ルコの町の改革 前編2

 数日後、俺達の馬車はルコの町へと入った。

 町をクルリと囲んだ壁にある門で通行税を支払う。これは人に課せられたモノではなく、馬車に一律で課せられたモノだ。

 決して高くはない一般的な金額だが、経済が悪化した状況では厳しいだろう。こういうときこそ税を下げるべきなのだが……税を下げたことで周囲に睨まれたという過去がある。

 もし通行税を下げるのなら、周囲に根回しをする必要があるだろう。


 それはともかく、町並みを馬車の覗き窓から眺める。ジェニスの町よりも発展しているという話だったが、表通りの活気は思ったほどじゃない。


「これが、ロイド兄上が執り行った政策の代償、か」

「町の活気がなくなるのが、ですか?」

「一度下げた税率を、周囲の反発に圧されて急に戻したからな」


 税を下げるのは簡単だ。だが一度下げた税率を元に戻すだけでも反発は生まれる。表立った批判が上がらなかったとしても市場には必ず影響が出る。


 本来、そういった影響を減らすための根回しが必要だ。

 だが、ロイド兄上は根回しをするどころか、他の領主の反発によって慌てて戻した。しかも、周囲から一気に商人を奪うほどの変動幅で、だ。

 平民達の財布のヒモが固くなるのは当然で、そうなると商人も寄りつかなくなる。その結果、品不足による物価の上昇という悪循環が発生している。

 ――と言うのが、俺が事前に集めた情報だ。


「なるほど、民衆達の計画が狂った、と言うことですか」

「そんなところだ」


 いくつかの理由が重なって財布のヒモが固くなっている。また、実際にそうじゃなかったとしても、そうなるだろうと予想した商人の足は遠のくだろう。

 近くに景気の良さそうなジェニスの町があるのでなおさらだ。


 先日までは、ロイド兄上は次期当主候補のライバルで、ルコの町はそんなライバルが管理する、蹴落とすべき町だったが……いまはその町を復興させなくてはいけない。


 ロイド兄上に勝つために、どうやれば自分達の町が発展するかは考えていたが、ルコの町を自分が統治した後のことは考慮していなかった。


 当主になるだけなら勝てば良いが、当主になった後のことを考えれば勝つだけではいけない。勝った後のことまで考えて行動しなくてはいけない。

 父上が俺にルコの町の復興を任せたのは、それを教えたかったのかもしれない。


「アレン様、急に黙り込んでどうかしたのですか?」

「いや、たいしたことじゃない。それより、あれが代官の屋敷じゃないか?」


 馬車の前方に立派な屋敷が建てられている。わりと最近建てられたのか、建築の様式が新しく、この町の規模から考えるとかなり立派な建物だ。

 その屋敷の前で馬車が止まると、屋敷の者が俺達を出迎えた。


「出迎えご苦労。さっそく屋敷に案内してもらうと言いたいところだが、その前に……」


 馬車の御者をねぎらって、ジェニスの町へと戻るように命じた。ここまで俺の身の回りをしてくれた使用人を乗せて馬車が帰って行く。

 彼らはイヌミミ族だ。

 俺に忠誠を誓ってくれているが、この町に滞在させるのはなにかと厄介だ。ゆえに、彼らは元から屋敷へたどり着くまでの同行予定だった。

 ルコの町に滞在しているあいだは、この町の使用人を使う予定だ。


 そんな訳で、彼らを帰らせた俺はさっそく代官への面会を求めた。その要望に従って応接間へと案内される。

 そうして部屋で待っていると、ほどなく一人の中年男性が部屋にやって来た。


「お待たせ致しました。私がこの町の代官を務めるケープスと申します」

「俺はアレン・ウィスタリアだ。そしてこっちは婚約者のフィオナ嬢だ」


 俺が紹介すると、フィオナ嬢はうっすらと微笑みを浮かべた。こうして黙っていれば、侯爵令嬢として相応しいたたずまいなんだけどな。


 だが、なぜかその紹介を聞いたケープスがその身を震わせる。

 ……なんだ? 動揺した? ここに新しい領主がいる。貴族令嬢が加わったからといって、怯えるってことは……ないよな?

 気になるが、いまは動揺した理由よりも、用件を済ませるのが先だ。


「話は他でもない、父上から指示が来ているとは思うが――」

「むろん、話は聞き及んでおります。ようこそおいでくださいました。新しい領主となられるアレン様とその婚約者様には、我々一同、誠心誠意お仕えさせていただきます」

「お、おう。よろしく頼む」


 気弱そうであまり代官という感じではないが、随分とおべっかが得意なようだ。

 ジェニスの町に顔を出したときは、その資格のない者に仕えるつもりはない――なんてカエデに言われたから、この町でも相応の対応を受けると思っていたので予想外。

 だが、この町の代表が従順なのは悪いことじゃない。これは嬉しい誤算だ。


「なら、さっそくいくつか頼みたい」

「はい、なんなりと申しつけください」

「俺はこの町の復興を父上より仰せつかった。ゆえに、この町の現状を打開する必要がある。そのためにも、この町の現状を把握する必要がある」


 帳簿や、この町の状況が分かる情報の開示を求めている。それを理解したのか、ケープスの顔色が目に見えて悪くなった。

 この町の状況が悪いことを、自分のせいにされると恐れている、か?


「心配するな。この町の景気が落ち込んでいる原因がロイド兄上にあることは把握している。ゆえに、おまえ達を咎めることはない。ひとまず、あるだけの資料を頼む」


 そう前置きをして、帳簿の他に、この町の人口やお店の数、それに畑の数や、その収穫量などなど、可能な限りの情報開示を求める。


「……それはいつまででしょう?」

「そうだな。ひとまず、いまある分だけもって来てくれ」

「かしこまりました」


 そう言って退出しようとするケープスの背中に「ちょっと待て」と呼びかける。その瞬間、彼の背中がびくりと跳ねた。なにやら、怯えさせてしまったようだ。


「な、なんでございましょう?」

「いや、続きは執務室でおこなう。誰かに案内させてくれ」

「か、かしこまりました。アレン様の専属として、世話係のメイドを手配してありますゆえ、すぐに呼んで参ります」


 早口に捲し立てると、ケープスはそそくさと退出していった。その様子を見送ったフィオナ嬢がこてりと首を傾げた。


「なんだか様子がおかしくなかった?」

「フィオナ嬢に驚いてたみたいだな。賓客の同行者がいるとは伝えていたが……そういえば、婚約者だとは伝えてなかったか?」

「そういう理由かな? 私を見る前から、なんだか怯えているように見えたよ?」

「たしかに、な」


 二人で顔を見合わせ、なんだろうと首を捻る。

 良く分からないが、恐がられていたということで間違いなさそうだ。もしかしたら、ロイド兄上が脅したりしたのだろうか? ……物凄くありそうだ。


 そんなことをフィオナ嬢と話していると、ほどなくしてメイドが応接間にやって来た。メイドの恰好をしているが、歳は十代半ばくらいに見える。思ったよりも幼いメイドだ。


「はじっ、初めまして。わた、私はお世話がか――っ。~~~っ」

「……噛んだ」

「見事に噛んだね」

「~~~っ。いひゃいです」


 口を押さえてしゃがみ込んでしまった。


「……おい、大丈夫か?」


 肩に手を乗せて問い掛けると、メイドはビクンと身を震わせて仰け反って――そのままコロンと後ろにひっくり返った。それから慌てて座り直すと今度は土下座を始める。


「す、すすす、すみませんっ!」

「いや、良いんだけど……」


 なんだ、この面白メイドは。明らかにテンパりすぎだし、どうみても訓練が足りてない。いくら貴族の屋敷ではないとはいえ、こんな未熟なメイドが俺の世話係なのか?

 しのごの言うつもりはないが、人材不足なのか? それとも、表面上ではしたがっているフリで、実は思いっきり舐められてる、とか?


 ……いや、それはないな。

 このメイドだけ怯えてるならともかく、ケープスも怯えていたように思える。だとしたら、人材不足か? まあ……そのうちそれとなく探ってみよう。


「それで、おまえの名はなんと言うんだ?」

「す、すみませんすみません!」

「……いや、だから」

「すみませんすみませんすみません」

「――いいから落ち着けっ!」


 ズビシと、その頭に手刀を入れた。


「はうっ。えっと……その……」

「だから、落ち着け。俺はお前を咎めようとしてるんじゃない」


 両肩を掴んで、その目を覗き込む。

 メイドは驚いたのか目を見開いて、それからしなを作って顔を逸らした。


「……痛く、しないでください」

「い い か ら、名前を言え」

「いひゃいいひゃい、いひゃいでひゅ」


 イラッとした俺はほっぺたをギューッと引っ張る。直後、不意に気配を感じて、空いている手を頭上にかざす。刹那、パシンとかざした手に手刀が打ち込まれた。

 犯人はむろん、様子を見守っていたフィオナ嬢である。


 どういうつもりだと無言で問い掛けると、私に任せてと返ってくる。なんだか知らないが、俺に怯えているのなら外面の良いフィオナ嬢が適任だろう。

 そう思って場所を譲る。


 フィオナ嬢は絨毯の上とはいえ、彼女の前にドレス姿で膝を付き――


「ドジっ娘メイドなんてギャップで、わたくしの婚約者を誘惑するなんて――あいたっ!?」


 フィオナ嬢の脳天に手刀を落とす。それから頭を押さえようと上げたフィオナ嬢の腕を掴んで立ち上がらせて、そのまま後ろにぽいっと捨てた。

 なんだか扱いが酷いとか聞こえるが無視してメイドへと視線を向ける。


「ごめんなさい、ごめんなさい」

「……いや、なんかすまん。ひとまず、俺は怒ってないから落ち着け」

「怒って……ないのですか?」

「怒ってないし、これからもこの程度のことじゃ怒らない。だから、まずはキミの名前を教えてくれないか?」

「あ、その……私はリーシアです」

「よし、それじゃリーシア。俺はアレン、あっちで拗ねてるのがフィオナ嬢だ」

「は、はい。よろしくお願いします」


 ようやく落ち着いてきたらしい。最初はどうなることかと思ったが、あがり症なことを除けばそこまでおかしなメイドではないのかも知れない。

 いや、そもそもここまであがり症な子がメイドであること自体があれなのだが。


「それじゃリーシア、俺達を執務室へ案内してくれ」

「か、かしこまりました。こちらです、ついてきてください!」


 すくっと立ち上がり、メイド服のスカートをパタパタと払って歩き始める。そんな彼女の後を追い掛けて、俺とフィオナ嬢は執務室へとたどり着くことが出来た。

 ……なんで、執務室へ行くだけでこんなに疲れてるんだろうな。



「ここが領主様の執務室です。以前はロイド様って方の部屋だったそうです」

「リーシアは、ロイド兄上を知らないのか?」

「えっと……その、私がメイドになったのは最近なんです」

「……なるほど」


 ケープスより情報を引き出しやすそうだと思ったんだけど、知らないのなら引き出しようがない。彼女が俺の世話係に選ばれたのはただの偶然、か?

 少し、調べてみる必要がありそうだ。

 

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