第8話 因縁からの招待状

 道場で続けれられる、春夢とハルピコの空手稽古。

 気づけば夕刻までぶっ通しで続き、道場主である善一ぜんいち、孫娘の零香れいかも見守りながら。


「むうん‼」


 ハルピコ、気合の正拳突きが放たれる。

 それも呪力じゅりょくを伴って進む威力は、異様な突風と衝撃をまき散らし――およそ10メートル先の立てられた紙(ハルピコが描いた悪党の図入り)を、見事に倒す。


「やったんだな! 敵を倒したんだな‼」


「すご~い、ハルピコ君! たった数時間でここまでできるなんて~」


「チビ助。もしかしたらお前が、この道場の看板を背負っていくことになるかもな!」


「褒められたんだな~」


 二人の賛辞に、ハルピコは照れて舞い上がる。

 そんな仲睦まじい雰囲気を、蚊帳の外から静観する春夢はるむ


「どうしたの春夢君? じっと黙り込んじゃって」


「大方、一日で自分の記録に辿り着かれたことに絶句しているのじゃろう。意を汲んでやれ、零香よ」


「いや、そういうわけじゃないんですよ」


 善一の要らぬ気遣いを一蹴。


「それじゃあ、何が言いたいのよ? 自分の使い魔が頑張った成果なら、ちゃんと主の春夢君が祝ってやらないと」


「確かに、ハルピコの努力は認めますよ。見様見真似とは言え、ここまでやれたんですから。ただ、ただですね」


 そして春夢は、率直に思ったことを告げた。



「それは人の許容でやれるから凄いんであって、使い魔の呪力がそれでは話にならないでしょう⁉」



 二人はきょとんとした態度から、『あ!』と理解を灯す。


「そう言えばそうよね。ハルピコ君が使い魔なら、当然の結果か」


「この型自体、内包する呪力の成せる技じゃしな」


「でしょう⁉ ハルピコ! お前ちゃんと本気でやってるか⁉ 並の使い魔なら、壁を吹っ飛ばすぐらいできないと駄目だぞ⁉」


「ちょっと待て春夢よ。お前、うちの道場壊すつもりじゃったの?」


「ねえちょっと? ねえ?」と、追求する善一を無視し、春夢は膝を折ってハルピコに問い掛ける。


 しかし当のハルピコは、小さなお腹を押さえて。


「頑張ったら、お腹空いたんだな~。はるむ~、何か食べたい!」


「お腹空いたって、お前な~。もしかして、それで力が出なかったとか?」


「関係ないと思うんだな。アレが今できる、僕の全力なんだな」


「そんな、馬鹿な」


 春夢は四つん這いで項垂れる。

 使い魔といっても呪力だけが全てではない。問題は呪力を通して、どんな『特技』が使い魔にできるかが重要なのだ。

 引き出せる“技”や、使い魔自身の“素質”に応じて、主となる怪魔師かいましはいろんな術の構成を考えていく。

 信頼関係を築き、純粋な相棒として戦場を駆ける者。

 時に凶悪な技や、当の使い魔を縛る為に、行動に制限をかける者。

 集団で行動する使い魔なんかは、それぞれの個体に役割を与える怪魔師だって存在する。

 しかしハルピコは根っから何かが違う。

 秀でた戦闘能力も、扱うべき『特技』も、お世辞を交えてたって何一つ備わっていないように見える。


(扱える呪力もこの程度じゃあ、人間にだって劣るかもしれない……。一体どうなってる)


 自分が唯一、呼び出せた使い魔なのに。

 やはり才能とは、こんなところでも立ちはだかってしまうのかと、消沈気味になる春夢。

 そこへ、バサバサと羽ばたく音が一向に近づいてくる。


「鳥さんなんだな!」


「伝言鷲。それもこの個体、良いとこの使い魔よね?」


「ああ。護国聖賢ごこくせいけんに仕える個体じゃな」


「え⁉」


 春夢は驚きで、視線をがばっと上げる。

 道場の出入り口、靴箱の上に立ち止まる一匹の鷲型使い魔。

 身体の至る所に、甲冑のような防具を纏い、胴体の防具表面には所属する家紋が記されてあった。

 

東日下あさかけの家紋」


 春夢は恐る恐る近づく。

 そして使い魔である鷲は、器用に自身に巻かれた紐を外し、背中に背負っていた書類を春夢の足元へ落とした。

 春夢は丸められた書類を拾い、すぐさま広げた。


「『東日下家・護国聖賢就任の儀』、招集のお知らせ⁉」


「え⁉ 春夢君が‼」


 零香、並びに善一も両隣で、その書類に目を通した。

 そこには、ここ数年宙に浮いた状態であった、護国聖賢の空席に、東日下家が正式に跡取りを立てた旨の報告が書かれており。

 そして名を連ねていたのは、本家の春夢ではなかった。


「『東日下あさか誠一郎せいいちろう』? って、誰なのこの子」


 書類に添付された写真には、記載された名の持ち主である顔写真が張られていた。

 おかっぱ髪が特徴的な、まだ幼い子供だ。


「この子。確か、叔父の息子、だったと思います。そうか……この子が護国聖賢の跡を」


「春夢君」


 並々ならぬ心境を、隣で感じる零香と善一。

 春夢自身も分かっていた。自分が護国聖賢の席に相応しくないことぐらい。

 長年苦しめてきた肩書きが、まさかこんな紙切れ一枚で、それも一方的に見切られてしまうとは。


「わざわざお知らせのために、春夢君にこんな一報を?」


「なんとも当てつけがましいのう」


 無粋だと善一と零香も渋い顔を作るが。


「どうやら。俺への当てつけだけじゃあ、済まないみたいですよ」


 書類の全てを読み解き、春夢は下唇を歯噛みする。


「『東日下誠一郎の就任に当たり、その御前試合の相手として、東下日春夢を指名する』」


「そ、それって‼」


 三人の間に、居心地の悪い空気が流れた。

 怒り、拒絶、呆れ。あらゆる負の感情が混ざり合い、言葉を失う。


「鳥さん、かっこいいんだな~」


『クアーー』


 そんな中、好奇心で鷲の使い魔に触れようと頑張るハルピコ。

 ハルピコにもまた、最初の試練が近づきつつあった。

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