第6話 ハルピコにできること

 道場内の稽古部屋に、素振りの音が良く響いた。

 一人だけの貸切状態ともあり、春夢はるむの正拳突きだけが空を切ってまた静寂に返っていく。


(もっと、呪力じゅりょくを絞って!)


 全神経を練って、意識を右腕に乗せる。

 そうやって真っ直ぐ過ぎていく拳の先から、不可思議な風力の衝撃が直線上に伸びた。

 空間を揺らぐその衝撃波は、約十メートルを進み、散り散りに消失。


「呪力は確かに強くはなってる。だけど、この程度じゃとても」


「なんなんだな、今の今の!」


 だだっ広い空間に、ドタドタと足音が響いた。

 ぬいぐるみの見た目からは想像も付かない速度でハルピコは走って近くや、猫の木登りのように春夢の肩までよじ登る。


「なんだよハルピコ。ここに面白いものなんて無いぞ?」


「春夢が今やったのが気になったんだな! 何か手から出してたやつ」


「お前、使い魔のくせに理解してないのか?」


「え?」


 素っ頓狂な反応のハルピコ。

 春夢は、自身が出した現象を簡単に説明する。


「『呪力』だよ。俺達、怪魔師にとって使い魔の次に大切な要素。そしてそれは使い魔であるハルピコ。お前にも重要な力でもあるんだぞ?」


「じゅりょく? それって一体なんなんだな?」


 春夢は、困惑する。


「知らないのか? 使い魔だったらどんな奴でも使える、要は体内に宿した『自然的エネルギー』さ。使い魔ってのは呪力が有るから、いろんな術を行使できるんだぞ?」


「じゅつ? それってどんなのが有るんだな?」


「ええっと。炎や風を操ったり。体を丈夫にしたり、動く速度を速くしたり。とにかくいろんなことができる」


「それって凄いんだな! はるむもそんなことできるの? 見せて欲しいんだな!」

 ハルピコを床に降ろしながら、春夢は首を振る。


「残念ながら人間には無理なんだよ。俺たち人間が内包している呪力なんて、怪魔や使い魔と比べて余りにも乏しいから。今しがたやったのは、俺の精一杯」


「そうなのか〜。はるむの技、なんだかしょぼいんだな」


(素直に言いやがって、コイツ!)


 軽く憤慨しかけ、春夢は一度咳払いで平常に戻る。


「いいか、ハルピコ。確かに他の怪魔師かいましに比べて、俺の呪力は軒並み劣る。しかしそれは俺のせいではない。お前だって関係してるんだぞ?」


「どうしてなんだな?」


「怪魔師の本分は使い魔を従えることにある。しかしそれだけで、ここまで発展しやしないさ。使い魔と居るメリットはもう一つ。使い魔の呪力が、恩恵として受けられるってとこだ」


「それだと、どうなるんだな?」


「使い魔の呪力が、怪魔師にも直接宿る。無論、操れる分量には限界があるし、所詮人間だから制御は難しいだろうけど、その恩恵は甚だ大きいんだ。現に今やった俺の技は、ハルピコの呪力の影響で幾分かはパワーアップしてたぞ」


「それは良かったんだな、はるむ。僕に感謝するんだな!」


「まあ恩恵を受けても、ハルピコの言う通り、しょっぱい結果になったけどね」


「あ、諦めちゃ駄目なんだな、はるむ! 努力は必ず報われるって、黒面セイバーも

言ってたんだな‼︎」


 自分の責任になるや、特撮ヒーローのセリフを借りて、春夢の膝を揺さぶるハルピコ。

 そこで春夢は、ハルピコと出会っての一週間を遡り、「そういえば」と心中でボヤる。


(ハルピコが呪力を使ってる場面なんて、一度も見たことがないな)


 先ほど春夢が告げた通り、怪魔や使い魔は既存の生物とは一線と画す、並々ならぬ呪力が備わっている。

 それこそが彼らたらしめる、力の根源といっても差し支えない。


「なあ、ハルピコ。お前の特技ってなんだ? お前は呪力で何ができる?」


「え? う~ん」


 聴かれ、ハルピコは少しの間、押し黙り。


「僕、見たい番組が有る日は、寝過ごさずに起きれるんだな!」


「それはただ単なる、お前の性分だな」


「食べ物も、好き嫌いないんだな!」


「この前、人参残そうとしてたよな?」


 言及され、視線を逸らすハルピコ。


「そもそも僕が人参を食べられなくたって、はるむは困らないんだな。僕だって、問題なく生きて行けるんだな!」


「あのなあ、こういうのは心の問題で慣れればどうってこと……って違う! 俺が聴いてるのは、呪力で何ができるってことだ⁉」


「そう言われても、ピンとこないんだな~」


「マジかよ」


 能天気なハルピコと変わり、この事案は春夢に深く難題を問いかけた。


(普通、使い魔は呪力の扱いを本能で知ってるはずなのに。これじゃあ、アイツらを見返すことなんか)


 夢のまた夢。

 こんなところでも才能の壁が立ちはだかってしまうのか?

 そうナーバスの渦に飲まれかけるが、春夢は両頬を叩いて、無理やり奮起させる。


「いや、決めつけは良くない! ハルピコだって何らかの特技が有るはずだ。怪魔師なら、それを探ってなんぼだろ!」


「はるむ、一人で張り切ってるんだな」


「ハルピコ! まずはお前のポテンシャルを、一から探っていくぞ! 俺と同じ武術をやってみるんだ!」


「ぶじゅつ? 痛そうなのは嫌いなんだな」


「俺がやったように、前方に拳を打つってだけだ。ただし呪力を込めてな。とにかく手探りで探していかないと。お前だって黒面セイバーみたいに、強くなりたいんだろ?」


「黒面セイバーに? 近づけるんだったら、やってみたいんだな!」


 自分の憧れに対して、純朴なまでに行動を示すハルピコ。

 伴って、なぜか春夢も、ハルピコの乗り気な姿勢に感化されていく。


「よし、その意気だ。まずはこうやって構えを取って」


 二人だけの稽古が、緩やかに始まった。

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