ルコの町の改革 後編6

 ジュリアが部屋から引きずり出されたあと、リリアがアイリスに視線を向けた。いまだ俺に庇われたままだったアイリスは慌てて佇まいをただす。


「アイリス。不測の事態にもかかわらず、よくアレン様を守りました。貴方がレギオンの補佐についているのなら私も安心です」

「いいえ、私はアレン様を危険にさらしてしまいました」


 アイリスは力なく頭を振り、俺の前に膝をついた。


「アレン様、このような事態になってしまい誠に申し訳ありません。大変なことをしてしまったのは重々承知ですが、どうかこの身一つでお許しいただけませんでしょうか」


 他領の、それも上位貴族の息子を汚い罠にはめて殺そうとしたのだ。

 普通であれば許されるはずがない。下手をしたら連座で処刑。子爵家もお取り潰しという事態になったとしてもおかしくはない。

 むろん、それは最悪のケース。

 順当に行けば当事者達の処刑と、莫大な賠償が妥当だろう。


 ただし、今回のケースは普通ではない。

 アイリスは混乱からか気付いていないが、リリアはこの襲撃を掴んでいた。でなければ、あのタイミングで飛び込んでこられるはずがない。

 俺に危険を及ばさない配慮をしていたのだろう――と、俺はリリアに視線を向ける。それに気付いた彼女はほんの少しだけ頷いた。


「アイリス嬢、心配しなくても大きな問題とするつもりはない」


 彼女の前に膝をつき、その憔悴しきった顔を覗き込む。


「アレン様? ですが……」

「ジュリアがキミも一緒に殺そうとしたことから、別の派閥の陰謀だと想像がつく。なにもなかったことには出来ないが、厳罰を求めるようなことはしないつもりだ」

「ですが……」


 こちらの思惑を読み取ろうと、アイリスはジッと俺を見上げる。

 だが、これがリリアとの取り引きであることは口にしない。


 ジュリアの私兵に部下を潜り込ませていたリリアであれば、俺には察知させず、けれどジュリアに言い逃れが出来ないタイミングで押さえることも出来たはずだ。

 それをしなかったのは、餌となった俺に対する報酬と言うことだろう。白紙の契約書を渡されたような状況だが、あまり欲張ると面倒なことになる。


 当初より予定していた、食料の支援を賠償という形で求めることにする。決して少ない量ではないが、オーウェル子爵領全体からの出費と考えればたいした問題にはならないだろう。

 また、ジュリアのしでかしたことに対する賠償と考えれば破格の安さだ。


「それに加えて、塩の取り引きにおける条件の見直しはなしだ。また、ルコの町を立て直すために、一部の税を下げることを認めて欲しい」

「それは……仕方ありませんわね」


 粛々と受け入れているが、その表情には未練が見える。あらたな賠償に加えて、ウィスタリア伯爵家との友好にケチがつく。

 ジュリアの派閥は今回の一件でお終いだろうが、他にも難色を示す勢力があるのだろう。

 だから――


「加えて、為替ギルドの設立メンバーについて。オーウェル子爵領からはリリア。それに、レギオン、もしくはアイリスを選ぶように要求する。他の人間は受け付けない」

「え、それは……」


 アイリスが目を見開いた。

 為替ギルドの有効性は既に知られている。ゆえに、設立メンバーともなれば、相応の影響力を持つことが出来る――と、想像に難くない。


 その役職を、リリアに加え、レギオンかアイリスを指名する。

 それはつまり、俺がオーウェル子爵領の他の人間を信用していないという意味であり、レギオンとアイリスだけは信用するという意味でもある。

 為替ギルドの重要性が浸透するにつれ、現当主代行を守る力となるだろう。


「……このような事態になってなお、私を信用してくださるのですか?」

「アイリス嬢は、身を挺して私を逃がそうとしてくれたからな」


 図らずも、アイリスの人柄を知ることが出来た。

 ……いや、もしかしたらそれすらも、リリアの思惑のうちかも知れないが。アイリスが信用にたる人物だというのは疑いようのない事実だ。


「隣り合う領地を預かる者として、なにかと交流があるだろう。これからもよろしくな」

「はい、こちらこそ、ですわ」


 アイリスと握手を交わす。

 こうして、俺はルコの町に必要な食糧の支援を取り付けた。



 その後、レギオンに感謝されつつ、今後について詳しく話し合った。更にはリリアから感謝と共に、なにかあれば力になるという言葉ももらった。

 リリアの庇護を得られたのはありがたいが、今後も色々と面倒を掛けられそうだ。


 それはともかく、オーウェル子爵領から支援用の食料を持ってルコの町へと帰還した。すぐさま、ケープスの執務室へと顔を出す。

 名目上は幽閉されている身ではあるが、彼は机で書類にペンを走らせていた。そんな彼が俺に気付き、ペンを置いて立ち上がる。


「これはこれは、アレン様、お帰りなさいませ」

「ああ、いま戻った。それで、状況はどうなっている?」

「アレン様がお留守のあいだは特に対策を立てず現状維持として、私は貴方にご覧に入れる資料を纏めておりました」

「そうか、それは仕方がないな」


 表向き、ケープスは与える罰を考え中で幽閉されていることになっている。関係者への接触も許してはいるが、表立って指示を出すことは出来ない。

 俺が留守の間、政治は滞りまくりだろう。


「苦労を掛けたな。だが、食糧を入手する目処は立った」

「おぉ……それでは、貧しい者達に支援をしてくださるのですか?」

「そうだ……と言いたいところだが、それだけで経済を立て直すのは難しい。ゆえに、俺はこの町で開墾クジなるモノを開催しようと考えている」

「開墾クジ、ですか?」

「そうだ。開墾クジというのは……」


 フィオナ嬢と話し合ったことによって浮上した問題やその対策などを交え、開墾クジの計画を事細かに伝えていく。

 それを聞き終えた彼は考え込んでしまった。


「なにか、問題がありそうか?」

「構想は素晴らしいと思います」


 構想は――と、ケープスは口にした。

 その言い回しから、なんらかの懸念を抱いているのは明らかだ。


「ケープス、構わないから心配事があるのなら言ってくれ。これはルコの住民達のためにおこなう方策だ。おまえ達のためにならないのなら意味はない」


 ケープスが大きく目を見張った。


「……そう、でしたね。貴方はロイド様とは違う。また失念していたようです」


 つまり、ロイド兄上には言っても無駄だからと飲み込んでいたと言うこと。今後もしばらくは気を付けておかないと、意思の疎通を図るのが難しそうだ。


「それで、なにが問題なんだ?」

「一番の問題は、その……領民からの信用が必要だと言うことです」

「……なるほど」


 遠回しな言い方だが、俺に信用がないと言う意味だ。信頼がなければ、クジで本当にアタリがあるのかも分からない。そんな状態では、参加者が減ってしまう。

 参加者が少なければ、クジで大赤字となってしまう。


「むろん、いまの私はアレン様がロイド様と違う人間だと言うことが分かります。ですが、この町の者達が知る次期当主候補はロイド様なのです」

「それは……難しいな」


 人は未知の存在を判断する場合、類似しているなにかから判断を下す。人が相手であれば、人種、種族、親戚などが当てはまる。

 他種族の迫害しかり。

 ほかに分かりやすいのは、敵国の人間や、犯罪者の身内、だろうか? 敵国の人間だからといって、誰もが残虐な訳ではないし、犯罪者の身内もまたしかりだ。

 だが、他の判断材料がない以上、見える部分から判断することは避けられない。そして俺の場合は、この町の経済を引っかき回した前領主の弟という扱いなんだろう。


 たとえば、俺が連続で変わった三人目の領主で、一人目は親切だったとかであれば、もう少し話は変わっていたはずだが……それは言っても仕方のないことだ。


「信頼、か……」


 信頼とは行動の積み重ねだ。

 逆に言えば、信頼にたる行動をとり続ければ済む話でもある。だが、それでは開墾クジのような奇抜なアイディアはお預けとなってしまう。

 なにか、ブレイクスルーとなる一手が必要だ。


「……一つだけアイディアがある」

「なんでしょう?」

「その前に確認だが、俺はロイド兄上の代わり。だから、俺はロイド兄上寄りの人間で、信頼することは出来ない――と、そう考えられている訳だな?」

「ええ、まぁ、おおむねはそのような感じです」


 次期当主候補を選ぶためにそれぞれの候補が領地経営をおこなっていることは知られていても、ロイド兄上が俺を目の敵にしていたことなどは知られていないようだ。

 お目付役のウォルトを使い、ロイド兄上はあまり町にいなかったことが原因だろう。


「ならば、伏せられた事実を公表しよう。ロイド兄上が失脚したのは、俺が不正を暴いたからだ。俺にとってもロイド兄上は敵だった」


 ロイド兄上の身内という情報しかなかったところに、ロイド兄上と敵対している人間であるという情報を付け加える。敵の敵は味方であるという主張だ。

 その言葉に、ケープスは目を見開いた。


 予想以上の反応を引き出した俺は、ケープスがどのように聞いていたのかと問い掛ける。


「ロイド様は、他領のさる高貴な女性に見初められたのだとうかがっていました。むろん、それが建前であることは、皆が予想するところでもありましたが……」


 ロイド兄上が次期当主候補から下りたのは政略結婚がらみとなっていたらしい。

 もちろん、いまケープスが口にしたとおり、それを鵜呑みにした者はいなかったようだが、同時に俺が蹴落としたことまでは知らなかったらしい。

 まあ……商人でもなければ平民が他所の町に移動することはめったにない。他所の町の噂なんて、相応の情報網がなければ入らないもんな。

 ついでに言えば、引導を渡したのはリリアだが、わざわざ口にしたりはしない。


 でもって、町を治める代官や役人にそのようなツテはない。

 カエデはその辺り、情報網を持っていたようだが……いまにして思えば、ケープスは俺がフィオナ嬢を連れていることにも驚いていた。

 あまり多くのことは知らないのだろう。


「では、ロイド様は貴方に負けて失脚した、と?」

「半分は兄上の自爆だけどな」


 ルコの町の不況については俺がなにかした訳ではないと主張しておく。ジェニスの町が好景気な分、ルコの町に余波が来ているのも事実だが、そんな余計なことは口にしない。


 ロイド兄上を蹴落とした者として、ルコの町の住民から信頼を得る。

 なんと、ロイド兄上の提案である。


 先日、オーウェル子爵領でおこなわれたパーティーで提案されたのがこれ。ルコの町を治めるのなら、ロイド兄上とは敵対関係であることを前面に出せと言われたのだ。


 ルコの町の住民からどのような目で見られているのか、いまの兄上は理解している。そのうえで、自分の悪評を利用して、ルコの町を纏め上げろと俺に提案した。

 以前のロイド兄上なら考えられなかったセリフだ。


 むろん、兄上は許されないことをした。その事実は変わらないが、少しだけ変わったのかも知れない。どちらにしても、彼が示した提案は上手く利用させてもらう。


「俺がロイド兄上と対立しなければ、いまもこの町を統治していたのはロイド兄上だった。その辺りを噂として流すことで理解を得られないか?」

「そう、ですね……その話が事実であれば、貴方を信じようとする者は出てくるでしょう」

「ふむ。ならば、その辺りの事実関係を確認するために、屋敷の者を上手く誘導してくれ。俺がロイド兄上とやりあっていたことは、商人なら知っているだろう」

「仰せのままにいたしましょう」


 ケープスが恭しく頭を下げた。


「これで、開墾クジに必要な信用は得られるか?」

「……すぐには難しいですが、徐々に参加者は増えるでしょう」

「ふむ、ならば問題はない」


 ある程度のレベルであれば、クジの期間を調整して口数を増やせば済む話である。


「では、開墾クジは出来そうだな」

「それは……」


 安堵した俺に対して、けれどケープスは憂いた顔をした。


「……まだ問題があるのか?」

「開墾……と言いますが、あまり畑に適した土地が残っていないのです」

「どういうことだ? 付近には森も草原も川もあるだろう?」


 逆にいえば、それらが揃っているからこそ町が出来たとも言える。一般的な立地ではあるが、畑に適していないなんてことはないはずだ。


「むろん、町から離れれば適した場所もあります。ですが、近場で残っているのは、増水時に水害に見舞われやすい土地と、完全に川より高くて水路が引けない土地ばかりなのです」

「……なるほど」


 治水工事が必要な場所と、水車が必要な場所、か。治水工事はすぐに取りかかれるが、完成するまで何年もかかる。逆に水車は設置はすぐだが……


「水車か、魔導具、か。クリス姉さんに頼んだ方が良さそうだな」


 彼女なら、この町の職人に水車を作らせることも容易だろう。そんな風に考えるのとほぼ同時、外で待機していたメイドからクリス姉さん来訪の知らせが入った。

 

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