第3話 過去と今

『あの子。本当にアレで英雄の血筋なのかね~』


 遠方から話声が聞こえ、春夢はるむは背中越しに立ち止まった。


『周りの子は、ちゃんと怪魔師かいましとして将来、有望視されてるらしいわよ?』


『確か北条家ほくじょうけ西園寺家さいおんじけの子達だっけ? 特に凄いのは。そんな子達とつるんでるせいか、一層際立つわよね~あの子』


 同じ街に住む、おばさん達の何気ない会話。

 春夢のボールを持つ手が震えた。


『あの子の東日下家あさかけも落ち目気味らしいし、近々、守護陣の任からも解かれるかもね』


 そこで会話は終了していった。

 子供ながらに、春夢はこの世の理不尽を知った。

 自分は好きで、名家に生まれた訳じゃない。

 かつて先祖が、大きな功績を残したからといって、何故自分が背負わなければならないのか。それが不思議でならなかった。

 周囲はそれを当然だと告げる。


「何やってんだ、春夢~!」


 自分の名を呼ぶ、三人の友人達。

 彼らは、誰もが曇りなき笑顔で春夢に手を振った。

 才能の無い春夢とは違い、怪魔師としての才覚に誇りを持ちながら。

 その日から春夢は薄々と……彼らが待つ場所が、途方も無く遠く感じていった。


「春夢~! 春夢~‼」


「やめろ……俺を呼ばないでくれ」


「春夢! はる、む~⁉」


「俺はお前らとは違う! そっとしておいて――」


『ぐ~~~~‼』


 間を割く、耳障りな不協和音。

 そこで春夢は、夢から覚めた。

 悪夢から目覚めた矢先に待ち受けていたのは、何とものっぺりとした珍生物の顔。


「はるむ、お腹すいた。何か作って~!」


 ハルピコは肉球の付いた小さな掌で、春夢の頬をぺちぺち叩く。


「何でお前、呼び出してもいないのに現出げんしゅつしてるんだ?」


 起き上がり、春夢は頬を引きつった。

 ハルピコは、小さなお腹を摩りながら。


「暇だったから、探索してた。そしたらお腹すいちゃった」


「答えになってないんだけど? って、何を探索してたって?」


「はるむのお部屋」


 そして気づく。

 ハルピコの背後にあった、部屋の惨状に。


「って、めっちゃ散らかってる~~⁉」


 床にはありとあらゆる物品が、踏み場もないほど散乱と投げ出され。

 食器、洋服、教本。

 中には怪魔師としての、大切な小道具の他、十八禁な書物まで含まれている。


「何、勝手なことやってんだよハルピコ⁉ くっそ! 床下の板に隠してあった本まで! あれ? これ、無くしたと思ってたエロ本、って! めっちゃ落書きされてる

ーー⁉」


「はるむのお部屋、面白いのが無いだもん。僕、がっかりしちゃったんだな」


「勝手に物荒らしておいて、何だその言い草は~‼」


「うわ! やめて、つねらないでほしいんだな~⁉」


 ついつい、ハルピコのまん丸な顔を、左右に引っ張った。

 餅のように伸びる皮膚がハルピコの顔面を更に平らにし、そのうち虚しくなって、春夢の制裁はものの七秒で取りやめた。


「はあ~。何で俺の使い魔、こんなんなんだ?」


 ハルピコを使い魔として迎い入れて、早一週間。

 耳をぴくぴく痙攣させるハルピコを見やり、春夢はつい苦言を呈してしまう。



『ご覧ください! 昨夜、桜見町おうみちょうの霊魔博物館において、強盗事件が発生しました。破邪術師団はじゃじゅつしだんと名乗る犯人グループは、複数で事に及び、中には怪魔師も確認されています! この現場の悲惨さが、全てを物語っています!』


 テレビからニュースキャスターが、昨夜の事件概要を捲し立てる。

 黒塗りに焦げたコンクリート大地。

 凹み、破損され、原型さえ留めない警察車両や、建物の被害。

 映像を一目見て、様々な憶測が春夢の脳内で飛び交う中。


「あ! 『黒面セイバー』の時間だ‼」


 テレビのチャンネルが切り替わり、事件に向けられた関心は、すぐさま特撮ヒーロー番組に塗り替えられた。


「ハルピコ。何勝手に番組変えてるんだよ」


「かっこいいな~黒面セイバー。僕もいつかは、黒面セイバーになりたいんだな‼」


「正義のヒーローは、勝手にテレビを独占したりしないぞ?」


「…………僕、今はまだ正義のヒーローになれなくていいんだな」


「お前の正義基準は、テレビ見られるかどうかで揺らぐんかい⁉ あと、せめて画面からはもっと離れて見なさい‼」


 テレビに至近距離で噛り付くハルピコを、何とか引きはがす春夢。

 番組を占領されたところで、春夢はノートパソコンを開き、先ほどのニュース記事を拾った。

 そこには犯行に及んだ怪魔師の使い魔らしき姿が、監視カメラの映像で晒されていた。


(うわ~いかにも狂暴そうな。これはきっと『カオス種』だな。こんな大型を使役できるなんて、犯人もそんじょそこらの怪魔師とは違うだろうな)


 被害状況を元手に、推察する春夢。

 暗くて分かりづらくはあったが、狂暴な虎に酷似した犯人の使い魔と、自分の使い魔を照らし合わせる。


「うおおおおお‼ 超必殺飛び蹴り! これは決まったんだなーー!」


 特撮番組を見て興奮したのか、ハルピコはヒーローの技の真似事をして、盛大にすっころび、床を転がっていった。


「うわ~ん! 目が回るんだなーーっ‼」


「やっぱり。全然、怪魔に見えない。あんな子供臭い趣向の怪魔、一体誰が封印してたんだろう」


 疑問は募るばかり。

 そこには春夢が知りえる限り、野生の怪魔や人に遣える使い魔の特性に、ハルピコが余りにも当てはまらないことが起因だった。


(やっぱりハルピコは、他の怪魔や使い魔とは根本的に“何か”が違う。先生に尋ねるしかないかな~)


 ため息を交えて、春夢は頭を掻いた。

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