第7話 異世界姉妹と始める町開発 2
「いつから俺のことに気付いていたんだ?」
「怪しいと思ったのはバームクーヘンを食べたときだよ。確信したのはさっきだけどね」
「あぁ、なるほど」
この国に存在しないバームクーヘンは、前世の妹の好物だった。俺が作り方を覚えたのも、エリスに作って欲しいと何度もせがまれたからだ。
疑って掛かりさえすれば、フィオナ嬢の笑い方を見た俺が察したように、前世の俺との共通点から察することも可能だろうな。
「……というか、俺が兄だと思ったのなら、なんでお見合いを申し込んできたんだよ?」
俺に接触して確認するだけなら、普通にお茶会に誘うとかいくらでも接触手段はある。なのにお見合いなんて形をとる意味が分からない。
おかげで、前世の妹を可愛いとか思ってしまった、完全に黒歴史である。
「なんでって、兄さんと結婚しようと思ったからだよ?」
「…………………………おまえはなにを言ってるんだ?」
まったくもって意味が分からない。次の瞬間にも冗談だと笑い出すことを期待したのだが、エリスはついに笑わなかった。
「私は本気だよ。本気で兄さんと結婚したいって、そう思ってる」
「おまえ……」
まさか、俺に惚れてるのか?
馬鹿な。兄妹なのに、そんなこと……いや、俺はフィオナ嬢を見て可愛いと思った。エリスがいまの俺を見て格好いいと思ったとしても、ありえないことじゃない……のか?
「言ったでしょ、アストリー侯爵家はいますぐにも資金援助してくれる相手が必要だって。だから私と婚約して、うちに援助するようにウィスタリア伯爵に掛け合って欲しいの」
「……あ~えっと……つまり、俺と政略結婚をしたいって……ことか?」
まるで意味が分からない。
いや、妹に愛してるから結婚しようと言われるよりは分かるけど……
「なんでわざわざ俺なんだよ?」
「そんなの、兄さんと結婚したいからに決まってるじゃない」
「やっぱりそうなのか!?」
た、たしかにフィオナ嬢は可愛いけど……って、落ち着け俺。相手は妹、前世の妹だから。
いくら外見が可愛くても、中身は前世の妹だから――っ!
「……に、兄さん? 急にテーブルに頭を打ち付けたりしてどうしたの?」
「なんでもない、気にするな」
「……いや、気になるんだけど」
そう言われても、妹に結婚したいって言われてときめいたとか言えるはずがない。
「それより。なんで俺なんだよ」
「……そもそも、ほかに考えられる相手はみんな最悪なんだよ」
「はい?」
「アストリー侯爵家が落ち目なのは知ってるでしょ? そんな家の娘と結婚しようなんて考えるのは家柄が目当てのお金持ちくらい。貴族で候補になりそうなのは、私よりも二十も三十も年上のエロ爺ばっかり、なんだよね」
「ええっと……それは、つまり?」
「うん。そういった相手と比べたら、兄さんの方がよっぽどマシでしょ?」
まさかの消去法!?
いや、まぁ……そうだよな。俺達兄妹だし、ほかに理由なんてないよな。
分かってた。うん、最初から分かってた。
分かってたけど……なんだろう、このもにょもにょした気持ちは。
「事情は分かったけど、前世の妹だから助けてくれってことか? 出来る範囲で助けてやりたいとは思うけど、利点がなければ政略結婚は受けられないぞ?」
「その点は問題ないよ。ちゃんと利点はあるから」
「……ふむ?」
どういうことだろうと首を傾げる。
「分からない? 兄さんにも私にも前世の、こことは違う世界の記憶があるでしょ?」
「前世の記憶は分かるが……ここと違う世界?」
「あれ、気付いてなかった? まあ兄さんは魔術が使えないし分からないか。この世界の魔術は、私が知っているのと法則が違うの。だから、ここは違う世界だよ」
「……そうだったのか。どうりで、バームクーヘンを誰も知らないと思った」
別の国、もしくは異なる時代であれば、どこかに資料があってもおかしくない。にもかかわらず、バームクーヘンを知る者はこいつ以外には現れなかった。
……あぁ、なるほど。だから、一枚噛ませて欲しい、か。
「アストリー侯爵家じゃ自由に動けない、か?」
「うん。この世界の貴族も、女性は政治に関わるべきじゃないって風潮だからね。ウィスタリア伯爵家が珍しいんだよ」
「それで俺と政略結婚か」
エリスにも俺同様に前世の記憶があり、使える知識をいくつも持っている。
だが、前世の記憶があるなんて軽々しく言うことは出来ない。このままだとエリスは、その価値を見いだされることなく安売りされてしまうだろう。
だけど、同じ前世の記憶を持つ俺は、エリスの知識が役に立つことを知っている。
というか、俺が知らないような知識はエリスが知っていた。
たとえば石鹸。この国にある石鹸は臭いしあまり汚れが落ちないしで使いにくい。けど、前世の妹は貴族時代に使っていた石鹸を、冒険者になってからは自分で作っていた。
この国で再現することも可能だろう。
「たしかに、おまえには相応の価値がある。ぶっちゃけ、俺が次期当主になるためには、なんとしても手に入れたい人材だと言っても過言じゃない」
「じゃあ……」
表情を輝かせるエリスを手で制した。
「人材としては欲しいが……分かってるのか? 政略結婚、結婚だぞ?」
「あぁ子供のこと? もちろん分かってるよ。ちゃんと兄さんの子供を産んであげるから」
「……いや、産んであげるからっておまえ、そんな軽く……」
「軽くなんてないよ。兄さんこそ分かってる? 私このままじゃ、自分の父親より年上かもしれない相手に種付けされちゃうんだよ?」
「種付けって、おまえ……」
あっけらかんと言い返えされて俺の方が困ってしまう。
そりゃ俺だってフィオナ嬢みたいな美少女が、どこぞのエロ爺に金で買われるのは面白くない。それに、妹がそういう目に遭うのだって見たくない。
「なんとかしてやりたいとは思うけど、だからって妹と結婚なんて出来るか」
「前世では兄妹でも、今世では他人だよ?」
「身体はそうかもしれないが、中身は兄妹だろうが」
「だけど、兄さん最初に同意したじゃない。結婚するかどうかは、私と結婚する価値があるかどうかで判断するって」
「うぐっ。た、たしかにそう言ったけど」
「兄さんは私情に流されずに政略結婚の価値で判断するって決めたんでしょ? だったら、私が前世の妹でも関係ないじゃない」
「それはたしかに、そんな気がしないでもないような……いや、ないだろ」
政略結婚は政治的観点で判断して、好みとかは関係ないって言ったけど前言撤回だ。
何事にも例外はあると思う。
「ねぇ、兄さん。冷静になって考えてみて? 政略結婚だよ?」
「ああ、政略結婚だな。……それで?」
「政略結婚なら、まったく好みじゃない相手と子作りすることだってあり得るんだよ? そう考えたら、前世の妹に種付けするくらいどうってことないでしょ?」
「その表現は生々しいからやめろっ。……まぁ、言いたいことは分からなくないけど」
たしかに、自分の母親より年上の相手、下手をしたら祖母くらいの相手もあり得る。そう考えれば、前世の妹なんてたいした問題ではないかもしれない。
少なくとも――
「少なくとも私、外見は兄さんの好みだしね」
俺の内心を見抜いたように、エリスが豊かな胸を腕で持ち上げた。それに視線を奪われ、ゴクリと生唾を――飲んだところで我に返った。
「な、なんのことかな?」
「綺麗な見た目なのに、可愛い仕草の女の子。清楚な雰囲気を纏ってるのに、胸が大きいとか、セックスアピールの強い女の子。そういうギャップのある女の子、好きでしょ?」
「なななっなんのことかなっ!」
思いっきりどもってしまった。
っていうか、なんでエリスが俺の好みを知ってるんだよ!
慌てる俺の前、エリスはソーサーの上からティーカップをとって紅茶を一口。白い喉をこくりと鳴らすと、反対の腕で持ち上げている胸にティーカップを乗せた。
あぁぁぁあぁぁぁ。清楚な侯爵令嬢が、豊かな胸の上にさり気なくティーカップを置くとか。清楚なのにちょっとエッチな感じがたまらない。
「いいんだよ?」
「い、いいって、なにが?」
「エロ爺の慰み者になるくらいなら、兄さんに抱かれた方がマシだもの。どうせ跡継ぎは必要だし、ときどきならこの身体、好きにしても良いよ?」
「ぐはっ」
清楚な見た目であけすけなことを言う。
うぐぁぁああぁ。ギャップ、ギャップがヤバイ!
「それにね、兄さん。見た目は好みの女の子なのに、中身は前世の妹なんだよ? それこそ、まさに究極のギャップじゃないかな?」
「――それはない」
俺は我に返った。
「なんでよおおおおおおっ!」
「いや、だって……エリスだぞ?」
「酷いっ!」
なんかショックを受けている姿はギャップ萌えな感じがするけど、前世の妹は性的な対象になり得ないと思う。
というか、前世の妹ってすっごいわがままだったし……
「ねぇねぇ、兄さん。そんなこと言わないで私と結婚しようよぅ」
「だが断る」
「妹を助けると思ってお願い! ちょっと結婚するだけ。結婚するだけで良いからぁ!」
「それでちょっとなら、ちょっとじゃないお願いはなんなんだよ、こえぇよ」
あぁ……前世では「政略結婚が嫌だから養って!」とか言って、家を追放された俺を追い掛けて来たんだったな、そういえば。
どっちがちょっとなのかは……微妙だが。
「うーうーうーっ。どうしたら首を縦に振ってくれるの? そうだ! 結婚してくれたら、兄さん好みの服とか着てあげるから。ほら、下乳のところに切れ目のある服とか」
「いらんっ! というか、なんでおまえが俺の性癖を知ってるんだよ!?」
「結婚してくれなきゃ兄さんの性癖を暴露するよ!」
「脅しかっ! というか質問に答えろ!」
追放されてから殺されるまででの数年、ずっと一緒に行動はともにしていたが、そういう話をしたことは一度だってない。妹は俺の性癖を知らないはずだ。
なのに、エリスはどうしてそんなことを聞かれるか分からないとばかりに小首をかしげる。
「どうしてって、兄さんのことずっと見てたんだから分かるよ」
「~~~っ」
不覚にも萌えてしまった。……いや、違う。エリスに萌えたんじゃなくて、グッとくるセリフを口にしたフィオナ嬢の外見に萌えたのだ。
この外見詐欺っ娘(こ)めぇ……っ。
「ねぇ、兄さん。真面目な話、私がエロ爺の慰み者になっても平気なの?」
「それは……あんまり平気じゃないけど」
認めると逃げ場がなくなりそうで嫌だけど、エリスが嫌いなわけじゃない。散々振り回されたのは事実だけど、その明るさに救われたこともある。
と言うか、俺が断ったら、たぶん父上と結婚させられるよな、こいつ。前世の妹が俺の嫁なのと、前世の妹が俺の義母になるの、どっちがマシだろうか……
「だったら、妥協案を探さない?」
「……たとえば?」
「そう、だね……たとえば、婚約して時間稼ぎとかどうかな?」
「時間稼ぎ? 後で破棄するつもりか?」
「うん。兄さんは私の知識を使って次期当主の座を勝ち取って、私は資金援助を受けてアストリー侯爵家を立て直してもらう。そうしたら、婚約を破棄したって問題ないでしょ?」
「……なるほど、一理あるな」
普通なら資金援助のやり損で、俺は評価を落とすことになるだろう。でも、大きな成果を得た後でなら、多少評価を落とそうがなんの問題にもならない。
「……分かった。時間稼ぎで婚約してやる」
「ホント? 後でやっぱり止めるとかいわない?」
「お互いの目的を果たすまでは言わない」
「わぁい、ありがとう兄さん、だーいすきっ!」
あけすけに好きだと口にする妹に、俺は一抹の不安を覚えた。
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