第18話 転生した前世の妹は意外と可愛い 1

「アレンっ! すまない、俺の失態だ!」


 馬車の客席に飛び込んできたレナードが説明もなしに謝罪を始める。こいつがここまで慌てるなんて初めてだな。


「落ち着け。まずは深呼吸だ」

「いや、それどころじゃないんだ!」

「だから、落ち着け。慌ててたら報告も出来ないだろ?」

「うっ。す、すまん……」

「気にするな。それで、なにがあったんだ?」


 屈辱にまみれた声で告げられたのは、十人軽く超える盗賊に囲まれていて、連れてきた護衛では対処できないという報告だった。


「一度殲滅しているから次はない、そもそも貴族を狙うはずがないと油断した。だが、少し考えれば分かることだった。連中がただの盗賊でないのならそんな理屈は通らない」

「まぁ……そうだな」


 平和な状況下で盗賊が発生することは珍しい。それに、普通の盗賊は貴族を襲ったりしない。報復のリスクが高すぎるからだ。


 だが、誰かが故意に発生させたのなら盗賊は何度でも発生するし、ただの盗賊でないのなら貴族を襲うことだってあり得ることだ。


「アレン、良いか、よく聞け。連中の要求はおまえの身柄だ。人質として身代金がどうのと言っているが、そんなはずはない。連中がロイド様の手先なら、この機会を逃すはずがない」


 外から大人しく出てこい的な怒鳴り声が響いている。ロイド兄上の手先なら、おそらくレナードの言うとおりだ。

 拘束された俺はロイド兄上の前に連行され、彼の前で無残に殺されるだろう。


 当初の予定では俺がわざと捕まって黒幕の前に連れて行かれ、そこに手勢を率いたフィオナ嬢が颯爽と駆けつけ、黒幕を現行犯で捕縛――するはずだったんだけどな。


 フィオナ嬢がここにいるので、応援は駆けつけてこない。

 俺がわざと連行されたあと、なんとかして拘束をといて一人で暴れる――というのは無理があるし、フィオナ嬢みたいな美少女が見逃されるかは微妙だ。

 と言うことで、盗賊はここで殲滅だ。


「アレン。俺達が時間を稼ぐ。だからそのあいだに、フィオナ嬢を連れて馬で逃げろ」


 レナードが決死の表情で言い放った。

 父上に仕えている身だから、おまえに忠誠を誓うつもりはない――なんて言っていたレナードが、いまは俺のために命を投げだそうとしている。


「アレン様はずいぶんと部下に慕われているんですわね」

「あぁ、俺もびっくりだ」


 フィオナ嬢の軽口に乗っかる。それから俺は護身用に持ってきた剣を手に取り、レナードへと向き直った。


「レナード、おまえの覚悟は受け取ったが、その案は却下だ」

「なぜだっ! ここにはおまえだけではなく、フィオナ様もいらっしゃるんだぞ! フィオナ様になにかあれば、ウィスタリア伯爵家の問題になるだろうが!」


 俺は思わずフィオナ嬢を見た。


「心配されてるの、俺じゃなくておまえっぽいぞ?」

「あら、アレン様のことも心配していると思いますわよ?」


 ため息をつく俺に対し、フィオナ嬢がクスクスと笑う。それを見ていたレナードがますます焦った顔をする。


「しっかりしてくれ、二人とも。落ち着いて現実を見るんだ」

「あぁ、いや。現実逃避してるわけじゃないから安心しろ。これは俺の思惑通りってわけじゃないが、予想はしていたから心配するな」

「……は? なにを、言ってるんだ?」


 レナードは困惑を滲ませる。俺の反応が予想外すぎて、俺が現実逃避している可能性を捨てられずにいるんだろう。


「いいか、よく聞け。さっきお前が言ったとおり、少し考えればこの襲撃は予測することが出来た。だから、俺はこの襲撃を予測していた」


 ロイド兄上がまさかそこまではしないだろうという思いが、レナードの予測を鈍らせたんだろう。だが、俺はロイド兄上と同じような人間を知っている。


 ロイド兄上が黒幕なら、一度盗賊が殲滅されたくらいで引き下がるはずがない。そもそも、俺への嫌がらせは成功していたのだから、もう一度やってくると思っていた。

 だから、俺はその対策として、兵士を引き続き商隊に同行させた。


 どの商隊に護衛が潜んでいるか分からない以上、相手も慎重にならざるを得ない。そんなとき、俺が最低限の護衛しか連れずに遠出をしたのなら――狙うに決まっている。


「そんなわけで対策済みだ。心配しなくて良いぞ」

「……待て、待て待て待て。対策済み? どういうことだ! 俺は聞いてないぞ!?」

「そりゃ言ってないからな」


 レナードは息を呑んで……続いて唇を噛んだ。


「俺は……おまえに信用されていなかったのか?」

「なんでそうなる。言ったら止められるって分かってたから教えなかっただけだ」


 俺は鞘から剣を抜いて、馬車から外へと降り立った。そうして周囲を見回すと、たしかに盗賊達に囲まれている。その数はおよそ十人。護衛は二人しか連れていないので、レナードが慌てるのも無理はない。


「待て、なにをするつもりだ!」


 レナードが俺の前に立ち塞がった。


「もちろん、馬鹿な真似をした盗賊共を殲滅するんだよ」

「なにを言っている! おまえに出来るわけないだろ!」

「――なら、わたくしが殲滅してあげましょうか?」


 俺達のやりとりに割って入ったのは、軽やかに馬車から飛び降りたフィオナ嬢。その指には、魔術を行使する杖の代わりとなる指輪がはめられている。


「――って、フィオナ様まで!? 危険です。馬車にお戻りください!」


 レナードが慌てて押し戻そうとするが、フィオナ嬢はするりとそれを回避した。両肩を掴もうとしていたレナードは彼女の身のこなしに驚いている。


「フィオナ嬢、俺に任せておいてくれ」

「あら、わたくしの方が早いでしょ? それに、わたくしが有用だって知ってもらった方が、ジェニスの町で自由に動けそうですし、ここはわたくしにお任せくださいませ」

「……なるほど」


 ウィスタリア伯爵家は女性でも政治を初めとした実務に関わることが出来る。だが、婚約者にそのようなことはさせられませんと、大人しくさせられる可能性はある。

 それが嫌だから、ここで自分の有能さを知らしめておこうというわけか。


「だが、ダメだ」

「あら、どうしてですか?」

「俺も同じ理由で不自由してるんだ。この機会に自分の実力を証明して、好きに動けるようにしたいのは俺も同じだ。本来の目的を邪魔したんだからこれくらいは譲れ」

「じゃあ、半分こ。半分こでどうですか?」

「……それなら良いだろう」


 フィオナ嬢に有能ぶりを証明されると婚約破棄が遠のきそうで嫌なんだが、これを受け入れなきゃ早い者勝ちとかいって魔術をぶっ放しそうだしな。


「おい、てめぇら。さっきからなにをごちゃごちゃと言ってやがる! アレンとか言うガキを大人しく引き渡せって言ってるだろうが――かはっ」


 リーダー格っぽい男がなにか言っていたが、フィオナ嬢の魔術に打ち抜かれて倒れた。そうしてピクリとも動かなくなる。

 騒いでいた盗賊だけでなく、味方までもが一斉に沈黙した。


「……おい、フィオナ嬢?」

「半分ことは言ったけど、リーダーを譲るとは言ってませんもの」

「たしかにそんな話はしてなかったが……出来れば、生け捕りにしておきたかったんだが?」

「それならご心配には及びませんわ。運が悪くなければ生きています」

「襲った馬車にフィオナ嬢が乗ってる時点で運が良いとは思えないんだが……まあ、生け捕りしようとしてくれてるならそれで良い」


 俺としても、無理をしてまで生け捕りにしろとは言わない。最初の作戦がぽしゃった時点で、ロイド兄上を捕まえるのは諦めたからな。

 せいぜい罠を食い破ってロイド兄上を悔しがらせてやろう。


 ――という訳で、俺は剣を腰だめに構えて、呆気にとられている盗賊に詰め寄った。距離を詰められた盗賊が目を見開き――そのまま血だまりに倒れ伏す。

 側にいた盗賊が慌てて剣を抜くが――遅い。慌てて構えた剣を一撃目で弾き飛ばし、返す刀で斬り伏せた。その段階になって、ようやく周囲が反応を始める。


 これが実戦経験の伴う騎士かなにかであればこうはいかない。いまの俺だと、一対一でも勝てるかどうかは怪しい。

 だが、相手は盗賊を騙るごろつきかなにか。魔物と――ときには人間とも、命懸けの戦いを繰り返した冒険者とでは覚悟からして違っている。


 俺が二人斬り倒したところでようやく、盗賊は剣を抜き始めた。それを見たレナードや護衛も慌てて剣を抜く。


「レナード、おまえ達はフィオナ嬢と馬車を護れ!」


 レナードはもちろん、せっかく鍛え始めた兵士に死なれても困ると、理由を付けてレナードとともに待機させる。

 そのあいだに俺は更に一人切り伏せた。


「くっ。なんだこいつ! おい、挟み撃ちにするぞ!」


 生意気にも盗賊が連携を取って左右から襲いかかってくる。俺はまずは右から来る奴に距離を詰め、相手の剣を受け流す。

 体勢を崩させた男の背後に回り込み、もう一人の盾にする。味方を盾にされた男は慌てて剣を止めるが――隙だらけだ。俺はそこへ向けて盾にしていた男を突き飛ばす。


 ぶつかり合う二人。

 俺は続けざまに剣を振るい、二人を一息で斬り伏せる。


「てめぇっ!」


 激昂した男が襲いかかってくる。それを迎撃しようと剣を握り直した俺は、視界の隅に映った光景を認識して、ふっと肩の力を抜いた。

 直後、男はフィオナ嬢の魔術に打ち抜かれて倒れ伏す。わずか数十秒――周囲に立っている盗賊は一人も残っていなかった。


「アレン様、さっき自分がおっしゃったことを忘れていませんか?」


 なんのことかと思ったが、フィオナ嬢の視線が血だまりに倒れている男に向いているのを見て、生け捕りの話だと気付く。


「運が良ければ生きてる」

「運が良くなければ死んでるじゃないですか?」


 うるさいなぁと思ったが、レナード達が聞いているので飲み込んだ。

 峰打ちなら殺す可能性はグッと下がるが――斬らずに打てば衝撃が手に返ってくる。いまの身体では、多人数を相手にそんなことをしていられない。


 これだけいるのだから、運良く生き残ってる奴が何人かいるだろう。という訳で、生き残りを全員捕縛したのだが……全員生きていた。

 どうやら、悪運が強い奴ばかりだったようだ。

 

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