異世界姉妹と始めるプロモーション 4

 パーティーに出席した俺は、外堀という尊い犠牲を払いながらも塩の確保に成功し、美容品の布教活動にも成功。ジェニスの街へと帰還した。

 だが、アストリー侯爵家から流してもらう塩は石鹸の原料として使う予定だったもの。その全てをジェニスの町へ流してもらうわけには行かない。

 ゆえに、今度はクリス姉さんを連れて、俺はウィスタリア伯爵家のお屋敷へとやって来た。


 屋敷に到着した俺は、使用人を通して父上に面会の依頼を出す。少ししたら手が空くとのことで、待っている間にメイドがバームクーヘンと紅茶を届けてくれる。

 本来であれば、お茶菓子を置いてすぐに下がるはずだが……メイドは下がらず俺を見た。


「どうかしたのか?」

「……実は、アレン様に折り入ってお願いがございます。本来、メイドの立場でこのようなことを口にするべきではないと理解しているのですが……」

「構わない。なにかあるのなら言ってくれ」

「では僭越ながら。このバームクーヘンのことです。実は料理長が……その」


 言い淀む態度から、なんとなく事情を察する。それこそ寝る間も惜しんで、バームクーヘンをクルクルと回しながら焼いているのだろう。


「もしかして、作るのを嫌がっているのか?」

「い、いえ、そんなことはございません! ただ、最近無理をしているようで、日に日に体調が悪化しているように見受けられます。このままだといつか倒れるかも知れません」

「そうか、ならちょうど良かった」

「……良かった、ですか?」


 メイドがメイド服の裾をきゅっと握り締めた。


「誤解をするな。ちょうど解決策を持ってきたという意味だ」

「も、申し訳ありません」


 非難がましい態度を俺に見られたと気付いたのか、メイドは深々と頭を下げた。


「気にするな。これから父上に話す案件なので詳細は言えないが、心配しなくて大丈夫だとだけ伝えておく。なんなら、おまえの口から料理長に伝えてやれ」

「え、いえ、その……はい」


 今度は違う感じでメイド服の裾をきゅっと握り締めた。思わず俺の前で非難がましい態度を取ってしまうくらいだ。もしかしたら、そう言うことなのかも、な。

 メイドを見送ると、クリス姉さんが「ねぇねぇ」と袖をつついてくる。


「なんだ?」

「あのメイドが料理長を好きだって知ってたの?」

「いや、もしかしたらそうかなって思っただけだ」

「なぁんだ。アレンがメイド達の井戸端会議にまで耳を澄ませてるのかと思っちゃったわ」

「そういうのは他の奴に任せてるからな」


 使用人はもちろん、平民の噂や不満なんかは意外と重要だ。だからアオイに噂を集めさせているし、レナードには使用人達の声を集めさせている。

 だが、使用人の色恋沙汰までが俺のところに上がってくるはずもない。


「そういうクリス姉さんはどうなんだ?」

「カレンに集めさせているわよ」

「え、色恋の噂までか? と言うか、カレンって、いまも姉さんについてるのか?」


 カレンは次期当主候補だったときのクリス姉さんにつけられたお目付役兼相談役で、クリス姉さんが次期当主候補を辞退してからは父上の所属に戻っていたはずだ。


「相談役ではなくなったんだけどね。いまもあたしに情報を流してくれてるのよ」

「……ふむ」


 ロイド兄上の一件で、クリス姉さんを気遣う彼女の表情を覚えている。相談役でなくなっても情報を流してくれるほどにクリス姉さんを慕っているのなら、ぜひとも引き抜きたい。

 ただ、カレンは父上の部下だし、いまのクリス姉さんは俺の部下だ。クリス姉さんの立場からは、慕ってくれているから雇う――とは言えないだろう。


「なんなら、俺から父上に交渉してみようか?」

「え、だけど……」


 緑色の澄んだ瞳を揺らす。だが、その瞳の奥には期待が滲んでいる。自分から言い出せずとも、カレンを自分の下で働かせたいと願っていたのだろう。


「クリス姉さんの能力アップは、俺にとって重要なことだから遠慮する必要はないぞ。父上がどう答えるかは分からないけどな」

「えっと……それじゃ、お願いしようかしら」

「ああ、任せておけ」



 それからほどなく、時間が空いたという父上の元に二人で執務室へと向かった。父上は厳めしい顔つきで書類にペンを走らせていたが、不意にペンを置いて顔を上げた。


「来たか。話があるそうだな?」

「ええ。お忙しいようですからさっそく用件に入らせていただきます」


 クリス姉さんと並んで父上の前に立ち、ジェニスの町の近況について報告する。リディアがどうのという話は省き、塩の輸出が止められていることを伝える。


「――これがジェニスの町の現状です」

「塩のことは聞き及んでいる。おまえのことだ、泣きつきに来たわけではあるまい。なにか、わしと取引をしたいと言いに来たといったところか?」


 父上は俺が報告するまでもなく知っていたのだろう。だから、俺がここに来た理由も理解している。話が早いと、俺はニヤリと口の端を吊り上げて見せた。


「ときに父上、バームクーヘンの量産に躓いてはいませんか?」

「……ほう」


 父上の目がギラリと光った。バームクーヘン作りには手間が掛かることを既に把握している。そのうえで、俺が解決方法を持ってきたのだと察したようだ。


「おまえはその対価になにを求めるのだ?」

「塩を横流ししていただきたい」

「予想通りではあるが……量によるとしか言えぬな」

「オーウェル子爵領から塩を買い増しするのは難しいですか?」


 アストリー侯爵家の場合は石鹸の件があるため、オーウェル子爵家と争うのは避ける必要があった。だが、ウィスタリア伯爵家には関係がない。


 塩をジェニスの町へ輸出しないように制限するのが可能なのは、俺個人への攻撃であればウィスタリア伯爵家が動かないという前提があるからだ。

 だが、父上がその気になれば、報復することも可能だ。オーウェル子爵家も同じくらい痛手を負うことを考えれば、ウィスタリア伯爵家の要請に逆らうとは思えない。


 だから問題は、オーウェル子爵領と争うほどの価値を俺が示せるか否か。バームクーヘンの一件は、その価値に十分見合うと考えていたのだが――父上の反応は鈍い。


「可能か不可能かで言えば可能だ。だがわしは、オーウェル子爵領と敵対する行為は極力避けるべきだと考えているのだ」

「……オーウェル子爵代行がそれほど危険だと?」

「違う。あれは降って湧いた幸運に浮かれているだけの小物だ」


 父上らしいと言えばらしい答えだが、あの男と会った後では驚くような評価じゃない。だが、それならば何故、オーウェル子爵領との敵対を避けようとするんだ?


「ふむ。おまえはまだ掴んでいないようだな」

「オーウェル子爵家に、父上を警戒させる者がいると言うことですか?」

「その通りだ。その者が何者かわしの口から教えるつもりはないが、わしも子供のころには色々な意味で世話になった。そやつがやられたらきっちりやり返す性格でな。わしが喧嘩を売られたのならともかく、そうでなければ敵に回したくない」

「父上がそこまで警戒する相手ですか……」


 次期当主レースのあいだに限って、ジェニスの町の問題はウィスタリア伯爵家と分けて考える。その法則は理解していたが、利を示せば味方してくれるとも思っていた。

 父上がここまで警戒する相手がいるのは計算外だ。子爵代行が相手であれば楽に相手取れると思っていたが……警戒する必要がありそうだな。


「事情は分かりました。では、父上が動いていると悟られない範囲で塩を横流ししていただく方向でいかがでしょうか?」

「ふむ……ジェニスの町で消費する塩の三割でどうだ?」

「ではそれでお願いします」

「……それで対処できるのか?」


 自分で提案しておきながら、父上は困惑する素振りを見せる。おそらく父上は俺がアストリー侯爵家に出向いたことも、そこで塩の横流しを頼んだことも知っている。

 だが――アストリー侯爵が塩の輸入量を徐々に増やしたことまでは気付いていない。だから三割ではこちらの要求に届かないと思っていたのだろう。


 だが実際は三割をまかなえれば、石鹸の工房を少々ながらも稼働できる。

 どうやら、初めて父上の情報収集能力を上回ることが出来たようだ。この分なら、オーウェル子爵代行はもちろん、リディアも察知していないだろう。俺一人ではなしえなかった。

 父上に驚く顔をさせた仲間達を誇らしく思う。


「俺の仲間達は優秀なんです」

「……ふっ。そのようだな」


 何故か笑われてしまった。

 だけど、仲間の優秀さを否定されたような感じじゃない。なんで笑われたんだろうと首を傾げていると、横で黙って話を聞いていたクリス姉さんまでもがクスクスと笑う。


「……なんだよ?」

「アレン、気付いてないの? さっきのあなた、まるでおもちゃを自慢する子供みたいな顔をしてたわよ?」

「む……そんなこと、ない……ですよね?」


 同意を求めるが、父上はにやけた顔をしている。それ自体が答えのようなものだ。どうやらこの件については俺の分が悪い。


「と、とにかく、塩は三割で問題ありません」

「良いだろう。ではその対価である、バームクーヘンを量産する方法を教えてもらおう」

「ええ、もちろんです。――クリス姉さん」


 俺が合図を送ると、クリス姉さんは外に控えていた使用人からバームクーヘンをクルクル回すための魔導具を運び込ませる。

 それを見た父上は、なにやら難しい顔をした。


「それは……なんだ? いや、バームクーヘンを焼くための芯であることは分かるが……そこに取り付けられているのは魔導具、なのか?」

「ええ。これはアレンに頼まれて、あたしとフィオナさんで開発した魔導具です。魔石を使って魔力を流すと……こんな風に芯が指定した速度で回ります」

「ふむ。そうか、魔導具か……」


 父上はやはり難しい顔のままで、俺はクリス姉さんと顔を見合わせた。


「父上、なにか問題がありましたか?」

「ん? あぁ……いや、問題はない。ただ、わしには魔導具を平民のために使うという発想はなかったからな。料理人の手間を魔導具で解決しようとしたことに驚いていたのだ」

「なるほど。たしかにクリス姉さんも最初はそう言っていましたね」


 新しい魔導具を開発できるのは、魔術師の中でも高度な教育を受けたものだけ。つまりは大半が貴族で、魔導具は貴族が優雅に暮らすための道具との認識がある。

 父上の認識はそれと大差がないようだ。


「ですが父上、バームクーヘンを作るのは平民でも、それを扱うのは貴族です。平民あっての貴族だと考えれば、ごく自然な選択だと思いませんか?」

「……たしかに、お前の言う通りだな」


 どうやらいまの言葉だけで理解してくれたようだ。父上は貴族としての固定概念は持ち合わせていても、あらたな考えに対応する柔軟さは持ち合わせている。

 さすがはウィスタリア伯爵家を支える当主といったところだな。


「それで、これでどのくらい効率が上がるのだ?」

「即座にという意味であれば、料理人の負担を減らすことによって稼働効率が上がる程度でしょう。ですが、二、三倍にすることも不可能ではないかと」


 クルクル回す作業を魔導具で均一化すれば、料理人が付きっきりでいる必要はなくなる。それに作業が簡略化されることで、料理人でなくとも作業が手伝えるようになる。料理人の監視のもと、複数の人間にバームクーヘンを焼かせることも可能だ。


 もちろん、信頼できる者を集めるという課題は残るが、信頼できる者であり、なおかつ高度な料理の技術を持つ人間を集めるよりは遥かに簡単だ。使用人を使うことも出来る。

 少し準備をすれば、すぐに生産量を二、三倍にすることは出来るだろう。


「ふぅむ。作業を簡略化し、見習いのような者に手伝わせるというのか。それならばたしかに作業効率は上がるだろう。……よく思いつくものだ」

「ありがとう存じます。ですが、そこまでの魔導具はクリス姉さんがいなければ作れませんでした。作業効率を一気に引き上げられるのはクリス姉さんのおかげです」

「……そうか、クリスにはそのような才能があったのだな。だが、その才能を見いだしたのはおまえの手柄だ」

「ありがとうございます」


 出来ればクリス姉さんが二十歳になったら政略結婚をさせるという話も撤回してもらいたいところだが――焦りは禁物だな。

 少なくとも今回の件で、クリス姉さんの重要度は上がったはずだ。


「ところで、その魔導具はいかほど用意してあるのだ?」

「いますぐというのであれば二つ。それ以上となると、少々時間をいただくことになります」

「……では、設計図を渡してもらうというのはどうだ?」


 予想通りの要求――だが、これに限っては頷くわけにはいかない。


「申し訳ありません。この設計図はお渡し出来ません。少し調べれば予想は付くのでお話しいたしますが、この魔導具には特殊なデバイスを使っているんです」

「……特殊なデバイス、だと?」

「ええ。この魔導具は、回転の速度を制御できます。ですが……父上。灯りの強さを制御できるような魔導具に心当たりはありますか?」

「聞いたことはある。たしか、魔力消費効率があまりに酷くて実用には至らないと――っ」


 気付いてくれたようだ。

 従来の魔導具は魔法陣が一つで、起動するかしないかの二択しか存在しない。それを無理矢理制御しようとすると、魔力の消費効率がとてつもなく悪くなる。

 だが、クリス姉さんの開発したデバイスは魔法陣を二つ刻むことが出来る。それを駆使することで、魔力の消費効率を落とさずに出力の調整が可能になるのだ。


 しかも、かなり複雑な設計であるため、設計図がなければとてもコピーは出来ない――とフィオナ嬢が言っていた。マルチタスクが可能なデバイスの価値は計り知れない。

 クリス姉さんはこの技術を俺に託してくれたけれど、塩の取引程度では絶対に渡せない。


「くくく……まさか、クリスにそこまでの才能があったとはな。それに気付かなかった自分の愚かさを恥じるばかりだ。いや、おまえを褒めるべきか……」

「返せといわれても返しませんよ?」


 ココンと釘を刺しておく。もちろん、その判断を下すのは当主である父上だが、いまの俺達には拒否するための取引材料がある。


「心配するな。許可を出したのはわしだ。今更それを翻したりせぬ。優れた才能を持つ人間を流出させたことは悔やまれるが……その相手がおまえであったことは幸いだ」


 クリス姉さんの価値は計り知れない。その事実が公になってしまった。

 あまりに優れた才能であるがゆえに父上の反応が分からなくて心配だったんだが、どうやらクリス姉さんの残留に交渉の必要はないらしい。


「才能ある人材の流出を嘆いているところになんですが、カレンをクリス姉さんにつけていただけませんか?」

「……あれがクリスに肩入れしていることは知っている。だが、わしが彼女を手放す理由にはならない。……まさか、それにも交換条件を用意しているというのか?」


 なにやら警戒されている気がする。別にごり押ししてるわけじゃなくて、父上が満足する条件を用意しているんだから問題ないと思うんだがな。


「ジェニスの町で水車なる物を作っていることはご存じですね?」

「うむ。もちろん、把握している。そして――既に研究させている」

「さすがですね。ではこちらの研究データと、水車の新たな使い道でいかがでしょう?」


 アストリー侯爵に見せたのと同じ模型を見せると、父上の瞳が徐々に見開かれていく。アストリー侯爵同様にその価値に気付いたようだ。掴みは完璧だな。


「おまえは……それだけの対価を差し出してまで、カレンを望むというのか? 考えようによっては、塩の対価よりも大きいではないか」

「ええ。カレンはクリス姉さんにとって必要な人材ですから」

「……くくっ。塩よりも重要だと言い切るか」


 俺は即座には答えなかった。その言葉を発する父上の瞳の奥に、俺の真意を見透かそうとする意思が映り込んでいる。質問に隠された真意に気付いたからだ。


 アストリー侯爵が最初に聞いた質問を父上はしてない。すなわち、いつまで横流しを続けるかという、最も重要な質問を、だ。


 全て察しているわけではないだろう。だけど……いや、だからこそ。父上は俺の真意を探ろうとしている。そして、俺はその真意を隠すつもりはない。

 塩の横流しを求めるのは短期間、それ以上の必要はない。

 なぜなら――


「父上には申し訳ありませんが、俺はリディアとオーウェル子爵代行を叩き潰します」


 俺が行っているのは防戦ではなく、カウンターを加えるための準備だから。そのことを俺が告げた瞬間、父上は大きく目を見開いた。

 オーウェル子爵領とやりあいたくないと言っていた父上にとっては望まぬ答えだったはずだ。にもかかわらず、父上は何故か目を細めて嬉しそうに笑った。

 それから、クリス姉さんへと視線を向ける。


「……クリス。あの日、アレンに付くと言ったおまえの判断は正しかったようだな」

「ええ、心からそう思いますわ、お父様」

「……うむ。カレンはおまえにやろう。好きに使うが良い」


 なにが父上の機嫌を良くしたのかは分からないが、どうやら上手くいったようだ。そんな風に思っていると、父上の視線が再び俺へと向けられる。


「アレンよ。そこまで言うのなら、オーウェル子爵代行を叩きのめしてみせろ。だが、手を出す以上、失敗は許さん。必ず成功させろ」

「――はっ。必ずや、期待に応えて見せます」

 

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