第8話 異世界姉妹と始める町開発 3

 エリス――というかフィオナ嬢との婚約は、アストリー侯爵に歓迎された。資金援助などの条件を満たす中で、フィオナ嬢が自ら望んだ相手だと思っているからだろう。


 実際は、前世の兄に助けを求めてきただけなのだが……それは言わぬが花である。というか、言ったら絶対に話がややこしくなること請け合いだ。

 そういう意味では、俺もフィオナ嬢が前世の妹だって知りたくなかった。知らなければ良縁として婚約することも出来たんだが……結ばれてから気付いたら悲惨だし仕方ない。


 それはともかく、婚約の詳細は両家の親が煮つめることになる。そんなわけで、俺はアストリー侯爵に挨拶をして一度屋敷に帰還。

 婚約する旨を父上に伝えた後、北東にあるジェニスの町へと向かうことになった。


 馬車で出発する前にクリス姉さんに挨拶をしておきたい。そんな風に思ったのだけど、なぜかクリス姉さんは捕まらなかった。

 代わりに、会いたくもないロイド兄上に出くわしてしまう。


「……ちっ、おまえか。上手くやったようだな。だが、あれは運が良かっただけだ。それがおまえの実力だと思って調子に乗らないことだな」


 出し抜けにそんなことを言われる。

 更に――


「まあいい。せいぜい徒党を組んで掛かってこい。小物同士が徒党を組むのは当然の戦略だからな。次期当主に相応しい俺が纏めて叩き潰してやる」


 ロイド兄上は言いたい放題に言うと、どこかへ立ち去っていった。俺はなにを言ってるんだこいつって心境で、その後ろ姿を見送った。


「なぁ、レナード。兄上はなにを言ってたんだ?」

「それはデビュタントのことだろう」

「……デビュタント? 本来なら自分でバームクーヘンを発表して、その場で他領との取引までこぎ着けるつもりだったんだぞ?」


 クリス姉さんだって、本来なら自分の力で大成功を収めていたはずだ。それらが兄上の妨害工作のせいで瓦解した。調子に乗る理由がなにひとつない。


「ロイド様はそれを知らないからな。おまえがクリス様の支援を受けたおかげでデビュタントを大成功させたと思って嫉妬しているんだろ」

「……嫉妬? クリス姉さんの支援が羨ましい、と?」


 実はシスコンだったのか? とか思ったが、レナードはそうじゃないと笑った。


「ロイド様のデビュタントは金に飽かしただけだったからな。クリス様はもちろん、おまえのデビュタントにも劣っていた。だから、だよ」

「……ふむ。それで調子に乗るな、か」

「おまえが予定通りにデビュタントを成功させていたら発狂してただろうな」


 そこまでかよって思ったが、あのデビュタントで嫉妬したというのならあり得るかもな。

 でもなぁ……俺を貶めても、自分が上がらなきゃ意味ないだろ。俺に嫉妬してる暇があるなら、自分の領地の開発をすれば良いのに。


「……そういや、どうしてロイド兄上はこの屋敷にいつもいるんだ? 二年前から町を一つ統治してるはずだろ?」

「あぁ……なんでも、この屋敷の方が暮らしやすいからだそうだ。それで、大半はこの屋敷から指示を出しているらしい」

「はぁん?」

「アレンもそうするか?」

「ねぇよ。自分が管理する町を見なくてどうするんだ」


 当主になれば、各町を代官に任せるのは当然だ。だけど、いまはその任される側の立場なのだ。離れた町から指示を出すなんて非効率なことをするつもりはない。


「それでこそアレンだ。それじゃ、さっさとジェニスの町へ向かうか」

「……そうだな」


 結局、クリス姉さんに旅立ちの挨拶は出来なかった。




 その後、クリス姉さんとは挨拶が出来ないまま、俺はジェニスの町へと旅立った。

 方角的には北東で、アストリー侯爵領へ少しだけ近くなる方向。旅人や馬車によって踏み固められた地面を、馬車にガタゴトと揺られながら進むこと数日。

 ようやく町が見えてきた。


「あれが俺の統治する、ジェニスの町か」


 田舎町と聞いていたが、思ったよりも大きく見える。そういえばデビュタントの準備に忙しくて自分が統治する町について聞いていなかった。


「レナード、町の人口がどれくらいか分かるか?」

「当然だ。最近の調査によると、一万くらいだそうだ」

「田舎町と聞いていたが、意外と規模が大きいのか?」

「人間の数で言えばその三分の一くらいだな。残りは全て他種族だ」

「……他種族?」

「イヌミミ族が人間と同じくらいいて、残りはネコミミ族やウサミミ族、それにエルフなんかも暮らしているそうだ」

「それは……珍しいんじゃないか?」


 この国は人間の治める国で、他種族の国はそれぞれ別に存在している。そんな他種族――それも複数の種族が一緒に暮らす町が存在しているとは知らなかった。


「勉強不足だな」

「すまない、これからはあらためる」


 いまの俺は反省するが、前世を取り戻す前の俺は色々と諦めていた。ウィスタリア伯爵領を治めるつもりなんてなかったのだから仕方がない。


 そんなわけで説明を求めると、レナードはジェニスの町の歴史を教えてくれた。


 もともと、他領を追われたイヌミミ族が勝手に作った集落から始まった。最初は小さな集落であるがゆえに目こぼしされていたそうだ。

 だが、次第に大きくなって無視できなくなった。そんなある時期、彼らが周辺に発生した魔物に悩まされていると聞いた当時のウィスタリア伯爵が従属と引き換えに保護を約束した。

 それ以来、イヌミミ族はウィスタリア伯爵に忠誠を誓っているそうだ。


「ふむ。それがどうして、他種族の集まる町になったんだ?」

「この国は他種族にとって暮らしやすい国ではないからな。そんな中で、安心して暮らせる場所が出来たんだ。どうなるかは、考えるまでもないだろう?」

「安寧の地を求めて他種族が集まってきた訳か……」


 三分の一ほどが人間であることを考えれば、関係は良好なんだろう。だが、どうしてそんなややこしい町の統治を俺に任せるのやら。


「ちなみに、人口はそこそこだが、基本的には自然豊かな田舎町だ。それが他種族の習慣に影響しているのかは分からないが、あまり変化を望んでいないように見える」

「それは……なかなか手間取りそうだな」


 俺はただ町を維持すれば良いと言うわけではなく、次期当主として相応しい能力を発揮し、町を発展させなければいけない。

 変化を望まぬ町が相手では、あれこれ試すことは難しいだろう。


「ちなみに、現在町を管理しているのはイヌミミ族の代表だ。おまえが代官になることで管理職からは退くが、町の代表であることに変わりはない」

「……おい、なんかむちゃくちゃ不穏なんだが? それって、俺がちゃんと町を管理できるんだろうな?」

「管理できなければ、次期当主の資格なしとみなされるだろうな」

「はっはっは、笑うしかねぇな」


 出来るかどうかではなく、やれということらしい。非常に厄介な町を任されたことは理解できたが、父上の期待の表れだと思っておこう。じゃないとやってられない。


 普通の改革は憶測で進める必要があり、予想外の結果に終わることも珍しくはない。新しい物一つ開発するのだって、失敗に終わることもたくさんあるだろう。

 だが、俺には前世の記憶があるという利点がある。

 それを上手く活かせば、改革は成功する。問題はどうやって住民の支持を得るかだな。無理強いしないように気を付けないと住民の反発を買うことになる。


 父上がいつ後継者を決定するか分からないけど焦りは禁物だ。俺だけじゃなくてクリス姉さんの未来にも影響するかもしれないし、慎重に、だけど大胆に改革を進めよう。



 それからしばらく馬車に揺られているうちに町へと到着。町の中心にあるこぢんまりとしたお屋敷で、町の管理をしているものと面会することになった。


「ジェニスの町へようこそ、アレン・ウィスタリア様。うちはジェニスの町の代表を務めているカエデと申します」


 イヌミミ族の妖艶な女性が赤い髪を揺らしながら艶っぽく微笑んだ。ただし、アメジストのような瞳には警戒の色が浮かんでいる。


「ずいぶんと警戒しているようだな?」

「……正直に申し上げても?」


 躊躇いがちにカエデが尋ねてくる。そう尋ねるだけで既に答えているようなもので、本人にもそれは分かっているのだろう。その瞳にはある種の決意が浮かんでいる。

 だから俺は構わないと続きを促した。


「では単刀直入に。我らはウィスタリア伯爵に忠誠を誓ってはおりますが、その器にない者にかしずくつもりはございません」

「なるほど。では俺の指示には従うつもりはないと?」

「……現当主の命令なので、基本的にはあなたの指示には従いますが、ジェニスの町に不利益をもたらすような指示であれば、この身に代えても拒否させていただきます」

「分かった、それで問題ない」


 気に入らない相手だからというだけで、内容にかかわらず拒絶される。そんな可能性から考えれば、不利益をもたらさない限り従ってくれるのは十分に許容範囲内だ。

 だが、カエデは目を大きく見開いた。


「……ずいぶん、あっさりと納得されるんですね。なにを企んでいるのですか?」

「人聞きが悪いな。あんたの要求が予想の範囲内だったから安心しただけだ」

「反発されることが予想の範囲内、ですか?」

「この際だから言っておく。俺はこの町に改革をもたらすつもりだ。だが、住民の意見を無視して推し進めるつもりはない。不利益をもたらす指示だと思ったら反対してくれ」


 住民の反発を買わないように気を付ける必要がある。その判断をカエデが下してくれるというのなら、存分にその役割を果たしてもらう。


「強制はしないと?」

「俺がここに来たのは、当主たる器であることを証明するためだからな」

「北西の町を治めるロイド様は、その権力を存分に振るうことで、次期当主の器であると証明しているようですが?」

「おぉう……」


 ロイド兄上は俺と同じような状況で、おまえ達もウィスタリア伯爵領の民であるのなら、次期当主である俺に従え――的な圧力を掛けることで纏め上げたようだ。

 兄上らしいというか、なんと言うか……


「言いたいことは分かった。だが、俺はロイド兄上とは違う。現地の者達の意見も聞かずに改革をするつもりはないから安心してくれ」

「……それは、アレン様の行動を見て判断させて頂きます」


 カエデは素っ気なく言い放った。だが、先ほどまでと比べて少しだけ目元が柔らかくなったように見えるのはたぶん気のせいじゃないだろう。


「それじゃ、さっそく行動を持って示さないとな。まずはこの町の資料をみせてくれるか?」

「ええ、もちろん。資料室を好きに使っていただいて構いません」



 カエデの許可を得た俺はさっそく町の資料を読みあさった。

 この町で作られている農作物の種類やその収穫量。そういった情報を元に、この町の特色なんかを読み解いていく。


「その手の情報はこっちでも調べてあったんだが……なんか気になることでもあったか?」

「あぁ、他種族の暮らす町だって聞いたから、どういうものを食べてるのか気になったんだが、人間と変わらないんだな」


 麦を中心に、後は各種野菜の畑が少々。肉は家畜が少々で、近隣の森での狩りが主な供給源となっているようだ。


「あと、年ごとの、畑の収穫量のばらつきが大きいな」

「あぁ、それはその年の降雨量によって実りが左右されるからな」

「……干ばつか? だが、近くに大きな川もあるし、この辺りは雨も多いだろ?」

「いや、少し雨が少ないだけでも影響する。水路を引いていないからな」

「……は?」


 一瞬理解できなかった。

 だが、この付近は雨が多いため、雨任せの農業が昔ながらのやり方だそうだ。最近は水路やため池を利用する地域も増えているが、この田舎町は昔ながらのままだそうだ。


「水路がないのか。それくらいなら受け入れられそうだな」


 効果が分かりやすく、水路を掘るだけなので町の改革の第一歩としても悪くない。そう思ったのだが、レナードは水路を引くのは難しいと口にした。


「なんでだ? イヌミミ族は水路を掘ったら呪われるとでも思っているのか? さすがにそこまで迷信的な種族じゃなかったはずだぞ?」

「いや、もっと現実的な理由だ。近くに川はあるが、町の方が高い場所にあるんだ」

「あぁ……高低差的に川から水が引けないのか」


 前世の国では、どこの畑にも水路が引かれていた。なにか方法があるはずだが……貴族の家を追われてから冒険者になった俺はその方法までは知らない。


 低いところの水を、高いところにあげる方法、ねぇ……?

 前世の国には手押しポンプなるモノがあったが、いくら桶で汲むより楽だからと言って、畑に必要な水をずっと手押しポンプで流すのは無理があるな。


「魔導具ならいける、か?」

「魔導具がどうかしたのか?」

「いや、魔導具で川の水を少し上に持ち上げれば、水路に水を引けるだろ?」


 前世の国では、貴族の家には魔導具による配水システムが存在していた。魔導具を使って水を水路に流し、それを畑に流し込むことは可能だろう。


「たしかに水を持ち上げることが出来れば水路に流せるかもしれないが、そんな魔導具は見たことも聞いたこともないぞ?」

「だから、開発したいんだが……誰か当てはないか?」


 一人くらい当てがあるだろうと思って聞いたのだが、既存の魔導具を作る程度の魔術師ならともかく、新しい魔導具を作れるような魔術師は誰かに雇われているのが普通らしい。


「若い魔術師を雇って育てるとしても、相当な時間が掛かるだろうな」

「マジか。良い案だと思ったんだけどな」

「あら、綺麗で優しくて、ついでに優秀な魔術師ならここにいるわよ?」


 不意に透明感のある声が聞こえた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る