第13話 異世界姉妹と続ける町開発 1
ジェニスの町の付近に森はあれど、鉱山を始めとした資源の取れる場所がない。町を活性化させるためには、他の町との取引が不可欠だ。
なのに、町にやってくる商隊の数が減っている。
商人達にこの町が見限られつつあるのなら由々しき事態だし、街道で盗賊かなにかが出没しているのなら早急に手を打たなければいけない。
原因を探るべく、レナード達に早急に調査してもらった結果――ジェニスの町に商隊が来ないのは、ロイド兄上の政策が原因だった。
「またロイド兄上なのか……」
お屋敷の会議室。
レナードの報告を聞いた俺はため息を付き、カエデとクリス姉さんは眉をひそめる。ロイド兄上が自分の治めている町の様々な税を引き下げたのだ。
町の住民の購買意欲が上がり、行商人達がロイド兄上の町へと集まった。その結果、周辺にある町――つまりはジェニスの町などに商隊が来なくなったというわけだ。
「税を下げただけじゃなくて、ジェニスの町へ商隊が行かないように圧力も掛けているらしい。明らかに、アレンに対する嫌がらせだな」
「嫌がらせでここまでするとは……」
その言葉の続きは飲み込んだ。
ロイド兄上のことよりも物資の不足をなんとかする方が重要だから、商隊を誘致する案がないかと仲間達に話し合ってもらう。
「……うぅん。商人が来ないなら、商隊を編制して買い付けに行かせるとかどうかしら? カエデ、商隊を編制することは可能かしら?」
「出来なくはないですね。ただ……」
「ええ、分かってるわ。コストが高くなるのよね」
クリス姉さんとカエデが意見を交わしている。その方法は俺も考えたが、買い付けの場合は行きの馬車が空になるので、どうしてもコストが高くなる。
ちゃんとした商人であれば上手く稼げるんだろうが、俺達にそういうノウハウはない。商隊を編制するのは最終手段としよう。
「近場の領主と直接取引する道を探してみるのはどうだ?」
思いついたことをレナードに相談する。
「それが出来れば最高だが、アレンにあてはあるのか? ロイド様の町に商隊が集まっているのは、あそこでの取引が得だからだぞ?」
「金銭以外の利を示せば可能じゃないか?」
ロイド兄上がいつまで税を下げるつもりかは知らないけど、経済を活性化した後のことを考えていなければ、いつまでも続くはずがない。
「将来的な利益を取引材料にする。問題は、うちと手を組むことが長期的な利益に繋がると思ってくれる者が見つかるかどうかだな」
目先の利益に走るより、俺と手を組んだ方が得だと思わせるのだ。
問題は、現時点で俺と手を組むことが利益に繋がると思わせる材料がないと言うこと。バームクーヘンをこの町で作っていれば話は違ったんだが……さて、どうしたものか。
「ねぇアレン。商人を集めることも重要だけど、兄様への対抗策も取るべきじゃない? 先手を打たれたわけだし、放っておくとお父様の評価に影響しない?」
「ん? あぁ……いや、ロイド兄上は放っておけば自滅するから問題ないぞ」
俺がそう口にすると、レナードとカエデは同意する素振りを見せた。
だが、クリス姉さんだけはキョトンとして小首をかしげる。
「ロイド兄様はアレンへの嫌がらせしつつ、自分の町も活性化させたでしょ? それなのに自滅するって……どういうこと?」
「たしかに活性化はしてるけどな。被害を受けた町はジェニスだけじゃない。資源を輸入している周辺の町は多かれ少なかれ被害を受けているはずだ」
その中には他領も含まれる。
ウィスタリア伯爵領と隣接する、古くから付き合いのあるお隣さんだ。
彼らもジェニスの町と同じように商隊が減少した理由を調べ、ロイド兄上の政策が原因だと知った頃だろう。ロイド兄上に良い印象を抱いているはずがない。
「もちろん、大きな飢饉などに対する応急処置とかであれば目こぼしされるだろう。もしくは、相応の対価でも差し出していれば文句は言われないが……」
だが、対価を支払えば金銭的にプラスになるはずがなく、政策としては失敗だ。そして対価を支払っていなければ周囲の不興を買ってやはり政策としては失敗だ。
どう転んでも父上からの評価が上がるはずがなく、俺に対する嫌がらせ以外にはなり得ない。
良策だと思い込んでついでに俺に嫌がらせをしているのか、損得勘定をかなぐり捨ててまで俺に嫌がらせをしているのか、どっちなのかは気になるが……それだけだ。
「……あなたはロイド兄様のこと、相手にすらしてないのね」
「いや、別に相手にしてないわけじゃないぞ?」
「でも、面倒な相手くらいにしか思ってないんでしょ?」
俺は返答を避けて肩をすくめた。
「アレンは凄いわね。あたしも負けないように頑張らなくっちゃ」
「俺もクリス姉さんのことは凄いと思ってるんだけど?」
今度はクリス姉さんが肩をすくめた。
「そのことは良いわ。なんにしても、いま必要なのは物資不足を解決する方法だけなのね」
「ああ、その通りだ。道連れだけは避けないとな」
ロイド兄上がどうなろうと関係ないが、ジェニスの町に迫った問題を解決出来なければ、父上は確実に俺の評価を落とすに違いない。
そうでなくとも、物資が不足したら俺のやりたいこと全部が停滞する。
どうしたものかと話し合っていると、フィオナ嬢が来ているという知らせを使用人から受けた。予想外のことに、俺は思わず目を瞬かせる。
「フィオナ嬢がここに来たって言ったのか? 来るって知らせが届いたんじゃなくて?」
「ええ、既に応接間でお待ちです」
「マジか……」
貴族がなんの先触れもなくやってくるなんて普通はあり得ない。緊急事態でもなければ、数日前に連絡するのが一般的である。
なんだか分からないけど、ひとまずは会議を中断してフィオナ嬢と会うことにする。
クリス姉さん達には休憩を取ってもらい、俺は応接間へと移動する。フィオナ嬢――というか妹のエリスは、俺を見るなりソファから立ち上がった。
「アレン様、本日は突然申し訳ありません。早急にご相談したいことがありまして、こうして先触れもなく飛んできてしまいました。どうかお許しください」
「分かった――というか、ここには俺しかいないから、かしこまらなくて大丈夫だぞ?」
「あぁ、そうなんだ。だったら、楽にさせてもらうね」
深窓の令嬢の化けの皮は一瞬で剥がれてしまった。腰を落としたエリスは豊かな胸を揺らしつつ、ソファにだるんともたれ掛かる。
「いやまぁ……良いんだけどさ。それで、急ぎの相談ってなんだ?」
「とある町の税が下がって、周辺の商人が集まってるのは知ってる?」
「あぁ、その話か。ちょうど対策を話し合っていたところだ」
ロイド兄上の嫌がらせである可能性が高いこと。ロイド兄上はそのうち自滅する可能性が高いが、うちまで巻き込まれそうなこと。
その対策として、どこかの領主と直接取引をしようと考えていることを話す。
「そうなんだ。それじゃ、ちょうど良かったね」
「……ちょうど良かった? どういうことだ?」
「その取引の相手に、アストリー侯爵家が名乗りをあげるってことだよ」
「……む?」
ちょっと驚いた。
「どうしたの? そんなに驚いた顔をして」
「いや、だって……アストリー侯爵家は資源の輸出で成り立ってる領地だろ? いまは資金難だし、短期的な利益とはいえ、見逃すのは惜しいんじゃないか?」
「まぁ……正直に言えばそうだね。お父様も目先の利益を優先しようとしてたみたい。でも、私が説得したの。兄さん――アレン様と手を組んだ方が絶対に良いって」
「ふむ。ここにいるってことは、説得できたってこと、だよな?」
アストリー侯爵領は銅や錫が産出される。災害続きで産出量は減っているそうだが、それでも相応の輸出量がある。
優先して輸出してくれるのなら一気に問題は解決するだろう。
「うん。条件付きだけど説得してきたよ」
「……条件付き? 割増料金とか言うんじゃないだろうな?」
アストリー侯爵家には、今回の婚約で資金援助が決まっている。割増料金を払うのなら、ほかの領地とあらたな縁を結んだ方が良い。
「大丈夫。安くは出来ないけど、高くもしない。値段は相場通りで考えているよ。その代わり、二つほどお願いがあるの。どうかな?」
どうもなにも、内容を聞かないことには判断できない。そう言って続きを促すと、フィオナ嬢は二つの条件を口にした。
一つ目は、資金援助を前倒しするように父上に頼んで欲しいと言うこと。そして二つ目は、この町の産業に一枚噛ませて欲しいと言うことだそうだ。
「資金援助の前倒しは分かるが、この町の産業に一枚噛ませてって言うのは、具体的にどういうことを考えているんだ?」
「必要な素材を今後も優先してうちから輸入することと、いつか手を広げるときにうちの領地に工房を作って欲しいということだよ」
「素材の輸入は願ったり叶ったりだけど、工房を作るって言うのは……」
たしかに、ジェニスの町で全てを作ることなんて出来ない。
だが、ウィスタリア伯爵領に工房を作れば父上から感謝されるが、アストリー侯爵領に作っても俺の利益には繋がらない。
資源の輸入と引き換えと言うには、いくらなんでも法外な要求すぎる。
「まだ私の話は終わってないよ。兄さんがなにから作るつもりか知らないけど、ウィスタリア伯爵領より、アストリー侯爵領の方が作りやすい物もあるでしょ?」
「まぁ……それはな」
かさばるような物の場合、素材を輸入して、加工して輸出するよりも、素材を入手出来る領地で加工して輸出した方が面倒が少なくていい。
「でも、結局うちの利益がなくなるだろ?」
「だからその代わり、私の知識を提供しようと思ってるの」
「あぁ……そういや、自分では作れないって言ってたな」
ウィスタリア伯爵家が少々特殊で、女性が政治に関わることは珍しい。アストリー侯爵家もそれに漏れず、エリスは自分の知識を活かす機会がないと言っていた。
そこまで聞けばおおよその要求は分かる。
「エリスの知識で作るなにかを俺に渡す代わりに、アストリー侯爵領で作った方が良い物を見繕って渡せってことだな?」
「うん、そうしてくれると嬉しい」
「ふむ。だが……名目はどうするつもりだ?」
女であることを理由に知識を活かせないから、フィオナ嬢が俺に貴重な技術を提供したなんて打ち明ければ、アストリー侯爵の面目を潰すことになる。だが、フィオナ嬢が技術提供したことを隠せば、俺はただ同然でアストリー侯爵家に儲け話を提供したことになる。
現時点で、父上の評価を下げるような真似は遠慮したい。
「名目は、婚約者の実家への支援でどうかな?」
「だが、それだけじゃ……」
「分かってるよ。だから、収益の一部を兄さんに渡すって言うのはどうかな?」
「それなら文句は出ないと思うけど……良いのか?」
本来なら、エリスが得られるはずの名誉と利益だ。にもかかわらず、俺が提供したという名誉を得て、利益の一部も得ることになる。
「私一人じゃどうにもならないことだから、兄さんの名前を借りることへの報酬だと思ってくれれば良いよ。それに、実家は救いたいけど、私はもうすぐ兄さんのお嫁さんになるんだもん。兄さんの利益を優先するのは当然だよ」
エリスは組んだ腕で豊かな双丘を寄せて持ち上げた。清楚なお嬢様のミスマッチなセックスアピールに目が離せない。
ゴクリと喉から音がして、それで初めて生唾を飲み込んだことに気がついた。――って、ちっがーうっ! 相手は妹! 前世の妹だから!
おおお、落ち着け俺。そしてエリスの言ってることがおかしいって気付け!
「な、なに言ってるんだ。俺とおまえの婚約は仮のもの。将来破棄する約束だろ?」
「それなんだけど、私……思ったんだよね」
「お、思ったって……なにを?」
嫌な予感がする――と思いつつ、どこかで期待する自分がいる。そんな乱れた心に翻弄されながら、俺は表情をきゅっと引き締めた。
「アストリー侯爵家が復興しても、どのみち兄が後を継ぐんだよ。でもって、私はどっちにしても政略結婚させられちゃうでしょ?」
「まぁ……そうだけど。でも、選択肢の幅はグッと広がるだろ?」
現状だと、資金援助してくれる相手しか選べない。と言うか、俺が断っていたら、俺の父上と結婚させられていた可能性が高い。
だが、アストリー侯爵家が豊かになれば話は変わる。
フィオナ嬢はもともと由緒ある侯爵家のご令嬢なので、ぜひとも結婚させてくださいと良家の子息から縁談がたくさん持ちかけられるだろう。
前世の兄なんかと結婚しないで、その中から選べば良いと思う。
「兄さんは分かってない、全然分かってないよ! たしかにいまよりはマシな相手が選べると思うけど、それでも兄さんの方が良いに決まってるじゃない!」
「え……」
い、いまにして思えば、あれこれして欲しいとわがままを言いつつも、ずっと俺に纏わり付いていた。まさかエリスは、俺のことが……本気で好き、だったのか?
~~~っ。ヤバイ、予想外だ。予想外すぎて反応に困る。
「あのね? 立場が逆転するってことは、私の嫁ぐ先は貧乏な可能性があるの。そうじゃなくても、この国の貴族は基本、女性に政治はさせてくれないんだよ? 兄さん以外の誰かと結婚しても、あんまり自由に過ごせないと思うんだよね」
「は? え? それって、もしかして……俺の方がマシってこと?」
「うん? 最初からそう言ってるよね?」
う゛ぁあああああああぁぁぁああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁあああああああああぁあぁあぁぁあっ!
なにがいまにして思えば俺のことが好きだったのかもだよ! ドヤ顔でそんなこと考えた馬鹿はどこのどいつだ!? ここにいる俺が馬鹿だよこんちくしょう!
「ちょ、兄さん? 急に身もだえしてどうしたの?」
「な、なんでもなかったことにしておいてくれ」
「なかったこと? えっと……良く分からないけど、うん」
穴があったら入りたい。
妹に異性として好かれている――なんて恥ずかしい勘違いをして動揺する俺に交渉する気力なんて残っていなくて、ほとんどエリスの提案通りに取引が纏まった。
ひ、ひとまず、目下の問題は解決出来そうだから良しとしよう……
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