異世界姉妹と始めるプロモーション 2

「えへへ、兄さんと旅をするのも久しぶりだね」


 アストリー侯爵家へと向かう道中、フィオナ嬢はなにやらご機嫌だ。冒険者時代は色々な町へ旅をすることも多かったから、それが懐かしいんだろう。

 俺も冒険者時代を思い出して懐かしくなった。


 野営をしたときには昔のようにフィオナ嬢と狩りに出掛けようとしたんだけど、護衛達に止めてくださいと泣きつかれた。

 せっかく野鳥かなにかで夕食を彩ろうとしたのに残念だった。


 ちなみに、同行する護衛はジェニスの町で育てている兵士。勤勉で順調に実力を伸ばしている者達なのは承知しているけど、俺の護衛としては柔軟さが足りない。

 あんまり堅苦しいのは好きじゃないんだよな。


 彼らの意見が正しいのは分かっているけど、対外的な対応さえしっかりしていれば良いというのが俺のスタンスだ。レナードのように、ため口で話してくれるくらいがちょうどいい。

 そんなことを考えながら、俺は馬車にガタゴトと揺られていた。


「ぼーっとして、悪路で揺れる私の胸を見ているの?」

「見てねぇよ」

「このままだと胸が痩せちゃうかもしれないから、支えてくれても良いんだよ?」

「支えねぇよ」


 溜息交じりにあしらってやると、フィオナ嬢が不思議そうに首を傾けた。


「反応にキレがないね。どうしたの? 疲れてる? おっぱい揉む?」

「揉まねぇよ! 俺がいつまでも巨乳に弱いと思うなよ」

「またまたぁ。そんなこと言って、ホントは目が離せなくなってるくせに」

「馬鹿め。俺の周りにいるメンバーを思い出してみろ」


 フィオナ嬢の他にも、クリス姉さんとカエデがいる。俺の周囲の平均バストサイズが上がっているので、巨乳耐性もSランクくらいに上がっているのだ。

「むぅ……兄さんのくせに生意気な」

「ふっ、勝った」

「負けちゃった……と見せかけてチラッ」

「――なっ!?」


 フィオナ嬢が下乳のあたり、横に走るギャザーに指を差し入れて下に引いた。ギャザーの下にはスリットが開いていたようで下乳がちらりと見える。

 馬鹿な、そんなところにスリット……だと。


「……やっぱりダメじゃない」

「うぐっ。い、いまのはずるいぞ! そんなの見せられたら反応するに決まってるだろ!」

「つまり、普段はやせ我慢してるってことだよね?」

「ぐぎぎ……」


 小悪魔な外見詐欺っ娘め。ちょっと胸が大きくて綺麗だからって調子に乗りやがって。前世の妹のくせに生意気な。せいぜい悪路の振動で胸から痩せるがいい。


 心の中で悪態をつく。このときの俺は、馬車の揺れで痩せるどころか、運動不足になったフィオナ嬢が胸限定でちょっぴり太るなんて夢にも思っていなかった。

 ……だからなんだって話である。



 それはともかく、アストリー侯爵領に入ると明らかに馬車の揺れが小さくなった。心なしか馬車の速度が増している。街道整備の効果は確実に出ているようだ。


 ジェニスの町付近の街道も早く整備したい。それには資金を捻出する必要があるが――実のところあてはある。塩の問題も含めて纏めて解決する方法だ。


 だが、そのためには時間が必要だ。

 塩の輸出が止まったからといって、すぐに町の在庫がなくなるなんてことはないが、いずれは塩不足に陥る。反撃の狼煙を上げるには、いまの状況を凌がなくてはいけない。


 そのためにもアストリー侯爵家との交渉が不可欠だ。という訳で気合いを入れてやってきたアストリー侯爵家のお屋敷。到着するなり応接間に通されてお茶菓子で歓迎される。

 そうして一息入れたところで、アストリー侯爵が姿を現した。


 ただ最優先と言うだけでなく、細やかな気遣いに満ちている。自分の立場が上だとむやみに威圧してきただけのオーウェル子爵代行とは格が違う。

 父上が以前、アストリー侯爵家が没落寸前なのは当主が原因ではなく、ただ不幸によるものだと言っていたが……本当に素晴らしい領主だと思う。


「アレン殿、久しぶりだな」

「ええ、お久しぶりです、アストリー侯爵」

「おや、そこはお義父さん、ではないのかね?」

「ははは、さすがに気が早すぎるでしょう」


 内心で冷や汗を流しながら笑って受け流した。細やかな気遣いだけでなく、さり気なく外堀を埋めようとする能力にまで長けているとは恐ろしい。


「なにを言う。まだ婚約段階とはいえ、娘は既にそちらの屋敷に滞在しているのだ。そろそろ、ワシのことをそう呼んでも構わんのではないか?」

「それは……」


 不味い、この流れは不味い。

 フィオナ嬢、援護、援護しろ――と目配せをする。


「お父様、そんな心配をしなくとも、そのうちおじいちゃんになりますわ」


 誰がアストリー侯爵の援護をしろと言ったああああああああああああああっ! って言うか、それだとまるで、俺が既にフィオナ嬢に手を出してるみたいじゃないか!


「ほぅ、そうか。おじいちゃんか……悪くない」


 ほら、思いっきり誤解されてるじゃないか!

 ちくしょう、ちくしょう!

 いや待て、落ち着け。フィオナ嬢が誤解されそうなセリフを言っただけで、子作りをしていると明言したわけじゃないし俺は頷いてすらいない。


 つまり、将来的にこの話題を持ち出されたとしても、アストリー侯爵が勝手に勘違いしたという言い訳が出来る。

 フィオナ嬢もそれを見越して……言ったわけないな、たぶん。


「――それはともかく、さっそく本題に入りたいのですが」


 俺は強引に話題を変える。

 ここで追撃を掛けてくるのがいつものフィオナ嬢だが、今回はジェニスの町やクリス姉さんの命運が掛かっているからか「それもそうですわね」と乗ってくれた。


「ふむ……本題というのは塩の流通に関係することかね?」

「ご存じでしたか」


 リディアから宣戦布告をされてから、まだ何週間と経っていない。市場には影響が出ていない時期なのに……もう知っているとはさすがだ。

 ジェニスの町に独自の情報網を張り巡らせているんだろうな。


 こちらの弱みを知られたことで見切りをつけられる可能性は……ないな。幸か不幸か俺とアストリー侯爵家はもはや切っても切れない仲になっている。

 ……婚約の破棄が難しくなって喜ぶ日が来るとは思わなかった。


「オーウェル子爵家に悟らせない範囲で、塩を横流しして欲しいと言うことだな?」

「ええ。無茶は承知ですが――」


 俺の言葉を遮るように、アストリー侯爵は首を横に振った。断ろうとしているのかと思ったが、アストリー侯爵の表情を見てそうではないと理解する。


「……力を、貸してくれるのですか?」

「実のところ、ジェニスの町を維持するだけの塩を横流しすることは不可能ではない。石鹸に塩が必要だと知ったときから、必要になると思って少しずつ輸入量を増やしていたからな」

「……さすがですね」


 石鹸の原料に塩が使われていると知っても、塩水を電気分解して苛性ソーダを作り出すなんて、この世界の人間に分かるとは思えないと俺は油断していた。

 だが、アストリー侯爵は塩が石鹸の原料だと知られないようにしてくれていたのだ。


 たしかに、現段階では隠すべき案件だった。

 石鹸のコピーが出来なくても、今回のように塩の輸出を制限して圧力を掛けてくる可能性があった。リディアが知っていれば、そっち方面でも圧力を掛けてきたはずだ。

 今回は、アストリー侯爵の手腕に助けられた。


「そう言うことであれば話は早いですね。その塩をジェニスの町に流していただけないでしょうか?」

「ふむ。我が領地にある石鹸の工房はキミのものだ。だから、その工房に売る予定だった塩をジェニスの町へ流すのはやぶさかではない。だが……」

「ええ、分かっています」


 名目上、石鹸の工房は俺が所有していることになっている。

 だが、アストリー侯爵家に利益をもたらすことと引き換えに土地を借りた。そもそも、本来はフィオナ嬢の知識がなければ作れなかった。

 工房の本格稼働を遅らせるのなら、それに対する補填が必要だ。


「実はジェニスの町で水車なる物の開発に成功しました」

「うむ、既に聞き及んでいる。娘が提供した文献をもとに開発したそうだな。たしか、完成した暁には、うちにも技術提供をしてくれるという話だったな」


 塩の取引と引き換えというのではないだろうなと、遠回しに釘を刺される。


「むろん、その約束は違えません。それに、アストリー侯爵領に通常の水車はあまり必要がないことも分かっていますから」


 アストリー侯爵領の畑の多くには、水車を使うまでもなく水が流れ込んでいる。川よりも農地の方が土地が低い。おそらくはそういった場所を選んで町を築いたのだろう。

 これが、アストリー侯爵領で水害が多い理由だったりする。


 そんな事情もあり、アストリー侯爵は水車に魅力を感じていないようだ。だがそれは、水車の使い道が用水路に水を引くことだけだと思っているからだろう。


「実は水車には別の使い道があります。いえ、別の使い道を見出したというべきですね」

「……別の使い方、だと?」

「ええ。これをご覧ください」


 俺は職人に極秘裏に作らせた小さい模型を見せる。L字型に折れた丸い棒で、曲がり角はカバーを取り付けて中が分からないようにしてある。


「それは……なんだ?」

「これは棒の回転する角度を変える機構です」


 カバーの部分を手に持って片方の棒を回すと、中にある歯車が動力を伝達して、九十度違う角度に伸びている棒が回る。


「ほう……なかなか面白い道具だな。だが、それをなにに使うと……いや、水車か? そうか、水を上に持ち上げるほどの力が働いているのだ。その回転をなにかに利用できれば……」

「理解頂けたようですね」


 平静を装いながら内心で舌を巻く。まさかなんの予備知識もなしに、小さな模型一つでここまで思い至ると思わなかった。

 アストリー侯爵が不義理を働くとは思わないが、オーウェル子爵代行辺りならもはや取引する意味はなくなったとか言いそうだ。

 もっとも、オーウェル子爵代行なら、模型を見ても価値を見いださない可能性の方が高いし、俺の手札はこれで終わりじゃない。


「この仕組みを使って、小麦を挽いたりすることも出来ます」

「なるほど、なるほど。たしかにこれは画期的な仕組みだ」


 アストリー侯爵が物思いにふけるように黙り込んだ。この仕組みの使い道を色々と思い浮かべているのだろう。


 ただし、アストリー侯爵が思い浮かべているのはおそらく、川の流れに任せて回る水車の回転速度と力をそのまま使えそうな物だけのはずだ。

 歯車を変えることで、力の強さと回転速度を変換することが出来るとは教えてないからな。


 だが……その知識はまだ渡さない。あまり色々な技術を普及させると様々な問題が発生する。内職を失う者も出てくるだろうし、改革は慎重におこなわなくてはいけない。

 あと、水車や歯車が壊れやすいという欠点も残っているしな。


「水車の技術提供とは別に、この技術を石鹸の量産を遅らせる対価として提供いたします。石鹸の量産を遅らせる条件としては十分だと思うのですが……いかがでしょう?」

「十分だ――と言いたいところだが、事態の収拾にはどの程度の期間を予定しているのだ?」

「出来れば半年以内。遅くとも一年以内には片をつけるつもりです」

「それくらいであれば問題はないが……そのあいだになんとか出来るあてはあるのか? 行き着く先が破滅であれば、付き合うつもりはないぞ?」

「ええ。私の計画は――」


 ジェニスの町の塩問題を解決し、リディアやオーウェル子爵代行を叩きのめす計画を打ち明ける。最初は黙って聞いていたアストリー侯爵だが、徐々にその目をギラつかせていった。


「……なるほどな。恐ろしいことを考えるものだ。たしかにそれを為し遂げれば、アレン殿がオーウェル子爵代行を押さえることは容易いだろう」

「ええ。ですが……」

「分かっている。時間が必要だというのだな。我がアストリー侯爵家はアレン殿に全力で協力すると約束しよう」

「ありがとう存じます」


 交渉に応じてくれたアストリー侯爵と契約を交わす。

 これで勝利に必要な時間を手に入れることが出来る。ややもすれば荒唐無稽な話とも取られかねない。俺の計画に乗ってくれたアストリー侯爵に深々と頭を下げた。


「ところで、すぐにジェニスの町へ戻らなくてはいけないのかね?」

「そう、ですね。どうしてもというほどではありませんが……?」


 出来れば外堀を埋める作業には付き合いたくない。だが、色々と便宜を図っている以上は無下にも出来ない。そんな葛藤から曖昧な返事をした結果――

 ありがたくも、わりと面倒なことを頼まれた。

 

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