27‐トゥウェニセブン‐

 2026年11月27日、その日は20年代の音楽シーンを語るうえで外せない日になった。

 20年代の小ざっぱりとした日本の音楽シーンを破壊しつくしたともいえるバンド、「CROSS ROAD CONTACT」のボーカルである明日あけびあすかが死んだのである。


 駅前のコンビニで立ち読みしていた音楽雑誌、その特集記事にそんなことが書いてあった。――CROSS ROAD CONTACT

 俺たち10年代の終わりから20年代に青春を駆け抜けた人間ならその名を知らぬものはいないだろう。

 彼らの曲は耳障りのいいだけのものではなかったし、特にボーカルの明日あすかは誰もが認める奇才だったし、彼女は時代を支配する素質のあるパンクロッカーだった。

「けっ、やっぱ言われてるぜ。日本人最初の27クラブだってよ……」

 27クラブ、それは27歳で死んだポピュラー音楽のミュージシャン、アーティストの一覧のことを示す。ザ・ローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズとか、あとはジミ・ヘンドリックス、カート・コバーンなんかも27クラブに名が刻まれるミュージシャンだ。


 彼女もまた、彼らのように悪魔と契約をしたんだろうか。それはわからないが、彼女の魂はきっとこれからの日本の音楽シーンに影響を与え続けるだろう。


 記事の最後はそんな言葉で締めくくられていた。


 悪魔か……。

 俺は彼女との出会いに思いをはせてみた。


 ***


「頼む。この通りだ!!」

 夏休みが明けて一週間ぐらいたった後だっただろうか。俺は両手を合わせてとにかく頼み込んでいた。

「頼むといわれても……」

「ほんと、お願い。明日さんしかいないんだよ。俺たちのバンドのボーカルを張れるのは」

 頼んでいることっていうのは明後日にある文化祭で俺の所属するバンドのボーカルをやってほしいということだ。

 正直、歌がうまい人間なら多分明日さん以外にもうちの学校にはいると思う。でも、俺たちのバンドのボーカルには二つの必要条件があった。

 一つ、学校内での立場が弱いこと。言い換えるとスクールカーストが低いとか、陰キャで非リア充であるとかそんな感じ。

 もう一つが、歌唱力だ。まぁこれは当たり前といえば当たり前か。

 バンドのコンセプトが「普段学校で目立たない奴らが、日の目を見てない奴らが全力でカッコつけて、あっと言わせる」なもんだからまぁ、こういう条件になるわけだ。

「でもなんで、私を誘おうと思ったの?」

「そんなの明日さんの歌声に惚れたからに決まってるよ。知らないかもしれないけど、俺、医大の近くにあるカラオケでバイトしてるんだよね」

「え、もしかして聞いてたの?」

 急に驚いた顔をする明日さん。

 まぁ、無理もないだろう。

 俺たちの通う高校からだいぶ離れたカラオケでクラスメイトがバイトをしているなんて、そこに毎週のごとく一人カラオケに通っている人間してみれば、なんとなく恥ずかしいはずだ。

「まぁね、てなわけで『私下手糞だし……』とか『歌うの苦手だし』とかそんな言い逃れはさせないよ」

 この言い方じゃ半分ぐらい強制になっている気もするけど、彼女を引き入れることが出来なかったら、ほかには当てがない。

 是が非でも彼女にメンバーになってもらう必要があった。

「はぁ、そこまでされたら仕方がないなぁ。いいよ、古賀くんたちのバンドのボーカルになってあげる。でも条件があるわ」

「条件?」

「やるからには本気でやる、それが条件」

「ああ、もちろん。よろしく」


 これが俺と明日あすかの最初の接点であり、彼女のキャリアの始まりでもあった。


 ***


 読んでいた雑誌を雑におにぎりやお茶が入っているかごにぶち込んで、コンビニのレジを出る。

 日本の音楽シーンに影響か。たぶんそれはきっと間違いないだろうな。

 少なくとも俺はあの17歳の秋からずっとそうだった。

 いや、正確にはきっと文化祭前日のあの日からだろう。

 それまでは歌がうまいのにクラスでぱっとしない一人の女子生徒でしかなかったわけだしな。


 ***


「にしても、一日で合わせられるなんてね」

 次の日俺たちは学校をさぼって、バンドメンバーの知り合いがやってるスタジオで一日中みっちりと練習をやっていた。

「まぁ俺たちはもともと夏休み前から練習やってたからな。ほんとボーカルの子がインフルなったときは焦ったけど、ホントありがとう」

 正直いって、前のボーカルと比べたら歌唱力は低かった。でも、歌唱力なんて言葉では言い表せない力っていうか、なんかそういうのが彼女にはあった。

「明日は頑張ろうね」

 ちょうど、変える方向が分かれる十字路に差しかかったとき、彼女はそう口にした。

「ああ」

 そういってハイタッチをしようとしたとき、彼女は全身から力を抜き取られたかのように、その場に倒れた。

「え」

 またか。しかもなんで……。

 俺はこの状況に何度も遭遇したことがある。一種の体質なのだろう。

 俺の周りにいる奴は不幸なことに巻き込まれる。

 小さなころからそうだったし、それが原因で家族がバラバラになったってのもある。

 高校に入ってからは誰にも関わらず、ボッチを貫いてきたのに「高校最後の文化祭ぐらい青春がした」なんて欲を書いた結果がこれだ。

 俺は急いで、救急車を呼んだ。

 しばらくして、救急車に運ばれ、俺は彼女に同伴して救急車に乗った。


 ***


 コンビニを出た俺は市街地から少し離れた小高い丘の上にある霊園に来ていた。

 この霊園に20年代を代表するロックスター明日あすかの墓がある。

 今日はちょうど彼女が死んでから十年目の命日だった。

 墓の前にすわり、手を合わせる。

「楽しかったよなぁ。あの十年間は……」

 彼女とともに駆け抜けた「CROSS ROAD CONTACT」の十年間が頭の中に駆け巡る。

「あの日が始まりだったよな。十字路のの契約ってか、ホント有言実行しなくていいのにさ」


 ***


 病院について、彼女はすぐさまMRIなんかで検査され、そのあとに投薬された。

 彼女が目を覚ましたのは病院についてからちょうど二時間後ぐらいだった。

「古賀くん。ごめんね……」

 彼女はベッドに体を横たえたまま、力なさげに呟く。

「聞いたよ。お医者さんに。数年前から重病なんだったってことも、本当はあと数か月の命だったんだってことも」

「うん。黙っててごめんね」

 医者から告げられた時はかなりショックを受けた。だって教室にいる彼女からそんな短い命だっただなんて、そんなこと全く感じさせなかったから。

「たぶん、もう死ぬんだよね。次の発作が来たら終わりって言ってたし……」

 おわり、たった二日でか。彼女とせっかくうまくいけそうだって思ってたのに。

 まだ出来立てほやほやのバンドだったけど、彼女の才能と俺たちのバンドっていう活かせる場所さえあれば、高校出てからだって戦えるって思ってたのに。

「ねぇ、明日さん」

「なに?」

「俺とキスしてくれないか」


 ***


「ほんとに驚いたよなぁ。あんときは。ほんとに俺が悪魔だったなんてさ」

 線香を真ん中でパキっと二つに折るとマッチでそれに火をつける。

 思い返せば俺は小さなころからよく悪夢を見ていた。

 夢の中に悪魔が出てきて「早く使命を果たせ。さもなくばお前の周りに不幸が起きるぞ」と。

 夢の主はノロウェと名乗っていた。

 ノロウェ、ソロモン七十二柱に名を連ねる二十七の悪魔。

人間に音楽や演技の才能を与えるのと引き換えに、27歳で必ず死ぬ、『27クラブ』という都市伝説の正体だ。

 小さかった頃の俺はそんなこと知らなかったし、使命を果たせだなんていわれても、何のことか全くわかっていなかった。

 そして、俺はあの日ようやく使命を果たすことになる。


 ***


「突然、何をいいだすのよ」

 彼女はそう弱弱しい声で言いなが笑う。

「冗談なんかじゃない。君は知ってるか。ノロウェを」

「うん、しってるよ。音と伝達をつかさどる悪魔なんでしょ。音楽好きなら知ってるわよ」

「俺がそれなんだよ。だからさ、俺は君が二十七歳で死ぬ代わりに、音楽の才能を与えることが出来るってこと」

「君がノロウェねぇ。仮にそうだとしても、死にゆく人間に音楽に才能なんていらないよ」

 声からどんどんと力が失われていくのが分かる。

 彼女はもう長くないんだ。

「いや、そもそも明日さんには才能がある。これは君が『27歳で死ぬ』ための契約なんだよ」

 そこまで言って彼女も察したようだった。

そう、これは"彼女を必ず27歳で殺す"契約だ。

「ノロウェとの契約ね。17で死ぬより27で死んで27クラブに入ったほうが、確かに最高だよね」

 彼女はそう言って笑った。

「契約成立だな」


 ***


 あのあと、奇跡のごとく彼女の容体は良くなり、病気はあの一瞬にして消え去った。

 ノロウェの呪いは本物だったらしい。神にでもすがるつもりでやったことだったけど。


 そして、翌日体育館のステージに俺たちが上ったとき、俺は思ったのだった。

 これまでは、体に宿るノロウェのせいで不幸をまき散らしてきた。それが嫌で、周りの人間が俺のせいで不幸になるのが嫌でずっと一人でいた。

 だから、一度くらい青春がしたくて文化祭のバンドを立ち上げたんだ。

 でも、今は違う。

 使命を果たした俺の周りに不幸は訪れない。

 あとは、これまでの17年間できなかった青春をこれから取り戻すんだ。

 セブンティーンからトゥウェニセブン、契約満了の10年間で。

 文化祭のライブがおわり拍手と歓声が巻き起こる中彼女は言ったのだった。



「あと10年で死ぬ? 違うんだよ。ノーフューチャー、それがロックであって青春なんだよ」


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