異世界姉妹と始める領地経営 ~婚約者が前世の妹で逃げられない~

緋色の雨@悪逆皇女12月28日発売

第1話 プロローグ

 幼い頃から良く夢を見た。

 兄には屈辱的な嫌がらせを受け続け、妹には散々振り回される。夢の中の俺は、当主となった兄に追放されてしまう。


 俺に妹はいないけれど、夢に出てくるような横暴な兄と高飛車な姉はいる。だからずっと、未来を暗示している、もしくは不安な思いが見せる夢だと思っていた。

 だけど――


 夢の内容が不意に、鮮明な記憶として流れ込んできた。メレディスという男の一生――いや、失われた俺の記憶が自己主張を始め、自分が塗り替えられるような恐怖を覚える。


 歯を食いしばって自分を繋ぎ止めているあいだにも、俺の記憶が混じり合っていく。

 メレディスとして生きた俺が生まれ変わり、一時的に記憶を失って生活していたが、いまこの瞬間に前世の記憶を取り戻した――と、そういう風に理解する。


 自分を取り戻した直後、真っ赤な絨毯が視界に飛び込んでくる。

 ――あぁ、そうだ。俺は父に呼ばれて……


「アレン。おまえに異論がなければ、今日このときを以ておまえを継承権争いから外す」

「父、上……いま、なんと?」


 声を震わせた俺に、父――ウィスタリア伯爵家当主はため息をついた。


「おまえを後継者候補から外すといったのだ」


 繰り返された言葉に血の気が引くのを感じた。


 俺――アレンはウィスタリア伯爵と側室の息子で、もうすぐ十六歳だ。

 そんな俺には腹違いの――正妻の子供である兄が存在しているので、最初から当主の座は兄が継ぐのだと思っていた。

 だが、さっき流れ込んできた記憶が、それを甘受することに警鐘を鳴らし始める。


 前世の俺はいまと同じように兄に虐げられて、当主の座を争うレースからも逃げだし、次期当主となった兄に追放され――最終的には暗殺されてしまった。


 前世と今の環境は、似て非なるものだ。

 それは分かっている。

 だけど、兄の横暴な態度や、俺を見下すその目つきはどちらも変わらない。

 もし兄が次期当主となれば俺は、夢の中の男と同じように殺されてしまうかもしれない。少なくとも、いまの俺にそれを否定することは出来ない。


「アレン、異論はないかと聞いているのだ」


 ダメだ。ここで次期当主候補から外されたら、追放して暗殺コースまっしぐらだ。父上は異論はないなと圧力を掛けてくるが、ここで飲まれるわけにはいかない。

 俺は拳を握り締めて父上を見上た。


「異論は……異論は、ございます」


 たったそれだけを口にしただけなのに、喉がカラカラになった。父上の冷徹な目に見つめられ、この場から逃げ出したい衝動に駆られる。


 だが、逃げた先に待っているのは最悪の結末。


 あんな目に遭うくらいならと背水の陣でプレッシャーを撥ね除け、異論はあると繰り返した。その瞬間、父上の目がギラリと輝いたことにも俺は気付かない。


「異論がある、か。面白い。どうしたいのか言ってみろ」

「俺にチャンスをください」

「ふっ、良いだろう」

「俺は側室の子供ですが、必ず兄よりも次期当主に相応しいと証明してみます。だから、どうか俺にチャンスをください」

「だから、良いと言っている」

「……え?」


 チャンスをもぎ取ろうと必死だった俺は、父上の言葉をすぐには理解できなかった。何度かそれを反芻して、ようやくチャンスをもらえたのだということを理解した。


「よ、よろしいのですか?」

「最初に言ったであろう。おまえに異論がなければ後継者候補から外す、と。後継者の座を勝ち取る気概のない者に伯爵家の当主は務まらぬ」

「で、ですが、俺は側室の、それも次男です」

「わしは生まれや身分で実力を測ったりはせぬ。次期当主に必要なのは、どのような手段をもちいようとも、ウィスタリア伯爵家を繁栄させる実力だ」


 どうやら試されたらしい。

 もう少し早く記憶を取り戻していればもっと上手く立ち回れたはずだが……逆にいまより少しでも遅かったら取り返しのつかない状況に陥っていた。

 ギリギリ間に合った、かな。


「しかし、おまえは最初から諦めている風だったはずだが、なにか心変わりがあったのか?」

「そう、ですね。そんなところです」

「……急に雰囲気が変わったのもそれが原因か?」


 見透かされているような視線に晒されてドキッとする。

 実際、心変わりというか、前世の記憶を取り戻して、心そのものが変わったと言えるのだが……さすがに後継者候補から外されそうなことを口にするつもりはない。


「ふむ。まあ理由はなんでもよい。おまえに最初の試練を与える。デビュタントを自らの力で開催し、見事に自分の価値を証明して見せろ」


 デビュタント――十六歳のお披露目パーティーの規模や華やかさ、それに力の入れようなどから、周囲はその者の立場や将来を見極める。

 ゆえに、デビュタントは将来を占う重要なイベントとなっている。それを成功させ、周囲に次期当主は自分だと主張して見せろと言うことらしい。


「承りました。必ずや最高のデビュタントを開催して見せます。……ちなみに、最初の試練と言うことは、次の試練もあるんですよね? 聞いても構いませんか?」

「むろんだ。デビュタントを成功させれば、次は町の領主となってもらう。そして、候補達の中で、もっとも才覚を見せつけた者を次期当主に任命する」

「……なるほど。兄が町を任されていたのはそういう理由でしたか」


 町を任されている兄が、それを理由に自分が次期当主に目されていると主張していたのだが……たんに試験の一環で任されていただけじゃないか。


 それなのに、以前の俺はそんなことにも気付かず、兄上の言葉を鵜呑みにして負け犬に成り下がっていた。兄上の言動が俺を蹴落とすための策だとしたら、すっかりしてやられた。

 ウィスタリア伯爵家の中でも、ずっと腐っていた俺の評価は高くないだろう。


 そのうえ、俺は兄上よりもスタートが二年遅れていることになる。横暴な兄上を嫌う者はいそうだが、そういった人間は姉上の味方をするだろう。

 ハッキリ言って、ここからの逆転は難しい。

 だが――


 出来るか出来ないかじゃない。やるしかないのだ。

 ゆえに、これ以上の泣き言は必要ない。


 状況は最悪だけど、俺がそれに気付けたのは前世の記憶を取り戻したからだ。いまの俺は、さっきまでの俺よりも確実に成長している。

 この記憶を武器に、必ず兄上や姉上を出し抜いて、次期当主の座を手に入れてみせる。

 

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