ルコの町の改革 後編4

 オーウェル子爵領のパーティーに参加すると決まってからが大変だった。

 ルコの町には早急に支援が必要な状況であることが発覚したと同時に、支援するための食料を買い付けるだけの資金はほとんど底をついていると発覚したからだ。

 ひとまず、なけなしの資金で周囲の町から食料を買い付けるように指示を出し、食糧支援の交渉に行くという名目で、俺とフィオナ嬢はルコの町を離れた。


 メンバーは俺とフィオナ嬢とリリア。

 使用人は必要最低限に留めた。リーシアとリリアナは同行しているが、本当はリーシアも置いてきたかったくらいだ。ルコの町には、信頼できる人間が驚くほど少ないからな。


 だが、身の回りの用事を自分でしたり、フィオナ嬢やリリアのメイドにさせる訳にはいかないので諦めて同行してもらった。

 ジェニスの町に、執務が出来る者を派遣してくれるように頼んだが、その者が到着するのは早くとも、俺達がルコの町に戻る前後となるだろう。


 とはいえ、支援する食料がなければ、ルコの町の一件はいかんともしがたい。だから、この一件を早急に片付けるのが一番の近道だと割り切った。



 そうして馬車で揺られること数日。

 俺達はオーウェル子爵の屋敷を訪れていた。


 今回はリリアが同行しているからだろう。ちゃんとした待遇で客間へと通される。

 ただし、リリアは相当に無茶なスケジュールを組んでいたようで、到着して客間に通された俺は、パーティーが今日の夜だと聞かされた。


 馬車の旅で少しのトラブルだけでも間に合わない――どころか、リリアの来訪を聞いた俺が、面会するのを半日遅らせるだけで間に合わなかった。

 俺が即座に会うことまで計算に入れていた……いや、間に合わなかったときのためのプランくらいは用意していたのかも知れないが。

 どちらにせよ、長くルコの町を空けたくない俺にとっては好都合だ。


 まずは湯浴みをして旅の汚れを落とし、それから夜会というパーティーの格式に合わせた礼服に着替える。

 以前、父上のもとを訪れたとき、急に代行としてパーティーに出席するように申し渡された。そのときの経験を活かし、いつでも出席出来るように準備しておいた甲斐があった。


 そうして準備を終えた俺は、時間を見計らってフィオナ嬢のもとを訪ねた。


「フィオナ嬢、準備は出来ているか?」


 扉をノックして問い掛けると、ほどなくしてリリアナによって扉が開かれた。彼女は俺に向かって一礼をすると、部屋に入るように促してくる。

 部屋に踏み入ると、窓辺にフィオナ嬢がたたずんでいた。見事な刺繍が施された単色のドレス。夜色の髪をストレートに纏めた彼女は、窓から差し込む夕日を浴びている。

 端的に言って美少女――黙っていれば。


「アレン様、なにか失礼なことを考えていませんか?」

「外見は美しいと思っていただけだ」


 内面はまた別問題という意味だが、フィオナ嬢は気付いた風もなくはにかんだ。からかった俺としては、素直に喜ばれてしまって複雑な気持ちになる。

 だが、フィオナ嬢は構わず手を差し出してくる。それがエスコートをして欲しいという意思表示だと気付いた俺は、その手をそっと取り上げた。


「アレン様、それではオーウェル子爵代行をぶちのめしに参りましょう」


 優雅に微笑むフィオナ嬢が一瞬なにを言ったのか分からなかった。だが一呼吸置いて、フィオナ嬢はフィオナ嬢のままだと苦笑いが込み上げる。


「ぶちのめすのは、俺達を快く思ってない連中で、子爵代行は別らしいぞ?」

「あら、そうでしたね。では、格の違いを思い知らせてやりましょう」

「……いや、訂正する部分はそっちじゃない」


 せっかく、見てくれだけは可愛いのにと思って俺は、いまの言動が俺の揶揄ったセリフに対する意趣返しであることに気付いた。


「悪かった。内面も猫を被っていたら綺麗だと思うから、その物騒な発言は止めろ」

「あら、猫を被っていなければ綺麗ではない、と?」

「自覚くらいは持って欲しいところだな」


 素の性格は綺麗じゃなくて、どちらかと言えば可愛い、だろう。

 あくまで、客観的な意見として、であるが。

 そんな俺の内心を知ってか知らずか、フィオナ嬢は腕を絡めてきた。その目が笑っていない様に見えるのは、そろそろ真面目にしろと言うことだろうか?

 というか、二の腕をこっそりと抓られた。


「いいかげん、パーティー会場までエスコートをお願い致します」

「……喜んで、フィオナ嬢」



 会場を訪れた俺は、まずはオーウェル子爵代行を探す。夜会が始まって主催者が忙しくなる前に、軽く挨拶をしておきたかったからだ。

 そうしてほどなく、リリアと話している少年を見かけた。そちらに歩み寄ると、リリアが俺達に気づき、少年になにか耳打ちをする。

 それを聞いた少年は、笑顔で俺達を出迎えた。


「お初にお目に掛かります、アレン様。私は現オーウェル子爵代行のレギオンと申します」

「――これはご丁寧に。私はヴィクター・ウィスタリアの次男、アレンと申します。塩の一件を貴方が快く引き受けてくださったと、リリア様よりうかがっております」


 子爵代行と伯爵家の息子であれば、感覚的には子爵代行の方が偉い。もっとも、俺はただの息子ではなく、次期当主(内定)だったり、実際に領主をしていたりするので微妙。

 ぶっちゃけ、対等と言ってしまって問題がないレベル。にもかかわらず、レギオンと名乗った彼は迷わず俺を立てて見せた。


 ジェインの件や為替ギルドの件で下手に出ているのか、彼の従来の性質かは分からない。ただ、礼儀には礼儀をもって応える。

 そのうえで、塩の件を了承しているはずだという言質を取りに行った。だが、彼は気分を害した様子もなく、その節は兄が迷惑をお掛けしましたと返してくる。


 腹の中までは覗けないが、少なくとも自制の利く人物のようだ。

 ロイド兄上やジェインはまったく自制が利かなかった。加えて、フィオナ嬢も自重を知らない性格だし、自制の利く人物はわりと貴重な気がする。

 ……いや、普通のことのはずなんだけどな。


 そんなことを考えていると、他の参加者が挨拶にやってくる。それに気付いた俺は、レギオンに「また後ほど、お話し致しましょう」と言ってその場を離れた。



 立食形式の夜会。オーケストラの奏でる音楽を聴きながら、俺とフィオナ嬢は空いているテーブルで軽く夕食を取っていた。


「ぶちのめせませんでしたね」


 不意にフィオナ嬢がそんな言葉を口走った。ワインを口にしていた俺は思わず咳き込みそうになり、リリアナが差し出してくれたハンカチで口元を拭う。

 ちなみに、ろくに訓練を受けていないリーシアは部屋でお留守番だ。私もお貴族様のご飯食べてみたかったです。とか言っていたので、留守番にして正解である。


 それはともかく――と、フィオナ嬢に視線を向ける。


「お前はまだそんなことを言ってるのか? どう考えてもレギオンは友好的だっただろ?」

「彼じゃなくて、少し離れたところにいた女の子のことですわ」

「……女の子?」


 あの場に女の子なんていたっけ? と俺は首を傾げる。もしかしたらいたかも知れないが、俺の記憶には残っていない。


「で、その子がどうかしたのか?」

「ずっとアレン様に熱い視線を送ってましたので、これはぶちのめすしかありませんね、と」

「ぶちのめすな、ぶちのめすな。……というか、それ気に入ったのか?」


 お嬢様然とした姿に立ち居振る舞いで、ぶちのめすと連呼する姿がミスマッチすぎる。


「アレン様がギャップに萌えてくださると思いまして……お気に召しましたか?」

「いや、わりとどうでも良い」

「――そんなっ!?」


 予想外ですみたいな顔で驚かれたが、ギャップがあれば良いと言うものではないと思う。たしかに、令嬢の口から物騒な言葉が飛び出るのはなんか可愛いとは思うけどさ。

 ……いや、別に萌えてはないが。


 そんなどうでも良い世間話に花を咲かせていると、不意にフィオナ嬢が目を細めた。ふざけた雰囲気ではなく本気の警戒。

 その視線の先をたどり、フィオナ嬢が警戒する理由を見つけた。


「アレン、久しぶりだな」

「ええ、お久しぶりですね――ロイド兄上」


 ロイド兄上を、フィオナ嬢から庇うように間に割って入った。

 間違いではなく、俺が庇ったのはロイド兄上である。

 フィオナ嬢はロイド兄上の指示を受けた連中に襲われた過去がある。返り討ちにしたので実害は出ていないが、さすがに仲良くする気にはならないようだ。


「フィオナ嬢、すまないが俺は兄上と話がある」

「……かしこまりました」


 フィオナ嬢はなにか言いたげな顔をして、けれどそれを飲み込んで席を外した。

 素直に従ってくれたことに、俺は安堵の溜め息をつく。ロイド兄上がここでどういう扱いを受けているかは知らないが、他所のパーティーで問題を起こす訳にはいかない。


「それで、ロイド兄上はどうしてこのパーティーに参加なさっているのですか?」

「おまえが参加すると聞いてな。少々無理を言ったのだ」


 答えになっているようでなっていない。俺が問い掛けたのはここに来た目的ではなく、どうしてパーティーに参加することが出来たのか、だ。

 はぐらかしたのか、それとも……


「ん? あぁ……すまない。おまえが聞いているのは、俺がパーティーに出席できるような環境にいるのか、ということだったか。見ての通り――それなりの待遇だ」


 ロイド兄上がちらりと視線を向けたのは背後。

 使用人が控えている――が、どうやらただの使用人ではない。おそらくはロイド兄上のお目付役。問題を起こさないように見張っているのだろう。


 見張り付きとはいえ、パーティーに出席できる待遇。その事実にも驚きだが、俺はなによりロイド兄上の応対に驚いた。


 ロイド兄上は先ほど、自分の回答が相手の意に沿っていないと、俺の反応を見て判断した。

 自分の言いたいことだけを言い、相手の都合を考えない。自分勝手を繰り返す、以前のロイド兄上からは考えられない対応だ。


 そしてなにより、さきほどの一言。

 彼はすまない――と、そう口にしたのだ。

 むろん、貴族たる者、みだりに謝罪することは許されない。それは、自分の非を認めるも同然で、相手に付け込ませる隙となるからだ。


 だが、だからこそ、ささやかなやりとりで悪かったと謝罪できる者は少ない。ロイド兄上もその例に漏れず、謝罪を口にすることなどめったにない。

 そんなロイド兄上が、息をするように謝罪を口にした。


「……兄上、変わられましたね」

「ふっ。……あのような体験をさせられれば、な」


 なにやら兄上の背中に哀愁が漂っている。


「あのような体験……ですか?」

「……ああ。俺は横暴な貴族に手込めにされる娘の気持ちを理解した。これは兄としての忠告だ。あのロリバ――リリアには出来るだけ関わるな」

「……本当になにがあったんですか?」


 追及するが、ロイド兄上はふいっと視線を逸らしてしまった。なにやら非常に気になるが、これ以上は問い詰めても時間の無駄だろう。

 ひとまず、話題を変えることにする。


「それで、俺になにか用でしょうか?」

「いや、特に用事があるという訳じゃない。おまえがルコの町の立て直しに向かったと聞いて、どうしているか気になってな」


 ……なぜロイド兄上が気にするんだ?

 俺を心配している? ありえない。じゃあ、心配しているのはルコの町の住民か?

 ……それもありえない気がするんだが、どうなんだ?

 分からないが、俺をまた陥れようとしているのだとしても、反応を引き出さないことには対応の立てようがない。ひとまず、当たり障りのないことを言って反応を見てみるか。


「彼らの信頼を得ることが難しく、一筋縄ではいかないというのが現状です。ただ、色々と対策を立てているので、必ず経済を立て直して見せます」

「そう、か……」


 なにかを考えるように、ロイドは黙り込んでしまった。

 それからほどなく、なにかを決意したかのように俺を見た。


「これは俺からの提案だが――」


 告げられたのは、予想だにしていなかった提案だった。


「……本気で仰っているのですか?」

「むろん本気だ。もっとも、必要ないというのなら忘れてくれて構わないが」

「なぜそのような提案をするか、理由を訊いても構いませんか?」

「俺は、自分が当主になれなかったら全てを失うと思っていた。だから、他者を蹴落としてでも、自分が次期当主にならなくてはいけないと思っていたのだ。だが……」


 俺はロイド兄上に蹴落とされたクリス姉さんに手を差し伸べた。

 当主になれずとも、他に生きる道があることを知ったそうだ。その頃は認められなかったそうだが、ここに来て色々と考え方が変わったらしい。


「分かりました。実際に使うかは分かりませんが、その提案はありがたくいただきます」

「……そうか」


 ロイド兄上はそれ以上は語らず、静かに立ち去っていった。全てを鵜呑みにすることは出来ないが、ロイド兄上も変わろうとしているのかも知れない。

 そんなことを考えながら、彼の背中を見送った。


「失礼ですがアレン様でございますか?」


 ほどなく、入れ替わりで声を掛けられる。

 俺はすぐになんでもない風を装って、声のする方へと顔を向ける。そこには、青い瞳を興味深げに輝かすお嬢様がたたずんでいた。


「たしかに俺はアレンですが、貴方は?」

「失礼致しました。私はアイリス。前オーウェル子爵の娘でございます」


 そう名乗った彼女は、美しい金色の髪をなびかせて綺麗なカーテシーをこなした。こちらをまっすぐに見つめる青い瞳には、気の強そうな性格が滲んでいる。


「それで、そのアイリス嬢が俺になんの用ですか?」

「オーウェル子爵領が貴方と交わした取り引きについてお話がしたかったのです」

「……なるほど」


 この国では、女性は政治不干渉という流れがある。

 ただそれ以外もあって、ウィスタリア伯爵家では男女による差別が存在しない。また、長寿なエルフの姫を先祖に持つオーウェル子爵領もそっち系だと聞いたことがある。

 ゆえに、女性の彼女が政治的なやりとりをすることは不思議じゃない。リリアの言っていた、俺がぶちのめす相手は彼女、なのだろうか?

 

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