ルコの町の改革 後編3
詳細が分かるまで、ケープスは執務室に軟禁。表向きにはそんな指示を出し、大至急この町の状況の把握に努める。
そうして分かったのは、この町の状態が俺の把握していたよりも何倍も悪いと言うことだ。
数年前より隠地は減少し、食うに困る者が農民を中心に増加していた。それを隠すために、ケープスが町のお金を使って食料を輸入し、安価で住民に卸していた。
簡単な仕事を与えるなど、俺の構想と同じようなことを実行していたようだ。
ただ、ロイド兄上に隠れておこなっていた為に限界もある。俺の構想よりは効率も悪く、町の資金は目減りも激しい。いまでは資金が底をつきかけている。
つまり、食料を買い集めることが出来ず、開墾クジをすることも出来ない。
ケープスはたしかにロイド兄上の目を掻い潜った。けれど、ウィスタリア伯爵の目を掻い潜っていたとは思えない。
この状況に気付いていたからこそ、父上は俺をルコの町に派遣したのだろう。
この町の状況が、想定より悪くなかった。その違和感を抱いていれば、ケープスを罰せずにすんだかも知れない。それは間違いなく俺の失態だ。
だが、悔やんでばかりいても仕方がない。
まずは、この町を救う方法を考えなくてはいけない。そう考えた俺は、まずこの街に支援をするためにはどうすれば良いかを考えた。
ジェニスの町に融資させたいところだが、いまは為替のあれこれでなにかと入り用だ。多少の食糧支援は引き出せるかも知れないが、全てを補うほどの融資は難しい。
むろん、父上に力を借りればなんとかなるが、それは俺の無能を晒すこととなる。よって、俺はまず貴族としての矜持を売り払うことにした。
アストリー侯爵に倣って、ロイド兄上が買い集めていた美術品を売り払ったのだ。それによって得られた資金で食料を買い集める。
同時に、クリス姉さんに書状を送る。用件は融資の打診と、為替を取り扱う町の一つとしてルコの町を入れるようにとの指示。
そうして、仕事を与えてその対価に食糧を支援する。その事業を進めているある日、俺のもとに来客を告げる知らせが入った。
来客者の名は――リリア。
本来であれば日を置いて会うところだが、彼女がいきなり現れた以上は急用に決まっている。俺はリーシアに指示を出し、すぐに出迎えの準備をさせた。
――そうしていま、俺はソファに座ってリリアと向かい合っていた。
「このたびは、急な来訪にもかかわらず、迅速な対応ありがとうございます」
「いや、リリア……リディアと呼んだ方がいいか?」
「いいえ、リリアで構いませんわ」
「ならリリア。おまえがこうして直々に着たということは、急ぎの用件なんだろう?」
「ええ。貴方がとんでもないことをしでかしたから、慌てて飛んできたのです」
「……とんでもないこと?」
なんのことだと首を傾げると、半眼で見つめられた。
「むろん、為替のことに決まっています。貴方はあの計画が、貴族のあり方を……いえ、もしかしたら国自体を破壊してしまうと分かっているのですか?」
「……リリアもそれに気付いたのか」
貴族社会が成立しているのは、平民よりも貴族が力を持っているからに他ならない。
為替によって可能となる輸送費の削減。それによって富む商人達。そうして削減された費用の一部が為替ギルドへと流れ込む。
為替ギルドの方が国家より力を持つ日が来るかも知れない。
「私も、ということは、貴方も気付いているのですね?」
「むろんだ。そしてそれを防ぐために、利益を分散させるようにしているんだ」
為替ギルドを作るが、それは領主主導によるもの。つまり、為替ギルドが富めば領主が富むということ。ギルドがどれだけ富むことになっても、領主の力を越えることはない。
「ええ、そうですわね。たしかに利益は分散させていますわ。貴方が提出した草案によれば、商人が領主より力を持つ危険はぐっと減ります」
「なら問題はないだろう?」
「問題なのは、為替ギルドを設立する候補地を決める権利のことです」
「……ホントにリリアは有能なんだな」
詳しい話を知っている俺の身内でも、ここまで危機感を抱いた者は少ない。にもかかわらず、リリアは為替の提案をクリス姉さんから聞いて飛んで来た。
色々なことが見えているからだろうと感心した俺に対して、リリアは再び半眼になる。
「……貴方は、私の正体を知っているはずですが?」
「まぁ、そうだけどな」
長生きすることで様々な知識を蓄えても、頭の回転が速くなる訳ではない。それは、転生者である俺が身をもって理解している。
「それで、どう考えているのですか? 誤魔化さないで欲しいんですが」
「あぁ、すまない。為替ギルドの設立は、多少の融通しか利かさないつもりだ」
為替ギルドがある町とない町は、街道がまったく整備されていない町と、街道に石畳が敷かれている町のように、交易の量に差が出来るだろう。
そう考えれば、気に入らない領主の町に為替ギルドを設置しないだけで大打撃を与えられる。それを利用していけば、俺が国王以上の力を手に入れることも不可能じゃない。
もっとも、実際にそんなことをしたら反逆罪に問われかねない。そうならずとも、力をつける前に権力で圧力を掛けられるだろう。
そもそも、そんな面倒くさいことをするつもりはない。
「多少の融通しか利かさないつもりというのは、具体的にどういうことでしょう?」
「多少の譲歩と引き換えに設置を許可する、ということだ」
「……なるほど、そうやってじわじわと勢力を広げるつもりですか」
リリアの瞳がますますすがめられる。
「別に、そこまでのことは考えてないさ。あくまでちょっとした保険だ。そもそも、人の話を聞かない奴はそうそう居るとは思えないからな」
敵対行動を取っている者でも、話し合いをおこなった上で多少の譲歩と引き換えに為替ギルドの設置を許可する。その話し合いが長引けば長引くほど相手は不利になる。
それほど譲歩を引き出せずとも、敵対する領地には圧力を掛けることが出来る。
ついでに、話し合いすら出来ないような奴は、前オーウェル子爵代行くらいだとチクリ。
「実際、必要以上の力は欲していない。だからこそ、父、現ウィスタリア伯爵やアストリー侯爵だけじゃなくて、リリアを巻き込んだんだからな」
ウィスタリア伯爵家の権力は、順当に行けば俺のモノになる。アストリー侯爵の権力も、貸しがあり、フィオナ嬢と婚約している俺とは切り離せない。
ゆえに、将来的にバランスを取ってもらうために、リリアを巻き込んだのだ。
「……そう言って、他所との面倒な交渉は私にさせるつもりですね?」
「どっかの子爵家に迷惑を掛けられた経験を活かして、今回は壁を用意したんだよ」
周辺の貴族に顔が利くリリアはうってつけ、という訳だ。
「……なるほど、貴方がちゃんと考えていることは理解しました」
「理解してくれてなによりだ。それで、受けてくれるのか?」
「ええ。貴方にはなにかと迷惑を掛けていますし、これはオーウェル子爵領にとってもありがたいこと。このお話、謹んでお受け致しましょう」
意外にもすんなりで少し驚く。リリアであれば、交換条件を持ちかけてくるくらいは予想したんだが、為替ギルドの設置は絶対に逃せないと思ったか。
「引き受けてくれて嬉しいよ。それと話は変わるが、実は頼みたいことがある」
「食料の支援ですかしら?」
「……良く分かったな。いや、良く知っているな、と言うべきか」
俺がこの町に来ると決まってから、まだそれほど日が経っていない。にもかかわらず、俺が他所に支援を求めることまで予測しているとなると……
「もしかして、父上に聞いていたのか?」
「まぁそんなところです」
リリアは相変わらず父上と情報を共有しているようだ。だが、父上が他領の人間と気軽に情報を共有する光景が想像できない。
実は、二人は気が合ったりするのだろうか? もしくは、父上がリリアの見てくれに騙されているとか……あの厳格な父上に限ってそれはないな。
「ともあれ、知ってるのなら話は早い。オーウェル子爵代行に融資をしてくれるように話をしてくれないか?」
「……それに応える前にお尋ねしたいのですが、なぜうちの領地に頼むのですか? 為替ギルドの件を考えれば、アストリー侯爵や貴方の父にいくらでも頼めるでしょう?」
「色々と事情があってな」
俺に任せられた課題ではあるが、交換条件を出して父を頼ることに問題はない。
ただ、為替ギルドの一件は相当な貸しになる。今後どのような展開になったとしても、食糧の支援くらいで貸しを返してもらうのはもったいないというのが本音だ。
「そう、ですか。まあ……新たな子爵代行に話を通すことはやぶさかじゃありません。ウィスタリア次期当主との不仲を否定する材料にもなりますしね」
「なら、頼めるか?」
「ええ。更に言えば、こちらの条件を呑んでくれるのであれば、融資ではなく、支援にするように持っていくことも可能ですが?」
「聞かせてもらおう」
取り引きの内容はしっかり交渉させてもらうつもりだ。
だが、塩の一件は既に責任を取らせたし、為替ギルドの一件では今後矢面に立ってもらう予定なので、ここで渋ったりはしない。
「貴方の父は何事にも熟考する性格でしたが、貴方はなかなか思いっきりが良いですわね。美徳でもありますが、判断を誤れば取り返しのつかないことにもなりかねません。大きな判断を下すときは、よく考えて行動するようになさい」
「その言葉は、前子爵代行に言ってやるべきだったな。……だが、忠告には感謝する」
厄介な性格だが、リリアが優れた為政者であることに変わりはない。伊達に何百年も生きている訳じゃないだろうし、先人の教えは――っ。
「……なにか、失礼なことを考えていませんか?」
「イヤ、ソンナ、マサカ」
……あ、焦った。いま一瞬だけ、物凄い殺気を感じた。前世で災害級の魔物と対峙したときを思い出すレベルのプレッシャーだった。
どうやら年齢についてはタブーらしい。心の中で思い浮かべるだけでも察知して殺気を飛ばしてくるとは相当な筋金入りだ。注意しよう。
「話を戻すが、考えた上での判断だ。もちろん、交換条件の内容はしっかりと吟味させてもらう。内容によっては考え直す必要もあるが……」
「では、条件を提示しましょう」
リリアは前置きを一つ、取り引きの条件を提示する。それは、俺とフィオナ嬢にオーウェル子爵領でおこなわれるパーティーに出席して欲しいというものだった。
「先日の一件、現当主代行は納得させたのですが、周囲からは不満の声が上がっています。私が説得しても良いのですが、面倒なので打ちのめしてくれませんか?」
「物凄いことを言ってる気がするんだが……良いのか?」
俺がわざわざことを荒げる理由はない。つまり叩きのめすと言うことは、相手が突っかかってくると言うことだ。
そのうえで叩きのめすとなれば、当然ながら相手に賠償が発生する。それと同じケースで、オーウェル子爵領は俺に塩を安く売ることになった。
俺に返り討ちにさせるよりは、返り討ちにしてくれと依頼しておきながら、実際には俺を罠に掛けて叩きのめす――くらいの方が現実味がある。
「疑われるのはもっともですわね。だから、私も本音でお話します。私は為替ギルドの一件を、それだけ重要視しているのです」
「……うちと揉めたくないのであれば、リリアが説得すれば良いだろう?」
リリアが当主に匹敵しうる権力を持っているのは周知の事実だ。その権力を使って、周囲の人間を説得すれば良いだけの話である。
「一つは、その時間がないからです。為替ギルドの件、貴方が創設メンバーにうちを選んでくれたのは僥倖でした。それを手放すことだけは避けたいのです」
「……ふむ」
たしかに、オーウェル子爵領の誰かが為替ギルドの件で難癖をつけてくるようなことがあれば、俺はオーウェル子爵領を最初の候補地から外すだろう。
そういった取り返しのつかない被害が出る前にわざと問題を発生させて、被害を最小限に抑えたいという気持ちは理解できる。
分かるのだが……
「つまり、俺達がパーティーで突っかかってきた奴を返り討ちにして、その賠償と引き換えに食糧を融資させろと、そういう訳か?」
「相手の態度次第で、もう少し譲歩させても構いませんわ。大したことにならなかったとしても、食料の融資だけは保証致します」
「ふむ……」
要するに、子爵領の連中が突っかかってこなくても融資は口添えをしてくれる。もし豪快に突っかかってきたら、それを返り討ちにして無償の支援をさせることも出来る。
その代わり、為替ギルドを取りやめたりはしないで欲しい、ということ。
「じゃあ、俺が返り討ちに出来なかったらどうなるんだ?」
「……ありえないことを話し合う必要はあるのですか?」
「いや、さすがにありえなくはないだろう?」
「為替ギルドという、世界を支配しかねない切り札を持っている以上、貴方に敗北などありません。それでも負けるようであれば、支援する価値などないと言うことですわ」
なかなかに苛烈な意見が飛んできた。有利な状況で負けるなら、支援の価値はないというのは分からなくはない。
だが――
「その気になれば、そちらで別の為替ギルドを立ち上げることも出来るだろう?」
なにも知らない領主が、俺達の為替ギルドを見てから真似るのでは後手に回る。だが、リリアは実行前のこの段階で、既に為替ギルドの情報を手に入れている。
迅速に動けば、二大勢力として対立することは可能なはずだ。
「分かってて言っていますわね。可能か不可能かで言えば可能ですが、貴方は美容品も押さえているでしょう? 結局、愚かを晒すだけではありませんか」
「まぁ……そうだな」
為替ギルドが二種類出来た場合、オーウェル子爵領側の為替ギルドを設置した町には、美容品などの輸出をおこなわない。そういった対抗措置がない訳ではない。
泥沼になるのでやりたくはないが、オーウェル子爵領の方がダメージが大きい。リリアならそれが分かると判断したからこそ、オーウェル子爵領に話を持っていった。
予想通り、リリアはそれが分かっている。だが、オーウェル子爵領にはそれをやりかねない者がいる。だから、打ちのめせ、と。
俺にとっても悪い話ではなさそうだ。
「分かった、パーティーの招待を受けよう。詳細を聞かせてくれ」
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