第10話 西園寺陽沙

 桜見町おうみちょう護国聖賢ごこくせいけんの守護する砦の一つ。

 西園寺家さいおんじけの神社は今、桜見夜際おうみやさいの祭りへ向けて、修行僧や町内会の人々が屋台の準備に賑わっていた。


「今年もこの時期がやってきましたね、陽沙ひさ様。今宵も護国祈願ごこくきがん奉納ほうのう、よろしくお願いしますね」


「うん。問題無いよ、婆や」


 埃一つ無い、整備された廊下を進む女性と老婆。

 西園寺陽沙は、付き人である老婆に顔色一つ変えず、首を縦に振った。

 桃の色のように淡い髪は、着物の邪魔にならないよう後ろ手に纏めており、成端された顔立ちは、少しの化粧でも十分に映え立った。

 日本、怪魔師かいましの起源。護国聖賢の一つである西園寺家の跡取りは、毎年恒例の行事に慣れた態度で応える。

 はずだったのだが――。


「心配事がごありですか、陽沙様? 良ければ、婆にお話しください」


 付き人である老婆は、陽沙の平坦な態度を前に、何かを察した。

 隠し事の通じない老婆に対し、陽沙は小さく息を吐いて溜息。


「あれ」


「あれ?」


 一言そうとだけ告げ、陽沙は顎で小さく指し示す。

 前方、向かってくる二人の人物へ。


「これはこれは! お久しぶりですね、陽沙ちゃん。おじさんの事、覚えていますかな?」


 陽気に話しかけてきたのは、三十代の男。

 必要以上に笑顔を差し向け進路を占領する男に、老婆は頭を下げた。


「お速いご到着でしたね、満貞みちさだ様。申し訳ありません、お出迎えができずに」


「いえいえ。この地をお貸し頂けただけでも、感謝しております。あ! ですがもしも、バツ悪く感じておられるのでしたら、あとでお時間よろしいですかな? 式典の種目に、ちょこっと挟みたいものが有りまして」


「式典にですか? それは困ります。今になってなど」


「いえいえ、我々が提示した種目の時間を割けば、済む話ですので。いやはや、面白いことになりますよ」


 うんうんと頷く、満貞。

 陽沙は背筋をむず痒くさせて、話を逸らす。


「それはそうと、満貞おじさん。隣の子は?」


「ああ、こいつですか。うちのせがれですよ。そしてこれから我ら東日下家あさかけを引っ張っていく、跡取りです。おい、誠一郎せいいちろう。挨拶はどうした挨拶は」


 満貞に背中を押され、まだ小学生と年若い少年は、前へ出た。

 おかっぱの黒髪に、女の見間違えるぐらいの愛らしい顔立ち。

 誠二郎は、おすおすと不慣れに、口を開く。


「東日下誠二郎です。よろしく、お願いします」


 頭を深々と下げると、誠一郎は満貞の背に隠れていく。


「すみませんね。怪魔師としての才能は確かなんですけど、如何せんまだ社交性に長けていなくて。それでは相談には後ほど。おい、行くぞ誠一郎」


「は、はい。父様」


 満貞の背を追うように、誠一郎も去っていく。

 そうやって二人が去っていたのを皮切りに、陽沙はまた小さく息を吐いた。


「どうかなさいましたか、陽沙様」


「あの人、図々しくて苦手。私達と対等になった途端、この祭りごとに自分達の就任を報告したいとか、式典に口を出し始めて」


「ですが、護国聖賢の就任は祝ってあげませんと。あの齢でこれからを背負っていくのですから」


「子供の方には同情してる。アレじゃあ、満貞おじさんのていのいい傀儡くぐつよ。あの子の護国聖賢の立場を良い事に、おじさんが実権を握ってるように見える」


「少し、飛躍し過ぎではないでしょうか?」


 困ったように頬のしわを手で摩る老婆。

 しかし陽沙の瞳は、本気で嫌悪感を示していた。


(東日下家、か。春夢はるむが就任してたら、こんな面倒にはならなかったのかな?)


 今は道を違えたもう一つの可能性に、一瞬だけ思考を馳せ、陽沙は歩き出す。

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