ルコの町の改革 後編2

 ケープスを捕まえたのはフィオナ嬢だった。検問所で捕まえたのではなく、わざと見落とした抜け道から逃げようとしたところを捕まえたらしい。

 さすがフィオナ嬢と言いたいところだが、その抜け道をフィオナ嬢以外が見落としたのは、同じように罠を掛けて捕まえるためではないだろう。

 ただ、見落とされただけならば良いが、もしそうでないのなら俺にとって想定外。自分達を犠牲にしてでもケープスを逃がそうとした者が多くいると言うことになる。

 ここで対応を誤れば、この町の制御が出来なくなるかもしれない。


 俺はリーシアに指示を出し、ケープスをこの部屋に連れてくるようにと命じた。ほどなくフィオナ嬢が姿を現し、罪人のように捕らえられたケープスが兵士に連れられてくる。

 捕らえられたケープスは、けれどどこかやりとげたような顔をしている。


「ご苦労。ケープスの縄をほどいてやれ」

「はっ、しかし……危険ではありませんか?」

「心配は無用だ。縄を解いた後は、外で誰も部屋に入れないようにしてくれ」

「かしこまりました」


 兵士は指示通りにケープスの縄を解いて執務室から退出していく。そうして部屋には、俺とフィオナ嬢、それにケープスの三人だけが残された。


「さて……色々と聞きたいことはあるが、まずはそちらに座ってもらおうか」


 俺が示したのはソファの下座。罪人に対する扱いではないためだろう。彼は戸惑う素振りを見せるが、俺は構わずフィオナ嬢と共に向かいの席へと腰を下ろした。

 それから再び促すと、ケープスは戸惑いながらも向かいの席に座った。


「アレン様、どういうつもりでしょう?」

「別に許すと言っている訳じゃない。だが、これの話を聞くために、おまえに床に座られていたら不便だろう?」


 そう言ってテーブルの上に広げたのは、先ほどこの部屋で見つけた帳簿だ。


「……もうそれを見つけられたのですか」

「見覚えのある形式で、数値がまったく違っていたからな」


 俺が見つけたのはいわゆる裏帳簿だ。ただし、ウィスタリア伯爵に支払う租税を逃れようとしたモノではない。むしろ実際よりも多く支払っていた。

 いわゆる粉飾だ。


「俺が見た帳簿によると、今年を乗り切るくらいの支援は十分に出来るはずだったが……この帳簿によると、そんな資金はどこにも存在していない。これはどういうことだ?」

「それは……」


 ケープスは言葉を濁した。

 彼はこれまで、この町の状況が分かる情報の開示を先延ばしにしていた。だが、それもここまでだ。事情を訊かせてもらうと圧力を掛ける。

 やがて、彼は一度ぎゅっと目をつぶり、それから凪いだ目で俺を見た。


「分かりました。全てお話し致します。まず、いまアレン様が見ている帳簿こそ、この町の本来の財政状況を示した帳簿です」

「やはりか。だが、なぜこのような真似をした?」

「それは……ロイド様が、結果を出さなければ許さないお人柄だったからです」


 やはりかと、小さな溜め息を吐いた。

 帳簿が粉飾されていたことから、もしかしたらという可能性は考えていたが、嫌な予想ほど良くあたるものだと天を仰ぐ。


「つまり、ロイド兄上がこの町を統治した頃から、粉飾はおこなわれていた訳だな。そして、それを知っているのはおまえ一人ではない、と」

「いいえ、全ては私一人によるものです」


 即答されるが、これほど大がかりなことを彼一人で出来るはずがない。結果を出すことが出来なければ処罰を受ける者達が結託して、この状況を作り上げたはずだ。

 だが――


「分かった。そういうことにしておいてやろう」


 ケープスが眉をピクリと跳ね上げた。俺が追及すると思い込んでいたのだろう。

 だが、いまこの状況で内政にかかわる者達を軒並み解雇するなど不可能だ。というか、その混乱で町の支援が遅れ、他の者達から反感を買うのが目に見えている。


 なにより、そもそもの原因はロイド兄上だ。

 俺とは敵対関係にあったが、ルコの町の住民にとって俺はロイド兄上の身内でしかない。それは、ケープスを取り逃がそうとした者達の動きから十分に分かる。

 その状況で彼らを罰するのは得策じゃない。


「おまえが全てを打ち明け、その罪を被るというのなら、他の者については不問にしてやる」


 ケープスはわずかに目を見張った。

 だが、すぐにその感情を押さえ込み、真意を探ろうとするかのように無言で俺を見る。


「重要なのは、この町をどう立て直すか、だからな」


 最初に全て打ち明けてくれていれば、隠地同様に不問にすることも出来た。だが、彼はこの町を管理する者の一人でありながら、その職務を放棄して逃亡を図った罪人だ。

 たとえ、他の者を庇うのが目的だったとしても、逃げたと公表してしまった以上は不問に出来ない。ゆえに、全ての罪を彼に被せるのが得策だと判断した。

 気持ち的には、スッキリしないけどな。


「……かしこまりました。貴方を信じ、この町の状況について知る限りお話します」


 覚悟を決めたケープスが話し始める。

 ロイド兄上がこの町に着任した後、まずは産業の発展を目指したらしい。

 燃料や加工材料となる森の木を伐採するようになった。それによって、森に隠されていた隠地はもはや隠すことが出来なくなり、森に隠地を持つ者達は泣く泣く放棄したらしい。


 つまり、隠地は既にその多くが消滅していたのだ。

 だが、それによって食料の生産量が下がったなど報告できるはずもない。いや、最初は報告しようとしたが、ロイド兄上の態度がそれを許さなかった。

 ゆえに、ケープスは帳簿に載せずに食料を買い付け、それを安価で町に卸した。これが、裏帳簿が生まれた切っ掛けだそうだ。


 だが、結果から言えばそれが過ちだったのだ。

 ロイド兄上の事業はなんの問題もなく軌道に乗った。そんな表向きの結果があるため、失敗を表沙汰にすることが出来ず、裏と表の帳簿はじわじわと掛け離れていく。


 そこに、ロイド兄上が税をぐっと下げたことで景気が良くなった。

 この状況が続けば、裏と表の帳簿のつじつま合わせが出来るかも知れない。そんな風に思ったのも束の間、周囲からの圧力で税は元通り。

 景気の悪化によって商人が遠ざかり、食料が高騰するという最悪の状況に陥った。表の帳簿よりも多く食料を買い入れていたため、その被害も大きかったという訳だ。


 しかも、ほどなくやって来た新しい領主――つまり俺は、穴あきの資料を見ただけで、食料が足りないことに気付き、それが隠地によるものだと見破った。

 実際には、その隠地の多くが既になくなっているにもかかわらず、だ。


「その後はアレン様もご存じの通りです。このままだと、遠くない未来にアレン様が裏帳簿の存在に気付いてしまう。そうなる前に我が身可愛さから逃げました」

「……なるほど、な」


 我が身可愛さという部分は嘘だろう。

 彼は領主がいないときは代理の責任者となる。

 だが、領主がいるときは俺にとってのカエデのように、秘書のような立場となる。ロイド兄上の方策が失敗したとしても、責任を取るのは彼ではなくロイド兄上。

 もしくは、事業を担当する者達となるはずだ。


 なのに、彼は偽りの報告をしたばかりか、食料の支援までおこなっている。我が身可愛さで逃げるくらいなら、最初から他人のことなど放っておけば良いはずだ。


 おそらく逃げた本当の理由は、事実が明るみに出たとき、粉飾をしたのは逃げた自分一人だと思わせ、他の者達に疑いの目が行かないようにしたかったから。


 なぜそこまで出来る人間が、逃げる前に俺に相談しなかったのかと問い詰めたい。だが、それが出来なかったからこそ、自分が罪を被るように逃げたのだろう。

 これは、彼らの信用を得ていないと気付かなかった俺自身のミスだ。


「おまえの沙汰について言い渡す。ロイド兄上が原因であり、同情の余地があることは疑いようがない。けれど、職務を放棄して逃げたことを許すことは出来ない」

「……はい。覚悟は出来ております」


 ここに来ても、ケープスの瞳は凪いでいる。

 その言葉通り、覚悟はずっと前に出来ているのだろう。


「おまえをこの町からの追放とする」

「……追放、ですか?」


 処刑、もしくは犯罪奴隷に堕とされる。

 そんな覚悟をしていたのか、ケープスは戸惑いを隠そうともしない。不思議そうな顔で、俺にどういうことかと問い掛けて来た。


「どう考えても、おまえに感謝している者は多い。そんなおまえを罰することは悪手でしかない。だが同時に、おまえが逃亡したことは知れ渡っている。罪を許すことも出来ない」


 ケープスを罰すれば、彼に救われた者達が敵に回る。だが彼を許せば、品行方正に生きている者達の反感を買うことになる。

 彼が逃げる前ならもみ消せたが、この状況ではそれも出来ない。であれば、町から追放という罰を与えることで事情の知らぬモノを納得させる。

 そのうえで――


「おまえには紹介状を書いてやる」

「……紹介状? どのような紹介状でしょう?」

「ジェニスの町で仕事を紹介する」

「それは……」


 当然、俺が拠点としている町であることは知っているはずだ。そして、俺にとって重要な拠点で彼を迎えるという、その意味にも気付いたはずだ。

 ケープスは信じられないと目を見開いた。


「私を許すと、仰るのですか?」

「許すことが不可能だから追放すると言っているんだ。だが、何年ものあいだロイド兄上の目を誤魔化し続けたその手腕を手放すのはあまりに惜しい」


 そのうえで、ルコの町に残る、ケープスの味方を懐柔する一手とする。


「……一つだけ、うかがってもよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「なぜ、そこまでして手を差し伸べようとするのでしょう? 意に沿わぬ者達は解雇してしまえば、統治もずっとやりやすくなるのではありませんか?」

「馬鹿をいうな。そのような非効率なことが出来るものか」


 ケープスよりも優れたものはいくらでもいるだろう。レナードならもう少し上手く隠しただろうし、カエデなら上手く犠牲を最小限に、この状況を乗り切ったはずだ。

 だが、レナードやカエデをこの町に連れてくる訳にはいかない。それ以外の有能な者を探してくるのも時間が掛かる。そんなことをしている暇はない。

 なにより――


「人は使い捨てるものではないからな。むろん、おまえが私利私欲で罪を犯していたのなら、容赦なく罰しただろう。だが、おまえはルコの町の住民を守ろうとした」


 だから許すのだと、声には出さずに呟いた。


「どうやら、私は貴方のことを見誤っていたようです。貴方はロイド様とは違うのですね。私がもう少し貴方のことを信頼していれば……申し訳ありません」


 がくりと項垂れたケープスは、初めてその瞳に後悔の色を滲ませた。


「それは俺も同じことだ。おまえが、この町がロイド兄上の被害者であることをもう少し早くに突き止めていれば、今回のことは起きなかったかも知れない」

「いえ、滅相もありません。貴方とロイド様が同じだと決めつけた私が愚かだったのです」


 ケープスは心から悔いているようだ。


「その言葉が本心なら、この町でもう一働きしてくれ」

「……はい? それは、むろん、私に出来ることがあれば致しますが……?」

「なんらかの理由をつけて、おまえに正式な沙汰を下すのは保留とする。そうして沙汰を下すまでは、この執務室に軟禁させてもらう」

「……私に執務をこなせと仰るのですか?」

「そうだ。おまえには引き継ぎをやってもらわなくては困る。そのうえで、おまえの身を案じてやってくる者もあるだろう。その者達に事情を話して俺に恭順させろ。この町のために」


 他の者を見逃し、ケープスも実質的には許してた。その事実をそれとなく伝えて、ケープスの味方が俺の敵にならないようにしろと言うことだ。


「……かしこまりました。そのお役目、誠心誠意務めさせていただきます」

 

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