第11話 異世界姉妹と始める町開発 6

 クリス姉さんは一日でブラックボアを捕まえる罠の設計図を書き起こしてしまった。

 しかも、この町の猟師が作っていた罠を調べ、それを改造するだけで作れる仕様にしてくれたので、わずかな期間でブラックボアを捕まえるための罠が一定数完成した。

 クリス姉さんは俺が思っていたよりもずっと優秀だったらしい。


 そんなわけで、俺は動員した兵士を連れて森へ入った。

 カエデには猛反対され、クリス姉さんやレナードにまで止められたが、最終的にはレナードを護衛として連れて行くことで納得してもらった。

 護衛としての訓練も受けているらしい。


 本音をいうと、いざというときに護らなくてはいけない相手を連れて行くのは厄介だが、誰かに心配されるというのは新鮮だ。

 面倒だと思う反面、悪い気もしなかった。


「アレン様、ありました」


 森に少し入った辺りで、同行してもらった猟師がブラックボアの痕跡を見つける。いくつか行き来した足跡があることから、この辺りをブラックボアが通り道にしているようだ。


「よし、この辺りに罠を仕掛けてくれ。ただし、必ず複数人で移動して、決して周囲の警戒を怠るな。もしブラックボアが現れたらすぐに俺を呼べ」


 イヌミミ族にネコミミ族、更にはエルフなど。

 他種族で編成された兵士達――と言っても、普段は農業を営んでいる町の住民だそうだが、彼らは緊張した面持ちで頷いて、何組かに別れて周囲へと散っていく。


「俺を呼べ、じゃねぇぞアレン。ブラックボアが現れたらおまえは後ろで待機だからな?」

「分かってるよ」


 レナードの苦言に俺はしれっと嘘を吐いた。いまから約束を破る素振りを見せていたら、いざというときに最優先で止められるからな。

 動くときは予備動作を見せず迅速に、だ。


「しかし、ずいぶんと森の浅いところにまでブラックボアが出てきているんだな」


 魔物というのは、大気中に存在する魔力素子(マナ)の濃い場所を好む。ゆえに、魔力素子(マナ)が濃い場所に町が作られることはない。

 結果、人里に魔物が現れることはあまりない――はずなのだ。


「たんにブラックボアが増えすぎたんじゃないか?」


 たしかにレナードの予想が一番ありうる可能性だろう。同じ餌を食べる動物が増えすぎれば食糧が不足して、他所から食料を得るために移動を開始する。

 それは動物であれば――人間であっても珍しくはない。


 だが、それはつまり、森の奥にはたくさんブラックボアがいると言うことになる。ほかに変な原因があっても困るが、魔物の大量発生というのも出来れば遠慮したいところだ。


「兵士の訓練は急いだ方が良さそうだな」

「あん? アレンは魔物の出現が今後も続くと思っているのか?」

「それは分からないが……今回みたいに問題が発生してから対処してたら間に合わないからな。可能性がある以上、対策は取れるうちにとっておいた方が良いだろ」

「だが、この町の兵を鍛えるのは……」


 レナードが表情を曇らせた。


「そんな顔をしなくても予想はついているさ。この町にまともな防衛力がないのは、他種族には叛意がないと証明するため……いや、証明させられているから、か」


 魔物以外にも、脅威となる者が現れないとは限らない。なのに、一万人ほどいる町にまともな兵士がいないというのは本来あり得ない。


 だが、この町が他種族の集まる町だと考えれば察しはつく。

 獣人族の集団が武力を持つことに、近隣の町に住む住民――人間が不安を抱く。ゆえに、当時のウィスタリア伯爵家は彼らを保護する代わりに、戦う力を取り上げたのだ。


「おまえはそれを理解した上で、彼らに力を与えるつもりなのか? 彼らを纏めるカエデが翻意を抱くとは思わないのか?」

「あぁ……カエデな。あれはかなりくせ者だな。俺が自分で魔物を退治しに行くと言ったら、兵士達を森に派遣すると即断したぞ」

「それがどうした? おまえに無謀を許してなにかあれば、当主から相応の罰が与えられるだろうことは想像に難くない。それを避けるのは当然だろう?」

「ああ、その通りだ。だが、民兵を派遣する必要はなかった」


 俺は一度言葉を切り、作業をしている連中に話し声が聞こえないことを確認する。


「カエデには、冒険者を雇って退治させるという選択もあった。だが、民兵に魔物退治をさせたら無視できない被害が出ると理解した上で、カエデは兵の派遣を即断したんだ」

「命より金を取った、と言うことか?」


 レナードが眉をひそめる。


「いや、俺の予想は違う。カエデは今後のことを考えて兵を派遣した。目的はおそらく、自衛の戦力を手に入れることだ」

「まさ、か……兵士の犠牲を織り込み済み、と言うことか?」


 俺は無言で頷いた。

 民兵達に魔物を退治させれば相応の被害が出る。町民の不満は着任早々に無茶な指示を出した俺、ひいてはウィスタリア家へと向けられるだろう。


「被害が出たところで父上に訴える。これはウィスタリア領主一族の失態ではない。ジェニスの町にまともな兵士がいないことが問題である――ってな」


 拒否すればジェニスの町の民に不満を抱かせることになる。それを避けるために、最小限の防衛兵力の所持を認める必要がある。

 どっちがマシかという問題だが、今後も魔物が現れることを考慮すれば後者。おそらく父上は、ジェニスの町に兵力の所持を認めるだろう。


「カエデは……叛意を抱いているのか?」

「それはない。もしそんなことをしたら、ウィスタリア伯爵家どころか国を敵に回して一瞬で潰される。それが分からない奴じゃない。それに……編成された種族を確認してみろ。イヌミミ族、ネコミミ族、エルフ……」

「人間がいない、のか?」

「父上の不興を買わないためだろうな」


 だが……おそらくはそれも腹案、もしくは苦肉の策。それを選ばなくてはいけなくなったのは、俺が一人で森に行くと言い出したから。

 苦渋の決断で民兵の派遣を決めたというのに、俺がその兵士達に同行してしまった。今頃、俺のことを苦々しく思っているだろう。


 もっとも、ブラックボアと真正面から戦うのではなく、罠を仕掛けて退治という選択をしているので、そこまで心配してないかもしれないけど、な。


「決断が出来ないと言ったのは悪かったな」


 いまとなっては、カエデが魔物の被害に対してなにもしなかったわけではなく、なにもしないという選択をしていたことは明らかだ。

 個々の命ではなく種族全体を護るために、非情な選択を続けていたのだろう。


「だから、町に戻ったら兵士の訓練を提案する」

「彼らから力を奪ったのは、ウィスタリア伯爵家だろ? ご当主の機嫌を損ねないか?」

「力を奪ったのは過去の当主だし、いまはその対価であったはずの安全が脅かされている。だから兵を鍛えることに問題があるとは言わせない」


 それに――と、俺は父上の思惑を考える。

 ジェニスの町の住民が自分達の意思で兵力を増強したら問題になるが、町を統治する俺が私兵を鍛える分には文句の言われようがない。

 それを見越して、俺を派遣したのかも――なんて、考えすぎかもしれないけどな。


「本当に兵力を増強するのか?」

「本気だ。それにもしダメだと言われたら、ウィスタリア伯爵家の兵士を派遣してこの町を護ってくれと交渉する」


 別に造反が目的じゃないので、町が護られるのなら過程はどっちでも良い。というか、伯爵家の兵士に護ってもらった方がお金が掛からなくていい。

 それを聞いたレナードは、そういうことならと納得してくれた。


「そういう訳で、兵士を鍛える人材に当てはないか?」

「兵士を鍛える人材、か。……引退した騎士に心当たりがある。歳を理由に騎士団から引退したが、兵士を鍛える分には問題がないはずだ」

「ふむ。そういうことなら、カエデにこの町の資金を使えるように交渉する。おそらくは断らないはずだ。レナードはその騎士の説得をしてくれるか?」

「ああ、任せておけ」


 兵士とは名ばかりの獣人達がおっかなびっくり罠を仕掛けるのを遠目に、俺はこの町の未来予想図を描いていった。




 罠の成果が出たのは、わずか数日後のことだった。執務室で書類仕事をこなしている俺の元にレナードが駆け込んできた。


「おいアレン、朗報だ。さっき巡回の兵士から連絡があって、罠に掛かっていたブラックボアを発見、無事に退治することが出来たそうだ」

「よくやった!」


 俺は思わず机に手をついて立ち上がった。まだたった一体だが、被害を出さずに脅威を排除できたという点が大きい。住民の不安を払拭する好機だ。


「それで、退治したブラックボアをどうするか質問が来ているが……どうする? 売れば十分な金額になると思うが……」

「いや、討ち取った証拠として公開して、焼き肉にでもして皆に振る舞おう」


 ブラックボアの図体は二、三メル(一メル=一メートル)くらい。食べられる部分が三分の一程度だとしても、一口サイズに切り分ければ千人単位で振る舞えるはずだ。


「売ればそれなりの金になるが……良いのか? いまはなにかと入り用だろ?」

「その通りだが……まずは根回しだ。ブラックボアを無事に倒せたという事実と、奴の肉が美味で売り物になるという事実を住民に知らしめる。あと、兵士に臨時報酬も忘れるな」


 ブラックボアを狩ることの価値を引き上げ、兵士達のやる気を引き出す。

 そうして増えすぎたブラックボアをどんどん罠に掛けて減らしていけば、いずれは町の安全が取り戻せるだろう。


 あまりやる気を出させすぎると、ブラックボアが絶滅する可能性もあるが……危険な魔物が絶滅する分には困らない。

 収入はあくまで臨時と捉えて、そのあいだに色々と考えるべきだ。



 焼き肉の手配はレナードに任せ、俺はカエデの執務室へと向かう。カエデはなにやら書類に目を通していたが、手を止めて俺へと視線を向けた。


「それはなにをしてるんだ?」

「町から上がってきた嘆願書ですわ。ブラックボアの被害のほかに、農作物の収穫量が減っているなど、いくつか問題が上がっていますね」


 俺は思わず目をまたたいた。


「……なんですか?」

「いや、素直に教えてくれるんだなと思って」


 ブラックボアの件同様に、俺に介入して欲しくなくて黙っていると思ったのだ。そんな心の声が聞こえたのか、カエデは席を立って俺の前までやって来た。


「兵士から報告を聞きました。被害を出すことなく、ブラックボアを退治したそうですわね」

「まだ一体だけどな」

「それに、この町には自衛のための兵士が必要だと、ご当主様に進言して、許可を取ってくださったそうですわね」

「必要だと感じたからやったまでだ」

「それでも、私には決して出来なかったことです。いままでの非礼をお詫びするとともに、あなたに心からの忠誠を誓いますわ」


 表情を和らげたカエデが頭を下げた。お辞儀かと思ったが、なんだかちょっと違う。頭を撫でてと突き出しているようにも見える。


「……なにをしてるんだ?」

「イヌミミ族は自分が忠誠を誓った相手にだけ、耳や尻尾に触れることを許すんです。ささ、どうぞ、ご存分にモフってください」

「……よく分からんが、こうか?」


 俺はカエデのふわふわな毛に覆われたイヌミミを撫でつける。カエデはとくに反応しないが、なんだかパタパタと音が響いている。

 ちらりと見ると、カエデのシッポがパタパタと揺れていた。

 ……これ、カエデが喜んでるだけじゃないのか? 色気あふれる妙齢の女性がシッポを振っているのは……なんだか妙な光景だな。


「ひとまず、俺を認めてくれると言うことで構わないのか?」

「もちろんです。あなたが町のためを考えてくださっているのは事実ですから。もちろん、私が認めたからと言って、町の住民全てが従うわけではありませんが……」

「それは仕方がない。徐々に信頼を勝ち取ってみせるさ」


 カエデの協力を得られたことが大きい。

 俺はさっそく、ブラックボアの肉を振る舞う計画を話す。


「私は忠誠を誓った身。アレン様の指示に従います」

「いや、俺に無条件に従うんじゃなくて意見を聞かせてくれ」


 カエデに町の総意を図る役割を果たしてもらいたいという思いは変わらない。


「……そうですね。予算的には売ってしまいたいところですが、言い分はもっともだと思います。それでは、明日の昼にでも振る舞えるようにしましょう」

「なら、レナードが準備をしているはずだから、協力して一緒にやってくれ」


 俺に従うというのなら、レナードとも上手くやって欲しい。

 俺の心の声は通じたようで、カエデはお任せくださいと微笑んだ。色々大変だったけど、今回の一件で上手く信頼を勝ち取れてよかったな。

 この調子で信頼を失わないように頑張ろう。


「あぁ、そうそう。さっき、農作物の収穫量が落ちてるって言ってたけど、それはその年の降雨量に影響してるんだよな?」

「ええ、その通りです。他にも原因はあると思いますが、それが一番の理由ですね」

「なら、ちょうど提案がある。この町の畑に水路を引こうと思ってるんだ」

「それは私も考えたことがあります。ですが――」

「川の方が低いんだろ? 知ってる」


 だったらどうしてと言いたげなカエデに、水路を引くための計画を説明する。最初は怪訝な顔をしていたカエデだが、コスト軽減案を説明した辺りで身を乗り出してきた。


「ため池を作って、非常時にだけ水を使う。そして魔石の消費量を抑え、その魔石はブラックボアから供給する、という訳ですか……あなたは、どこまで計画していたんですか?」

「魔石の件はただの偶然だ。それより、水路を引く資金を捻出できるか?」

「冒険者を雇わずに済んだことで浮いた資金と、今後ブラックボアを売って得られる資金を計算に入れれば可能だと思います。それもただの偶然だとおっしゃるのですか?」

「偶然だぞ?」

「……そう、ですか。では、あなたには天意が味方しているのでしょうね」


 カエデが嬉しそうにシッポを振る。偶然だと信じているか怪しい。買いかぶられている気がするが……その期待に応えられるように精進しよう。

 

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