異世界姉妹と始めるプロモーション 6

 塩の横流しについての交渉や、パーティーに出席しての美容品の布教活動。わずか数週間に俺はあちこちへと走り回った。

 だが、今後もやることは目白押しだ。塩は在庫が尽きる前に手に入れる手はずが付いたいま、反撃の準備に取りかかる必要がある。

 そんな風に考えながら屋敷へと帰還すると、フィオナ嬢が俺を出迎えたのだが――


「お帰りなさい。アレン兄さんは私の水着を見たくない?」


 一瞬なにを言われてるのか分からなかった。言われた内容を反芻して、帰宅の挨拶とともに、水着を見たくないかと聞かれたことを理解する。

 でも、やっぱり意味が分からない。


「……水着ってなんだ?」

「平民――のあいだで流行っていた服のことだよ」


 平民という下りでわずかな含みを感じたのはたぶん、前世の平民という意味だろう。ということは、平民の流行に変化を起こすとか、そういう計画だろうか?

 影響力が大きいのはもちろん貴族だが、平民の方が圧倒的に人口が多い。彼らの流行に変化をもたらすことができれば、その発信元であるジェニスの町の影響力も高まる。


 水着がどういうものかは分からないが、水辺で着ると言う名称から考えると水辺で作業するのに適した服かなにかだろう。

 見てみる価値はある。

 そう思って言われるままに街外れの川辺へとやって来たのだが――


「……それが水着なのか?」


 待ち合わせの場所にやって来たフィオナ嬢とクリス姉さんは、全身を覆うローブを身に着けていた。なんだろう? 水を弾く仕様だったりするんだろうか?

 見るからに暑そうなんだが……


「あら、これは水着じゃありませんわ。水着は――これです」


 フィオナ嬢がローブをふぁさりと脱ぎ捨てる。その下には透き通るように瑞々しい肌。胸元や腰は布が覆っているが、ほとんど裸も同然だった。


「な、なななっ。なんで下着姿なんだよ!?」

「あら、これは下着じゃありませんわ、水着って言ったではありませんか」

「……み、水着? それが……?」


 あらためてフィオナ嬢の肢体に目を向ける。

 豊かな胸を覆う布地は心許なく、腰を申し訳程度に隠すスカートは短すぎて、その下に履いている下着が見えている。


「……それが水着、なのか? 下着が見えてるんだが……」

「それも含めて水着ですわよ」


 ……うぅむ。たしかに下着とは作りが違うみたいだけど、むしろ下着よりも生地が薄いんじゃないか? なんだ? どうなってる? 俺は誘惑されてるのか?

 深窓の令嬢と呼ぶに相応しい容姿の持ち主が、下着姿同然で川辺にたたずんでいる姿は物凄いインパクトがある。

 これが誘惑であるのなら効果は抜群だが、フィオナ嬢はクリス姉さんも連れている。そもそもここは川辺だ。この状況で俺にどうしろと?

 なんだこれ、どういう状況なんだ?


「えっと……その水着? それを着て、一体なんの作業をするんだ?」

「……作業? あぁ、それは誤解ですわ。水着というのは、基本的には水遊びをするときに着る服のことですから」

「……水遊びで着る服で水着?」


 なる、ほど……?

 お湯を沸かすなんて贅沢が出来ない平民は、代わりに水浴びをすることが多い。

 男女関係なく裸同然で一緒に水浴びをするなんて話も聞いたことがあるので、下着代わりの服と考えれば、非常識なデザインというわけでもない。


 だが……そんな服をどうするんだ? この世界の平民のあいだに広めるのか? そもそも、何故フィオナ嬢がそれを着る必要がある?

 ダメだ、思考がまともに働かない。


「ええっと……すまない。その水着を何故フィオナ嬢が着てるんだ?」

「アレン様が興奮するかなと思いまして」

「それはもちろん興奮――は? ええっと、それだけ、なのか? 平民のあいだで流行を作ろうとか、それによって影響力を高めようとかではなく?」

「……コテリ?」


 こいつ、コテリって口で言って首を傾げやがった。

 俺は思わずこめかみに青筋を浮かべる。


「ふふっ、そう怖い顔をしないでください。ちゃんと意味はあるのですから」

「……本当だろうな?」


 疑いの眼差しを向けるが、フィオナ嬢はそれを涼しい顔で受け止めた。


「先ほどは否定しましたが、平民の流行を作れたら良いなとは思っています。ただ、それはあくまで蛇足で、今回この場を用意したのはアレン様のためですわ」

「……俺を誘惑するため、とか言わないだろうな?」

「誘惑、されてくれたんですか?」


 こちらを見透かした態度に、俺は舌打ちをして視線を逸らした。


「ふふっ。水着はちょっとした遊び心ですけど、この場を用意したのは違う理由です」

「………………」


 無言で疑いの眼差しを向ける。


「本当ですわよ。アレン様が最近はずっと根を詰めていらっしゃったので、少し息抜きをしてもらおうって、クリスさんと話し合ったんです」

「そう、なのか……?」


 クリス姉さんなら嘘は吐かないだろうと視線を向ける。

 いま思ったけど、クリス姉さんもローブ姿なんだよな。しかも、さっきから黙りこくってるし、よく見るとその頬が赤く染まっている。


「……姉さん」

「な、なにかしら?」

「もしかして、そのローブの下は……?」


 クリス姉さんは無言でこくりと頷いた。

 どうやらフィオナ嬢と同じような恰好をしているらしい。


「ええっと……無理しない方が良いぞ?」

「――違いますわ、アレン様」


 気遣う俺に、何故かフィオナ嬢からダメ出しが飛んでくる。おまえはもう黙ってろと言いたいところだが、念のために聞いておこうと続きを促す。


「女性が肌を晒すのは恥ずかしいものです」

「……だから、無理をするなって言っただろ?」

「違います。恥ずかしくとも、見られたくないわけじゃありません。だからこそ、恥ずかしい気持ちを押して見せて欲しいと、アレン様が言ってあげるべきなんですわ」

「……おまえはなにを言っているんだ?」


 色々とツッコミどころが多すぎる。

 だけど、言われてみるとクリス姉さんはローブ姿だ。本当に見せたくなければ、水着とやらを着てここまで来たりはしないだろう。

 年頃の女性だし、新しい服を着て可愛いと言われたい願望くらいはあるのかもな。


「クリス姉さん、もし嫌じゃなければ……見せてくれるか?」

「えっと……ア、アレンがどうしてもって言うなら……?」


 フィオナ嬢がクリス姉さんの後ろで、そこだよ、どうしてもって言うんだよ! 的なジェスチャーをしていて邪魔なんだが……


「どうしても、だ」

「ど、どうしても、見たい……の?」

「せっかく着てきたんだ。クリス姉さんが嫌じゃなければ見せてくれ」

「~~~っ。も、もう、アレンは仕方ないわね……っ!」


 仕方ないもなにも、そういう流れだった気がするんだが――と言わないのが甲斐性だな。なんて余裕を持って考えていられたのは、クリス姉さんがローブを脱ぐまでだった。


 フィオナ嬢に負けず劣らずの純白の肌。豊かな胸の谷間を惜しげもなく晒す水着を身に着けながらも、モジモジとする姿は破壊力がありすぎた。


「ね、ねぇ、アレン。どう、かしら?」

「あ~その、綺麗だとは思うぞ。ただ……」


 俺が言葉を濁すと、クリス姉さんが瞳を揺らした。

 あぁ、なにやってるんだ俺は。

 そんな風に言葉を濁したら不安がるに決まってるじゃないか。


「――ただ、他の奴には見せて欲しくないって思ったんだ」

「……も、もう。アレンのばか。ここにはあたし達の他には誰もいないじゃない」


 クリス姉さんははにかんでローブを肩に掛けた。軽く羽織っただけなので、正面にいる俺からは変わらず瑞々しい肢体が見えている。

 だが、向き合わなければ水着姿は見えない――つまりは俺にしか見せないって意思表示だと気付いた瞬間、顔がかあっと熱くなる。


「えっと……その、ありがとう?」


 いや、ありがとうってなんだ。いかん、なにを言ってるか分からなくなってきた。相手は義理とはいえ姉さんだぞ、落ち着け。

 深呼吸をして精神を落ち着かせていると、フィオナ嬢が俺を見ていることに気付いた。


「……なんだよ」

「いえ、他の奴に見せたくないって、わたくしには言ってくださらないのかなって」

「おまえは好きにしろ」

「酷いですわっ」


 お嬢様口調のまま酷いとか言っても説得力がない。

 そもそも、前回のパーティーで無防備なのは俺に対してだけってことが発覚してるのだ。いちいち口出ししなくても、他の奴に見せるとは思えない。


「でもまぁ……綺麗だとは思うよ」

「えっ?」

「いや、褒めてなかったなと思って」

「そ、そうなんだ。えへへ……」


 本気で嬉しかったのか、無邪気な本性が顔を出した。褒められ慣れてるだろうに、兄に褒められてその反応はどうなんだろうなぁ。

 いやまぁ、それを言うならクリス姉さんも似たようなものだな。


 しかし……前世の妹と今世の義姉か。血縁関係にないとはいえ……いや、ないからか? 二人のこんな姿を見せられて、どんな反応をすれば良いのか悩ましい。


「話を戻すけど、俺の息抜きとか言ってたよな。これからどうするんだ?」

「水辺で涼みながら、お昼にしようかと考えています」


 フィオナ嬢がバケットを開ける。

 どうやら、サンドウィッチを持ってきたようだ。


「フィオナ嬢が作ったのか?」

「ええ、クリスさんと一緒に作りました」


 フィオナ嬢は前世の行動から料理をしても不思議じゃないが、クリス姉さんが料理をするのはちょっと意外だと視線を向ける。


「な、なによ? あたしだって、野菜を切るくらいは出来るのよ?」

「なるほど……」


 しかし、二人の手作りサンドウィッチと言うのは悪くない。川辺に布を敷いて三人並んで座り、少し遅めの昼食を食べることにした。

 たまには、こんなのんびりした日があっても悪くない――と、そんな風に考えながら、久しぶりにのんびりとした時間を過ごした。



 その後、屋敷に戻るとカエデが俺を出迎えた。


「アレン様、折り入ってお話があるのですが、いまはお時間、よろしいですか?」

「ああ、ちょっとだけ待ってくれ」


 カエデに待ったを掛けて、一緒に帰ってきた二人へと視線を向ける。


「フィオナ嬢、今日はありがとう」

「息抜きになりましたか?」

「ああ。言われるまで気付かなかったけど、おかげで気分が楽になったよ」


 張り詰めているときというのは大抵、自分が疲れていることに気付かない。なにかのはずみで一気に疲れが出ることも珍しくない。

 フィオナ嬢が気遣ってくれなければ、どこかで緊張の糸が切れていたかも知れない。


「クリス姉さんも気遣ってくれてありがとうな」

「べ、別に気にしなくて良いわよ。あたしは、あなたの部下だもの」

「それでも、ありがとう」

「……もう、気にしなくて良いって言ってるのに、ばか」


 クリス姉さんは少し顔を逸らし、だけど視線だけは俺を見ている。意外と素直じゃないところがあるけど、それが逆に可愛いと思う。

 ――って、違う違う。カエデを待たせてるんだった。


「お待たせ。どこで話を聞こう?」

「アレン様の執務室でお願いします」


 俺を見るカエデの表情が初めて会ったときのように硬い。

 なにやら厄介事が発生したみたいだな。

 

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