柳川春海劇場
北山麦酒
「I'm a perfect human.」そうキメ顔で言えたなら。
「YA・MA・DA YAMADA! YA・MA・DA YAMADA! I`m a perfect human!」
カラオケボックスの中にノリノリ歌い声が響き渡る。モニターの前では今回俺たちを遊びに誘ってくれた洋二郎とその彼女の日向が謎のダンスをしていた。
すごくノリノリで楽しそうなんだが、正直俺はそのテンションにはついていけない。それは、隣に座っている井之前さんも同じらしい。
本当にこれで洋二郎の言っていた作戦がうまくいくんだろうか。
正直、まったくそんな気はしなかった。
*
事の発端は今日から一週間前にさかのぼる。
「頼む、この通りだ。俺に協力してくれないか」
俺は、恥をしのんで友人の洋二郎に頭を下げていた。
「それにしても、お前に好きな人ができただなんてな、順平。なんていうかさ、お前ってそういうこと興味なさそうだって思ってた」
「おいおい、俺だって恋愛の一つや二つぐらいするさ」
とはいうものの、洋二郎が言うのもわかる。
確かに、俺はこれまで生まれてから17年間、恋というものをしたことがなかった。要するに初恋だ。
好きな人ができたってのはいいとして、どうやったら彼女と付き合えるのかはわからない。じゃあ、人に聞くしかないだろうってことで、友人の洋二郎を頼ったってわけだ。
「で、相手は誰なんだ?」
「あの子だよ。井之前一葉さん」
「ああ、あのパーフェクトヒューマンね」
パーフェクトヒューマン、それは彼女につけられたニックネームだった。
その名のとおり、井ノ前さんは何をやっても完璧でいつだって正しい女の子だった。
俺がそんな彼女が気になりだしたのは、さらに数か月前のある出来事からだ。
*
「おい、順平、ちょっと5000円ぐらい貸してくれよ」
放課後のことだった。下宿先のアパートに帰ろうとしたところ、繁華街のあたりで一番つかまりたくない奴らにつかまってしまった。
どこの学校にも5人ぐらいはいそうなガラの悪い連中だ。情けない話だけど、だいぶ前に一度カツアゲされて以来目をつけられているらしく、学外で出会うといつもこういって俺を4、5人ぐらいで取り囲んでくる。
「今、ちょっと……」
「あぁん? 金持ちの息子のくせに金がねぇなんてことはねぇよなぁ? ほら金出せよ」
俺に奴らに逆らうなんて選択肢はない。奴らに逆らったら最後、病院送りにされてしまう。
だから結局、こうやっておとなしく金を取られる以外に選択肢はなかったのだ。
いつもだったら、路地裏に連れていかれなすすべなくお金だけむしり取られて立ち去られるんだけど、この日だけは違った。
「そんなことをやって、恥ずかしくはないのですか?」
手に札を握って意気揚々とした表情で表通りのほうに出ていく男たちの前に、彼女が立ちふさがっていたのだ。
「だれだ、コイツ。もしかして順平の彼女か?」
「結構かわいいじゃねぇか」
俺を取り囲んでいた男たちが、同じように彼女に近寄っていく。
だめだ、容易に想像できてしまう、彼女がさんざんに痛みつけられる画が。
奴らに常識は通用しない。キレたら女でも子供でもその理不尽な暴力の対象だ。
「彼に、お金を返してください」
「あぁん、聞こえねぇな」
「彼にお金を返してくださいと言っているのです」
彼女は、男たちの放つ凶悪な空気にひるむことなくそう言い放つ。
「井之前さん、俺はいいからにげて。そいつらに逆らったら病院送りに……」
勇気を出して、逃げるように言うが、言い切る前に男たちのうちの人に蹴りをおもっきりぶちこまれ、みぞおちに綺麗に入る。
「グハッ……」
動けない。息をするのさえままらない。
そんな俺を姿を見ながらも井之前さんは全く怯んでいないようだった。
「あなたたちは、それでも本当に人間なんですか」
「ピーピーうるせぇな」
目の前で井之前さんが殴られる。それでも、彼女は全くその場からピクリとも動こうとはしない。
それからも、数人がかりで滅多打ちにされるが、彼女は男たちを通そうとする素振りを全く見せない。
「おい、こいつ。まったく痛がらないぞ。気味が悪い。こんなやつほったらかして、先に行こうぜ」
次第に、男たちも気味が悪くなってきたのか、そんなことを口走って彼女が立ちふさがる脇を通ろうとするが、「彼にお金を返すまでは絶対に通しません」と言って立ちふさがる。
「めんどくせぇ、行こうぜ」
しびれを切らした男たちは俺の財布から抜き取ったお札を投げ捨てて、立ち去って行った。
「ありがとう、井之前さん」
「いいえ、私が正しいと思ったことをやっただけですから」
礼を言う俺に彼女はただ一言そういっただけだった。
*
あのとき、彼女は逃げるべきだった。だけど、正しいと思ったから、そんな理由だけで俺を庇ってくれた。
誰だって「何が正しくて、何が間違っているか」は知っている。
だけど、それを行動に移せるかは別だ。
スーパーで店員に筋違いなクレームを言っている客に遭遇したとしても、俺は客をいさめることはできないし、クラスにいじめられている人がいたとしても、きっと「めんどくさいから」という理由で見て見ぬふりをするだろう。
電車の中で、椅子に座っているとき、目の前にお年寄りの人が立ったとしても、席を譲る勇気すら俺にはない。
そんな俺と違って、彼女はいつだって正しかった。
「なるほどね、井之前さんとお前はもっとお近づきになりたいと……」
「そういうことだ。頼む、助けてくれ」
「わかったよ、任せておけ」
*
そんなこんなで現時点に至るという感じだ。
洋二郎は「ダブルデート作戦」なるものを提案してきたが、結局この状態である。
俺と井之前さんは、洋二郎と日向に促されるがままにつれまわされているだけだった。
「I'm a perfect human!」
そんな俺の気持ちなど知らないのだろう、洋二郎と日向は二人はモニターの前に立ち、キメ顔で言うのであった。
*
カラオケボックスをでたあと、時間だったので俺たち四人は分かれることになった。
俺と井之前さんは変える方向が同じだということで、駅のほうへ向かう河川敷の道を二人で歩いていた。
「ごめんね。俺が誘ったのに、なんかこんな感じになって」
午前中から一緒に遊んでいたというのに、やっと落ち着いて話せる機会を得ることができた気がする。
だけど、「今日は楽しかったね」と言えないのはたぶん、俺自身が彼女を楽しませることができた気がしなかったからだろう。
「いいえ、楽しかったですよ。誘ってくれてありがとうございます」
「そっか……それならよかった」
なんか、そう言ってくれただけで、俺は救われた気持ちになる。
オレンジ色に染まる空。ゆっくりと流れる川に反射してきらめく夕焼け、ほほをなでる心地よい風、河川敷から聞こえる子供たちの声、遠くの鉄橋を渡る快速列車の音。
そして、隣には俺なんかが横に立つには到底ふさわしくない女の子が歩いている。そして、俺は彼女のことが好きなのだ。
「あのさ……」
こんないかにもな状況だと、なんかいろいろ口走ってしまうのもしょうがないと思う。
「俺、君のことが好きなんだ」
そして、そんな思いってのはひとたび堰を切ってしまうと、鉄砲水のようにのようにあふれ出す。
「ずっとあこがれてた。君に助けられてからずっと。いつだって君は正しかった、いつだって完璧だった」
突然の告白に、彼女は何も反応できずにいた。そうだろう、突然こんなこと言われるんだから。
でも、ここまで言ってしまったら止まれない。独りよがりだって、もう伝えるしかないんだ。
「君に比べたら、俺はかけてるものが多すぎるかもしれない。でも、精一杯頑張るよ。だから、付き合ってほしい」
「ありがとうございます。私はうれしいです。でも……」
彼女は一度、そこで口をつぐんで少し考える。
わかっていた。考えるってことはきっと俺はフラれるのだろう。それは想像していた、だけどやっぱり怖い。
「でも私、君が思っているほど完璧じゃないですよ。私には致命的にかけてるものがありますから」
彼女は虚ろな目でオレンジ色に染まった空を見上げていた。
「私、『パーフェクトヒューマン』だなんていわれてるけど、そんなことないんです。私はただ「正しいこと」をやっているだけ、それ以上でもそれ以下でもないんです。確かに、私の出す答えは完璧かもしれない。でもそれは中央演算処理装置がはじき出した計算結果に過ぎないんです」
俺は彼女が何を言っているのか理解できなかった。なんだよ、それ。それじゃまるで……。
「私は国立研究所によって作られた試験用ヒューマロイドなんです。学校に通っているのは単なる実装実験でしか……」
「じゃあ、俺はロボットに恋を……」
言葉が続かなかった。そんな嘘みたいなこと信じられなかった。
「今なら引き返せます。今すぐ私の事を忘れてください。それからまともな恋をしてください」
残酷な言葉だった。忘れられるわけない。俺は彼女の事が本気で好きなのだから。
「それでも、私を好きでいてくれるなら、少しだけ私に時間をください」
そして、彼女は最後にこう口にした。
「私が人間の感情を完全に得ることができたら、『I'm a perfect human』そうキメ顔で言えたなら、その時はきっとあなたを好きになります。だから、私がパーフェクトヒューマンになるまで、私を好きでいてくれませんか?」
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