第2話 デビュタント 1

 デビュタントを華々しく成功させる。

 言葉にすれば簡単だが、それを実行するのは非常に難しい。なぜなら、貴族の子供――その中でも有力な貴族の子供だけでも、毎年何十回とデビュタントが開催されている。


 当然、それら全てが趣向を凝らしたものとなっている。その中で華々しいデビューを飾るには、他を圧倒するほどの特別ななにかが必要になる。


 ちなみに兄上はウィスタリア伯爵家の財力に明かせることで、もっとも次期当主の座に近い長男であるがゆえに家がデビュタントに力を入れているとの印象づけに成功したらしい。

 俺も望めば同程度の資金を使うことは出来るそうだが……兄上のマネをしたからといって、次男である俺が評価されるかは微妙だ。


 なにより、有力な当主候補という印象付けが成功しても、個人的な実力を示すことが出来なければ、将来的に自分と友好を結ぼうとする貴族が現れるかは微妙なところだな。


 そう考えると、俺に味方したくなるようななにか――つまりは、俺と付き合うことで旨味を得られると思わせるようななにかを見せつけたい。


 実際のところ、前世の俺が暮らしていた国は、魔術や様々な技術がこの国より少し発展していたので、有益そうな技術にはいくつか心当たりがある。


 問題は、デビュタントまで三ヶ月ほどしかないと言うことだろう。

 農業のノウハウも、魔導具の構想も、三ヶ月やそこらでは形をなさない。町の管理を任された際には役に立つが、デビュタントには間に合わない。


 なぜそんなにギリギリに教えるのかと父上を恨んだが、いつか来るチャンスのために己を磨くこと程度が出来なければ当主の器たり得ない――なんて言われたら反論できない。


 どうしたものかと部屋で考えていると、不意に扉がノックされた。そうして姿を現したのは俺より少し年上くらいの青年だった。


 サラサラの黒髪に、意志の強い黒い瞳。立ち居振る舞いは洗練されていて、さぞかし女にもてるだろうといった物腰。

 そんな青年がおもむろに口を開いた。


「おまえのお目付役兼相談役に選ばれたレナードだ。所属はあくまでご当主なので、いまのおまえに仕えるつもりはない。そこのところ、勘違いしないようにしてもらおうか」


 副音声どころか、堂々とおまえに仕えるつもりはないと宣言している。そのあまりと言えばあまりの物言いに呆気にとられてしまった。


「なんだ、アレン。なにか不満でもあるのか? 不満があるのなら、いまここで俺に言ってみろ。それとも、後で父上に泣きつくか?」


 父上に泣きつくなんて恐ろしくて出来るはずがない。波風を立てないように不満はないと、以前の俺なら泣き寝入りしていただろう。

 だが――


「不満はないな。むろん、父上に泣きつく必要もない」

「……ほう? 泣きつくつもりがない、ではなく、必要もない、か。あえてそんな言葉を選んだ理由を聞かせてもらおうか?」

「簡単なことだ。父上が最低限の礼儀も知らない無能を部下にしているはずがないだろう?」


 俺を気に入らないのだとしても、取り繕う程度も出来ない部下がいるとは思えない。それなのにこの態度なのは、取り繕う必要がないからだ。


「そもそも、“いまのおまえ”なんて分かりやすすぎるだろ。親切なことだな」


 父上の試験と同じ、もしくはその一環。いまのおまえでは役不足だから、自分に仕えて欲しければそれ相応の価値を示してみろという挑発に違いない。


「……ふむ。毒にも薬にもならない気弱な子供だと聞いていたが……そうでもないようだな」

「俺に仕える気になったか?」

「ぬかせ。その程度で仕える気になるはずがあるものか。俺に仕えて欲しければ、もっと当主に相応しいところを見せるんだな」


 どうやら、即落第ではなく、いまは保留程度の評価に上がったらしい。

 そんな言葉の裏に隠された意味は読み取ったが、当主候補としては言われっぱなしでいる訳にもいかないだろう。そう思ったから、俺はニヤリと笑う。


「レナード、おまえもいまのうちに俺が治める町の情報を集めておけよ? いざ俺に仕えるとなったときに、なにも知りません――なんていう無能は必要ないからな」

「くくっ。言うじゃねぇか。おまえこそ、俺の努力が無駄にならないようにしてくれよ」


 つまりは、調べておくから、デビュタントを成功させろという激励。口は悪いが、少なくとも悪い奴ではなさそうだ。

 そんなことを考えながら、ニヤリと笑って退出するレナードを見送った。



 そして、レナードがいなくなって俺はふと気がついた。彼がこのタイミングで俺の前にやって来たのは、デビュタントの手伝いをするためだったのでは――と。


 たぶん、仕える気はないと宣言したレナードに、使うのではなく相談役として協力してもらうという形に持っていくのが正解。

 なのに俺は真っ向から受けて立ち、あまつさえ俺がデビュタントの準備をしているあいだ、おまえは次の試練のための準備をしておけと挑発した――と。


 どうりで立ち去るときニヤリと笑ってるはずだよ!

 あぁぁあぁぁぁあ……どうしよう? いまから後を追い掛けて、相談役としてデビュタントの手配を手伝ってくれ――とか、言えるわけねぇだろうがああああぁぁぁあぁっ!


 ここで協力を求めたら、考えの至らなさを自白するようなものだ。ただでさえマイナス評価からのスタートなのに、これ以上マイナスになるわけにはいかない。

 こうなったら意地でも一人でデビュタントを成功させてやる!


 ――なんて意気込んで準備を始めたものの、あっと驚かせるなにかを思いつかない。


 会場はウィスタリア伯爵家を使うとしても、家と付き合いのある貴族達をリストアップして招待状を送ったり、料理や音楽の手配をしたり。

 前世でもやったことがないことばかりで、必要最低限の準備だけで一杯一杯だったのだ。


 そしてついに、デビュタントまで残すところ一ヶ月を切ってしまった。

 デビュタント自体は無事に開催できそうだが、このままでは平凡なデビューを飾ってしまう。ただでさえ三番目というハンデを抱えている以上、このままだと不合格になるだろう。


「どうするかなぁ……残り一ヶ月で出来るものなんて思いつかないぞ」


 三ヶ月まるまる使えば、最新農具の模型くらいは作れたはずだ。まあ……デビュタントで農具の発表が相応しいかどうかは微妙だが、一応思いつくものはあった。

 だが、残り一ヶ月で、しかもほかの準備と並行してとなると手詰まりだ。


 困ったなと部屋で唸っていると、扉がノックされた。

 俺の返事を聞いて姿を現したのは、ウィスタリア伯爵家の傍系から養女としてやって来たクリス・ウィスタリアだった。


「……姉上」

「その呼び方はやめなさい」


 姉上は緑の瞳を細めて俺を睨みつけた。


「なら、クリスさん?」

「誰がそんな呼び方をしろって言ったのよ」

「じゃあ……クリス姉さん?」

「もう良いわよ、それで」


 クリス姉さんの整った顔には不満がありありと浮かんでいる。一体なんと呼ばせたかったのか、口に出して言ってくれれば良いのに。


「あ~あ、まったく。どうしてあなたはそんなに察しが悪いのかしら? そんなことじゃ、社交界を生き抜けないわよ?」


 緩いウェーブの掛かったプラチナブロンドを掻き上げて大仰にため息をつく。

 クリス姉さんがウィスタリア伯爵家の養女になってから数年。いままではあまり交流がなかったが、あまり好かれてないと言うことだけはなんとなく分かる。

 出来れば、同じウィスタリア伯爵家の者同士仲良くしたいんだけどな。


「……ところで、俺になにか用なのか?」

「なによ。用がなければ来るなとでも言いたいの?」

「いや、そんなことはないけど……お茶でも入れようか?」

「いいえ、用件が終わったらすぐに帰るから必要ないわ」

「……そ、そうなんだ」


 結局用事があって来たんじゃないか。

 相変わらず、なにを考えているのか良く分からない。


「それで、話ってなんなんだ……?」

「あなたのデビュタントがどうなっているか様子を見に来てあげたのよ。噂で聞いたけど、あなたは一人で準備をしているのでしょ?」

「もしかして、俺の心配してくれてるのか?」

「馬鹿言わないで。あまりお粗末なデビュタントをされたら、ウィスタリア伯爵家の名に傷がつくじゃない。あたしはそれを心配してるだけよ」

「……そうですか」


 まぁそうだよな、分かってた。


「それで、どうなの? 会場は……ここの中庭を使うそうだから問題ないと思うけど、招待状はもう送った? 料理や音楽の手配、それに食器にも気を使わなきゃダメよ?」

「分かってる。手続きは自分でやったから手間取ったけど、実際にパーティーの準備に関わった経験のある古株の使用人に確認したから問題ない」

「……そう。なら問題はなさそうね。なら後は……皆に印象づける方法は考えている?」

「それは……」


 まだ決まってない――なんて言えなくて言葉を濁す。だがその態度だけで察するには十分だったのか、クリス姉さんは眉を吊り上げる。


「なに? あと一ヶ月を切ってるのにまだ考えてないの? それで、ウィスタリア伯爵家の子供として、華々しくデビューなんて出来ると思ってるの?」

「ぐぅ……」


 反論の余地がなくてぐうの音しか出ない。


「……まったく、初めてあった頃は…………ったのに」

「なにか言ったか?」

「なにも言ってないわよ。それより、たった一ヶ月でどうするつもり? あたしは自分で開発した新型の魔導具を発表するつもりだけど、それだってずっと前から研究していたのよ?」

「へぇ……クリス姉さんは魔導具を発表するんだ?」

「そうよ。前にアレンが……」

「……俺がなに?」


 なぜかクリス姉さんが沈黙した。

 そして髪を掻き上げると、ビシッと指を突きつけてくる。


「そ、そんなことより、自分がなにを発表するか考えなさい。そんな調子じゃ町を任される前に後継者争いから脱落するわよ?」

「その前になんとかするよ」


 兄上が当主になったら、運が良くて政略結婚の道具。運が悪ければ追放。前世のように暗殺されることだってあり得るだろう。

 つまり、敗北は俺の破滅を意味している。

 絶対に負けるわけには……そういや、クリス姉さんはどうなんだろう?


「ところで、クリス姉さんが勝ったら俺をどうするつもりだ?」

「え? あなたをどうするか? えっと……そうね。あたしが勝ったら、あなたを側に置いて、一生扱き使ってあげるから安心なさい」


 ま、まさかの奴隷宣言。兄よりはマシかもだけど、こっちも大概だった。

 やっぱり、絶対に負けるわけにはいかない。


「絶対、負けられないな」

「……なによ? そんなにあたしのモノになるのは嫌なの?」

「嫌に決まってるだろ」

「ふんっ、生意気ね。まぁ良いわ。せいぜい足掻いてみせなさい。あぁそうそう。忙しいからって睡眠や食事をおろそかにして体調を崩すんじゃないわよ?」

「それくらい分かってるよ」

「なら良いわ。それじゃ、あたしはもう帰るわね……っと、そうだった」


 一度踵を返したクリス姉さんが足を止めて振り返る。

 肩口に零れ落ちた長い髪を指で払うと、豊かな胸の谷間から取り出した手紙を指で挟んで、ぴっと俺の眼前に突きつけてきた――って、どこから取り出してるんだよ!?

 なんか、甘いニオイがするんだけど!


「こ、これは?」

「あたしのデビュタントの招待状よ。早く受け取りなさい」

「うわわっ」


 押しつけられて思わず手で掴んじゃった。なんか生暖かいんですけど! これ、クリス姉さんの胸の温もりだよな。……うわぁ、なんか生々しい。


「どうかした?」

「い、いや、どうもしない。……っていうか、俺も出て良いのか?」

「ええ。アレンはパーティーに出た経験もあまりないし、ぶっつけ本番だと無様な結果に終わるのが目に見えているもの。遠方から取り寄せたお菓子も出るから、出席しておきなさい」


 むちゃくちゃ煽られてるけど、ぶっつけ本番が怖いのは事実だ。俺にとって悪い話じゃないし、素直に招待を受けることにしよう。


「ありがとう、クリス姉さん」

「ふんっ、あなたがあまりに頼りないから、情けを掛けてあげただけよ」


 ツンとそっぽを向いて髪を掻き上げると、ゆったりとした足取りで部屋から立ち去っていく。クリス姉さん……口はかなり悪いけど、意外に面倒見が良いかもしれない。

 

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