洛北家族契約

名前:なつき


 年齢:20歳大学生 趣味:読書、カメラ


 一緒に遊んでくれる優しいパパさん募集しています。


 場所:大阪、京都、神戸あたり。料金:一時間5000円+食事代+交通費。


 内容:お茶、お食事、水族館、動物園、遊園地みたいなお出かけ、あなたのショッピング。


 条件:先払い、ドタキャン厳禁、撮影厳禁、カラオケ等の密室厳禁、その他私が嫌がることをしない人。






 インストールしたばかりのマッチングアプリに条件を淡々と入れていく。




「ねぇ、これでいいんだよね」




 スマートフォンに表示された画面を、ソファーの上に寝っ転がってスマホをいじっているあかねに見せる。


 マッチングアプリって名前的に婚活用なのかと思ってたけど、これじゃほとんど出会い系って感じだ。


 こんなことをするのは初めてだから、あまり勝手がわからなかったけど、あかねにアドバイスを受けながらなんとかプロフィールを完成させた。




「それで大丈夫だよ。それにしても、まさか夏希ちゃんがパパ活だなんてね。もう一年近く一緒にいたから、なんとなくそういうことはやらないどころか知らなさそうだと思ってたけど、やっぱり他人って分からないなぁ」


「私だって、ちょっとはそういうことも知ってるよ」




 ――パパ活


 パパと呼ばれる男性と食事やデートを行い、その対価に金銭的授与を受けること。実態は必ずしもそうとは限らないが、基本的には性的関係を前提としないとされている。




 ちょっと前にフジでドラマもあってたし、それがどういったものなのかぐらいは私だって知っていた。だけど、そんな関係をどうやって作っていくのかと聞かれたら、わからない。


 今回は、それを教えてもらうためにあかねを頼ったって感じだ。




「それに、私だってあかねのことなんてちっともわからないよ。どうしたら、四人も五人もの男と関係を持って、トラブルにならないのかってね」


「それは、踏み込まないこと、そして踏み込ませないこと。これに限るかな。境界線の見極めが大事ってわけ」


「踏み込まないこと、踏み込ませないことね……」




 あかねは私の大学の数少ない友達だ。大学一年生の時の基礎演習で同じクラスになって、共通の趣味である「洋書を読むこと」もあってこうしてお互いの家を行き来する仲になってる。


 彼女は男との付き合い方がかなり上手かった。あかねは私の友達だし、読書が好きって共通点もあるけど、この点においては私とあかねは正反対だ。


 私は高校まで女子高だったし、うちは貧しかったので高校時代は特待生の学費免除のためにずっと勉強していたし、悲しいほどに異性とのかかわりはなかった。


 大学でも、男の子の友達がいるかと言ったら、疑問だ。


 それと反対に、あかねは人間関係の幅が広い。大学内はもちろん、大学外にもたくさん関係を持っている人がいるみたい。


 正直、いろんな意味で凄いと思ってる。今回、初めてパパ活をするにあたってあかねを頼ったのも、正解だったみたいだし。




「でもなんで、パパ活しようと思ったの? やっぱり、なんか夏希ちゃんらしくない気がする」


「まぁ、あかねもそう思うよね」




 いずれ、この質問はされると思ってた。だって自分でも、私がこんなことをするなんて思ってなかったし。




「私、来年一年間イギリスに留学するの。大学から学費とかの補助はしてもらえるけど、それでもやっぱりお金が足りねくて。私の家ってシングルマザーだし、お母さんに迷惑かけられないから」


「そっか、留学かぁ。なんていうか、夏希ちゃんらしいなぁ。まじめな理由だし」




 そんなことを話していると、さっそく登録したアプリに通知がやってきたのですかさずメッセージ欄を確認する。




「えっと、名前は山田雄三さんって本名? しかも年齢77歳って」




 77歳になってまでマッチングアプリって悲しくないのだろうか。


 私が言うのもなんだけど、おそらく本名を入れてるあたり慣れてなさそうだし……。




「これはスルーかな」




 せっかくの申し出だけど77歳はなぁと思いつつお断りの返信の文面を考えていると、後ろからあかねが画面をのぞき込んできた。




「待って、スルーなんてとんでもない。これは、検討アリよ」




 *




 それから二週間後、私は京都バスの大原ゆきに乗っていた。


 結果から言うと、私は最初にメッセージをくれた山田雄三(77)と会うことになった。


 77歳はないでしょ、と思っていたけど




「いや、こういうのがいい人だったりするんだよ。77歳でパパになってくれるってことは元有名企業の管理職とか期待できたりするし、年取ってるから萎えてるだろうし襲われるリスクも低いからね」




 あかねがいうので、それならと思って連絡を取り続けた結果、今日会うことになったのだ。


 確かに、あかねの言うとおりかもしれないけど、77歳になってまでマッチングアプリなんて虚しくないんだろうか。


 そんなことを思いながら私はそれから40分ほど高野川の川端を走るバスに揺られた。




 ほどなくして大原の町が見えてきた。京都御苑から見て北東、比叡山の北西に位置するこの土地は、私が住んでる今出川あたりとは全く違って、美しい里山って感じだ。


 京都に来てから、大学のある今出川あたり、あとは河原町とか京都駅ぐらいしか行ったことがない私にとって、この大原はすごく新鮮だった。




 *




 大原ついた後は山田さんが予約しているという料亭に入った。


 案内されたテーブルにいくと先に年老いた男性が席についていた。




「山田さんでよろしかったですか」


「えっと、なつきさんよく来てくださった。大原は遠かっただろ。ささ、座ってください」




 恐る恐る声をかけると、山田さんは優しい声で私に席に座るように促す。


 よかった、良さそうな人で。思わずほっと胸をなでおろす。


 席についてしばらくとりとめのない話をしていると、ほどなくして料理が運ばれてきた。


 昔から貧しかった私には、運ばれてくる料理はどれも贅沢なものだった。


 なんて言えばいいのかわからなくて、ただ「おいしい」とだけ言いながら料理を口に運んでいく。




「大原はね、空気も水もきれいだからなんでもおいしいんだよ」




 嬉しそうにそんなことをいう山田さんの笑顔がとても印象的だった。




 料亭を出た後、どこに行こうかという話になって、せっかく大原に来きてくれたのだから、三千院や寂光院に行こうと提案してくれたので、大原の観光地を巡ることになった。


 三千院も寂光院も庭園がきれいなお寺で、私は鞄に忍ばせていた一眼レフカメラを取り出して、夢中でその美しい自然を写真に切り取っていた。




 *




「今日はありがとうございます。とても楽しかったです。なんか途中なんて勝手に一人で写真撮り始めてすみません」




 二つのお寺を回った後、疲れ果てた私たちは近くの茶屋に入ってお茶をしていた。




「儂こそ、とても楽しい思いをさせてくれてほんとにありがとう。なつきさんにも喜んでもらえて本当にうれしいよ」




 こんなに楽しんで、本当によかったんだろうかって少し不安になっていたけど、山田さんのうれしそうな顔を見るとこれでよかったのかなぁとも思う。


 でも、なんで山田さんは私のパパになろうと思ったのか、そこだけが腑に落ちなかった。


 これだけいい人なら老後も家族と穏やかに暮らせてそうなんだけど。




「一つ質問していいですか」




 気になって仕方がなかった私は思わずそう口にしてしまった。


 一瞬、あやねが言っていた「踏み込まない、踏み込ませない」という言葉が頭をよぎったが、ここまで言ってしまってはもう取り返しがつかない。




「山田さんはどうして私のパパになろうと思ったんですか」




 私の質問を聞いた山田さんは小さくうなづくと目をゆっくりと閉じる。


 もしかして、聞いちゃいけないことを聞いてしまったんだろうか。きっと、そうだ、だって思いっきりプライバシーだし。




「そうだなぁ、それに答えるにはこれを見てもらわないとなぁ」




 そういって山田さんは持っていた鞄の中から一冊のノートを取り出して私に差し出してきた。


 いったい何だろうと思いながら開いた私は、一ページ目ですべてを悟った。




『お医者様のいうには、儂の命は持ってあと半年ということらしい。来るべき日に備えて、このノートに儂の意思をすべてを記しておく。』




 その一文から始まるノートに書かれた内容、それは山田さんの家系図から同僚や旧友の存在、末期医療の方針、葬式の上げ方、お墓や仏壇の話などが細かく書かれていた。


 それは高齢者が自分の死に備え、生前の意思を書いておく「エンディングノート」と呼ばれるものであった。




「儂は大京電鉄の経営者家族に婿入りしたんだがな、社内政治に負け、家族からも、実家からも追放されてしまったんだよ。だから今はこうして残り僅かな人生をこの大原で過ごしているんだ」




 その時の山田さんの目はひどく寂しそうだった。


 そうか、山田さんは一人で死ぬのが寂しくて私を頼ってきたんだ。




「これからも、死ぬまでの短い間、たまにでいいから顔を見せに来てくれんか」




 私の手を握って懇願する山田さん。


 私は決断できずにいた。踏み込むべきか、引くべきか。本当はあかねの言う通り、踏み込むべきではないのかもしれない。


 でも、エンディングノートの一文が私を最後まで迷わせていた。















『儂はあれからずっと一人だった。家族はいなかった。でも、願いが叶うのならば、死ぬ間際だけでいい、誰か儂の家族でいてほしい。その人に儂の一億五千万円の全財産を相続したい』

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