第14話 異世界姉妹と続ける町開発 2

 フィオナ嬢の仲介でアストリー侯爵家との取引が始まった。

 資金援助やその他の取引はまだ成立していないが、この件に関しては急を要すると言うことで優先的に対応してもらった。アストリー侯爵には感謝してもしたりない。


 アストリー侯爵領との取引が始まったことで品薄は改善したが……予想していたレベルにはまるで届いていなかった。

 その原因を探っていたレナードが執務室へと姿を現した。


「原因は分かったか?」

「ああ、理由は二つだ。頭の痛い問題と懐の痛む問題、どっちを先に聞きたい?」

「……嫌な二択だな。ひとまず、懐の痛む問題から聞かせてくれ」

「分かった。懐が痛むのは、街道の質の問題だ」


 レナード曰く、ジェニスの町からアストリー侯爵領へと続く街道はいままで、あまり使われていなかったらしい。だから、あまり踏み固められていない。

 積み荷をたくさん乗せた馬車は、柔らかい街道を進むのに時間が掛かる。それを改善するには街道の整備が必要だが、多額の資金が必要になる。

 懐が痛む問題というわけだ。


「アストリー侯爵家に街道を整備する余裕はない。街道を整備するなら、こちらが主導になっておこなうしかない、か?」

「そうだな。だが、ウィスタリア伯爵家が主導ならともかく、ジェニスの町にそれだけの資金を捻出するのは無理があるぞ?」

「まぁ……そうなんだけどな」


 将来的に考えると、出来るだけ早く街道の整備はおこなうべきだ。

 だが資金がなければどうしようもない。どうしたものかと考え込んでいると、レナードが「そこまでする必要があるのか?」と尋ねてきた。


「おまえの兄が税を下げているのは一時的なものだ。それを乗り越えれば、アストリー侯爵領へ続く街道を整備する必要はないだろ?」

「そういえば、まだ話してなかったな」


 フィオナ嬢との取引、表向きの条件をレナードに話す。


「詳細は後日に詰める予定だが、アストリー侯爵領との取引は今後も増えていくはずだ。そもそも、あの領地には様々な資源が眠っているからな」


 鉱山に深い森。奥地には小さいながらもダンジョンが存在しているという。各種鉱石だけでなく、魔物から魔石を得ることも出来る恵まれた土地だ。


 いまは災害続きで採掘量が下がっているが、復興すれば色々と改善するだろう。

 ジェニスの町で産業を興す以上は様々な資源が必要となるので、近くにある資源が豊かな領地と仲良くしない手はない。


「なるほど。話は分かった……が、資金がないのは事実だぞ?」

「まぁ、そうなんだよな。出来るだけ早く整備したいが、それにこの町の資金を全部つぎ込むわけにはいかないし、ひとまずは保留だ。もう一つの話を聞かせてくれ」


 街道の整備問題を棚上げして、もう一つの頭の痛い問題について促す。


「そっちはハッキリ言って最悪だ。ここ最近、ジェニスの町へと続く街道にだけ盗賊が出没して、馬車を襲うようになったらしい」

「……周辺に盗賊? ここ最近、大きな飢饉とかはなかったはずだよな?」


 盗賊の多くは食うに困った農民の成れの果てだ。

 だが、近隣でそういった飢饉が発生したという話は聞かない。ジェニスの町で魔物の被害と不作が重なったが、それだって一部の住民でしかない。

 馬車を襲う規模の盗賊が発生するような原因はなかったはずだ。


「アレンの言うとおり、盗賊が発生するような出来事はない。それなのに、このタイミングで、ジェニスの町付近にのみ盗賊が発生したとなると……」

「ロイド兄上の妨害工作、か?」

「証拠はないが、おそらくは……」


 目眩がする。貴族の子息が部下に他領の商人を襲わせるなんて最悪だ。まだ事実とは限らないが、もしも事実なら越えてはならない一線を越えている。


「父上に報告するべき、だろうな」


 幸か不幸か、フィオナ嬢との取引で、父上に資金援助の繰り上げについて話し合う必要がある。

 街道の警備についてはレナードに任せることにして、俺は話し合いのついでに報告することにした。




 ウィスタリア伯爵家のお屋敷。

 執務室で父上と数ヶ月ぶりの再会を果たす。久しぶりに会った父上は、変わらず厳かな気配を纏い、山積みの書類にペンを走らせていた。


「アレンか。今日はわしに相談があるそうだな。一体どのような用件だ?」


 父上は書類にペンを走らせたまま、ちらりと視線を向けて問い掛けてくる。


「はい。実は先日、フィオナ嬢が訪ねて来ました」

「ふむ。用件は資源の取引に関してか?」

「……やはりご存じでしたか」


 資源の取引に思い至るということは、ロイド兄上の町へ商人が集まっていることはもちろん、周辺の町が困っていることまで把握しているのだろう。


「あれも、もう少し大局的なことを考えられれば良いのだがな」


 父上が溜息交じりに言うが、愚痴のようだったので聞こえない振りをする。そうして沈黙を守っていると、父上がペンを置いて俺を見た。


「それで、用件というのはロイドを止めろといった趣旨の話か?」


 おまえはその程度のことで俺に泣きつくのか――と、そんな声が聞こえて来そうな冷たい視線を向けられる。

 俺はゴクリと生唾を呑み込み、恐れながらと口を開いた。


「税を下げたり、圧力を掛ける程度でとやかく言うつもりはありません。ただ、ジェニスの町へやってくる他領の商隊ばかりが、ここしばらく盗賊の被害に遭っているのです」


 明らかにロイド兄上が関わっているというニュアンスを込めて打ち明ける。それに対して、父上は目尻を指で押さえてため息をついた。


「その件なら報告を受けている」

「でしたら、いますぐ止めてください。いまのところ人的被害は最小に抑えられていますが、それもいつまで続くか分かりません。このままでは両家間の騒動となりかねません」


 ジェニスの町へやってくる商人の大半は、アストリー侯爵家のツテである。つまり、ロイド兄上が襲っているのは、アストリー侯爵家の関係者だと言える。

 被害を受けているのが平民とはいえ、騒動に発展するのは時間の問題だ。


「たしかに、貴族が盗賊のまねごとなど決して許されることではない。それが事実であればロイドを拘束して相応の罰を与えるとしよう。だが……証拠はあるのか?」

「いえ、証拠はありません。ただ、客観的に見て――」

「客観的に怪しくとも、必ずしも真実だとは限らぬ。可能性の話であれば、おまえがロイドの評判を落とすために自作自演をおこなっている可能性も零ではないはずだ」

「たしかにその通りですが……」


 ロイド兄上の仕業に見せかけて評判を落とし、商隊から奪った資材を無料で手に入れる。人の道を外れていることに目をつぶれば有効な手段だ。

 俺は絶対にそんな手段を執るつもりはないが、客観的に見てあり得ない話じゃない。


「では、対処なさらないのですか?」

「アレン。本来であれば、これはたしかにわしの仕事だ。当主候補でしかない者には荷が勝ちすぎる案件であることも理解している。だが……わしはおまえがどう対応するのかをみてみたい」

「かしこまりました。もとより、領主間の諍いになってはと心配して報告をしたまでです。その点について問題がないというのであれば、こちらで対処します」

「うむ。見事に万難を排し、次期当主としての力を見せつけよ」

「はっ、お任せください」


 ほぼ間違いなく、父上もロイド兄上の仕業だと分かっている。だけど、領主間の問題に発展する可能性よりも、次期当主の資質を見極めることを優先するようだ。

 その判断が俺への期待への現れ――というのは考えすぎかもしれないが、自分で対処しろというのであれば臨むところだ。俺もそれを前提に動かせてもらう。

 父上に対する報告の義務は果たしたので遠慮する必要はない。ロイド兄上を身内と考えず、領地に被害をもたらす厄介者として対処しよう。


「それで、アレンよ。話はそれで以上か?」

「いいえ、本題はこれからです。街道の整備と、アストリー侯爵家への資金援助の予定繰り上げをお願いしたいと考えています」

「街道の整備と資金援助の繰り上げだと? なぜそんな話になった。単刀直入に切り出すのはおまえの美点でもあるが、今回は説明が足りぬ」

「失礼しました」


 俺は一度かしこまり、フィオナ嬢との取引について打ち明けた。


「おまえが新しく考えた商品を、アストリー侯爵領で作るのか? それはずいぶんと、相手にとって都合のいい取引だな。……ふむ。アストリー侯爵家の娘はなかなかに胸が大きいと聞いているが……もしやおまえの好みだったのか?」

「そそっそんなことはございません!」


 ――って、反射的に全力で否定してしまった。事情を知らない父上からすれば、むちゃくちゃ怪しいじゃないか。

 ということで、俺は思いっきり咳払いをする。


「あーその、誤解です。たしかに外見は素晴らしいですが、中身に問題があるので」

「中身に問題、だと? おまえは性格的に問題のある娘と婚約したのか?」

「あっ、いえ、そうではなくて……えっと、彼女は素晴らしい知識を持っていますし、そつなく立ち回る賢さも持ち合わせています」

「……ふむ。聞けば聞くほど娘を評価しているように聞こえるが、なにが問題なのだ?」


 中身が前世の妹であることです――なんて、言えるわけないよな。

 そもそも冷静に考えると、資金援助の前倒しをしてもらおうとしている状況で、彼女との関係が不穏であるなんて思われるわけにいかないじゃないか。

 ……くっ。こうなったら仕方ない。


「あ~その、彼女の外見はもちろんですが、才覚にあふれた女性でした。今回の彼女との取引はあくまで、俺の――延(ひ)いてはウィスタリア伯爵家のためになると判断したからです」

「ふむ。つまり、おまえはその取引で相応の利益を得るというのだな?」

「はい。それは間違いありません」

「……分かった。お前がそこまで言うのであれば、資金援助の前倒しを許可しよう」

「よろしいのですか?」


 自分で言っておいてなんだが、そう簡単に許可をもらえるとは思っていなかった。あれこれ交換条件を出す必要があると思ってただけに意外だ。


「婚約はおまえが自身の判断で受けたものだ。それを後継者争いに利用することは、おまえに与えた当然の権利である。ゆえに、ウィスタリア伯爵家に利がある以上は断る理由はない。むろん、その利がたしかなものかは、あとで確認させてもらうがな」


 なるほど、そこがロイド兄上の案件との違いか。

 なにはともあれ、これでフィオナ嬢との取引を成立させられる。フィオナ嬢はアストリー侯爵領で石鹸を作ると言っていたから、急いでその計画を進めよう。


「ところで、街道の整備についてはいかがでしょう?」

「それはわしが手を出す理由がないので却下だ」

「アストリー侯爵家との取引はこれからどんどん盛んになります。街道を整備することは、ウィスタリア伯爵家の利益に繋がりませんか?」

「現時点ではウィスタリア伯爵家の利益ではなく、ジェニスの町の利益だからな」

「……そうですね。分かりました。今回は引き下がります」


 いまから街道の整備が出来れば輸送の時間が減って、アストリー侯爵家との結びつきも強くなり、更には雇用が増えて言うことなしだったのだが、無理なものは仕方がない。

 ひとまず、フィオナ嬢との取引を成立させられることで良しとしておこう。


「ところで、アレン。おまえはずいぶんとアストリー侯爵家の娘から信頼されているのだな」

「え、そうでしょうか?」


 フィオナ嬢が前世の妹であるという事実は、俺ですら記憶の隅っこに片付けた秘密だ。それなのになぜそんな風に思うのかと、俺は身をこわばらせた。


「資金援助前倒しの件が成立していない状況で、資材の取引をさせたのであろう? よほど信頼を得ておらねば、そのようなことは出来ぬと思ってな」

「あ、あぁ、そう言うことですか」

「もしや、既にそういう関係になっているのか?」

「そういう関係……? ち、違います!」


 フィオナ嬢と俺が既に関係を持っていると疑われていると知って焦る。

 というか、俺はフィオナ嬢と関係を持つとか……関係を……ゴクリ。――って、生唾飲み込んでるんじゃねぇよ俺、落ち着け! 中身は妹、前世の妹だからぁ!


「まぁ……別に関係を持ったとしても咎めたりはせぬがな」

「……は? な、なにを言ってるんですか、父上。相手は侯爵令嬢ですよ?」

「それはその通りだがな。ここまで経済的に手を取り合った以上、婚姻的な繋がりはどうあっても必要だ。いまさら、なにがあっても婚約の解消はあり得まい」


 ――がふっ。

 そ、そうだよな。大きな利益を手にした後であれば、婚約破棄による小さな被害くらいは問題ないって考えてたけど、関係を強化すればするほどに婚約を破棄することは難しくなる。

 どうして思いつかなかったんだ俺。


 兄上に暗殺されるってバッドエンドを避けようとして頑張れば頑張るほど、前世の妹との結婚エンドに近付くとか……どうしたら良いんだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る