ジェニスの町の有り様 2

「人間の国であるとの認識が間違いだとおっしゃるのですか?」


 商業ギルドの代表はその瞳に暗い色を宿した。口調こそ丁寧だが不満気な態度が隠せていない。人間の国ではあるが、イヌミミ族の町でもある、それを認めたくないのだろう。

 だが、俺はそういう話をしたいわけじゃない。だからその誤解をただす。


「この国が人間の国であるのは事実だ。だから、それが間違いだと言ったわけじゃない。俺は、おまえの考えが商人として間違っていると言ったんだ」

「――っ。どういう、意味でしょう? こう見えても私は、この町の商業ギルドの代表という立場を得ています。その私が商人として間違っている、と?」


 プライドを刺激されたのか、商業ギルドの代表はその身を震わせた。

 ここで理性を奪うほど挑発してはいけない。だが、この男のプライドを刺激する必要はある。俺はそのバランスを保つために、肯定も否定もせずに話を続ける。


「種族間で揉めているいまの状態と、種族間で手を取り合っている状態。どっちが商売をしやすいか少し考えてみろ」

「それは……」


 非協力的な小さな町が三つと、一致団結した大きな町が一つ。今後、生産した商品を他領へ輸出するにあたって、どっちが有利かは考えるまでもない。


「人として、異質なものを排除しようという感情が分からないとは言わない。だが、利益を優先する商人としては間違っているのではないか?」


 商業ギルドの代表は答えなかったが、思うところはあるのか考え込む素振りを見せた。気持ちを整理する時間は必要だろう。そう思った俺は商会の代表に視線を向ける。


「おまえはどうだ? 俺の話が納得できないか?」

「いいえ。私どもは交易商。商品を必要とされる場所へ運ぶことで大きくなりました。その相手が誰であるかは重要じゃありませんから」

「……そうか」


 この町で完結しているギルドと違って、他領との商売を生業にしている商会は考え方も違っているらしい。彼は俺に近い考えを持っているようだから大丈夫だろう。

 最後に農業ギルドの代表へと視線を向けた。


「おまえ達も同じだ。他種族と情報を共有するなどで手を取り合って、足りないところは補い合え。イヌミミ族は、おまえ達が知らない農具の存在も知っていたぞ」

「……なんと、それは誠ですか?」

「他所から来たイヌミミ族が知っていた。この町にはなかったため、現在生産に取りかかっている。協力し合えばその農具も手に入るだろう」

「ううむ……」


 協力しなければ農具を売らないと言ったわけではないが、手に入るのが遅れるであろうことは想像に難くない。その事実をちらつかせて口説く。

 実際、新しい農法を体験しているのはいまのところイヌミミ族だけだ。にわか知識を伝えることしか出来ない俺よりも、実際に体験した彼らの方が知っていることも多いだろう。

 彼らの協力を仰ぐのとそうじゃないのでは、新しい農法への理解度がまるで変わってくる。


 そのように、自分達と違う種族のために協力しろというのではなく、自分達の利益のために協力しろと口説いていく。

 そして――


「皆も知っていると思うが、オーウェル子爵代行がこの町に対して敵対行動を取っている。塩の輸出が止まっているのはそれが原因だ」

「……なぜ敵対行動を取っているのですか?」


 商業ギルドの代表が問い掛けてきた。

 それは予想していた問いかけだ。本来であれば、俺がリディアと敵対しているとばっちりであるなどとは知らせないのが一番だ。


 だが……リディアのことだ。俺が隠すと予測して、真実を噂として流すくらいはやりかねない。いま一番怖いのは真実を知られることではなく、町民の信頼を失うことだ。


「俺が当主候補の一人で、他の候補と争っていることは知っているな? オーウェル子爵代行がこの町に攻撃を仕掛けているのはその一環だ」

「……つまり我々は、とばっちりを受けているというわけですか?」

「そうだ。ちなみにそれを仕掛けたリディアは、自分が当主になれば、この町から不和の種を排除するそうだ。……彼女が当主になれば、おまえ達の望みが叶うな?」


 ――誰一人、喜んだ素振りは見せなかった。

 町の人間全てがこうだなんて楽観視はしていないが、少なくともこの場にいる彼らは、もし本当に他種族を全て排除すれば、この町がどうなるか分かっているのだ。


「いまここで選べ。他種族と手を取り合って町を発展させることを望む俺に力を貸すか、俺と敵対して他種族を排除すると宣言しているリディアに味方するか」


 絶句したように三人は黙り込む。

 考える時間を与えて返答を待っていると、商会の代表が手を上げた。


「リディア様が本当にそう言ったという証拠はございますか?」

「ない。だが人間と他種族の確執を広げるような攻撃を受けているのは事実だ。俺ならそんな手は使わない。一度広げた確執は修復が大変だからな」


 暗に、修復するつもりがない証拠だと訴えかける。

 これに関してはオーウェル子爵代行の攻撃である可能性が高いが、俺はそれを承知の上でリディアが危険であると証明するために利用した。

 リディアがそう言ったのは事実だからな。


「分かりました。では、私がこの場であなたに付くと宣言いたします」

「――アレン様の言うことを信じるのか?」


 商会の代表に問い掛けたのは、商業ギルドの代表だ。ずいぶん顔色が悪いことから、少しでも判断材料が欲しいんだろう。


「そうですね。この町の種族問題を煽るような噂が流れているのは掴んでいますから」

「だが、弾圧して追放しないという可能性もあるではないか」

「まぁ……そうかも知れませんね。リディア様のはったりという可能性もあるでしょう。ですが、私にとってそれは重要じゃありません。アレン様の工房に興味があるんです」


 商会の代表は笑って、俺へと茶目っ気のある視線を向けた。


「あなたに味方をすれば、一枚くらい噛ませていただけますよね?」


 この男だけは、最初から他の二人とは反応が違っていた。おそらくは協力を求められることも予想の範疇で、その見返りまで考えていたんだろう。


「名前をもう一度聞かせてくれるか?」

「私はレリッシュです。今度は……忘れないでいただけますか?」

「重要な取引をする相手の名前だ。忘れるはずがないだろ?」


 レリッシュと握手を交わす。


「ちょ、待て! どういうことだ? 工房? なんだ、それは!」

「アレン様が作らせている工房ですよ」

「俺は聞いてないぞ。まさか、それもイヌミミ族にやらせているのか?」

「おやおや、イヌミミ族の区画にあるのは事実ですが、人間や他の種族も雇い入れているはずですよ? 他種族の区画だからと調べていなかったんですね」


 他種族と手を取り合っていた方が得――というか、いままさに、手を取り合っていなかったがゆえに損をしそうになっている。

 商業ギルドの代表は顔が真っ赤に染まる。


「ぐぬぬ……アレン様。自分もアレン様に味方します。ですから、その工房に人間の商業ギルドも関わらせてください!」

「良いだろう。他の種族と協力するというのなら、仕事を割り振ってやる」

「ありがとうございます! 一生あなたに付いていきます!」


 ……チョロイ。

 いや、俺の意見を取り入れて、利益を優先したと評価するべきか。なにはともあれ、これで商業ギルドも堕ち、残すは農業ギルドだけだ。


「……わ、私は、ほ、他の二人が味方に付くというのなら……その、味方します」


 寂しがり屋かっ!

 いやまあ、人間達の代表とも言える有力者である三人のうち、二人が俺に味方している状況で、自分達だけ敵対してもなんの得にもならないしな。


「心配するな。農業も発展できるように最善を尽くす予定だ」


 そんな感じで、人間達の代表を味方につけることは出来たが、人間達の意識を変えたわけじゃない。彼ら以外の人間は、いまだにイヌミミ族がひいきされていると思っている。


「おまえ達に最初の要望だ。オーウェル子爵領に対抗するためにはジェニスの町が一つに纏まる必要がある。だから、まずは人間達の意識を変えてくれ」

「意識を変える……ですか。それはどのような手を使っても?」


 レリッシュがなにやら不穏な発言をした。


「……どのような手でもというのはどういうことだ?」

「オーウェル子爵領より攻撃を受けているという噂を流し、団結を促すとか、です」

「……ふむ。さじ加減を誤らなければ有効そうだな」


 他国と戦争が起きれば国内が纏まるというのはよくある話だ。そう思ったのだが、農業ギルドの代表が否を唱えた。


「私は反対です。この町にはエルフが住んでいますから」

「……どういうことだ?」

「失礼ですが、エルフについてはご存じですか?」

「一般常識の範囲でなら知っている。長寿で、本来は森で暮らす妖精族だろ」


 耳が長いのが特徴で、非常に美しい外見を持つ妖精族。人間の何倍、何十倍も寿命があると言われている。


「その通りです。そんな長寿の彼らが、この町には古くから住んでいます。数は少ないですが、様々な重役に就いていて、人間への影響力もかなりのものだと認識しています」

「……なるほどな。長寿ならそう言うこともあるだろうな」


 いくら種族間の関わりが少ないとはいっても、皆無というわけじゃない。長い寿命を持つエルフであれば、様々なギルドに顔が利くなんてことも十分にありうる。


「だが……それが、オーウェル子爵領と敵対している噂を流すこととどう関係があるんだ?」

「ご存じありませんか? かつてこの地に流れてきたエルフ達の王女が、オーウェル子爵領へ嫁いだという伝承があるんです」

「……ほう?」


 この地に流れてきたエルフ達の中にエルフの王族がいた。その王族の娘が、オーウェル子爵領へと嫁いでいったという伝承だそうだ。


「人間にとってはもう何世代も以前のことなので真実を知る者はいません。ですが、エルフにとってはそうじゃない。確認せずに対立は避けるべきでしょう」

「……たしかに。お前の言うとおりだな、良く教えてくれた」


 少数ながらも、この町に対してそれなりに影響力を持つ種族。そんな彼らの王族が本当にオーウェル子爵領にいるのだとしたら、エルフが敵に回るかも知れない。

 可能であるなら避ける、それが不可能でもなんらかの対応は必要だ。


「分かった。エルフには俺が確認を取る。おまえ達は人間を纏めておいてくれ」


 エルフに確認を取り、まずは事実かどうか確認する。そのうえで、今後の対応を決める必要があるだろう。俺はやるべきことの多さにため息をついた。

 

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