それぞれの思惑 1
「……三日後だと? それで構わないのか?」
来訪したオーウェル子爵代行に対して三日後に会うと答える。それを聞いたレナードが奥歯に物が挟まったような顔をする。
「対応を急がなくてはいけないのは相手であって俺達じゃない。それに、俺達が訪ねたときは先触れを送ったにもかかわらず待たされた。こっちが融通を利かす必要はない」
「いや、そうじゃなくて。あれをこの町に三日も滞在させるのは心配だなと」
「……おぉう」
たしかに、横暴貴族――しかもイライラしている奴を町に滞在させるのは不安だ。だが、ここで相手に融通を利かせるという選択はあり得ない。
その意思表示をするのに三日は必要な時間だ。
「そう、だな……宿に部下を滞在させろ。なにか問題を起こせば引っ捕らえて構わない」
「……そんなことをしたら、オーウェル子爵領との亀裂が取り返しのつかないことになるが、本当に構わないのか?」
「構わない」
即答する俺に、レナードとフィオナ嬢は息を呑んだ。
父上の言う厄介な切れ者が姿を見せていないが、ここからなにかされても揺るがないほどの手を打った。そいつがなにかしたとしても手遅れだ。
「……分かった。なら三日後に会うと伝えよう」
「ああ、ごねるようなら追い返して構わない。それより、リディアの方はどうなっている?」
オーウェル子爵代行の一件をそれよりと流し、本命へと話を切り換える。子爵代行に落とし前をつけさせた後は、リディアを相手にしなくてはいけない。
そのための情報収集は攻撃を受けたときから始めている。
「いまのところ、新たな攻撃を仕掛けてくる素振りはないな。塩の輸出を止めた件で、アレンがどう対処するか見ているようだ」
「……ふむ、様子見か?」
そろそろこちらの動きに気付いても良いはずだが、あれから動きがないのが気になるな。オーウェル子爵代行の援護くらいはしてくると思ったが……見捨てたのか?
「彼女の統治についてはどうだ?」
「リディア様の統治は無難の一言だな。従来のやり方を引き継いでいる。町を豊かにするという意味ではまったく結果が出ていないが……」
「こちらに反撃の隙を与えないという意味では万全という訳か」
リディアが担当するのは、クリス姉さんが担当するはずだった町なので、ある程度の情報は揃っている。もとから豊かで安定した町であるため、逆に発展させるのは難しそうだとクリス姉さんは思っていたらしい。
だが、ただ安定した状態を維持するのなら、これほど治めやすい町はない。ちょっとやそっとの攻撃じゃ、リディアの統治を揺るがすには至らないだろう。
とはいえ、町に攻撃を仕掛けるつもりはない。リディアが治めるのはウィスタリア伯爵領だ。出来れば実害を与えるまえに決着をつけたい。
そのために必要なあれこれについて、レナードに指示を出した。
「任せろ。オーウェル子爵代行の件が終わったら、すぐに動けるようにしておく」
「頼んだ。それと話を戻すが、オーウェル子爵代行に会うときは、念のために護衛を連れておけよ。さすがに暴れたりはしないと思うが、な」
ロイド兄上より短気疑惑があるからなと忠告する。そうしてレナードを見送った俺は、フィオナ嬢とのお祭りデートを再開する。
――って、デートじゃないしっ!
「……アレン兄さん、急に虚空に手刀を打ったりしてどうしたの?」
「いや、なんでもない。そ、それより、視察、視察を再開しよう」
「……視察?」
「そう、視察だ。このお祭りは他種族が手を取り合うためのイベントでもある。その効果がちゃんと出ているか、視察する必要があるんだ」
だからこれはお仕事、決してお祭りデートではないのだ。
「……えっと、良く分からないけど、兄さんが行きたいところがあるのなら付き合うよ?」
「いや、そういう意味じゃなくて……えっと、あぁそうだ。フィオナ嬢が考案した、人間に他種族を受け入れてもらうための計画が有っただろ?」
たしか……計画書にはこう書かれていた。他種族の文化を体感して、親しみを覚えてもらうためのお店を出店する――と。
とくにマイナスになりそうな要因はなかったし、少しでも効果があればと許可を出した。だが、一度許可を出したからには視察くらい必要だろう。
そう、これはお仕事なのである。
「あぁ……うん。アオイちゃんに協力してもらった件だね。見に行ってみる?」
「うむ。視察は重要だからな」
フィオナ嬢に連れられて中央の商業区でも、人間の区画寄りの場所に移動する。そうしてたどり着いた広場には、異文化交流のお店と書かれた看板があった。
なお、その広場には丸いテーブルと椅子が並んでいて、お客さんが飲食をしている。
「……見たところ、軽食店かなにかか?」
「オープンカフェって言うんだよ。ちなみに、ウェイトレスがポイントなの」
「ウェイトレス……? なんだあれ、うちのメイド服じゃないか」
イヌミミにネコミミ、更にはウサギやキツネの獣人族がメイド姿で働いている。そんな中に、ひときわ笑顔を振りまいて走り回るアオイの姿があった。
「メイドさんが、お客さんをご主人様って呼ぶんだよ?」
「……意味が分からない」
「他種族の可愛い女の子達が、自分をご主人様って呼ぶんだよ? 興奮しない?」
「……マジで意味が分からない。というか、他種族を従属させるつもりじゃないよな?」
他種族が人間の客をご主人様と呼ぶ。それじゃまるで、人間が他の種族より上だと印象づけるようなものだ。外聞が悪いことこの上ない。
実際、一部の客は好色そうな視線をウェイトレス達に送っている。あの人間達が他種族の娘達を従属させようとする可能性は否定できない。
そんな俺の意見を聞いたフィオナ嬢は、ちちちと胸の前で指を振った。
「あのね、兄さん。売り手と買い手、立場が上なのはどっちだと思う?」
「それは需要と供給、その他の要因で決まるモノだから一概にどっちが上とは限らない」
オーウェル子爵代行はそれを誤解している。どんな状況でも、売り手の方が立場が上だと思っている節がある。だから彼は破滅する。
そこまで考え、フィオナ嬢の言いたいことを理解した。
もともと、他種族は人間に見下されている。ならばどんな形であれ彼女達の価値を上げる行為は、彼女達の地位を向上させるも同然だということ。
……少なくとも理論上は。
「言いたいことは分かったが、色々と問題がないか?」
「もとから問題は山積みだもん。少なくともマイナスにはならないようにしてあるよ」
「たとえば?」
「たとえば――アオイちゃんのケースで考えてみて」
フィオナ嬢が周囲を見回して声をひそめた。
「アオイちゃんはお金に困ってお花を売ろうとしたよね? でも、いまの彼女ならどう? 同じお金を稼ぐ程度なら、お花を売るまでもないでしょう?」
「まぁ……そうだな」
以前の彼女はわずかな対価で花を売ろうとしていた。いまならそれと同じ対価で彼女の笑顔を買おうとする者もいるだろう。
いまの彼女は大きな借金でもしない限り花を売る必要はない。
「だが、普通に可愛い服でウェイトレスをすれば良かったんじゃないか? わざわざメイド服で、ご主人様って呼ばせるなんて……」
「なにを言ってるの、兄さん。思いつく手は全部試すんだよ。それくらいしないと、種族間での確執なんてなくなるはずないじゃない」
「……ふぅむ」
たしかに、手段を選んでいられないという意味ではその通りだ。今回はお祭り限定での出店だが、感触が良ければ正式に店を出しても良いと許可を出した。
このときの俺はまだ、ケモミミ萌えという文化が生まれることを知らない。
三日後。
俺はオーウェル子爵代行を執務室にて出迎えた。
――いや、出迎えるなんて言葉は正しくないな。俺は執務室の椅子に座ったまま、システムデスクの向かいに立ったままのオーウェル子爵代行と向き合っている。
こちらはおまえの頼みに応じて会ってやっていると、そういう態度だ。
オーウェル子爵代行への意趣返し――ではない。
もちろん彼に対して悪感情は積もりに積もっているが、貴族にとって必要なのは感情よりも自治領への利益だ。感情にまかせて彼を弾圧して、利益を損なうわけにはいかない。
ゆえに、これは俺にとっての試練であり、オーウェル子爵代行に対する試験でもある。
彼が自分の敗北を認め、不満を押し殺して頭を下げてくるのなら、俺も自分の感情を押し殺して相応の対価と引き換えに手打ちにする必要がある。
だが――
「おい、俺は子爵代行だぞ。三日も待たせた上にこの無礼な対応はなんだ!」
オーウェル子爵代行は頭を下げるどころか、はなっから不満をぶちまけてきた。
そう、それでこそだ。ここで下げられる頭(・)を持っているのなら、あんな無理難題をふっかけて来るはずがないもんな。
……正直、安心した。
これで気兼ねなく、オーウェル子爵代行を破滅させることが出来る。
「不満なら帰れ」
俺は単刀直入に言い放った。その言葉が聞こえていなかったはずがないのだが、オーウェル子爵代行はなにを言われたのか分からないという顔をしている。
「聞こえなかったのか? 帰れと言ったんだ」
「な、なんだとっ! 俺に帰れというのか!?」
「俺におまえと話す理由はない。婚約者と語らう時間を削ってまで、わざわざおまえと話す時間を作ってやったんだ。対応が不満だというのなら帰ればいい」
「く、こ、この……っ」
俺の分かりやすい挑発にこめかみを引き攣らせる。彼は握り締めた拳を振るわせながらも、なにかをぐっと飲み込んだ。
「ま、まあ、俺は寛大だからな。田舎者が礼儀を知らないくらいは我慢してやろう。それより、今日は良い話を持ってきてやった。おまえの態度次第で塩の輸出を再開してやる」
「必要ない。話がそれだけなら帰れ」
「――なっ!?」
オーウェル子爵代行は絶句してしまったが、なぜこの状況で上から目線で語れるのか謎である。徹底抗戦を決意してるのなら分かるが、そんな風にも見えない。
たとえ心の中でどう思っていようと必要なら頭を下げる。それくらい出来なくてよく当主代行なんて地位に就くことが出来たな。
……いや、出来ないから当主じゃなくて当主代行なのか。
「そ、そうか、交渉のためのやせ我慢だな。危うく騙されるところだったぞ」
「……は?」
「だが、いくら塩を横流ししてもらおうと費用がかさむことは否めないだろう。いつまでもやせ我慢は出来ない。ここらで手打ちにしてやると言っているんだ」
心の底からあきれ果て、それが溜息となって口をついた。
「……一つ聞くが、おまえがそんな交渉をしに来たのはなぜだ?」
「そ、それは……」
「言えないのなら代わりに答えてやる。寄親や付き合いのある貴族から、ジェニスの町へ塩の輸出を再開しろと圧力を掛けられたんだろ?」
「な――っ」
「なぜそれを、か。本当になにも分かっていないんだな」
石鹸を始めとした美容品の輸出にあたって、俺は一つの宣言をした。それは、俺と敵対関係にある者、もしくはその所縁の者とは取引しない、という宣言だ。
本来であれば当然のことで、あらためて宣言するような内容ではない。
それをあえて宣言したことに意味がある。
俺の宣言の本質は、敵対関係にある者とは取引しないことじゃなく、その言葉の裏側。敵対関係を解消することが出来れば、取引をする可能性があると言うことだ。
対象となるのはパーティーで渡りをつけた貴族達。その中でも、オーウェル子爵代行と懇意にしている者達。彼らはどうするか考えたはずだ。
彼らが思いつくであろう主な解決策は三つ。
一つ目は美容品を諦めること。
二つ目はオーウェル子爵領と手を切ること。
三つ目はオーウェル子爵領にうちとの塩の取引を再開させることだ。
一番簡単なのは美容品を諦めること――ではない。
美容品がなくても生きてはいけるが、ウィスタリア伯爵家はもちろん、アストリー侯爵家、グライド侯爵家、アルノルト伯爵家なども美容品を手に入れることに尽力した。
とくにいま上げた有力貴族達は俺の思惑を読んで動いてくれた。そのおかげもあって、美容品を手に入れることが一種のステータスになってしまっている。
今回パーティーで渡りをつけた有力貴族達は自分が使う分ばかりか、親しい相手にお裾分けをするだけの美容品を手に入れる。
そんな中、有力貴族であったはずなのに、お裾分けどころか自分達の分すら入手出来ない家があったら、他の貴族達からどんな目で見られるかは想像に難くない。
ゆえに、美容品を諦めるという選択は政治的に大きなマイナスになる。
だが、塩を産出するオーウェル子爵領と手を切ることも上手くはない。よって一番簡単なのは、オーウェル子爵代行に俺と和解させること。
もっと正確に言えば、和解するようにオーウェル子爵代行に圧力を掛けることだ。
だからオーウェル子爵代行は困って俺に取り引きの再開を持ちかけてきた。だが、それを理解している俺が取り引きを再開してやると言われて頷くはずがない。
そもそも、ジェニスの町がオーウェル子爵領の塩に頼っていたのは、遠くの町からわざわざ塩を買い付けると輸送費がかさんでしまうからだ。
だが、これからは美容品の輸出を行う。美容品を欲しているのは相手だから、輸送費を込みで売ることが出来る。その帰りに塩を買えば輸送費を抑えることが出来る。
ついでに言えば、美容品を売るだけでは相手は貿易赤字になる。
だがこれに関しては、フィオナ嬢との約束。アストリー侯爵領で産出されている資源は可能な限りアストリー侯爵領から買うという約束がある。
だから、美容品の取引相手から買える物は少ない。塩の産出領地から塩を買うことは、相手と自分、双方にとって利のある取引となる。
いまのオーウェル子爵領に美容品を輸出するつもりはなく、塩の取引をする必要もない。それを懇切丁寧に教えてやると、オーウェル子爵代行の顔色が徐々に青ざめていった。
「……くっ。ではどうしろというのだ!?」
「どうもこうもおまえと取り引きはしない。帰れと言っているだろう?」
「おまえとの取引を再開しろとあちこちから圧力を掛けられていると言っているだろうが!」
相当な突き上げを喰らったんだろうが、俺の知ったことじゃない。
彼は塩の輸出を盾に無理難題をふっかけた。他の領地に対して同じことをしない保証はない。他領の対応が冷たくなるのは当然だ。
「……そうだな。どうしてもうちと塩の取引をしたいというのならしてやってもいい。――ただし、購入額は……そうだな。従来の半額だ」
「馬鹿なっ、そのようなふざけた値段で取引できるわけがないだろうっ!」
オーウェル子爵代行は激昂するが、代わりに俺の心は冷めていく。
「嫌なら無理に取引する必要はないと言っているだろう?」
「足下を見やがって、ふざけるな!」
「……忘れたのか? 最初にこちらの足下を見て無理難題をふっかけてきたのはおまえだ。人の足下を見るなら、自分が同じ目に遭う覚悟はしておくべきだったな」
「き、貴様、言わせておけば――っ」
オーウェル子爵代行がシステムデスクを迂回して詰め寄ってくる。胸ぐらを掴むつもりか、もしくは俺に殴りかかるつもりか――どっちにしても、正式な手続きを踏んで訪問した先で暴力など起こせばオーウェル子爵代行は終わりだ。
最後はお粗末だったな。そう思った矢先――
「――そこまでですわっ!」
ここにいるはずのない、リディアの逼迫した声が響いた。
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