ルコの町の改革 前編3

 リーシアには、フィオナ嬢とリリアナを寝室へと案内してもらう。それを見送り、執務室でしばらく待っていると、羊皮紙を抱えたケープスが戻ってきた。


「すぐに用意できる書類はこれで全部です」

「ふむ、ご苦労。少し見せてもらおう」


 ケープスを待機させ、羊皮紙の帳簿、人口やお店、畑の数などの調査結果に目を通す。


「これは去年のデータか。……ふむ、随分と発展しているんだな」


 最近、ジェニスの報告書によく目にしていたからこそ違いが分かる。人口や町の広さはそれほど変わらないにもかかわらず、明らかにルコの町の方が発展している。

 一つに纏まっている町と、そうでない町の差だろうか?

 ……ふむ。この報告書をジェニスの町の代表達に見せてやれば、種族間の諍いを止めて手を取り合う切っ掛けくらいにはなるかも知れない。


 だが、いま問題なのはルコの町だ。

 半分くらいが古いデータなので確実なことは言えないが、これなら経済の立て直しは不可能じゃない。少し手を加えるだけで更なる発展をしていくだろう。

 そのための支援をするだけの資金も残っている。


「手持ちのデータでは分からない部分について聞きたい。ロイド兄上が税を増減された影響が出ているはずだな。一体どのような影響があったか、口頭で説明できる範囲で頼む」

「……かしこまりました。まず、税が下がったことで購買意欲が上がり、多くの農民が衣類や農具の買い換えなどをおこないました」


 ケープスが身振りを加えつつ、ロイド兄上が税を引き下げたことで起きた状況の説明を始める。それを聞きながら、俺は当時の光景を思い浮かべた。


 富裕層であれば、税が下がったからと言っていきなり物を買い漁ると言うことはない。普段から、欲しいものはおおよそ買いそろえているからだ。


 だが、農民のように収入が少ない者は普段から生活がままならない。必要なモノがあるのに、お金が足りなくて我慢していると言うことも珍しくはない。

 そんな彼らの目の前に、普段より安い、必要な商品が持ち込まれたら、少し無理をしてでも買うだろう。生活がギリギリな農民にとって、税の引き下げは大きな衝撃を与えたはずだ。

 だが――


「それからほどなく、税が急に普段通りに戻された、という訳だな?」

「はい。他領などから苦情があり、それに対応した結果だとうかがっています」

「それで、どんなことが起きた?」


 自分の認識が合っているか、それをたしかめるために問い掛ける。


「まず、町民の購買意欲が下がり、商人達の足が遠のきました」

「まぁ当然の結果だな」


 年を越すのに資金が100必要として、それが90で年を越せると言われて10ほど他の物を買ったら、やはり100いると言われたのだ。財布のヒモが硬くなるのは必然だ。


 財布のヒモが硬くなれば景気は悪化する。

 完全な悪循環だ。

 逆に皆が派手にお金を使うようになれば景気は向上する。言葉にすれば単純だが、彼らの財布のヒモを緩めるのは非常に困難だ。


 だが――と、再び帳簿に視線を落とす。

 町の景気は悪化しているが、財政にはまだ影響が及んでいない。むしろ、ロイド兄上が来るときよりも増えているようだ。

 おそらく、ロイド兄上は資金を集めることが優秀な証しだとでも思っていたのだろう。


 その資金で食料を買い集め、食糧を支援するということも可能だ。そうして年を越すあいだに、商人が再び立ち寄るように経済を立て直す。

 ロイド兄上の失策が原因なので、食糧支援をするのもやぶさかではないが……ん?


「食料の輸入量が少ないな」


 報告書にある畑の数から考えて、もう少し輸入しなければ食料が足りないはずだ。そんな風に探りを入れると、それだけでケープスはその身を震わせた。


「報告書にない畑が相当数あるな?」

「――っ。そ、それは……」


 青ざめた顔で冷や汗を流し始めた。彼の身体が小刻みに震えているように見えるのはおそらく気のせいではないだろう。

 そんなあからさまな反応から、やはりとため息をつく。

 隠地――つまりは租税を逃れるために作られた、隠された場所にある畑がこの町の外――おそらくは近くにある森の中などにあるのだ。


「ア、アレン様、これは、その――」

「あぁ、待て。なにも咎めようという訳じゃない」


 ケープスが余計な言葉を口にする前に、その言葉を遮った。


「最近までロイド兄上がこの町を統治していた。政策でも二転三転した上、いきなり領主が変わったんだ。様々な資料に記入漏れくらい、見つかって当然だろう?」


 白々しく言い放つ。

 隠地が存在するのではなく、領主が入れ替わるドタバタで報告書から抜け落ちただけということにしてやるという意味だ。


 だが、隠地というのは非常に厄介な存在だ。隠れた畑で租税が減る――と言うだけじゃない。隠地はその領地の労働力を無駄に消費する悪しき風習と言える。


 おそらく、その話を聞いた平民、特に隠地を持つ者はこう思うはずだ。隠地がなければ税で収穫物を持って行かれ、生活が出来ないのだからしょうがない、と。


 たしかに、税の割合は決して低くない。この町は一時的に様々な税が引き下げられていたが、いまは他の町と同様に税も高くなっている。


 つまり、普通の畑で作物を育てても税を引いた分しか残らないが、隠地で同じだけ作物を育てれば、その全てが手元に残る。この差は大きい。

 その考えは、まったくもって間違っている。


 そもそも、隠地は隠された畑。つまり、見つかるような場所には作れない。遠い森の中など、不便な場所に作ることになる。

 往復で時間が掛かるだけでなく、獣の被害なども多い。普通の畑なら十作れる作物も、隠地では半分以下の収穫量になることも珍しくない。

 つまり、租税を逃れるために、それ以上の無駄を発生させている場合すらありうる。誰にとっても得にならない畑、それが隠地だ。

 ちなみに、それでも隠地を持つ者がいるのにはいくつか理由がある。


 たとえば収穫が多ければ、領地的にはマイナスでも個人ではプラスになる場合はある。税が高ければ、なおさらその可能性は上がる。

 実際、領主が急に税を上げるなんてことも珍しくはない。その備えで隠地を持つ平民も、いないとは言いきれないだろう。


 そして、そもそもその辺りを理解していない者もいる。

 羊皮紙なんて農民には使えないし、そもそも読み書きの出来る者が少ない。割合で持って行かれると言われても計算が出来なければ理解できない。


 結果、隠地はなくならない。

 だが、それは領地として大きなマイナスだ。ゆえに隠地をなくす必要があるのだが、彼らが隠地の存在を明かす可能性はかなり低い。

 報告したからと言って、不便な場所にあることに変わりはない。ただでさえ収穫量が少なく、手間も掛かる畑の収穫量から税を払うなんて出来るはずがない。

 それを改善するには……ちょうど良い案があるな。


「畑の数は、一ヶ月以内に正確に調べた数を報告してくれ。そのときに報告した畑については、過去の情報がなくても不問にする」

「そのときに報告した、ですか?」

「そうだ。その期間を過ぎたら、この町の周辺に隠地がないか調査する。当然、隠地を持つことが重い罰なのは知っているな?」

「はっ、それは……もちろん、ですが……」


 一ヶ月後までに報告すれば大丈夫とはいえ、報告した者達はただでさえ収穫量の少ない作物の三割を租税として支払うことになる。

 そう考えれば、そう簡単に頷ける案件ではない。


 だから、ここでそんな彼らに対する救いの手を差し伸べる。


「それと同時に、この町の現状を改善するための支援もおこなう」

「支援、ですか?」

「そうだ。町の周辺に新たな畑を作る。それにかかわる労働者を募集してくれ。対価には食料を現物で支給することを約束しよう」


 隠地を捜索すると聞けば、彼らは不安に駆られるだろう。そこに、食料を対価に仕事を募集しているとの噂を流す。そうすれば、彼らは飛びつくだろう、という算段だ。


 困らせておいて、少ない対価で労働させる。

 なかなかに非道な計画だが、隠地の所有は本来重罪だ。本来なら、隠地を調べ上げて、所有者を奴隷に落としていくのも珍しくはない。

 それを見逃し、隠地を放棄させる代わりに、労働者として雇うと言っているのだ。彼らから見れば、ありがたい対応に映るはずだ。


「詳細はあらためて伝える。ゆえに、そちらの準備をしておいてくれ。それと、もっと色々なデータが欲しい。それらは数日中に用意しておいてくれ」

「かしこまりました」


 そつなく応えてケープスは部屋を退出していく。もし、そんな彼の顔を見ていれば、彼の表情に焦りが滲んでいることに気付いただろう。

 だが、資料に目を落としていた俺はそのことに気付かなかった。



 そうして、一人になった執務室。俺は黙々と資料を読み進めた。

 やはりジェニスの町よりも商業が発展している。そう考えると、ロイド兄上が様々な税を下げたことは間違っていなかったと言える。


 問題なのは税を下げることで周囲に及ぼす影響を考えていなかったこと。そして、税を戻すことによって起きるであろう問題に備えていなかったことだ。

 具体的な被害は見えないが、税を急に戻した反発は少なくないはずだ。早急に問題を洗い出して対処が必要だと考えていると、リーシアが執務室へと尋ねてきた。


「……なにか用か?」

「そろそろお食事の時間ですが、どうなさいますか?」


 言われて窓の外を眺めると、日が沈み始めていた。どうやら作業に没頭しているあいだに、思ったより時間が過ぎていたようだ。


「そうだな。なら、一度部屋に戻ろう」

「かしこまりました」


 最初はテンパっていたリーシアだが、いまはそれなりに落ち着いている。もっとも、その立ち居振る舞いが付け焼き刃なのは明らかだが。

 そんなリーシアに案内を任せて部屋へと向かう。絨毯の敷かれた廊下は、伯爵家の者が暮らすのに相応しい調度品が飾られている。

 アストリー侯爵家とは違い、実よりも体面を取っている。ロイド兄上の影響だろう。


「ここがアレン様のお部屋です」


 ほどなく、屋敷の二階にある一番奥の部屋へと案内された。


「案内ご苦労。ここはもう良いから、食事の準備が出来たら呼びに来てくれ」

「かしこまりました」


 再び、俺の指示に従って立ち去っていく。

 それを見てちょっと笑ってしまう。

 ジェニスの町ならわりと当たり前になった光景だが、本家のお屋敷なんかだと、着替えなどを一人でさせる訳には参りません――的な感じで離れてくれない。

 不慣れだからこそ、素直に俺の指示に従ったようだ。

 結果的に考えると、彼女がメイドなのはありがたいかもしれない。そんなことを考えながら扉を開けた俺は――目の前の光景を目の当たりに硬直する。

 視界に飛び込んできたのはふわりと広がる夜色。結い上げている髪を下ろしたフィオナ嬢は、メイドの手伝いを得て着替えているところだった。

 

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