俺に現代青春ラブコメは難しい。

 新しい学校、新しい教室。

 8×5で40台並んだ机に、1つ跳ばしで座る20人の生徒。


三小田純平さんこだじゅんぺいくん」

「はい」


 そんな中、担任になった教師に名前をよばれて、返事をする。


 春から北高生だった俺が初めて来川北高校の校舎に足を踏み入れたのは5月7日。今年の立夏は5月5日だから、暦の上では夏だ。


 とは言っても入学直前になって突然学校に行くのが怖くなって、不登校になったとかそういうのじゃない。


 国から自治体に「学校は感染症拡大防止のためにしばらく閉鎖してください」というお達しが来たからだ。

  そんなこともあり、俺は中学を卒業してから通学のため引っ越してきたアパートで1ヶ月以上引きこもりの生活を送っていた。


  引っ越してきてすぐは

「よっしゃ、ついに一国一城の主だ」

ってなったわけだけど、さすがに3ヶ月もコンビニ以外で人と会って喋る機会がないってなると、そんなテンションじゃなくなるし、気が滅入ってくる。

 だけどそれも、昨日で終わりだ。


「よし。全員そろっているな。とはいっても、クラスの半分だけなんだが……。まぁ、みんなも聞いての通り、今日から学校が始まったわけなんだが、しばらくは3密を避けるためっってことで分割登校になっている。ほんとの意味でクラス全員がそろうのはまだまだ先になるかもしれんが、ソーシャルディスタンスを保ちながら仲良くやっていってくれ」


 全員の点呼が終わった担任がそういうとホームルームが終わる。ホームルームが終わるとすぐにクラス中が話声であふれ出す。ソーシャルディスタンスを保ちながらとはなんだったんだ。


 どうやら、もう早くも周りではグループが形成されているらしい。

 学校始まってすぐにグループができるなんて、普通だったらおかしいかもしれないけど、今回に限ってはそうでもない。おおかた学校が始まる前からTwitter辺りで繋がっていたのだろう。


「#春から北校生」というハッシュタグを付けた自己紹介ツイートをタイムラインに流すこと新入生同士繋がる、そうすることで学校が始まってからスムーズに友達作りができるというわけだ。

 学校が始まるのが遅かったのもあってこのハッシュタグは大いに役に経ったらしい。どうやら、学校閉鎖が明ける前に会ってた人たちもいたとか。


「えっと、三小田くんだっけか。あんたも、あれか。自粛期間中の友達作りにミスったか?」


 辺りを見渡していると、ふと後ろから声をかけられる。


「友達作りをミスったとは思いたくないんだけどな……。というかよく俺の名前覚えてんな。点呼で1回呼ばれただけなのに」

「いやいや、覚えるなって方が無理だろ。三小田なんて珍しい苗字。俺なんて、高橋だぞ、高橋」


  そう言って笑う高橋。マスクをしていることもあって表情は読み取れないが、声の雰囲気からして気さくな青年って感じがする。


「それもそうか。で、高橋くんもあれか、入るグループがないっていう」

「いやー、こんなことになるとは全く思わなかったぜ」

「ちがいない」


 とは言っても、高橋には悪いが自粛中に作った友達が1人もいないわけでじゃない。

 四月ごろ、例のハッシュタグで知り合った萩原有紀はぎはらゆうきってやつとは友達と言える関係になっている。

 たまたま知り合って、好きな音楽とか、趣味の話とかが合ったからチャットアプリでほぼ毎日喋ってるって感じだ。

 自粛明けしたら一番学校で喋りたかったんだが、どうやらあっちは俺と違って午後登校らしく、せっかく同じクラスになったというのに会えないというから残念だけど。


 そうしているとスマートフォンに1件の通知がくる。


 ゆうき:学校、どんな感じ?サンコダ、ボッチじゃない?


 ボッチじゃないかと言われたら微妙なとこだ。高橋に話しかけられる前まではボッチ極まれりって感じだったしな。


 さんこだ:ソーシャルディスタンスを保ちながら、スクールライフをエンジョイしてるわ


 結局こう返信した。まぁ、間違ってないだろう。ひとつの机に集まって談笑みたいなことはやっていないし、俺の感染症対策は完璧だ。

メッセージを送ると程なくして返信が帰ってきた。


ゆうき :それ、ぼっちじゃんw


 *


 12時、終礼が終わると、俺は校門を出る。高橋に一緒に帰らないかと誘われたけど、用事があるので断って教室に残った。

 用事ってのは有紀のご尊顔を見ること。登校時間の関係であって喋るのが無理ならせめて……という訳だ。

 そんなこともあって、教室で待ち伏せしていたんだが、担任の先生に

「午後の部が来る前にさっさと帰れ、なんのために登校時間ずらしてると思ってるんだ」

と注意されて仕方なく帰ることにした。


 長い長い、帰り道。俺は他のクラスメイトが教室を出た後も留まっていたこともあって、1人でとぼとぼと帰っていた。そんな俺の帰る方向からは俺の高校の制服を来た生徒達が連れ立ってむかってくる。

 おそらく、午後の部の生徒だろう。


 しばらく歩いてると、道を歩く生徒の姿も無くなってきた。あの中に、もしかしたら有紀がいたのかなぁなんて思うけど、全く分からない。


 家まで残り半分ぐらいといったところで、大きな上り坂に差し掛かる。その傾斜15パーセント。

 行きは下りだったから、楽だったけど、帰りはこれを登るのかと考えるとしんどい。まぁ、自分で高台の方にある物件選んだから自業自得なんだけど。


 そんなことを考えていると、閑静な住宅街には似つかわしくない物が坂の向こうから聞こえてきた。


 歌だ。

 The pillowsの『ONE LIFE』


 こっちに越してくる前は、田舎だったし、日も落ちた部活の帰りの田んぼ道でよく歌ったこともある。

 でも、その歌声は同級生とは違う趣味なのをカッコつけてる田舎中学生の、ヘッタクソなそれとはまるで違う。


 やがて、坂の向こう側から声の主が姿を見せる。

 うちの生徒だ。紺色のブレザー、艶のある長い髪を風に揺らしながら、歌声に合わせて歩いてくる。


 歌声は、原曲より少しスローテンポで、どこか落ち着いてて、マスクをしていて籠るはずなのに、声が透き通っていて。別にめちゃくちゃ上手いとかじゃないけど。


 綺麗だ。

 そう思った。歌声がって訳じゃない、いや歌声もだけど。顔がって訳じゃない、マスクしてても、顔がいいのは分かるけど。


 すれ違いざま、一陣の風が吹く。ふと、彼女と目が合った。


「もしかして、今の聞こえてた?」


 歌声を聞かれていたのが恥ずかしかったのだろうか。少し俯きながら、口にする。


「うん。バッチリ聞こえてた。ピロウズのワンライフ、俺も好きなんだ」

「そうなんだ。いいよね、ピロウズ」


答える彼女。沈黙の時間が流れる。


「それよりも、大丈夫なの? 午後の部なら結構急がないと間に合わないと思うけど」

「あー、そうだった。スマホ充電し忘れたから時間わからなかったんだけど、もうそんな感時間なんだー」


 完全に棒読みの返答。俺も女の子と喋るのなんて卒業式以来だし緊張してた部分あるけど、彼女のテンパり方はそれ以上だった。


「じゃ、私行くから。またねー」


 彼女は右肩にかけてた学校指定のバッグを背中にリュックのように背負うと、指先まで真っ直ぐに伸ばした短距離走選手のようなフォームで坂を駆け下りて行った。


「なんて言うか、すごい人だったなぁ」


 アホみたいに語彙力ない感想。だけど、そうとしか言いようがない。


 めっちゃ上手いわけでもないけど、なんか惹かれる歌声。マスク越しでもわかる、顔の良さ、落ち着いた声。なのに、時間を全く把握してないマイペース極まれりな感じとか、会話してる時のテンパり方。


「『またね』かぁ」


 時差登校で午前と午後に学校生活が分かたれた俺たちにとって、名前も連絡先も知らぬ女の子と再開することの難易度は高い。


 でも、あのリボンの色、今年の1年生だよな。もしかしたら、午後の部だし有紀とは仲良くなれるかもしれないな。有紀もピロウズ好きだし。


「あー、俺も午後の部だったらもっと仲良くなれたかも知れないのに」


 *


 その日の夜……。

 いつもの様にゲームのスタミナを消費しながら、有紀とチャットで喋っていた。


  さんこだ:なぁ、萩原。名前も知らない午後の部のヤツとお近付きになるにはどうしたらいいんだ?

  ゆうき:わかんないよ。こっちが聞きたいぐらいだし。


 まぁ、そうだよな。現状午前の部と午後の部の繋がりを作るにはSNSしかない。けど、相手は名前も分からないし、ましてやSNSもやってるか分からない。


 さんこだ:だよなぁ~。

 ゆうき:てか、誰か午後の部に気になる人でも居たの?

 さんこだ:そんなじゃないし……。

 ゆうき:この反応。絶対そうじゃん!じゃあなんで聞いたのかい。5文字以内で答えよ。


 結局、午後の部とのつながりは萩原だけだから相談したけど、なんかコイツめんどくせぇ。


 さんこだ:なんとなく


 結局それだけ入力すると、そのままベッド倒れ込んで仰向けになる。


「どうしたらいいんだろう」


 俺には青春のやり方がわからない。手本が無いし。

今までだったら先輩とか物語とか手本になるものが沢山あったけど。

 というか、手本を見なくても中学まではちゃんと青春が出来ていたはずだ。

 でも、時代がそんな当たり前を変えてしまった。








 俺に現代青春ラブコメは難しい。

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柳川春海劇場 北山麦酒 @mon-panache

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