第11話 祭りと、密かに始まる復讐劇

 桜見夜際おうみやさいは、午後六時を境に開かれた。

 西園寺家さいおんじけが所有する寺の敷地はそれなりに広大だが、人の密集具合は軽くそれを凌駕し、賑わい立つ。

 誰もが年に一度の祭りを楽しむ中、これから死地へでも向かうかのような形相の青年がぽつんと一人。


(来てやった、来てやったぞ! 俺を追い出したアイツらの元に‼)


 歩幅が、抑えた怒りでぎこちなくなる。


(一体、どういう考えで俺を呼び出したかなんて知らないけど……アイツらから背を向けてたまるか‼ 俺は、俺にだって“価値”が有ることを証明してみせるんだ!)


 長年、積み上がっていった家柄への鬱憤。

 それは今や積怨となって、春夢はるむの視界を遮るまでなっていた。

 自分を苦しい立場に縛り付け、思い通りにならなければ簡単に放り棄てるその所業。

 腐った家訓の根幹を見返さずして、春夢の道に先は無いのだ。


「今日こそ、今日こそ俺は!」


「りんご飴美味しんだな〜。あっちにはお面が有るんだな! 黒面セイバーなんだな‼︎」


「………………」


 それはそうと、足元では自分の使い魔が忙しそうに祭を満悦していた。

 子供達でごった返す群衆に混じり、屋台のおもちゃをキラキラした目で見るハルピコ。


「これから敵地に乗り込むのに、全く危機感が無い……。やっぱりアイツを連れて来たのは、間違いだったかな」


 こんなことならば、零香に預けていればとも思ったが。


(行ったら絶対に反対される。けど今回だけは、どうしても引き下がれない。ここで引き下がったら俺は!)


「ねえママ! このぬいぐるみ欲しい! とっても可愛い‼︎」


「うわ〜離すんだな! はるむ〜、助けてなんだな‼︎」


「ちょ、ちょっと待って! その子は俺の使い魔でーーっ‼︎」


 ぬいぐるみのような外見が災いし、子供に誘拐されそうになるハルピコ。

 やはりアイツを他人任せにはできない。

 経験からすぐさま実感し、春夢はハルピコを救出すると苦言を呈した。


「勝手に離れたら駄目だろ、ハルピコ。これから俺達は敵地に乗り込むんだ。こんなところで油打つんじゃない」


「でもはるむ〜。ここのみんな、楽しそうにしてるんだな〜。悪い奴は居るようには見えないんだな」


「悪いのはあの建物に居るの! 俺へ遠回しに、嫌がらせを持ち込む連中さ。アイツらの態度を懲らしめて、今日こそ俺は過去の自分と決別する‼︎」


「それってなんだか、はるむだけの戦いに感じるんだな?」


 痛いところを突かれ、春夢は唸る。

 そうして春夢は少しだけ冷静になり、頭を冷やした。


「そう、だな。俺が傷つくならまだしも、直接関係ないお前が戦うのはお門違いか。だったらハルピコ。今日お前は立会人だ。俺の勇姿を見届けるだけでいい。俺の怪魔師かいましとしての生き様がどんなものか。その目でしかと、な」


「僕、はるむが困ってるなら、どんな理由でも助けるんだな。僕が力を貸せば、どんな悪党だって懲らしめてやるんだな!」


 意気揚々に、ハルピコは闘志を燃やし。

「だからね〜はるむ」と、視線を屋台へ流す。


「僕、武器が欲しいんだな! アレがあれば僕も黒面セイバーなんだな‼︎」


 小さな指で差し向ける、屋台の商品。

 それはヒーロー番組で、主役が使う玩具用の剣。

 ちなみに価格は一つ、4980円。

 春夢は静かに視線を逸らした。


「どうしたんだな、はるむ?」


「アレは俺達にとって高価なものだ。残念だが諦めろ、ハルピコ」


「そんな⁉ だ、だったらアレでどうなんだな‼︎」


 そうやって今度は、別の棚。

 黒面セイバーの操る巨大ロボット玩具の方をねだるが。


「8600円⁉ 更に高くなってるじゃん‼ 駄目駄目! こんなのは今度な!」


「うわ〜ん! 欲しいんだな、欲しいんだな‼ 僕も黒面セイバーになりたいんだな〜‼︎」


 地面で寝転がり、手足をバタバタと振って、駄々を捏ねるハルピコ。

 周囲に注目を浴びながら、春夢の心は乗り込む前から挫けていった。

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