第15話 異世界姉妹と続ける町開発 3

 妹と結婚するのを覚悟で次期当主の座を目指し続けるか、兄上に追放&暗殺される覚悟で妹との結婚を避けるか。

 二つに一つの選択を迫られた俺は、引き続き次期当主の座を目指すことにした。


 いや、違うからな?

 可愛ければ前世の妹でも良いやとか思ったわけではない。妹と結婚するか、兄に殺されるか二択で考えたら、誰だって前者を選ぶだろ?

 もっとも、そんな風に考えた直後、エロ爺の慰み者になるか、前世の兄と結婚するかの二択で、後者を選んだ妹の思考に理解を抱いてもにょもにょしたわけだが。


 そう考えると、俺とエリス……いや、フィオナ嬢との結婚も悪くない。

 ……って、違う。なに諦めてるんだよ俺。そこは回避。全力で回避しに行くから。いまは追い詰められてるけど、いつか絶対なんとか回避するから!


 ――とまぁ、そんな葛藤があったのだが閑話休題。


 街道の整備は棚上げで、フィオナ嬢との取引は計画を進めている。なので早急に対策を立てなければいけないのは、街道に出没している盗賊の一件だ。


 兵士に街道の警備をさせているので被害は減っているが、いまだに根絶には至らない。このまま放っておけば、アストリー侯爵家のツテでやってくる商人だって近付かなくなるかもしれない。

 そうでなくても、アストリー侯爵家が引き上げる可能性だってある。少なくとも、財政難のアストリー侯爵家にはかなりの痛手となっているはずだ。


「そんなわけで、街道の盗賊退治を開始する」


 会議室で俺が宣言すると、会議に参加していた者達――クリス姉さん、レナード、カエデがなんとも言えない顔をした。


「えっと……アレン、今更なにを言ってるの? 街道には既に兵士を巡回させてるわよ?」


 クリス姉さんの控えめな言葉に、残りの二人も頷いた。

 どうやら、俺がそのことを忘れていると思われたらしい。


「たしかに兵士を巡回させているが、いまだに被害はなくなってないだろ?」

「それは……仕方ないわよ。こっちが兵を護衛に付けたら、相手は護衛のいない小さな商隊や交易商を狙うようになったんだもの」

「そう。だから、いつまで経っても根絶できない。このままだとな」


 護衛のおかげで被害は最小限に留めているとは言えるが、残念ながらジェニスの町はそれほど豊かじゃない。いつまでも兵士に護衛させることは不可能だ。


 いまは鍛えている兵士の実地訓練を兼ねているが、それも長くは続けられない。こちらが兵士を引き上げれば、盗賊は再び活動を活発化させるだろう。


「被害をなくすには、盗賊を捕まえる必要があるということよね? でも、相手の顔が分からない以上、襲ってこない限りは捕まえられないわよ?」

「そう。だからわざと襲わせるんだ。巡回させている兵士を引き上げさせる」

「わざと襲わせる? そういえば……人的被害はなかったわよね。そっか……積み荷に毒入りの食料を混ぜておけば、盗賊を一網打尽に出来るわね」


 クリス姉さんの呟きに、俺は思わず沈黙した。

 というか、レナードとカエデも絶句している。


「あら、みんなどうかしたの?」

「いや、どうかしたって……クリス姉さん、すっごい怖いこと考えるな」

「え、そうかしら? 盗賊は捕まればどのみち処刑か終身奴隷だし、纏めて毒殺しても問題ないんじゃないかしら?」

「それはまぁ……否定はしないけどな」


 なんの罪もない者を護るために、危険分子を始末するのは領主として当然の考えだ。驚いたのは事実だけど、手段を選ぶ必要がないのも事実だ。

 毒入りの食料を盗賊に持ち帰らせることが出来れば、味方に被害を与えることなく、襲撃に加わらなかった盗賊まで退治できる。それは理想的な結末だと言えるだろう。

 ただ……


「残念だけど却下だ。連中が持ち帰った食料を自分達で消費するとは限らないからな」


 人の命を弄ぶ者達が毒を喰らって死んだとしても――たとえその中にロイド兄上が含まれていたとしても俺は後悔しない。

 だけど、無関係の人に食料が渡る可能性がある。その可能性が排除できない限り、食料に毒を混ぜるという手段は選べない。


「でも……だったらどうするの? 盗賊を捕まえるのよね?」

「兵士達に商隊のフリをさせる。兵士を引き上げさせたと思い込ませて、狙いやすい商隊を用意するんだ。もちろん、積み荷の代わりの兵士を用意してな」

「それで食いついてくるか?」


 疑問を口にしたのはレナードだった。俺はそんな彼に向き直る。


「相手がただの盗賊なら警戒するだろうな。急に兵士がいなくなるなんておかしいって。だけど、相手がただの盗賊でなく、背後に知恵の回る者がいるのなら……」


 つまりは、ロイド兄上が関わっているのなら、こちらがいつまでも兵士を巡回させることが出来ないと知っているはずだ。

 いま無理に襲ってこないのだって、それを踏まえてのことだろう。

 だから、それを利用する。


「なるほど。金銭的に苦しくなって兵を引き上げたと思わせたら良いんだな?」

「そう言うことだ。レナード、連中が食いつくように調整……やってくれるな?」

「ああ、もちろんだ。任せておけ」




 盗賊退治の計画を進める傍ら、平行して町の開発もおこなった。カエデに許可を取り、クリス姉さんの協力を得て町を開発する。


 現在は、三つの施設を建築中である。まずはシャンプーとリンスを生産する工房。次に魔導具を開発するための研究所。最後に水車を作るための工房だ。


 ちなみに、水車は川の水を水路に引き込むために使う。魔導具のことをフィオナ嬢に相談したら、前世の農村では水車なるものが使われていたと教えてくれたのである。


 ただ、おおよその形は分かっていても、細かいバランス調整までは分からない。その辺りについては、これから研究していくことになる。

 完成まではそれなりの月日が必要になるだろうが、クリス姉さんの作ってくれた魔導具があるので完成を急ぐ必要はない。じっくり作っていく予定だ。


 なお、知識の提供と引き換えに、水車が完成した暁には真っ先にアストリー侯爵領への輸出が決定した。これによって、ますますアストリー侯爵家との結びつきが強くなった。

 もう、妹との結婚から逃げられないかもしれない。


 ……それはともかく、シャンプーとリンスは、俺の前世の記憶を元に開発予定である。

 前世で一緒に家を出た――というか、勝手についてきた妹のわがままに答えるべく、俺が色々と調べて作ったものなので、レシピは大体頭に入っている。


 ちなみに、石鹸の製作には魔術が必要で俺は作り方を把握していない。前世で石鹸を作ったのは魔術師であるエリスの方だったからだ。

 この石鹸を表向きは俺が情報提供したということにして、フィオナ嬢が石鹸を作る魔導具を製作、アストリー侯爵領で生産することになっている。


 最後。魔導具の研究所に関してはクリス姉さんの要望だ。といっても、今後俺のためにあれこれ開発してくれるそうなので、結局は俺のためと言えるだろう。

 魔導具は様々なところで使う予定なので、優先順位は高めである。


 あと、クリス姉さんには弟子を取ってもらい、研究の補助をさせつつ、弟子にも魔導具を作れるように育ててもらうことになった。


 ――とまぁ、そんな感じである。

 色々と順調に計画が進んでいるように聞こえるかもしれないが、現時点で進んでいるのは建物の建築だけ。人員の確保はこれからだったりする。


 なにしろ新しい産業で職人が存在しないし、情報漏洩は絶対に防がなくてはいけない。


 信用できる人格の持ち主で、転職が可能な状態にあり、新しい産業に対処できるようなスキルを持っている人材を、どこから引っ張ってくるのかという問題がある。


 俺はもちろん、レナードにもそんなツテはなかった。カエデは住民を動かすことが出来るが、個々の性格や生活環境までは把握していない。

 そこで俺が頼ったのはイヌミミ少女のアオイである。


 彼女は幼いながらも人懐っこい性格で、いまは従来の明るさを取り戻してもいる。子供であるがゆえに警戒されにくく、相手の性根を図るのにも向いていた。


「アレンお兄さん。いわれた条件に合う人材、探しておいたよ~」


 アオイの家に行くと、俺を見たアオイがパタパタとシッポを振って駆け寄ってくる。

 もう完全にワンコである。

 そのままぽふんと抱きついてきたりするのだが、俺もついつい抱きとめてしまう。エリスには散々振り回された記憶ばっかりだが、アオイは素直で可愛い。

 こんな妹なら大歓迎だ。




 ――とまあ、そんな感じでアオイが見繕ってくれた人材をふるいに掛け、各種工房に必要な人材の育成を始める。

 それと平行して、盗賊退治の計画は実施された。

 商人の振りをさせる兵士は、ここ数ヶ月の訓練で頭角を現した者達から選抜。残りの兵士はダミーとして、いままで通りに護衛を継続させた。


 そうすることで巡回の規模を少しずつ縮小していると思わせると同時に、相手が襲いやすい商隊を限定させたのだ。


 ちなみに、俺も商人の振りをして参加すると表明してみたんだが、物の見事に却下されてしまった。それはもう非難の嵐である。

 最近は兵士に混じって訓練もしていたから、許可してもらえると思ったんだけどな。


 出来るだけ味方の被害を抑えるために同行したかったのだが、皆が心配するという以上は無理は出来ない。兵士達に任せることにした。


 そうして一週間ほどが過ぎ、俺のもとに盗賊を殲滅したとの報告が入った。商人に化けた兵士達に襲いかかってきた盗賊達を、見事に殲滅してのけたそうだ。


 もちろん、捕縛した者達から連中の隠れ家を突き止めさせ、ほかの仲間も全て捕縛した。

 ただ、残念ながら黒幕の正体は突き止められなかった。盗賊達は流れ者で、正体不明の男から金と情報をもらい、ジェニスの町へ向かう商隊を襲っていたそうだ。


「すまん、アレン。繋ぎの者も捕縛できれば良かったんだが……」


 報告を終えたレナードが項垂れるが、俺はよくやってくれたと褒め称える。


「盗賊を殲滅しただけで十分だ。繋ぎの者を捕まえたとしても、黒幕を捕まえるのは無理だろうからな」


 残念ながら、前世の国もこの国も、貴族の命や発言は平民よりも重い。平民が貴族に頼まれたと口にしても、貴族がそんなことは知らないと言えばお終いだ。

 ロイド兄上が犯人だとして、捕まえるには明確な物的証拠が必要となるだろう。


「それに……もしロイド兄上が黒幕として上がったら、それはそれで厄介だ」

「厄介? どういうことだ。彼の罪を証明できれば、アレンが当主に確定だろ?」

「証明できれば、な。下手に追求して逃げられたら、周囲からは泥沼の跡目争いと思われかねない。そうなったら、俺もロイド兄上と同じ穴の狢だ」


 本人達にとって明らかでも、客観的に見ればどちらが正しいか分からない。

 俺がロイド兄上を追及して、ロイド兄上が俺の陰謀だと反論したら、周囲の目にはどっちもどっちに映る。


 ゆえに、ロイド兄上に報いを受けさせるときは、一撃必殺で行く必要がある。


「まぁとにかく、今回の一件で相手も警戒せざるを得ないだろう。念のためにもうしばらく作戦は継続で、様子を見て引き上げさせてくれ」


 被害がなくなれば少し余裕は出来るが、それでも労働力でもある兵士を巡回させ続けるのは、ジェニスの町にとって痛手になる。

 折を見て兵士を引き上げると言うことで、この件はひとまず解決となった。


 だが、それはあくまで建前だ。

 黒幕を捕まえなくては本当の意味では解決しない。必殺の一撃を放つため、俺は再びアストリー侯爵家へと向かうことにした。

 

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