第19話 転生した前世の妹は意外と可愛い 2
捕らえた盗賊を尋問した結果、何者かに金と情報をもらい俺を襲うように指示されていたことまでは突き止めたが、黒幕にたどり着くことは出来なかった。
予想通りではあるが、簡単に尻尾を掴ませてはくれないようだ。
捕らえた盗賊達だが、犯罪奴隷としてジェニスの町の労働力にした。
貴族を襲った以上は処刑が順当だが、それだと俺達になんの得もない。盗賊による嫌がらせが嫌がらせではなく、労働力を与える結果になっている。
俺を襲わせた黒幕に、そう思わせるのが目的だ。
今後も警戒は続ける予定だが、盗賊を雇うのもただじゃない。俺達に労働力を与えていると思わせることが出来れば、ひとまずこの嫌がらせは止むだろう。
そんな俺の予想は当たったようで、それから数ヶ月は順調にことが進んだ。
ジェニスの町の工房では水車の試作品や、シャンプーやリンスの試作品が製作された。クリス姉さんの弟子はまだ見つかっていないが、研究も順調に進んでいるらしい。
ちなみに、同じ魔術師であるフィオナ嬢も研究に参加したようだ。最初はクリス姉さんと一悶着あったようだが、いまは仲良く研究を進めているそうだ。
そのうち、前世の国にあった魔導具も再現してくれるだろう。
ついでに、石鹸の試作品も完成した。アストリー侯爵――というよりその奥さんがいたく石鹸の出来映えを気に入ったようで、侯爵との取引は正式に締結された。
それによって、アストリー侯爵領内にある、ジェニスの町方面の街道整備も始まっている。
侯爵家領内と限定したのは、ウィスタリア伯爵領内の街道整備がまだだからだ。
あいにくジェニスの町にそんな資金はない。なのでこっちは、シャンプーやリンスの販売が軌道に乗ってからになるだろう。
なにはともあれ、ジェニスの町の運営は上手く進んでいる。そんな中、年に一度の定期報告の日が迫り、俺は父上の元へと向かった。
クリス姉さんは研究を続けるとのことで留守番だが、この数ヶ月はすっかり自由気ままな暮らしを手に入れたフィオナ嬢は同行を申し出てきた。
彼女の実力を知ったレナードは反対せず、むしろ当主に挨拶するのは賛成だという始末。気付いたら、完璧に外堀を埋められてしまっている気がする。
だが、いくらなんでもフィオナ嬢をいきなり父上に引き合わせることは出来ない。まずは定期報告のおりに俺が父上に許可を取り、あらためてフィオナ嬢を紹介することにする。
それを聞いたフィオナ嬢は、報告会が終わるまでは町で遊んでいると言い出し、本当に護衛も付けずに町へ遊びに行ってしまった。
前世では冒険者をしていたのでなんら不思議ではないが、いまの彼女は俺の婚約者であり、侯爵令嬢でもある。いくらなんでも自由すぎると思う。
……彼女らしいと言えばらしいんだけどな。
それはともかく、定期報告の日。
応接間へと顔を出すと、既にロイド兄上が席に着いていた。
「ふん、ようやくのご到着か。たいした成果も上げていないくせに、ずいぶんと余裕だな」
ロイド兄上は俺を見るなり悪態をつく。いわく、『俺が代官の地位を与えられたときは、最初の一年でもっと成果を上げた』とのことだ。
目に見える成果が全てじゃないことも分からないなら黙っておけば良いと思う。
「ロイド兄上は順調なんですか?」
「俺を誰だと思っている。今年は更に経済を成長させた」
「へぇ……どのような方法を使ったんですか?」
なんて、社交辞令として訪ねるが、その方法は知っている。町の税を下げて、周囲に迷惑を掛けまくっている政策のことだろう。
周囲の利益を奪っているんだから経済が活性化して当たり前だ。これで町の経済が落ち込んでいたら目も当てられない。
「ふん。手の内を明かすわけがなかろう。だが……そうだな。あのウォルトが、たしかに短期で経済を伸ばすのなら有力な方法だとお墨付きをくれたと言っておこう」
「そう、ですか……」
お目付役のお墨付きと聞いて一瞬だけ疑問に思ったがなんのことはない。
短期的に経済を伸ばすのなら有効――つまりは、長期的な視点での効果や、周囲へのあれこれを考えていないと暗に指摘されているのに、ロイド兄上が気付いていないだけだ。
なのに、得意げに笑うロイド兄上は滑稽以外の何物でもない。
「それより聞いたぞ。なにやら領内で盗賊が暴れ回っていたそうだな。しっかり統治できていないから、そのような無様なことになるのではないか?」
「ご心配なく。盗賊なら全て捕らえて犯罪奴隷に落とし、ジェニスの町の労働力として利用させてもらっていますから」
「……ふん。そうらしいな」
嫌がらせは痛くも痒くもない。むしろ利益になったと言ってやると、ロイド兄上の顔が一瞬だけ怒りに染まった。だが、すぐに取り繕った表情を浮かべる。
意外にも自制心を持ち合わせているようだ。
「そういえば連中、気になることを言ってましたよ。なんでも、自分達はジェニスの町近辺で盗賊行為をおこなえと、どこかの誰かに命令された、とか」
「ほう? それで、なにが言いたい?」
ニヤついたのは、追及されたら濡れ衣を着せるのかと言い返すつもりだからだろう。
証拠がない以上は追及できないのは分かってる。俺だって同じ失敗を繰り返すつもりはない。だから――俺もニヤリと笑ってやった。
「いやなに。もしそれが事実だとしたら、俺のもとに労働力を運んでくれた、どこかの馬鹿に感謝してやりたいと思いましてね」
「――なっ!?」
「おや、兄上、どうかしましたか? 顔色が真っ赤ですよ?」
馬鹿呼ばわりされたロイド兄上が怒りに拳を振るわせるが――言い返せるはずがない。俺が馬鹿にしたのはあくまで、俺に盗賊を差し向けたどこかの誰か。
それで文句を言えば、自分が盗賊を差し向けた黒幕だと認めるも同然だ。
ここには俺達のほかにも、父上の使用人も控えている。そんなところで俺を殺そうとしたと認めるも同然の発言をしたら言い逃れは苦しくなる。
それが分かっているから、ロイド兄上も即座には言い返してこない。
「……くっ。この……」
「どうしました? なにか問題でもありましたか? ロイド兄上も思うでしょう? 盗賊なんて不確かな連中を使う奴がいたとしたら、そいつは考えなしの大馬鹿だって」
「き……ぐっ。はぁ……。ふっ。盗賊を退治した程度で図に乗ったか。やはり、おまえのような無能は、ウィスタリア伯爵家に相応しくない。俺が当主になったら追放してくれる!」
ロイド兄上は握った拳を振るわせながらも、怒りを抑え込んだらしい。話が繋がっているようで繋がっていないことを捲し立てると、父上に報告に行くと立ち去っていった。
……残念、ここで我を失ってくれれば楽だったんだけどな。
「あれで人を貶めるのだけは上手いんだから厄介なものだな」
ロイド兄上が部屋から退出した直後、レナードが吐き捨てるように言った。レナードが俺以外に対して悪態をつくのは珍しい。相当腹に据えかねているのだろう。
だが、腹に据えかねているのは俺も同じだ。
ライバルであるクリス姉さんを蹴落としたことは、気に入らない遣り口だが、貴族にとって必要な駆け引きの結果だと思うことが出来た。
けれど、罪もない平民に危害を加え、他領の令嬢であるフィオナ嬢を巻き込んだ。ロイド兄上は人としてだけではなく、貴族としても越えてはならない一線を越えた。
「アレン。分かっていると思うが、あいつに負けるなよ? あいつは裏からおまえを殺そうとした。あいつが当主になれば、確実に俺達は消されるぞ」
いまや俺の安全だけじゃない。クリス姉さんやフィオナ嬢の安全も守る必要がある。それになにより、卑劣な男にウィスタリア伯爵家を任すわけにはいかない。
「分かってる。だが、今日の報告に限って言えば、負けるとは思えないな」
「ふっ。まぁ、そうだろうな」
レナードが相づちを打つ。その表情が笑っているのは、報告に向かったロイド兄上がどうなるか予想がついているからだろう。
自分の納める町の利益を上げるためだけに、ほかのウィスタリア伯爵家の町に被害を及ぼし、他領に対しても喧嘩を売るような行動を取った。対策を打っていたのならともかく、あの様子ならそれもない。今頃はお叱りでも受けていることだろう。
ほどなく、ロイド兄上は俺の予想通りに憔悴した顔で戻ってきた。自分のやらかしたミスを指摘されたのだろう。
そのロイド兄上が、俺を血走った目で睨みつけてくる。
「なんだその目は! 俺をそんな目で見るな!」
「そんな目と言われましても……急にどうかしたんですか? 自分の政策が上手くいっていると自慢していたじゃありませんか」
「く……っ。どうせレナード辺りに教えてもらって知っていたのだろう!」
「政策の内容ですか? もちろん報告は受けていましたよ」
「くっ。自分の力ではなにも出来ない無能が! まだだ。まだ終わったりはしない! おまえには絶対に負けないから覚えてやがれ!」
ロイド兄上はなにやら捲し立てて走り去っていった。
清々しいまでの捨て台詞である。
ロイド兄上が予想通りの評価を下されたことには一安心だが――少し緊張してきた。
冷静になって考えれば、ロイド兄上の評価が下がっても俺の評価が上がるわけじゃない。俺もこの一年弱で目に見えるような成果は上げてない。
長期的な利益を考えて動いた結果だが、父上にそれを理解してもらえるか分からない。
そんなことを考えていると、執務室へ来るようにと呼ばれた。俺はレナードに見送られ、父が待つ執務室へと足を運ぶ。
装飾は最小限で、実務を優先とした作りの内装で整えられた執務室。
そのシステムデスクの向こう側に、現ウィスタリア伯爵家当主にして俺の父上、ヴィクターがゆったりとした椅子に座っていた。
「数ヶ月ぶりか。元気そうでなによりだ」
「ご無沙汰しております、父上。そういえば、兄上がなにやら荒れていましたが?」
「ふむ。気になるか?」
「予想はついていますが、出来れば父上の考えは知っておきたいです」
「良いだろう。おまえもずいぶん苦労をしたようだからな。その顛末くらいは教えてやろう」
父上は前置きを一つ、ロイド兄上の評価について話し始めた。内容は主に、例の税率を下げたことに対するあれこれについてだ。
ロイド兄上は目先の利益に走って、周囲の者達に不利益を負わせた。とくに付き合いのある他領に迷惑を掛けたことは、父上がその埋め合わせをすることになったらしい。
つまり、ロイド兄上の失態の尻拭いを父上がおこなった。それはロイド兄上にとっての大きな減点となったらしい。
「痛みを覚悟の上での政策なら評価も変わったのだがな。あれはまったく気付かず、自分が利益を得ることと、おまえに嫌がらせをすることしか考えていなかった」
「……兄上が俺への嫌がらせを認めたのですか?」
思わず目を見張るが、それは早とちりだった。
「おまえが襲撃された件なら把握しているが、もちろんあやつは認めていない」
「フィオナ嬢も巻き込まれたのですが、お咎めはない、と?」
「そうは言っていない。事実かどうかはともかく、客観的に見てあやつの行動は怪しすぎるからな。ゆえに、あやつには大きな減点を与えた」
「……なるほど」
俺を助ける理由にはならないが、兄上の評価を下げる理由にはなったと言うことか。
予想していたよりもずっと、兄上の評価が下がっている。この調子なら、兄上が次期当主に選ばれる可能性は低そうだ。
そんな風に俺が安堵の息をついた瞬間、父上が俺を睨みつけた。
「勘違いするなよ。まだおまえを次期当主に決めたわけではない」
「それは……もちろん分かっています」
「いや、おまえは分かっていない。現状でおまえが結果を出しているのは事実だし、ロイドの評価が底辺なのも事実だが……わしはロイドの方が当主に向いていると考えている」
「……父上は、兄上の遣り口の方が好みなのですか?」
「いまのあやつではまるで話にならんがな。もう少し成長すれば、それなりの当主にはなるだろうと考えている」
ゾクリとした。
父上はむしろ、兄上のやり方を推奨している。兄上の行動に問題があるとすればそれは、周囲に気取られたことであると言わんばかりだ。
「質問を変えます。いまの俺のやり方ではダメだというのですか?」
「ふむ……それは難しい質問だ」
父上は寒気のするような圧力を引っ込め、あごを指で撫でつけた。
「おまえのやり方は実に理想的だ。おまえが長期的な利益を求めて、町の改革をおこなっていることも知っているし、将来が楽しみだとさえ思っている。おまえが一皮剥ければ、後世に名を残す当主となるだろう」
俺がもっとも心配していた点だけでなく、買いかぶりだと言いたくなるくらい評価されている。なのに、ロイド兄上の方が当主に向いていると言われては安心できない。
俺は胃が痛くなる思いでなにが問題なのかを尋ねた。
「貴族として見た場合、おまえは甘すぎるのだ。今は上手くいっているが、今後もそうなるとは思えない。ゆえに、おまえの評価は難しい」
「……なるほど」
結果だけを見れば、俺はクリス姉さんを味方に引き入れ、アストリー侯爵家と強い縁を結び、将来に向けて産業を始めている。
だが、クリス姉さんにバームクーヘンの作り方を教えたときも綱渡りだったし、アストリー侯爵領に石鹸の工房を作ったことは甘いと評価されてもしかたない。
たしかに、一歩間違えば俺はとっくに自滅していたかもしれない。
「父上。たしかに俺の行動は甘く、危うく見えるかもしれません。ですが、俺は勝ち目のない勝負をしたつもりはありません」
「ならばロイドに見事対抗して見せよ。他家にもロイドのような者はいくらでもいる。あやつすら下せぬようでは、そなたに次期当主たる資格はないと思え」
「ならば、今後の行動を以て証明してご覧に入れます」
父上と真っ向から睨み合う。
無言の圧力を掛けていた父上だが、不意に笑みを零した。
「そうか。不利を承知の上で自分の道を進むというのなら止める理由はない。おまえのやり方で見事、ロイドから当主の座を奪い取って見せよ」
「仰せのままに」
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