第12話 異世界姉妹と始める町開発 7
ブラックボアの肉を振る舞って、魔物の脅威に対抗する目処が立ったことを町の住人達に知らしめてから数日。更に追加で二頭のブラックボアの退治に成功した。
そのうち、罠を逃れて警戒心の強くなったブラックボアが現れたりするかもしれないが、重要なのは個体数を減らすこと。
そうして彼らの餌が不足しなくなれば、人里に現れることも減っていくだろう。
と言うことで、俺はアオイの家を訪ねた。
「アレンお兄さん、いらっしゃい!」
扉を開けたアオイがパタパタとシッポを振ってじゃれついてくる。カエデのときも少し思ったけど、本能的な部分がイヌっぽい。
「アオイ。元気してたか?」
「お兄さんのおかげで凄く元気だよ! ブラックボア、退治してくれてありがとうね。お父さんも凄く喜んでたよ!」
「そかそか。でも、まだ数体倒しただけだから、しばらくは気を付けるんだぞ?」
「うん! お父さんも近所のおじさんも、もう少し安全になるまでは森に入らず、みんなで助け合って頑張るって。アレンお兄さんのおかげだって、みんな言ってるよ」
「……そっか」
ふと気付いたけど、領主としてなにかして、それを領民に感謝されるのは初めてだ。不意打ちだったけど、達成感があって嬉しいな。
「ところで、お兄さん。アオイになにかご用?」
「あぁ、そうだった。頼んでた件、出来てるか?」
「うん。お兄さんにもらった羊皮紙に纏めてあるからちょっと待っててね」
アオイはパタパタと奥へ走って行くと、すぐに羊皮紙を持って戻ってきた。それを受け取った俺はどれどれと視線を走らせる。
纏められているのは、住民達の生の声。
カエデも言っていたが、町の住民が不安に思っているのはやはり、魔獣の件と農作物の収穫量が減っていることが多い。
ほかには、農具の不足なんかが書かれている。
「この農具の不足って言うのは? 町で売ってないのか?」
「えっとね……それは、遠くの農村出身の人なの。その農村で使われてた農具が、この辺りでは使われてないんだって。それで、あれば便利なのにって愚痴ってたよ」
「……あぁ、そっか。そう、だよな」
新しい農具の存在を知らなければ、欲しいという要望すら上がってこない。不満がないからと言って、その方面が充実しているとは限らないんだ。
「アオイ。その農具のこと、詳しく聞いておいてくれ。それから、この町の畑ではどんな農具を使って、どんな風に作業をしているのか実際に見てみたい。案内してくれるか?」
「うん、もちろんだよ~」
アオイは元気よく頷いて「えへへ、お兄さんとお出かけだぁ」と腕を絡めてくる。どうやら、俺と一緒に出かけるのが嬉しいらしい。
なんと言うか……素直で愛らしい。
どこぞの俺を振り回すわがままな妹とは大違いだな。
「アオイはずっとそのままでいてくれよ」
「わふ? えっと……うんっ!」
愛らしいアオイの頭を撫でつけて、俺は農場へと足を運んだ。
「ここがうちの畑だよ~」
アオイが連れてきてくれたのは近くにある農場。遠くにはアオイの父親や、近所の人とおぼしき人達が畑仕事に精を出している。
「ホントに水路がないんだな……」
「うん。川が低いところにあるから無理なんだって。でもでも、井戸はあるんだよぉ」
アオイが指差した遠くの方に、ぽつんと井戸が存在している。だが、畑の面積を考えると、あの井戸で水をやるのは重労働過ぎる。
とくに、井戸から少し離れるだけで地獄のような手間が掛かるに違いない。
「ちなみに、畑はどういう方式なんだ?」
「どういうって……どういうこと?」
「なにをどんな間隔で植えてるか、とか?」
「えっとねぇ……」
アオイの説明によると、連作障害の対策はなされているようだ。
ただし、畑を連続で使わずに休ませる程度の対策で、前世の俺が聞きかじった方法と比べると、ずいぶんと不完全な対策のように思えた。
前世で薬草栽培を手がけたときに、農村出身の冒険者に少し教えてもらったことがある。
彼の故郷では連作障害を避けるために、穀物、牧草、家畜飼料などを順番に植えていたそうだ。牧草に土壌を改善する効果があるとかで、休ませる必要がなくなるらしい。
ついでに言えば、冬の家畜飼料を確保できることから、一年を通じて家畜の飼育が出来るようになったと言っていた。
それまでは、冬には家畜を殺していたので、かなり効率がよくなったそうだ。
総合的に考えてかなりの効率アップが図れるはずだが、気候や土壌、作物の種類によっても変わってくる可能性はあるだろう。
実施するのは慎重を期する必要がある。
とはいえ、実験をしなければ有用かどうかの確認も出来ない。
それに、父上がいつごろ次期当主を決めるか分からないが、五年も十年も掛けていたら手遅れになる可能性が高い。出来るだけ早く、有用だという確証が欲しい。
「なぁ、アオイ。お父さんに相談して欲しいことがあるんだけど」
「相談? なにを相談すれば良いの?」
「新しい農業の方法。もしそれで不作になったらその分は保証すると約束するから、テストケースとして実験に付き合って欲しいんだ」
連作障害の一環として畑を休ませるという概念がある以上、連続でなにかを植えるという方法には難色を示す者も多いはず。
だけど、この町で実際に成功した例があれば、ほかの農民達も受け入れやすい。その成功例になってもらうべく、俺はアオイの父親と交渉することにした。
それから数ヶ月。
ブラックボアの退治は順調で、肉や毛皮がこの町の特産品となりつつある。そうして得た資金を活用することで、水路を掘る資金も確保することが出来た。
それに、水を汲み上げるための魔導具も試作品が完成した。水路の完成までにはまだもう少し掛かりそうだが、今日は実際に水路に水を流してみることになった。
川に支流を作り、その支流から農場へ続く水路まで水を持ち上げる。そのための魔導具を設置してもらう。
「それじゃクリス姉さん、よろしく頼む」
「ええ、分かったわ。それじゃ貴方達、これを支流に取り付けてちょうだい」
クリス姉さんの指示で、兵士が魔導具の設置を始める。
ちなみに、前世の国にあった手押しポンプと見た目がかなり似ている。あっちは魔導具ではなくカラクリの類いだったけど、原理は似ているのかもしれない。
「どうかしたの?」
「あぁいや、井戸とかにも流用できるかなと思って」
「アレンがそう言うと思って、将来的にはほかの物にも使えるように設計してあるわ」
魔導具で水を汲み上げるにはコストが掛かりすぎる。それでも非常用として魔導具を欲したのは、水路で必要なくなっても応用する道があったからだ。
現段階ではそこまで説明してなかったのに、クリス姉さんはそれを踏まえて製作してくれたようだ。俺よりもよっぽど、先を見通す目を持っているな。
「さすがクリス姉さんだな」
「あら、ありがとう。でも本当に凄いのはあなたの方よ。魔導具を平民のために作るなんて、あたしじゃ思いつきもしなかったもの」
「そうなのか?」
「魔導具といえば、貴族が優雅な暮らしをするために作る物よ。灯りのように平民に広まった魔導具もあるけど、最初から平民のために作るという発想はなかったわ」
「そうか? 貴族の暮らしは領民に支えられている。だから平民の暮らしを豊かにすることは結局、自分達の暮らしをよくすることに繋がるだろ?」
「そう考えられるあなたが特別なのよ」
クリス姉さんは、まるで自分のことのように嬉しそうに微笑んだ。
だけど、不意になにかを思い出したかのようにその笑顔を曇らせる。
「ねぇ、アレン。一つ聞いて良いかしら?」
「ん? なんだ?」
「アストリー侯爵家の令嬢と婚約したって聞いたんだけど……どうして断らなかったの?」
「え、どうしてそんなことを聞くんだ?」
フィオナ嬢が前世の妹であることはもちろん秘密だ。だから、どうしてそんなことを聞かれるのかと警戒してしまう。
「ほら、アストリー侯爵家っていまは落ち目でしょ? たしかに血筋は立派だけど、アレンが現時点で婚約するほどの利点はないと思うのよね」
「そう、だな。俺も血筋を手に入れると言うだけなら断ってたと思う」
「なら、どうして? もしかして……あたしのせい? あたしの政略結婚を保留にする交渉材料で、お父様と取引したんじゃない?」
「……ん? あぁ、違う違う」
様子がおかしいと思ったら、自分のせいで俺が婚約したのかもって心配してたのか。どうりで歯切れが悪いわけだ。
「俺がフィオナ嬢と婚約したのは、彼女の知識量が凄かったからだよ」
「そう、なの? まだ十四歳だって聞いたけど、アレンがそんな風に言うなんて凄いのね」
感心半分、疑惑半分ってところかな。
ただ、姉さんが疑ってるのは俺がクリス姉さんのために嘘を吐いている可能性だろう。前世の妹であることを隠してるとは思わないはずだ。
「彼女の知識量については会えば分かると思うぞ」
「ふぅん、そっか。まぁ……アレンが納得しているのなら構わないわ」
「納得、納得かぁ……」
「あら、やっぱりなにか問題があるの?」
「いや、そういう訳じゃないんだが……」
まさか、婚約者が前世の妹で悩んでるなんて口が裂けても言えない。
「なによ、なにかあるのなら言ってみなさいよ。もしかして、性格が悪いとか?」
「いや、フィオナ嬢にはなんの問題もない」
外見は可愛いし、性格だって悪くない。
ただ、中身が前世の妹なだけで。
「……あの、さ。クリス姉さんは兄妹(きようだい)で結婚って、どう思う?」
「ふぇっ!? きょきょっ、姉弟(きようだい)で結婚!?」
クリス姉さんが信じられないと目を見開いた。
「きゅ、急になにを言い出すのよ!?」
「……やっぱり驚くよな。肉体的には他人でも、精神的には家族として繋がってる。そんな二人が結婚するなんておかしいよな」
「そ、それは……えっと、ちちっ、血が繋がってないなら、問題ないんじゃない、かしら?」
「え、そうかな?」
「す、少なくともっ、ああっあたしは問題ないって、その……思う、わよ?」
俺を見上げるクリス姉さんの頬が赤らんでいる。それに、よく見ると瞳も潤んでる気がするけど……もしかして、熱中症か?
今日は日差しが強いのに長話をして、もう少し気を使うべきだった。自分の持っていたタオルをクリス姉さんの頭に乗せる。
「……アレン?」
「ごめん、急に変な話をして。この話はここまでにしよう」
「……そう、ね。いまのあたし達が踏み込める話じゃないわよね。まずはこの町を豊かにして、アレンが当主になってから考えましょう」
……あれ? 俺が当主になったら婚約破棄を考えてることは言ってないのに、クリス姉さんはそこまで察してるのか?
そのうえでこんな風に心配してくれるなんて、クリス姉さんは優しいな。
愛人の子供である俺と、優秀な娘として養女になったクリス姉さん。最初はギクシャクした関係が続いていたけど、姉弟として上手くやっていけそうな気がする。
「ありがとう、その言葉だけで十分だ。ひとまず……領地の話に戻そう」
「ええ、頑張ってこの町を豊かにして、お父様に認めてもらいましょう」
「ああ、よろしくな」
あらためて、一緒に経営を頑張ろうと約束を交わす。
それからほどなく、魔導具の設置完了の知らせが入った。クリス姉さんの指示のもと、魔導具を起動すると、パイプが川の水を吸い上げ、用水路へと水を流し始めた。
「おぉ……水が流れたぞ!」
「これで、晴天続きのときにも、畑に水をやることが出来るぞ!」
兵士達が歓声を上げる。
水量は手押しポンプで水を流し続けているくらい。川として機能させるには苦しいが、一度ため池に水を貯めてしまえば、普段は蒸発分を補うだけで済む。
ひとまず、雨が降らないときに使うくらいはなんとかなるだろう。
「さすがクリス姉さん、完璧だ。ありがとうな」
「ふふっ、アレンの役に立てたのなら嬉しいわ。でも、もう少し改良するわね。このままだと水に混じったゴミを吸い上げて詰まったりとかもありそうだしね」
「なるほど、その辺は任せるよ。……うん、クリス姉さんに頼んで良かった」
俺はそこまで気が回らなかったし、外注だと注文通りにしか出来なかったはずだ。
これで、町の住人達も少しは信頼してくれるだろう。そうすれば、新しいことを始めるときに、力を貸してくれる者達も増える。
次は新しい農具を初めとした道具の開発。そのために必要な職人の募集。他の町から色々な物を仕入れ、様々な物を作っていこう。
そんな風に思ったそのとき、レナードがやって来た。
「アレン、問題が発生だ」
「……問題?」
「ああ。この町へやって来る商隊の数が減って、色々な物が不足しそうになっている」
商隊が来なければ、従来の品はもちろん、新しい物を作るために必要な素材も揃わない。いきなり出鼻を挫かれるような報告に目眩を覚えた。
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