第17話 異世界姉妹と続ける町開発 5

 翌日。ジェニスの町へ戻ることになった俺を、アストリー侯爵とフィオナ嬢が見送りに、馬車の前までやって来た。

 昨夜、アストリー侯爵の思惑に反して、俺とフィオナ嬢のあいだになにもなかったことを知っているはずだが、彼は上機嫌で俺の前に立つ。


「またいつでも遊びに来るが良い。アレン殿にとってここは、第二の故郷も同然だからな」

「はは、ありがとうございます」


 既成事実化をもくろんでいるとしか思えない発言を笑って受け流す。

 俺が町に戻る以上、今回の駆け引きはこれで終了――と思っていたのだが、アストリー侯爵は「それと、娘のことをよろしく頼む」と付け加えた。


「よろしく、ですか?」

「昨晩、フィオナがわしに頼み込んできたのだ。自分がジェニスの町に滞在して、今後の取引の仲介役になりたいとな」

「……仲介役、ですか?」


 女性に政治をさせるのはウィスタリア伯爵家くらい。アストリー侯爵家はほかの貴族同様に、女性に政治をさせない家柄だったはずだ。


「むろん、フィオナに決定権は与えぬゆえ、実際にはお飾りだ。それを承知でそんなことを言いだしたのは……くくっ。そなたの側にいたいと言うことだろう。ゆえに、わしは娘の願いを聞き届けることにした」

「……ええっと」


 どういうつもりだとフィオナ嬢に視線を向ける。別にジェニスの町へ来るなとは言わないが、ここで俺に同行したら頼んでいたことを果たせなくなる。


「そう言うことですので、よろしくお願いいたしますわ。アレン様」


 まさに深窓の令嬢といったたたずまいで、ほのかに微笑みを浮かべる。フィオナ嬢の姿が可愛くて――俺は頭痛を覚えた。

 こいつ、昨日俺が頼んだことを理解した上で、あえて無視してやがる。こうなったら、身内の常識に頼るしかないと、俺はレナードに目線で訴えかけた。


「安心しろ、アレン。俺はフィアンセとの時間を邪魔するような野暮はしねぇよ。しばらくは御者台に控えているから、二人の時間を楽しめば良い」


 違う、そんな気遣いが欲しかったんじゃない!

 まだ婚約者でしかないお嬢様を連れて帰るなんて問題だとか、破棄するかもしれない婚約の相手に取り込ませるわけにはいかないとか。そう言うことをいって欲しかったのに!

 レナードは俺が婚約破棄するつもりだって知らないけどな!


 ……ちくしょう。

 いつの間にか、外堀を埋められていた。



 アストリー侯爵が俺を信用しているのか――もしくはフィオナ嬢の計らいか、彼女は身一つで護衛もつけずに俺の馬車に乗り込んでしまった。


 俺はにやけ面のレナードを睨み、護衛として連れてきた兵士二名に待機を命じる。それから馬車に乗り込んで、フィオナ嬢を睨みつけた。


「……おい、どういうつもりだ。俺の作戦を台無しにするつもりか?」

「そのつもりだよ」

「……はい?」


 言い訳、もしくは屁理屈を聞かされると思っていたから戸惑ってしまう。


「待て待て、ちょっと待て。本気で俺の作戦を邪魔するつもりなのか? ここで黒幕を捕まえなきゃ、今後も商隊に被害が出るかもしれないんだぞ?」

「分かってる。私だって出来れば被害を食い止めたいって思ってるよ」

「なら、どうして俺の邪魔をする」

「だって作戦に乗ったら、兄さんが死ぬかもしれないじゃない」

「それは……」


 否定は出来なかった。もちろん勝算は大きいのだが、わずかな可能性とはいえ俺が死ぬこともありうるし、大怪我をする可能性はわりと高い。


「あのな、上に立つ者は軽々しく命を懸けるなって言いたいんだろうけど――」

「違う、そんな理由で兄さんを止めてるわけじゃないよ。私はただ、兄さんを危険な目に遭わせたくないだけだよ」

「その気持ちは嬉しいけど、放っておけばまた被害が出るかもしれないぞ?」


 盗賊を殲滅してからあらたな盗賊は発生していない。だけど、ロイド兄上が黒幕であるのなら、放っておけばまた同じような被害が発生するかもしれない。


「私はいまの家族や、領民のことも大切に思ってるよ。自分に出来うる限りのことをして護りたいと思ってる。だから、政略結婚だってするつもりだった」

「だったら……」

「だけど、だけどね。もし兄さんかそれ以外――どっちかしか助けられないって二択を迫られたら、私はアストリー侯爵領を焦土に変えても兄さんを護る」

「……おまえ」


 俺は思わず生唾を飲み込んだ。

 普通に考えて、たった一人と領民全てを天秤に掛けること自体が間違っている。だけど、それでも、フィオナ嬢の瞳にはわずかな揺らぎも存在していない。

 こいつ……本気で言ってやがる。


「……盗賊が暴れても良いって言うのか?」

「そうは言わないよ。でも、黒幕を捕まえられなくても打撃は与えられるでしょ? 兄さんの安全を確保した上で、最大限のダメージを与えようよ」


 たしかに、黒幕を捕まえられずとも、痛手を負わせればしばらくはちょっかいを掛けてこなくなるかもしれない。

 だけど……こんな機会はそうそう来ない。


「それでも納得できないって言うなら、私が兄さんの代わりになる」

「なっ、なにを馬鹿なことを言ってるんだ!」

「作戦を考えれば、私が変わっても成り立つはずだよ」

「……それは」


 俺の作戦というのはわざと盗賊に捕まると言うことだ。俺の代わりにフィオナ嬢でも作戦は成り立つかもしれないが、どんな危険があるか分からないのに……あぁ、そうか。

 いま俺が抱いた不安を、フィオナ嬢は昨日から抱いていたのか。


「……分かった。たしかに俺も焦ってたみたいだ。今回は連中に痛手を負わせるに留めて、黒幕を引きずり出すのは別の手を考える」


 黒幕――ロイド兄上を引きずり出せなくても、彼自身に痛手を負わす方法を思いついた。今回はそれで良しとしよう。

 でもって今後は領民を護りつつ、自分達の安全も確保して黒幕を引きずり出す。言葉にするほど簡単なことじゃないが……不可能でもない。

 フィオナ嬢のためにも、少し頑張るとしよう。


 今後の計画を素早く立てた俺はアストリー侯爵に別れの挨拶をして、馬車を出発させた。


 馬車での移動が始まった。

 アストリー侯爵領からジェニスの町までは数日かかるので、朝から晩まで側にフィオナ嬢がいる。まだ婚約段階とは思えないほどの接近ぶりだ。


 隣に美少女がいる状態に俺は少し落ち着かないというのに、フィオナ嬢はなんとも自然体で伸び伸びと過ごしている。


「どうしたの? さっきから私のことをチラ見して。振動で揺れる胸が見たいのなら、もっと堂々と見ても良いんだよ?」

「……ちげぇ。おまえは昔から自由だなって思ってただけだ」

「それは、兄さんが側にいるときだけだよ。アストリー侯爵家では女性であることを理由に制限されたし、前世だって……」


 なにかを思い出したのか、フィオナ嬢は寂しげに笑った。


「おまえは昔から伸び伸び暮らしてなかったか……?」


 前世の家だって、いまと似たような環境だった。

 だけど、エリスだけは自由奔放に生きていた気がする。


「えぇ? そんなことないよぅ。そりゃ、兄さんと一緒のときは伸び伸びしてたけど。上の兄さんや、お父様の前では息が詰まったよ?」

「……そうなのか?」

「そうだよぅ」


 ちょっぴり拗ねたように唇を尖らせた。

 その言葉は俺にとって意外だった。エリスはいつでもわがまま放題で、俺といるとき以外もおんなじように振る舞ってると思ってたから。


「もしかして……おまえが俺に付いてきたのって、偶然じゃなかったのか?」

「ん? どういうこと?」

「いや、政略結婚が嫌で家出をしたときに、たまたま俺がいたからついてきたのかなって」

「えぇ、そんな訳ないよぅ。兄さんが追放されたから、追い掛けたんだよ。政略結婚が嫌だったのは本当だけど、兄さんといるのが一番楽しかったから。だからだよ?」

「……マジか」


 俺のことは都合のいい保護者くらいくらいにしか思ってないと思ってた。俺に我が儘放題なのが、実は甘えられてたからとか……ちょっと意外だ。

 というか、拗ねた仕草が可愛く見えてきた。


 ……落ち着け。たしかに妹として可愛いかもしれないが、それとフィオナ嬢の外見が可愛いのは別。ごっちゃにすると大変なことになるから。


「えっと……その、俺が殺された後のこと、聞いても良いか?」

「後のこと? なにを聞きたいの?」

「兄がどうなったか、とか?」

「あぁ、上の兄なら破滅したよ」


 あっさりと返ってきた答えに驚く。話を逸らす目当てで振った話題で、そんな答えが返ってくるとは思わなかった。

 てっきり、兄は当主となって、人生を謳歌したものだと思い込んでいた。


「なにがあったんだ? 詳しく教えてくれ」

「簡単に言うと、上の兄を快く思わない貴族達に、兄さんを暗殺した証拠を押さえられたの」

「……あぁ」


 むちゃくちゃ分かりやすい答えだった。

 ロイド兄上と同じで、兄には強引なところがあるから敵も多かった。そして敵対している貴族は、失脚させる機会を虎視眈々と狙っている。

 追放した弟を暗殺。

 そんな証拠が挙がったのなら、兄に貴族として生き残る術はなかっただろう。まさか、俺が死んだ後にそんなことになってるとは思ってもみなかった。


「じゃあ、エリスはどうなったんだ? 天寿を全うしたのか?」

「あ……えっと、そうそう、そんな感じ」

「……目が思いっきり泳いでるぞ?」

「実は上の兄が破滅したのを見届けた後、気が抜けちゃってうっかり死んじゃいました」

「おぃいいいい」


 俺以上に冒険者としての才覚があった魔術師が、まさかのうっかりで死亡とか。ある意味、これが一番予想外だ。


「おまえ……ホントに気を付けろよ? 昔から、わりとおっちょこちょいなんだから」

「死んでから言われても遅いよ」

「いまは、こうして生きてるだろうが」


 いまこうして生まれ変わってるから気を付けろですむけど、目の前でうっかり死なれたらたまらない。その辺りに関しては本気で気を付けてもらいたい。


「……心配してくれるの?」

「兄妹なんだから当たり前だ。なんかおかしいか?」

「うぅん、ちっともおかしくないよ。兄さんは昔からそうだったもんね」

「……昔から、おまえに振り回されていた記憶ならあるな。俺が落ち込んでるときに限って、纏わり付いてきて。大変だったんだからな?」


 当時は言えなかったことを口にする。あの頃はわりと本気で煩わしく思ってたから逆に言えなかったけど、いまなら過去の話として口にすることが出来た。

 だけど、フィオナ嬢は不満があると言いたげに頬を膨らませた。


「それは、兄さんが放っておけなかったからだよ」

「……ん? どういうことだ?」

「兄さんが上の兄に虐められるようになったのって、私を助けたのが原因だったでしょ?」

「……そうだっけ?」


 首を傾げた途端、フィオナ嬢の正拳突きが俺の脇腹に食い込んだ。


「痛ぇ。なにするんだよ?」

「兄さんが悪い。私の一番大切な思い出、忘れてる兄さんが悪い」

「……あぁ、うん。思い出し――痛ぇ」


 適当に相づちを打ったら再び殴られた。

 力は入っていないが、冒険者として鍛えていた俺が反応出来なかった。さすが、俺と一緒に一流冒険者として活躍していただけのことはある。

 お嬢様に生まれ変わっても、その技量は健在のようだ。


「でも、そっか……覚えてないんだ。もしかして、兄さんがかたくなに私との政略結婚を嫌がるのもそれが理由、なのかな?」

「……うん?」


 それはどういう意味だという問いは口に出すことが出来なかった。馬が嘶き馬車が急停車して、外から怒鳴り声が聞こえてきたからだ。

 

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