ジェニスの町の有り様 3

 人間の代表達との会談を終えた俺は、すぐさまカエデに彼らとの調整を頼んだ。

 塩の件を説明したときは再び謝罪され、責任を取って辞めさせて欲しいと言われたが、俺はそれを認めなかった。

 塩の件については明らかな失態だが、ジェニスの町にとって彼女は必要な存在だ。辞めて責任を取るのではなく、町の治安を維持することで責任を取れと言い付けた。


 と言っても、カエデだけでは人間との交渉は難しいだろう。だからレナードを補佐としてつけた。そのあいだに俺はエルフ族との面会を取り付ける。

 オーウェル子爵領との対立は繊細な問題のようなので、まずは当たり障りがない――というと失礼だが、話しやすそうなエルフと会うことにする。


 ちなみに、フィオナ嬢を連れてきた。エルフは気難しい性格をしているそうなので、人当たりの良い振りが上手な彼女の笑顔で懐柔する作戦だ。

 そんなわけで、やって来たのは街外れにある小さな工房。


「……ここがそのエルフの家なの? ずいぶんと寂れた場所にあるんだね」


 場所的にはイヌミミ族と他の種族が暮らす区画のあいだくらいで、人里から少しだけ離れている。まるで他人を避けるような場所に存在していた。

 一抹の不安を覚えながら俺は扉をノックする。しばらくしてエルフの青年が姿を現した。

 二百歳近いって話だが、見た目の年齢は俺とほとんど変わらない。森の妖精族と呼ぶに相応しい線の細い美青年――だが、なにやらボサボサ頭で、着崩れした服はしわしわ。

 まるで寝起きのようなだらしなさが漂っている。


「連絡を入れたアレンだが、あなたがラッセルさんか?」

「あぁ、キミがアレンさんだね。ボクがラッセルだよ」

「そうか。よろしく、ラッセルさん」


 言葉遣いは殊更に気を付けた。町を統治する立場としては下手には出られないが、相手は俺の何倍も生きているエルフだからな。

 だけど、ラッセルさんはあまり気にしていないようだ。事前に取り寄せた資料によると、エルフとしては異質の研究馬鹿で、それ以外に無頓着とのことだが……ふむ。


「事前に知らせたとおり、少し話を聞かせてもらいたいのだが、良いだろうか?」

「構わないよ。ボクも一時的とはいえこの町の統治者となったキミと話してみたいと思っていたんだ。それで、そちらのお嬢さんは?」

「彼女は俺の婚約者のフィオナ嬢だ」

「初めまして、ラッセル様。色々な研究をなさっていると聞いて、アレン様に無理を言って同行させていただきました。もしご迷惑でなければ同席させてください」


 フィオナ嬢はスカートの裾を摘まんで柔らかい微笑みを浮かべる。見る者を虜にする猫かぶりで、気難しいエルフを懐柔する作戦だったのだが……


「へぇ、研究に興味があるんだ! 良いよ、良いよ。もちろん構わないさ。部屋は散らかっているけど、それでも構わなければぜひ上がってくれ!」


 ラッセルさんは最初から気難しい感じじゃなかった。そして、フィオナ嬢の笑顔よりも、研究に興味があることに食いついている。

 ……まあ、目的を果たせればなんでも良いや。


 俺達はラッセルさんの申し出を受けて家に上がらせてもらう。散らかっていると彼は言ったが、その表現は明らかな間違いだった。

 なにやら様々な薬草の匂いが籠もっていて、床には研究のデータらしき書類やらなんやらが撒き散らされている。端的に言って散らかっているという表現で済むレベルじゃない。


「……あら、これは……魔力素子(マナ)について調べているんですわね」

「分かるのかい!?」

「ええ。魔力へと変換されるプロセスを調べることで、魔力素子(マナ)が大気中に存在する素粒子であることを証明する実験をなさっているんですよね?」


 フィオナ嬢が書類を手に取って、何気ない口調でのたまった。だが、それを聞いたラッセルが目を見開いて硬直してしまった。


「……あら、申し訳ありません。なにか間違ったことを申しましたかしら?」

「いや、そうじゃない。キミは、“素粒子”と言ったね?」


 ラッセルさんの詰問に対し、フィオナ嬢の表情にわずかな焦りが浮かんだ。それを見て俺も頭を抱える。彼女の失言に気がついてしまったからだ。


 魔術師でない俺に出来るのは想像することだけだ。

 だけど、魔力素子(マナ)がなにかを調べる段階で、素粒子という答えは出てこないはずだ。素粒子であることを知っている、もしくは仮説を立てられるレベルに至っているからこその言葉。


「キミは魔力素子(マナ)がなんなのか知っているのか!? 素粒子とはなんだい!?」


 ラッセルさんがフィオナ嬢に詰め寄る。困ったフィオナ嬢が『兄さん、どうしよう?』みたいな目を向けてくる。こんなときばっかり頼りやがって厄介な。


「すまない、ラッセルさん。その話をする前に、先に俺の用件を済ませても良いだろうか?」


 考えた末に、問題を先送りにすることにした。

 最悪、聞きたいことを聞いたあとに揉めてくれという心の声は正しく聞こえたようで、フィオナ嬢が不満気に頬を膨らませるが俺は知らん。


「あ~そうだったね、なにが聞きたいんだい?」

「伝承のことだ。かつてジェニスの町へ流れてきたエルフ達の中に王族が居て、その娘がオーウェル子爵領へ嫁いだというのは事実だろうか?」

「あぁ、それは事実だよ。ボクにとっては親の世代の話だね」

「親の世代、か……」


 出来ればただの伝説、もしくは平民のエルフであって欲しかったのだが……よりにもよって親の世代って、むちゃくちゃ身近じゃないか。


「そんなことを聞くということは、オーウェル子爵領と不仲という噂は本当なのかい?」

「――それは……ああ、事実だ」


 隠してバレることよりも、自分から打ち明けてどれくらい不仲かをぼかすことにした。

 この対応が彼のどんな反応を引き出すか想像もつかなかったのだが、ラッセルさんはやっぱり本当だったのかと頷くだけだった。


「……王族が嫁いだ領地と不仲でも思うところはないのか?」

「その王女が嫁いだころにはボクはまだ生まれていなかったからね」

「なるほど……なら、親の世代なら反応は違うと?」

「思うところはあるだろうね。だけど、不仲程度じゃなにも思わないんじゃないかな? 戦争にでもなれば話は別だけどね」

「……そんなものか?」


 少し拍子抜けだ。


「国を捨ててこの町に流れ着いたんだよ? それに、もう二百年以上も前の話だ。もし忠節を尽くしているエルフが居たら、オーウェル子爵領へ移り住んでるんじゃないか?」

「そう、か……」


 親の世代と聞いて、人間でいうところの最近の出来事だと考えていたが、そうじゃないらしい。何百年も前は、エルフにとっても昔の出来事という認識のようだ。


「なら、俺がオーウェル子爵領とやりあっても、エルフが介入してくる可能性は低いか?」

「……やりあうというのは、戦争をするつもりなのか?」


 ラッセルさんがここに来て初めて警戒するような素振りを見せる。だが、俺はそんなことは望んでいないと即座に首を横に振った。


「戦争なんてしない。政治的に仕掛けられた嫌がらせに対して倍返しするだけだ」

「……くっ、くく。そうか、倍返しか……面白いね。良いんじゃないか? エルフも、やられたらきっちりやり返す種族だ。キミの考え方には共感できるはずだよ」


 なにやら楽しそうに笑われてしまった。

 森で暮らす妖精族、気難しいとは聞いていたが好戦的とは聞いていない。というか、前世の記憶にあるエルフとは若干イメージが違う気がする。

 国を捨てて流れてきたエルフだから、か?


 なんにしても、敵対しないですむのならその方がいい。

 出来れば、他のエルフにも話を通して欲しいとラッセルに頼む。彼は少し考えた末に、条件を呑んでくれるのならと答えた。


「どんな条件だ?」

「彼女の話を詳しく聞かせて欲しい。それと、出来れば森を調査したいんだ」

「フィオナ嬢の話を聞きたいというのは分かるが、森の調査なら勝手にすれば良いだろ? 別にあそこは立ち入り禁止じゃないぞ?」

「それは分かってるけど、危険なんだろ? だから、護衛を貸して欲しいんだ」

「……エルフは森の妖精だろ?」

「森に入るなんて怖いじゃないか」


 森に入ることを恐れるエルフってなんだよと突っ込みたい。そんな俺の内心が顔に出てしまっていたのだろう。ラッセルさんは自嘲気味に笑った。


「キミは色々と誤解している。ボクは町で生まれ育ったエルフなんだ。危険な森で育って、それに対応するような技術を学んだわけじゃない。危ない森に一人で行けるはずがないだろ」

「……うぅむ」


 言い分は分かるんだが、森を恐れるエルフ……やっぱり違和感がある。……いや、こういうのは柔軟に考えるべきだな。

 エルフが森の妖精と呼ばれているのは森で生まれ育つからだ。町で育ったエルフがそうじゃなくなるのは当然だ。逆にエルフの里で人間が育てば、エルフのようになるだろう。


「話は分かったが、森でなにをするんだ?」

「色々な調査だよ。森にあるという遺跡を調べたい。それに魔力素子(マナ)が濃い森の植物が、町で育った植物とどう違うかなんかを調べたいんだ」

「……違うのか?」

「詳しいことは調査してみないと分からないけど、森で暮らしていた世代の人達に聞いたところ、町で育てている薬草などの効果は低いそうだよ」

「……へえ」


 俺はちらりとフィオナ嬢へ視線を向けるが、小さく首を横に振り返された。どうやら、フィオナ嬢も知らない情報のようだ。

 ついでに、彼と研究の話をしてくれるかと目で問い掛けて許可を取る。


「分かった。フィオナ嬢と話す件は問題ない」

「ありがとう。でも、その言い方は、護衛の件はダメと言うことかな?」

「いや、そっちは全面的にバックアップする。森で罠を仕掛けている兵士に同行、場合によっては調査隊を編制できるように手配しよう。そのうえで研究の協力もする」

「……それはありがたいけど、なにか追加で要求がありそうだね?」

「研究成果をこちらと共有させて欲しい」


 もちろん、研究を奪うという意味じゃない。全面的にバックアップした上で、成果が出れば相応の礼を支払う。そういった交渉をこれからするつもりだったのだが――


「良いよ」

「……良いのか?」


 交渉をする前に了承されてしまった。ただ働きをさせるつもりはないが、そっち方面に無頓着すぎて逆に心配になってくる。


「……待遇とか相談しないとダメだろ?」

「ん? あぁ……そうだね。生活費の足しになる程度のお金を支払ってもらえると嬉しいかな。母さんから、研究ばかりしてないで少しは働きなさいって言われてるんだ」

「そ、そうなのか……」


 っていうかもしかして、二百歳近くにもなって親のお金で研究三昧なのか……?

 うぅむ……さすがエルフ、スケールが違う。


 だが、ラッセルさんが働いていないというのなら好都合だ。

 床に散らばった資料の中にある、ハーブを初めとした薬草の研究データに視線を向けた俺は、貴重な人材が他に奪われないうちに雇い入れようと心に決めた。

 

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