ルコの町の改革 前編6
ジェニスの町では、カエデだけではなく、レナードやクリス姉さんが多くの書類仕事をこなしてくれていた。その支援がないこの町ではかなり忙しい。
数日のあいだ、俺は書類仕事に追われていた。
そんなある日。書類仕事が一段落終わった俺はフィオナ嬢の部屋を訪ねた。
「フィオナ嬢。先日の件で、少し話がしたいんだが――」
「ええ。ちょっとお待ちくださいね」
フィオナ嬢は令嬢らしい優雅な仕草で遮り、メイドのリリアナへと視線を向けた。
「リリアナ。今後、貴方はわたくしとアレン様が一緒にいるところに同席する機会が増えるでしょう。だから、貴方の前では取り繕わないことに致します」
「……かしこまりました。決して、他言は致しません」
フィオナ嬢はリリアナに感謝の言葉を述べて、俺に「そう言うことだから。アレン様、ここからは普段通りで行くよ」と笑う。
さすがに、メイドの前で兄さんとは言えなかったのだろう。呼び方だけが普段と違って多少の違和感はあるが、それよりも普段通りの話し方にしたことが驚きだ。
「……良いのか?」
「大丈夫よ、なんたって、私のあのドレスの注文を手伝ってくれたのは彼女なんだから。アレン様は心配しなくても大丈夫だよ」
「あれか……」
下乳のところにスリットがあるドレス。侯爵に知られたらことなので、フィオナ嬢に手を貸す者がいるとは思っていたが……そうか、彼女が協力者か。
なんてことをやってくれたんだと叱るところか、なんてことをやってくれたんだと褒めるところか、どっちの対応をするか判断が難しい。
いや、他所の主とメイドのやりとりに口を出すべきではないな。ひとまず、彼女には今度、新作バームクーヘンの試食を頼むことにしよう。
それはともかく――
「話を戻すぞ?」
「うん。あの子どもの件だよね。一体なんだったの?」
「姉が奴隷商に売られたらしい」
「あぁ、やっぱりそうなんだ」
フィオナ嬢はその瞳に理解の色を灯した。
彼女があの場で別行動を取ったのは、相手の男達がどこへ行くかたしかめるためだ。
リリアナの話を聞いている状態ではさすがに聞けないが、おそらく相手の拠点を確認したときに、相手が奴隷商であることも確認したのだろう。
「それで、どうするつもりなの?」
「どうするもこうするも、一個人の問題に俺が介入できるはずないだろ」
領主が誰か一人に肩入れすれば、たちまち誰もが救いを求めて群がってくる。それはフィオナ嬢だって分かってるはずだと言うより早く笑われた、解せぬ。
「そんなこと言って、どうせ裏で手を回すんでしょ? 良いじゃない。領主として救うのが間違いでも、個人として知り合った人を助けるくらい」
「いや、まぁ……そうなんだが」
……フィオナ嬢に建前を言っても仕方ないか。あくまで、俺が手を出すのは個人的な力の及ぶ範囲だ。領主として贔屓するような真似をするつもりはない。
領主としてするべきなのは――
「まず、町の経済を活性化させる必要があるな」
「隠地が多いとか言ってたよね。アレンはどうするつもりなの?」
「ひとまず、二つの対策を立てた」
期限内の報告であれば罪に問わないと言いつつ、それ以降には調査をすると圧力を掛けたこと。そしてもう一つは、食糧支援にかこつけて開墾をさせようとしていることを伝えた。
「食うに困ってる人々を、少ない食料と引き換えに働かせるの?」
「人聞きは悪いが、そういうことだ。手仕事で作られる商品も減って一石二鳥だろ?」
暮らしがそれほど豊かではない平民は、仕事の合間に内職をする。そうして出来た商品は、この町の産業として広がりを見せている。
だが、購買意欲の低下、交易商人の離れなどにより、生活必需品の値段は上がり、それ以外の値段は下がっている。そんな状況で生活必需品以外の生産量が増えても悪循環だ。
ゆえに、それらの手仕事をしている者達にも開墾を手伝ってもらおうという計画だ。
「問題がいくつかあると思う」
「聞かせてくれ」
「まず、手仕事をしている人が全員、力仕事が得意な訳じゃないでしょ? それに、支給する食料の量にもよると思うけど、そこまで魅力的じゃないと思うよ」
「ふむ……」
たしかに、そうかも知れない。
ざっくりと言えば、平民達の足りない生活費は一割だけ。慣れない労働をするよりも、生活を切り詰めて現状を維持しようとする者の方が多いかも知れない。
変化を恐れる民衆というのは、ジェニスの町でも経験したからな。
「税をもう一度下げる訳にはいかないの? いまなら、周囲の領地も説得できるでしょ?」
「それは俺も考えたんだけどな……」
この町が様々な税を下げたことで、オーウェル子爵領の町などに被害を及ぼした。
現当主である父上が謝罪をすませているが、その一件で景気が悪化したから、再び税を下げたいと訴えても、自業自得だと突き放されるのがオチだろう。
「もちろん、交易に関わらない部分で減税は可能だし、実際に減税するつもりだ。けど、今回問題になってるのは、その商業の部分だからなぁ」
商業を減らして農業を増やしたい。けれど、それを平民に強制したり、露骨に農業の税だけを下げては平民の反感を買う。これ以上平民を振り回すことは避けたい。
ゆえに、平民が自主的に農業を始めるように誘導するのが理想。
ただ、為替ギルドをこの町に設置することになれば、商業も再び盛り返すだろう。そう考えれば、農業に偏らせすぎるのも良くない。
そう考えると、食料と引き換えに臨時で農業をさせるというのは理想。
「とはいえ、魅力ある報酬、か」
もちろん、報酬を増やせば魅力的にはなるだろう。だが、この町の財政とてそれほど余裕がある訳じゃない。無闇に報酬を高くすることは難しい。
「ねぇ、アレン。開墾した畑はどうするつもり?」
「開墾した畑か? 貸し与えるか、もしくは農民達を雇うか……じゃないか?」
農民に売るのが理想だが、畑を必要としている者にお金があるとは考えにくい。
ゆえに考えられるのは農民達を雇って働かせるか、もしくは畑を貸し与える――一定期間収穫の一部を畑代として支払わせ、その期間が終われば畑を譲渡する。
「雇うのはアレンの望むところじゃないでしょ? 今回の目的は領地の税収を増やす訳じゃなくて、ルコの町の経済を立て直すことが目的だもの」
「まぁ、そうだよな」
農民達を雇って大農園を作る。
経営者となる領主の収入は増えるが、雇われ農民の生活が豊かになることはない。というか、出来ないといった方が正しいだろう。
大農園を営む者は存在する。
一般的には奴隷を働かせるもので、農園の主が利益を得るという形だ。一般的な農民は自分の畑を耕して生活している。このバランスを崩すとなれば相当にややこしいことになる。
ロイド兄上ではないが、相応の準備もなく改革を起こすのはデメリットが大きすぎる。
「つまり、必然的に貸し与える――最初の数年は収穫の一部を畑代として取り立て、それが過ぎたら畑を譲渡する方式と言うことになるんだが……」
それにしたって、彼らの生活が豊かになるのは完済後。いますぐ町の景気を良くすることに対しての効果はほとんど得られないだろう。
「食糧支援のついでとしては悪くないかも知れないけど、どうせなら経済も活性化させたいよね? だから、開墾クジなんてどうかな?」
「開墾クジって……なんだ?」
俺の問い掛けにフィオナ嬢はちょっと得意げに笑った。
「金貨クジって知ってるよね?」
「あぁ、あったな――って、畑をクジの賞品にするって言うんじゃないだろうな?」
「そのまさかだよ」
「馬鹿を言うな。金貨クジの末路を知らない訳じゃないだろ?」
金貨クジは前世の世界に存在した、いわゆる賭博だ。番号札を金銭で購入し、大当たりを引けば金貨が手には入るのだが、回収率がえげつない。
そのくせ、一番金額の低い当たりは相当な数があるので、頑張れば一等も当たると思って熱狂して身を滅ぼす者が後を絶たなかった。
それゆえ、各領主によって規制されたという歴史がある。
「もちろん、アレンがなにを心配してるか分かってるよ。そのうえで、この状況に適した方法があると思ったから提案してるんだよ」
フィオナ嬢は前世でも、意外な着眼点からなにかをなすことが多かった。シャンプーやリンス、それに石鹸を生み出したのも、そういう彼女だからこその発想があったからだ。
だから俺は、聞かせてくれと詳しい話を促した。
「賞品は畑、それに農具など。でも、そのクジは販売するんじゃないよ。食糧支援と引き換えに、一定時間以上労働した人に権利を与えるの」
「そう、か……それならたとえ熱狂したとしても、破滅することはないな。いや、だが……それは続けられないんじゃないか?」
今回は食糧支援が本来の目的だ。だから、その対価に働かせたことで得られた畑を賞品として差しだしても問題はない。
だが、それをずっと続けることは出来ない。最初だけ好条件で、次からは条件を悪くするというのは民衆のやる気を削ぎかねない。
そこまで考えたところでピンときた。
クジを成功させる秘訣は、確率は低くても良いから一等のリターンを大きくすること。最低限の当たりはとにかく数を多くすること。
だとしたら――
「開墾は最低限にして、他の仕事を与える、か」
たとえば、街道の整備は町の資金を使っておこなう。その報酬を少なめにしてクジを発行して、浮いた資金で畑などの賞品を出す。
金貨クジほどの熱狂はないかも知れないが、もともと身の破滅を招くほど熱狂させるのは望むところじゃない。働き手が増える程度の効果があれば十分だ。
これの利点は、平民の暮らしを支えるための事業を安上がりにした上で、農民達に必要な畑や農具を配布することが出来るということ――だけじゃない。
最大の利点は、従来の手仕事をしていた者達を引き込む魅力があるということだ。
食糧支援の対価として労働力を得る。更には農業に必要な農具や畑を商品にして労働力を集め、隠地で生計を立てている者だけでなく、手仕事で収入を補っている者を引き込む。
隠地は減り、飽和しつつある商品の生産量を抑えることで手仕事の単価も増える。
「……さすがフィオナ嬢だな」
「お役に立てたのなら光栄ですわ」
思い出したように令嬢らしく振る舞う。
彼女がいれば、ルコの町の現状もあっという間に改善できそうだ。
「よし。それじゃ、隠地の対策と食糧支援はこれを大枠に煮つめていこう」
フィオナ嬢とあれこれ話し合っていく。
前世のエリスとは、石鹸やらを作るときにこんな風に何度も話し合っていた。今回の話し合いはそのときのことを思い出して懐かしい。
そんなこともあって、俺達は夜明けまであれこれと話し合った。
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