第7話 怪魔師の戦い

 春夢はるむとハルピコが稽古を初めて、同時刻。

 桜見町おうみちょうにある寺院に、喧騒が絶え間なく充満していた。

 修行僧たちが一目散に敷地外へ駆け出すや、雷の矢が頭上を走り、進路先の鳥居を盛大に破壊。

 寺が燃えていくのをバックに、一匹の獣と二人の男が場を蹂躙する。

 10代半ばの少年・ダイゴと、彼の使い魔・ぬえ

 そしてバイク用ヘルメットで顔面を覆う羽島はしまである。


怪魔師かいましが居るから、少しは楽しめると思ったのに。ここの奴ら、てんで大した事ないでやんの。欠伸が出ちまうぜ」


「その割には、相手を倒すのに時間を掛けているな? 少しは恩情のほどを見せてやったらどうだ? わざと苦痛を長引かせるような真似をして」


 エルメット越しにある羽島の視界に、電光が明滅した。

 目前の鵺が、雷撃で三体の獣を焼いていた。

 手や尾に鋭利な鎌を携えていた獣たちは、その姿を塵屑のように崩し、消失する。


「そんな! おでのカマイタチが、こうも簡単に⁉︎」


「消沈してるとこ悪いけど、ここは戦場だぜ? そんなのんびりしてて良いのかい?」


「っ⁉︎」


 ダイゴの問いかけに対峙していた僧侶は逃亡を図るも、虚しくその背に鵺の落雷が降り立った。


「やっぱり良いねえ。他人の自信や尊厳ってやつを、こうやって打ち崩す様はさ。俺の性に合ってる。斉天大聖せいてんたいせいを手の上で転がすお釈迦様しゃかさまも、こんな気持ちだったんかねえ?」


「歪んだ趣向を釈迦に投影させるほど、僧たちの怒りを買う話はないな。見ろ。お前の発言が、敵を読んだぞ?」


「並みの使い魔では話にならんか。しかし貴殿ら蛮行者ばんこうしゃの野心を捨て置くわけにはいかん! 神聖なこの場を踏み荒らした罪! 拙僧せっそうの魔を以って断じる‼︎」


 誰もが逃げ出す中で、一人の僧侶がダイゴらの前に立ちはだかる。

 右手の錫杖しゃくじょうで地面を打ち鳴らし、左手に数珠じゅずを構えて、男はなぜか念仏を唱え始めた。


「おいおい。そんなんで使い魔が退散するとでも? もう少し、現実を見た方がいんじゃないの、お坊さん?」


「いや、相手の行動はかなり現実的だぞ」


「あん?」


 羽嶋の言葉に、首を捻るダイゴ。

 瞬間、肌を妙にざわつかせる温風が、周囲を纏わり付いた。


「これってもしかして?」


「なるほど。この寺院を守護する怪魔師とは、この男だったか」


「かああああつ‼︎」


 僧侶が念仏を唱え終えるや、足元に文様が浮かび上がった。

 黒く、混濁こんだくとしたきりが登り、それらは吸い込まれるように僧侶の持つ数珠へ収束。

 数珠の一つ一つが一人でに膨らみ、体積を増やしていく。


「これ、って⁉︎」


 気づけばダイゴも羽嶋も、“何か”を見上げていた。

 一つ一つが大人の身長に達するまで膨らんだ数珠は、その丸い形を変形させ、左右から鉤爪のような足を突出。

 顔面に当たる部位からも、黒い眼球と、二本の触覚、強靭な牙が生え、全長15メートルの使い魔に成り代わった。


「うっわ! でっけえ“ムカデ”! なんじゃこりゃあ⁉︎」


「『大百足おおむかで』だな。まさかカオス種を従える僧侶が居たとは、驚きだ」


「かつては人々に厄災を振り撒いた、魔の怪異。元はカオス種でも、今や神仏の手綱の元、我らに立ちはだかる邪を払うための矛として、改心させたのだ! この覚悟が、貴殿らの野心を打ち砕く‼ さあ行くがいい!」


『キエアアアアアアアアッッ‼』


 巨大なムカデが金切り声を上げ、突進。

 二人は二手に分かれて躱し、その間にダイゴは鵺に命令を贈った。


「そんりゃけデカけりゃ、ただの的だな‼ 鵺‼」


『ゴアアアアアアアアッ‼』


 鵺はジャンプで飛び上がり、真下を通過していく大百足に向けて、落雷を注ぐ。

 攻撃は命中。が――。


「何⁉ ダメージ無しか⁉」


 鵺の攻撃は、甲羅の外殻に焦げを残すのみであった。

 大百足は間を置かず、ダイゴと鵺に追撃を試みた。


「よし、良いぞ‼ 大百足よ、お前の力を見せてやれ‼」


 僧侶が錫杖に念仏を唱えるや、大百足は内包する呪力を体内でかき集め、口元からそれを吐き出した。

 分泌液が辺りに飛び散った。それも呪力じゅりょくを帯び、触れる物全てを溶かす、強酸性の粘液として。


「ちい‼」


 コンクリートの地面が溶かされていく光景に、ダイゴは咄嗟に鵺を退かせた。

 大百足は首を向けて、逃げていく二人を追う。


(あの鵺さえ討伐できれば、あとは粗末なこと! 何としてでもここで‼)


「敵が複数居るのに、たった一人に固執するなど愚直な考えだな」


「ぬ⁉」


 僧侶は振り向きざまに錫杖を振るうが、羽嶋には届かず、切っ先が空を切る。


「こやつ、いつの間に‼」


「大百足の呪力供給には、その杖を介しているな? そして使い魔や呪力による攻撃命令は、お前の念仏の声に反応している」


 首の筋肉をほぐしながら、羽嶋は淡々と。


「謎が解ければ、貴様らを潰すのは容易いな」


「貴殿らにできるものか‼ 大百足‼」


 錫杖に念仏を唱え、命令を下す僧侶。

 大百足は即座に、備えた両顎の牙で羽嶋を捕らえ、天高く持ち上げる。


「奪った降魔書こうましょを渡し、改心せよ! そうすれば命までは取らん‼︎」


「その必要は無いな」


 大百足の牙に、羽嶋は対抗していた。

 羽嶋の両腕のロンググローブが異様な光を放ち、それが牙を受け止めていたのだ。


「何だ、あの光は⁉︎」


 瞬間、羽島の両腕に青い炎が吹き荒れた。


「青い、瘴気⁉︎」


 不可思議なそのエネルギーは、大百足の顎の力を物ともせずに、羽嶋の拘束を解いていく。

 その間に、羽嶋は肘を大百足の脳天に打ち込み、脱出。


「改心と称して、操れた気になれているとは、とんだお笑いぐさだ」


 大百足の長い胴体を足場に、羽嶋は僧侶の前へ到達する。


「貴様は、大百足の潜在能力を何も活かし切れていない。暴走を恐れて、意思まで縛っているようだが……結果、貴様の念仏をいちいち聞き入れなければ、ロクに動けもしない。これでは機械と何も変わらんな」


「黙れ! 使い魔とは、使う者の采配一つで災いを呼ぶものだ! 怪魔師がその力を振るう以上、術師は誰よりも“恐怖”を念頭に置かねばならん‼︎ 貴殿らのように、周囲を顧みずに怪魔師の力を振りまかれては、数百年前と同じ諸行‼ 人が使い魔を恐れる時代が、やってくるのだぞ‼︎︎」


「そうだな。しかし、面白い時代になると思わないか? 元来、人は使い魔を恐れるものだ。世間は使い魔の力を行使し、優位に利用している気になっているが、私から見ればなんとも脆いシステムだ。平和ボケした今の均衡は、まさに穴だらけのジェンガ。どれでもいい。適当な積み木を抜いてしまえば、勝手に崩落していく」


「ま、まさか貴殿ら、本気でこの世に災いを呼ぶつもりか⁉︎」


「だったらどうるする?」


 僧侶は鬼の形相で、錫杖を構える。

 ――が、羽嶋の前蹴りは、錫杖ごと容赦無く僧侶の顎を撃ち抜いた。

 僧侶の意識は一気に刈り取られ、大百足の命令系統である錫杖も破砕される。


『ギアアアアアアアア‼︎』


「大百足の束縛が解けたか」


 主人である怪魔師からの命令が途絶え、大百足は一人で動き始める。

 錯乱し、辺りに溶解液を振りまくが、それも一時の自由であった。

 大百足の脳天に、鵺の角が突き立てられる。


「お寝んねの時間だ!」


 電撃が鵺の角を通して、大百足の体内を駆け巡った。

 力なく倒れる大百足は、その身を塵へと還していく。

 戦闘は終了した。


『時間の掛け過ぎだぞ? ダイゴ、羽嶋』

仰木おおぎか」


 気づけば一匹のカラスが、崩れた鳥居の柱に止まり、仰木の声を介す。


『次の指令が下った。近々行われる桜見夜際おうみやさいという祭りごとに、東日下家あさかけ護国聖賢ごこくせいけん就任の儀が発表される。我々の茶々入れも終わりだ。本格的に歴史が動くぞ?』


「へ~。ってことは、次こそは骨のある奴とやり合えるってわけだな? 面白くなってきたぜ!」


 ダイゴは瞳を歓喜に震わせた。鵺の本領に相応しい相手が現れると。

 羽嶋はヘルメットを指で小突き、疑問を口にする。


「東日下家だと? 確かあの家系は、跡取りの人材不足で護国聖賢の名から蒸発したはず。今になって、誰が名を連ねるのだ?」


『宗家の蒸発と共に、分家が正式に看板を継ぐことになったそうだぞ。代々受け継がれてきた使い魔も、数年ぶりに日の目を飾るそうだ』


「辛うじて歴史を紡げたというわけだ。涙ぐましいものだな」


 呆れたように、羽嶋は鼻を鳴らす。

 心中では、もはやその伝統すら卑しい行為だと、見下してもいた。


「古きものは、新しきものに席を譲るもんだろ。護国聖賢だか何だか知らねえが、もう古びた歴史には引導を渡して、これからの時代の墓標ぼひょうにならなきゃ」


『その通りだ。ただし過信はできん。獲物は確実に一人ずつ占めていく。まずは、此度の儀の中心である、東日下家を狙う』


「ありゃりゃ。就任早々、運の無いことで」


『過信は禁物と言っただろ? それからもう一つ、護国聖賢以外にも目が離せない事案が発生した。“白い降魔書”の呪力現出じゅりょくげんしゅつが確認された』


「白い降魔書だと? それは本当か?」


『ボスの使い魔が感知したのだ。間違いない。現出した後だとすれば、すでに誰かの手に渡り、使い魔が生み出されているはずだ。因果なものだよ、我々が動いているこの状況で現れるなど』


 カラス越しに、仰木の舌打ちが届けられる。

 ダイゴは怪訝に眉を尖らせた。


「白い降魔書って、アレだよな? ボスが危険視してるっていう」


「ああ。歴史書の文献が正しいのであれば、俺たちの推し進める計画の、一番の障害になりえる。しかし妙だな。俺たちの計画が露呈したとは考えづらい……。本当に偶然か?」


詮索せんさくしようにも、情報が少なすぎる。私も何とか捜索に当たるが、お前たちも用心して事に当たれ。もし尻尾を掴めたようなら、その時は優先して対処しろとの命令だ』


「分かった」


「誰が相手だろうと、潰すだけさ‼」


 破邪術師団はじゃじゅつしだんの思惑は、刻一刻と目的地への経路を辿る。

 まずはその足掛かりとして――この国に根付く怪魔師の基盤を揺るがそうと。

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