第10話 異世界姉妹と始める町開発 5

 アオイには手付金を渡し、明日から屋敷に顔を出すように伝える。ついでに家まで送って父親に挨拶して、使用人として雇う旨を伝える。

 最初は疑われたけど、最終的には感謝されて娘をお願いしますと頼まれた。アオイから聞いてたとおりの、娘思いの良い父親だったな。


 打ち解けたところで話を聞いてみたんだが、やっぱり魔物の被害は続いているらしい。半年くらい前から魔物の目撃情報があって、最近は畑にまで被害が及んでいるそうだ。

 それを聞いた俺は、なぜいまだに対処されていないのかを聞くために屋敷へ戻った。


「あら、お早いおかえりですわね。町を実際に見に行ったのではなかったのですか?」


 カエデが俺を見てそんな言葉を口にした。俺が出掛けたのは知ってるはずだから、ちょっと町を見ただけで視察をしたつもりになっているのかって嫌味だろうな。


「問題が見つかってな。だから途中で切り上げた」

「……問題、ですか?」

「魔物による被害が半年ほど前から広がってるらしいな」


 町の不利益になるのなら、身を挺しても俺の指示に反発する。そんなことまで言っていた者が、町の抱えている問題を放置するのはどういうことなのか。

 そんな痛烈な批判が伝わったのだろう。カエデの顔に張り付いていた作り笑顔が消える。


「その反応。知っているのに放置していたな?」

「その言われようは心外です。放置していたのではなく、対処できなかったんです」

「どっちにしても、苦しんでいる民にとっては同じことだ」

「ですが、統治者としてはまったく意味が異なります」


 飢饉に見舞われているのならともかく、平時に幼い娘が生活のために花を売ろうとするのはかなりの異常事態だと思うのだが……相応の事情があると言いたいらしい。


「納得できるだけの理由を聞かせてもらえるんだろう?」

「我々では魔物を退治することが出来ない、それだけです」

「なにを言ってるんだ? これだけの規模の町なら、兵士だって一定数はいるだろ?」


 人口が一万として、数十人くらいの兵士はいるはずだ。

 だが、カエデはそんな俺の疑問にため息をついた。


「有事の際に兵士となる役目を負った農民はいます。ですが彼らはなんの訓練も受けていない。ましてや不慣れな森に現れた魔物と戦わせるなど、自殺行為です」


 この町で暮らす住民は平和に慣れ、戦うことに慣れていないらしい。イヌミミ族といえば身体能力の高い種族なので、少し意外だった。


「だったら、領主である父上に頼んだらどうだ?」

「被害があるとはいえ、月に一、二件ほどです。当主が動いてくれると思いますか?」

「……それは、無理だな」


 もちろん、町が自力で解決出来ない問題を解決するのが領主の務めだ。だが、客観的に見て、町が自力で解決出来ない問題とは言えない。

 その程度で騎士を動かしていれば、他の町も助けを求めてきて切りがなくなる。自分達で解決しろと言われるのがオチだろう。


「だったら……」


 冒険者を雇えば良いというセリフは飲み込んだ。

 冒険者が活動するのは、魔物が多くいる辺境や、ダンジョンのある地域。このような平和な町に冒険者が来ることは滅多にない。


 遠方の冒険者を招くとなれば、移動期間も考慮する必要がある。

 森に住む魔物を掃討するのにも時間は掛かるし、報酬には相当な上乗せが必要になる。偶然通りがかった冒険者に依頼できれば、安く依頼できるが……


「あぁそうか。冒険者が通りすがるのを待っている訳か」

「ええ。それで失われる命があることも分かってはいますが……」


 カエデの顔が悔しげに歪む。

 それはたしかに、統治する側にとってはやむにやまれぬ事情だった。

 金に飽かせていますぐ冒険者を雇えばこれから死ぬかもしれない数名の命を救うことが出来る。だが、その金をほかに使えば、より多くの命を活かす方法がある。


 大のために小を切り捨てるというのは、上に立つ者として必要な判断だが……


「それなら、兵士を使って森の魔物を間引くべきじゃないか?」

「言ったでしょう? 兵士とは名ばかりだと」

「だが、有事の際に使えない兵士など意味はない。なにより、大のために小を切り捨てる判断をするのなら、ここで躊躇うべきじゃない。それは、被害を恐れているだけだ」

「……言ってくれますね」


 苦渋に満ちた表情を浮かべる。

 おそらく、カエデにはカエデの言い分があるのだろう。だが、カエデだって俺の言い分を聞こうとしないのだからお互い様である。


「ひとまず事情は分かった。そういうことなら、俺が魔物を間引いてこよう」

「……あなたの護衛、ですか?」

「いや、ここに来るときに同行した護衛は父上の者で既に帰還している」

「では――」

「俺が自分で魔物を退治してくると言っているんだ」


 前世の俺は兄に追放された後、冒険者として生活していた。自分で一流などと言うつもりはないが、ブラックボア程度であればいまの俺でも対処できる。


「アレン様がどれだけ自分の腕に自信があるか知りませんが、上に立つ者が軽々しく命をかけるのは感心しませんよ?」

「命の価値は同等ではないと?」

「……違いますか?」


 カエデの瞳に苛立ちの色が滲んでいるのは、俺の発言に対するものか、はたまた自分で口にした考えが気に入らないからか……


「たしかに同等ではない。上に立つ者は、より多くの命を救うことがあるからな。だが、俺の命の価値はほかの奴らと変わりない。いまの俺は、後継者候補の一人でしかないからな」

「……だから、次期当主である器を示すために命をかける、と?」

「出来ることをする。ただそれだけだ」


 一般人にとっては危険な魔物でも、訓練を受けた者にとってはそこまで恐れる相手じゃない。猪突猛進なイノシシそのものだ。

 いまの俺の身体は子供だが、それを差し引いても十二分に勝てる相手だ。


 ここで引き下がるつもりはないと、俺はカエデの視線をまっすぐに受け止めた。ほどなく、カエデのアメジストの瞳に諦めが滲んだ。


「……本気、のようですね」

「もちろん、冗談でこんなことは言わない」

「仕方ありません。それではブラックボアの退治に兵を動員しましょう」

「ああ。……あ?」


 では好きにしてくださいという答えを期待していたのに、なぜそんな結論に至ったのか訳が分からない。

 戸惑う俺に対して、カエデは溜息交じりに「策士ですね」と続けた。


「……なにを言ってるんだ?」

「私があなたの要請を拒否して兵を動かさずにあなたが死んだなら、ご当主は私やこの町を許してはくれないでしょう。それを見越した上で、自分が出ると言い張ったのでしょう?」

「いや……本気で自分でなんとかするつもりだったんだが」

「嘘を吐かないでください。体つきを見れば分かります。ろくに剣も振るったことがないでしょ? そんなあなたに、ブラックボアが狩れるはずがありません。もし本気で狩れると思っているのなら、ただの世間知らずですが……そうは見えません」


 褒められているのか貶されているのか。

 いや、たしかに十六歳になったばかりの子供が戦えるとは思わないよな。

 実際、この身体はまったく鍛えていない。前世の記憶を取り戻してから鍛えるようにしているが、筋肉がつくのはもう少し先だろう。

 客観的に見て、戦えるように見えないのは当然だ。


 ただ……困った。

 ある程度の被害を覚悟して魔物を退治して、町の安全を買うのはベターな選択だ。ただしそれは、ほかにより良い方法がなければという前提がつく。


 俺が森に行けば、時間は掛かるが安全に敵を減らすことが出来る。ついでに言えば、それによって住人の信頼を得られるかもしれない。

 対して、いきなりやって来た俺の一声を理由に兵を動かして被害を出したら、魔物を退治したとしても俺に対する不満が集まる。

 だが、あんな風に牽制された上で、俺が一人で行くと言い出したら信用を失うだろう。


 兵士に被害が出ないように鍛えるか?

 ……いずれは必要なことだが、いまから鍛えていたら色々と手遅れだな。


 厄介だ。凄く厄介だ。

 俺自身の利害を考えたら、カエデに責任を押しつけて、このまま町に被害が出るのを見ていた方がマシなレベルである。


 なにか、ほかに被害を抑えてブラックボアを退治する方法は……

 ……ん? ブラックボア? そういえば、前世の俺が立ち寄った中に、ブラウンボアを狩って食料にしている村があったな。

 わりと美味い肉だった記憶があるが……問題はブラウンボアを村人が狩っていたことだ。ブラックボアに比べればかなり弱いが、村人に取って脅威なのは変わりがない。

 それを狩っていたのは、たしか――


「少し思いついたことがある。兵士をいつでも動かせるように準備をしておいてくれ」


 今後の流れを頭の中で組み立てつつ、怪訝な顔をするカエデを置いて部屋を出た。



 カエデとの話し合いを終えた後、その足でクリス姉さんのもとを訪れた。俺が町を視察していたわずかな時間で、屋敷に研究用の部屋を用意してしまったようだ。

 改装された客間に、魔導具を開発するための設備が並んでいる。クリス姉さんはそんな部屋の机に向かって、なにやら紙に書き込んでいた。


「クリス姉さん、頼みがあるんだが……」

「え、お姉ちゃんの身体に興味があるの? もぅ、仕方ないわね。こっちに来なさい」

「誰もそんなことは言ってない」


 と言うか、仕方がないという顔がまったくもって仕方なさそうじゃない。

 気の強いクリス姉さんはどこへ行ったのだろうか。さすがに本気にするつもりはないが、この変わりようにちょっと戸惑う。


「それで、アレンのお願いってなぁに?」

「あぁ、実は作って欲しいものがあるんだ」

「えっと……魔導具で水を用水路に流すのよね?」

「いや、それより先に作って欲しい。魔導具である必要はないんだけど、こう……板を踏んだら、わっかにした縄が引っ張られるような感じの道具が欲しい」

「あぁ、踏み板式ククリ罠ね。獣の被害でも出てるの?」


 クリス姉さんがあっさりと目的を看破する。それどころか、俺が前世の記憶を頼りに説明した罠にも心当たりがあるらしい。


「クリス姉さんはその罠を知ってるのか?」

「獣の被害が多い領地ではわりと有名な罠よ」

「そうなのか。なら、この町にもあるかな?」

「んん……森が近くにあるし、猟師だっているでしょう? 探せば罠を作ってる人はいるんじゃないかしら? なにを捕まえたいの?」

「ブラックボアなんだ」


 コテリと首を傾げていたクリス姉さんが目を見開いた。イノシシや鹿みたいな普通の獣を予想していたんだろう。


「ブ、ブラックボアは、さすがに普通の罠じゃ無理ね。あぁ、つまりアレンはあたしに、ブラックボアを捕まえられる罠を作って欲しいのね。しかも、出来るだけ早く」

「……頼めるか?」

「あたしの交換条件を叶えてくれるなら」

「……交換条件? 俺に出来ることなら構わないけど」

「それなら問題ないわ。アレンにしか出来ないことだから」


 そう言ってクリス姉さんが俺に伝えた交換条件はいまいち良く分からないものだった。


「そんなことで良いのか?」

「そんなことが良いのよ」

「良く分からないが、クリス姉さんがそれで罠を作ってくれるのなら」


 俺はクリス姉さんの要望通りに背後に回り込み、クリス姉さんを軽く抱きしめた。そうして耳元に唇をよせ「クリス姉さん、お願い」と囁く。

 途端、クリス姉さんはその身を震わせた。


「……クリス姉さん?」

「し、仕方ないわね。アレンがそこまでお願いするのなら頑張ってあげるわよ」

「いや、姉さんがお願いしろって言ったんじゃないか」

「黙りなさい、作ってあげないわよ?」

「お願いします」

「ふふっ。じゃあ、頑張って作ってあげる」


 さっそく罠の設計図を書き始める。ちょっぴり頬を染めたクリス姉さんはなんだか可愛くて……それ以上に意味が分からなかった。

 

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