・就任祝いが密かに行われていた。


「新たな東日下家の跡取りは優秀だな」


「ああ。あの齢で、使い魔の特性を熟知しておられる」


 招かれた各名門の怪魔師ら――その視線の先。

 白く柔らかい照明に当てられ、一匹の白馬がいなないた。

 額にそびえる一本の角を付きつけ、鼻で大きく息を吸い込む。

 途端、角の付け根から呪力じゅりょくを帯びた仄かな光が衣となって纏わりつき、やがて小さな竜巻となって、角の矛先に収束。


「モノケロ‼」


 主である誠一郎せいいちろうが扇を広げるや、白馬は実行する。

 角に集約された呪力の風が、渦となって目前のワニに酷似した使い魔を薙ぎ払った。


「そこまで! 両者、使い魔を控えさせよ!」


「ふ~」


 誠一郎は一息付き、周囲から拍手が送られる。

 それを遠目に、上段の階で立ち会う若い男女が二人居た。

 東日下家と同様、護国聖賢に名を連ねる時期当主――北条ほくじょう聖燐せいりん南部なんぶ浩司こうじである。


「東日下家の使い魔は、あの馬っころか~。アレって正式名所なんて言ったけ。ねえ、浩司?」


「日本古来では『一角獣』と呼ばれていたらしい。今では海外の『ユニコーン』や

『モノケロス』と呼称するのが、主流だがな」


「ああ、だからあの子は“モノケロ”って呼んでるわけね。安直で可愛いな~。できればアタシも一戦交えてみたいね」


 手すりに持たれながら、聖燐は胸を弾ませる。

 少しぼさついた金髪を簡素なポニーテールに纏め、それなりに可憐な顔立ちは男勝りな笑いに染まった。


「やめておけ。将来これからって時の、子供の誇りを砕くような真似は」


 聖燐の発言を、浩司は眼鏡の汚れを拭き取りながら否定。

 黒い青みのかかった短髪に、長身の引き締まった体付き。淡泊とも冷静すぎるとも取れる雰囲気から、浩司の印象はお堅く見られがちである。

 そんな浩司に気にした風もなく、聖燐は「え~」と反論。


「実戦なんて、やってみないと分からないじゃない。なんならアタシ、使い魔無しでもいいからさ」


「余計、立ち直れなくなるだろう! ずかずかと他人の領土を踏み荒らすその性格、そろそろ直してみたらどうだ?」


「ちぇ~。浩司の方が酷い事言ってるような気もするけどな~」


 いじけて、聖燐が不満を漏らしていると。


「どうですかな? 北条家、並びに南部家のお二方。せがれの実力のほどは?」


 そこへ得意げな顔の満貞みちさだが、二人の老人を連れて近づいてくる。

 誠一郎の親、並びにその祖父と祖母に当たる人物の登場に、浩司は眼鏡を掛け直して対面する。


「驚嘆しています。あの年齢で、使い魔との連携も良好。呪力量に関して言えば、僕以上は言うまでもありません」


「そこまでへりくだらなくとも! 呪力量に関して言えば、やはり生まれ持っての才能と言う奴ですよ。使い魔との連携だって、まだまだ見直す部分はあります」


 そう言って、「はっはっは!」と笑う満貞。

 二人は難を示した。


(この人、絶対自慢したくて話題振ってきたよね?)


(言いたいことは分かるが、ここでは控えろ。こういう大人はいがまれると面倒だ)


 聖燐と浩司が裏で合わせていると、満貞の背後に居た老爺が口を開く。


「北条家の方は、どう思われますかな? 誠一郎の力量については」


「良いんじゃないですかね? これからの伸びしろだって充分ありそうですし。何ならアタシも一つ、手合わせしてみたいものです」


「はぐ! そ、それは⁉」


 満貞が途端に取り乱した。

 北条家。それも聖燐の実力を理解した上での反応だ。

 聖燐もそれを分かっていながらの挑発的な意地悪笑みに、浩司は溜息を飲み込んだ。


「随分と自信がおありの様じゃな。やはり、百年に一人の才覚と謳われるだけはある」


「うんむ。せめてその足元に食らいつくぐらいには、引っ張っていかんとね~。のう、満貞よ?」


 自身の母の助言に、満貞は「当然ですよ!」と胸を張る。


「満貞よ。おおむね誠一郎の実力も告知できた。そろそろこの場も、締めるとしよう」


「ああ、そうでしたね。ではでは」


「満貞おじさん」


 澄んだ声色で合間に割り込み、足早に誰かが介入する。

 奉納行事を終え、格好そのままの陽沙が神妙な面持ちでやってきたのだ。


「聴きたいことがあります。何で春むぐう‼」


「おお~陽沙! お久しぶりじゃん! 元気してた~‼」


 と、陽沙の神妙さはとりあえず置いといて、聖燐はアバウトに抱擁を交わす。

 訳も分からず視界全てが聖燐の胸に遮られ、さらにはDカップサイズの巨乳によって、呼吸も取れない状態に。


「いや~このところお互い、立場上もあって、会う口実も無かったからさ~。ん~久しぶりだな~陽沙の匂い」


「むぐんん⁉ ん〜〜‼︎」


「お互い成長したよね~本当。あ? でも胸の方は差が付いたかな?」


 途端、陽沙は聖燐の片乳を鷲掴み、もう片方の手に燃え上がる呪符を構えだす。

 胸の谷間から狂暴な双眸が浮かび、聖燐はすかさず距離を取った。


「ちょ、ちょっと陽沙‼ 何で怒るわけ⁉ その呪符閉まいなよ‼」


「前々から思ってたけど……どうして男勝りな貴方に、そんな乳が宿ったわけ? どうせ必要ないでしょ? 私が燃焼ダイエットを施してあげる」


「たった三年会わないうちに、陽沙が悪鬼になられた‼ どうしよう浩司⁉」


「この絡みを見るのも、久しぶりだ……」


「ええ~⁉ ちょっと何、感慨ふけってるわけ‼ こんなんだったけ⁉ 私に対する反応、こんなんだったけ⁉」


「貴方、都合の悪い記憶は本当にすぐさま忘れるわよね?」


「そうだったっけ? アタシ全然自覚ないんだけど?」


「そういうところも変わってないようね」


 呆れ、陽沙は呪符を下げる。


「あの、陽沙ちゃん? 交流が弾んで何よりなんだけど、おじさんへの用は?」


 若者達の交流に穴が開き、やっと自身を介入させた手前。

 一階から、微かなどよめきが鼓膜を打った。

 反応の大本は、東日下家の怪魔師によるものであり。


「ねえ、浩司。アレって⁉」


「まさか……」


 次いで、聖憐と浩司も目を丸くする。

 春夢――かつての旧友が、この場に来ていたのだ。

 それには、満貞の両親も険相を荒立てた。


「どういうことだ? 何であの“出来損ない”がここに居る⁉」


「まさか、我らの行事に水を差しに来たんじゃないのかえ~⁉」


 発言に、陽沙は目尻を尖らせた。


「そもそもこの催しに告知されているのは、有力な怪魔師の家系だけです。それに春夢がわざわざ、そんな粗暴を考える訳ありません。彼を招待したのは、満貞おじさんじゃないのですか?」


 そうやって、陽沙の視線は満貞に移る。

 満貞は手すりの方へと寄り、嬉しそうに頬を緩ませた。


「いやはや、まさか本当に来てくれるとはね~。良い余興が生まれましたよ」


「余興だと? 満貞。お前、わざわざあんな輩を向かい入れるなど、何を考えておる」


「いえね。仮にも彼は、私達と同じ東日下家の家紋を背負っていたではありませんか。そんな彼が破門され、そのまま怪魔師として忘れ去られるのは私としても心苦しい。これはその汚名を拭う、最後の舞台というわけですよ」


「汚名⁉ 何を勝手な!」


「陽沙」


 カッとなって怒る陽沙の肩に手を置き、止める聖燐。

 そうこうしている間に、満貞は動き出す。


「それでは私は、彼の行事を進めます。父さんも母さんも問題ありませんね?」


「満貞よ。これは東日下家の勝手な余興だ。他の怪魔師には退席させよ」


「せっかく我らの実力を示し終えたというのに、あんな疫病神がかつての跡取りだったのなれば、目も当てられんからね~」


 大人の身勝手な立案が、淡々と進められた。

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